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#12 いったい何者?

 焦げた油と鉄の臭いが立ち込める中、間欠泉のように黒い煙を噴き上げる真紅のアルマ。ひしゃげた右脚部の油圧シリンダーからは、粘り気のあるフルードが血のように滴り落ち、地面でチリチリと熱い音を立てている。


 対峙する純白のアルマは、右腕こそ失っているものの、それ以外に目立った損傷はなく、圧倒的な性能差を誇示するかのように、静かにその場に佇んでいた。


「中尉、本艇から通信です」


「あぁ?!タイミングわりぃンだよっ……さっさと繋げ」


 純白のコックピット内に、ノイズ混じりの音声が響く。


『ハイルゼンの増援が来てるから作戦終了だってさ。早く来ないと置いてくよ、じゃあね♪』


「あぁ!?」


 大声空しく、返事を待たずして通信が切断される。


「おい!クソガキッ!――チッ!」


 前席の男は藍白あいじろの髪を乱雑にかきあげると、コンソールに表示された離脱シグナルを一瞥いちべつし、操縦桿を軽く引く。その動きをトレースするように、純白の機体が倒れて動かなくなった真紅のアルマへと接近した。


「どいつもこいつも気抜けてやがる……だからガキは嫌いなンッだよッ!!」


 純白のアルマは、横たわった真紅の胸部装甲を豪快に蹴り飛ばす。


 紅い機体は、アスファルトに火花を散らしながら抵抗なく転がる。うつ伏せたその背面に、コックピットカプセルは既に無く、もぬけの殻となっていた。


 ◇


 瓦礫の山と化した市街地。アスファルトは砕け散り、崩落したビルから立ち上る黒煙が曇りの太陽を一層遮っている。


 ツバサとソラが乗る『Ferrumフェルム Avisアヴィス 』、距離を置いて、吹き飛ばされたまま空を仰ぐ漆黒のレドーム機。


 いくらソラがレーダーを確認しても、その二つの機影以外を見つけることは叶わなかった。


 メインモニターの砂嵐はさらに勢いを増し、ついに限界を迎えて暗転。


「逃げられた……」


 ソラは前のめりになったまま硬直する。


「どうせこんな状態じゃ戦えねえんだから、むしろ助かったんじゃねーの?」


「助かっ……た?」


 握ったままの操縦桿に頭を突いたツバサのくぐもった声が、コックピットで反芻する。ソラはピンと張った糸が切れたようにシートに深く倒れ込み目を閉じる。


 集中の切れた二人の体に、疲労が一斉に襲いかかる。コックピット内は、珍しく完全な無音と虚脱感に支配されていた。


 しかし、息つく間もなく、後席モニターの隅で小さなウィンドウが点滅を始めた。


 ソラは瞼に光を感じ、薄目を開けて確認をする。


「…………えっ!?」


「っ、なんだよ急に」


 後席のディスプレイに緑色のフォントで表示された発信元は『HLZ_ADV_SIRENE_B-4』。


 その文字が目に入った途端、ソラは先ほどまでの眠気が嘘のように消し飛んだ。全身の血の気が引き、背筋を冷たいものが駆け抜ける。


 『HLZ』と『SIRENE』――その文字が意味するものを、ソラは知っている。


「ツバサ……ハイルゼンの軍から通信が来てる。しかも、『シレーヌ』って」


「……は!?」


 ツバサが息を呑み大きく跳ね上がったのが、シートの軋みを通してソラに伝わる。


「無視は……まずいよね?」


 無言のまま互いの顔を見合わせる二人。狭いコックピットを照らすのは、緑色のコンソールランプの不気味な光だけだった。


 ソラは喉を鳴らし、震える指先でコンソールスイッチを押して通信帯域を開いた。


「も、もしもし」


 まるで非通知の着信が来たかのように、恐る恐る声を出す。


『――こちらハイルゼン公国軍、シレーヌ先遣隊のナレムだ。聞こえるか?』


 スピーカーから流れてきたのは、丁寧で力強いが、それでいて圧を感じさせない男の声だった。ノイズの向こうから漂う、どこか余裕のある大人の響き。


 「は、はい!聞こえてます!……あっ、自分は杜ノ﨑(もりのさき)高校二年の御伽オトギソラです!」


『…………ハッハッハ!ご丁寧にどうも。そんなに堅苦しくならなくても大丈夫だよ。実際私もそういうのは苦手でね。さっきのも形式的にってだけさ』


  ほんの数秒の空白。すぐに、ふっと息を吐くような笑い声がスピーカーを震わせる。軍人らしからぬ、軽やかな語り口に、ソラは思わず拍子抜けしてしまう。


 警戒をしてソラの方を凝視ていたツバサも、肩の力が抜けて前へ向き直る。頭の後ろで両手を組むと、シートにぐったりと体を預け、通信には耳だけを傾けた。


『確認だが、君がさっきの青い機体を迎撃したシルバーのアルマのクルーであってるかい?』


「はい……迎撃というか、逃げられましたけど……」


『フフ、納得いってなさそうだね。しかし、現に我々は君に助けられたよ、合図も完璧だった』


「え?もしかしてッ」


『あぁ、さっきの射撃を行ったのは私だよ。といっても、実際にトリガーを弾いたのは私じゃなくてパイロットだけどね』


「ッ!ほ、本当ですか!?え、すごい!ありがとうございます!!あと無事でよかったです!」


 現役の軍人に作戦を褒められたことが嬉しすぎるあまり、ソラの返答は滅茶苦茶になっていた。先ほどまでの恐怖はどこかへ吹き飛び、ソラの目は昨日港でシレーヌを拝んだ時のように、輝きを取り戻しかけている。


『にしても、あんなに古い合図を知っているなんて珍しいね。軍人でさえ若い子は知らないだろうに』


「え、いやぁ、それは――」


 ソラが嬉しそうに鼻を高くしかけた、その瞬間だった。


『それに加えて、未登録の軍用アルマ……』


 ソラの言葉を容赦なく塗りつぶすように、スピーカーから響く声の温度が、不自然なほど急激に落ちる。


『君たち、いったい何者?』


「ぇ……」


 有頂天になりかけていたソラだったが、気付けば相手の声から神妙な空気が漂っていた。一瞬で引き戻された現実の冷たさに、ソラの指先がぴたりとコンソールの上で凍りついた。


「さっき言った通りっすよ」


 ソラの足元から、ぶっきらぼうな声が昇ってくる。上体を起こしたツバサが、自分のコンソールを叩いてマイクを強引に引き取った。割り込みを示すインジケーターがグリーンに明滅する。


「俺らはただの高校生です。このアルマは瓦礫の中でたまたま見つけて逃げ込んだ地下室にあっただけっす」


『ん?君がパイロットかい?いやぁ、見てたよ。初めてなのに随分器用に操縦するんだね』


「どーも。競技用なら何回か乗ったことあるんで」


『はぁ~、たまげたな。日本の競技アルマは盛んだって聞いたことがあったけど、これほどまでとは』


 無愛想な返事と軽い相槌のミスマッチが、嫌な間を生む――。


『いやぁ、申し訳ない!聞かないわけにはいかなくてね。こうみえて軍人も報告書の作成とか結構大変なんだよ?』


 張り詰めた空気もつかの間、男はからっと笑って謝罪を口にすると、あっさりと和やかな雰囲気に戻った。


殊勝しゅしょうっすね。じゃあもう切りますよ」


 しかし、ツバサは不信感が拭えず、強引に通信の切断を試みた。コンソールへ伸ばしたツバサの手が――後ろから放たれた大声に引っかかる。


「ちょっと待ったぁ!」

「……っ」

『……おぉっ』


 いつもながらの唐突さに、ツバサは顔をしかめて嫌そうに振り返る。ツバサ側のマイクにもその声はしっかり入っており、スピーカーの向こうのナレムからも、思わず感嘆の声が漏れ出た。


 ソラは、手元のコンソールを叩いてマイクの入力権を強引に自分へと奪い返すと、ごくりと生唾を呑む。そして、意を決したように声を張り上げた。


「ナレムさん……シレーヌ先遣隊ってことは、もしかしてシレーヌに乗ったことあるんですか?」


「……は?」


 ツバサは、開いた口が戻ってこないかもしれないと思わされた。


『……?ハッハッハ!ソラちゃんだったかな?……良いところに目を付けたね。何を隠そうこの私!ナレム・ハーダント少尉はシレーヌの乗組員なのだ!』


「おぉぉ!!」


 想像以上にハイテンションで返ってくる通信に、ソラはシートの上で飛び跳ねんばかりに拍手喝采を送る。


「少尉なんですか!?すごいです!」


『うんうん、ここまで持ち上げられると、少尉になったのも悪くないって思えるね』


「あの!わたし、昨日のセレモニーにも行ってて!シレーヌ見たんですよ!めちゃくちゃカッコよかったです!」


『うぅん!私が褒められているわけじゃないのに気分が良くなってしまうよ』


 ソラの好奇心はとどまるところを知らない。


「言える範囲でいいんですけど、シレーヌの中ってどうなってるんですか?!ズバリ、アルマはどんな感じで搭載されてるんですか?!」


『ふっふっふ。なるほど、なるほど……よし、アルマ乗りのソラちゃんには特別に“マルチ・ウェルドック”について聞かせようじゃないか』


「マルチ・ウェルドック!!」


『そう、シレーヌの艦内には中央から後方にかけて――』


 一方的に切るはずだった通信は、いつのまにか大きな盛り上がりを見せ、マシンガントークが繰り広げられていた。


 ここまで来るとツバサはお手上げとなる。ソラの熱が尽きるまで、話は終わらない。ましてや、話し相手が同じ熱量とあれば、終点は来ないのかもしれない。


 スピーカーから響く二人の楽しげな声を、ツバサは半ば他人事のように聞き流しながら、暇つぶしにシステムチェックを始めた――が、その手はいつもよりおぼつかない様子だった。


 ソラの熱量に合わせて、いかにも楽しげに機械の話をする大人。


『――いいかツバサ。ロボットにはな……人間のロマンが詰まってんだ!!』


 ツバサの頭の中には、否が応でも自分の父である亮介の姿がよぎっていた。呆れる自分をよそに、少年のように目を輝かせてアルマの構造を語っていた父親の残像。


 未だ安否の分からない父親。心の奥底に沈め、気にしないようにしていたはずの不安が、ツバサの胸の内でじわじわと冷たい熱を帯びて駆け始める。


『――って感じでね。乗組員のほとんどはアンドロイドなんだ。メイド服を着たお給仕ロボなんてのもいるよ』


「うっそぉ!アンドロイド!?ねぇ聞いたツバサ!!シレーヌには人型のアンドロイドが乗ってるんだよ!」


「だな」


 上の座席からソラが身を乗り出して覗き込んでいるのを気配で察しつつも、ツバサは適当な返事で済ます。


 ――地を這うような重低音が、鉄の装甲を抜けてコックピットへ飛び込んできたのは、その時だった。


「っ!なに!?」


 アスファルトを強烈に踏み荒らす振動が、シートを通じて二人の背中に伝わってくる。


「え、なになに!?」


 コンソール中央のレーダー画面に、無数の緑色の光点が湧き上がった。


 同時に、大気が微細に震え始める。遠くから響いてくる、重機のエンジン音と、履帯がアスファルトを噛み砕く無機質な轟音。


「ッ!!」


 ツバサが咄嗟に操縦桿へ指を掛けた瞬間、ナレムの声がそれを制した。


『焦らなくていいよ。ハイルゼンの援軍だ。近くの駐屯地から、地上部隊が着いたんだろう』


「え……?」


『だいぶ前に呼んだんだけど、今来たみたいだね。もう敵はいないっていうのに……』


 ため息交じりの呆れた声が通信越しに響く。


『……おっと、すまない。こっちも本艦から連絡が来たみたいだ。急で悪いが通信はここまでかな』


「あっ、はい!本当にありがとうございました!」


『いやいや、感謝するのはむしろ私の方だよ。キミたちは命の恩人だ。本当にありがとう』


 素直な感謝の言葉を向けられ、ツバサは誰に見られているわけでもないのにフイと目を逸らした。


『それじゃあ私たちは仕事に戻ることにするよ。君たちは軍に保護してもらうといい』


「え、その……大丈夫、なんですか?……アルマとか」


『ハッハッハ、大丈夫大丈夫。向こうだって人間だ。しっかりと説明すれば問題ないよ』


 ソラの心配を笑い飛ばすと、ナレムは軽く挨拶をして消えていった。グリーンに明滅していたインジケーターが、ぷつりと消灯する。


 電子音が消え、コックピットに排熱ファンの低い唸りだけが残った。


「胡散臭いやつだったな」


 開口一番で文句を垂れるツバサ。


「そう?良い人だと思ったけど……」


「ま、何でもいいや。とりあえず外出ようぜ」


 シートから立ち上がり、腕を大きく上に伸ばすツバサに対して、まだ何か引っかかりがあるのか、ソラは少しだけ釈然としないように眉をひそめた。


「……どうせ、コイツは動かせねーんだ。後のことは後で考えよう」


「そう、だね」


 ソラは深く息を吐き出す。ツバサの割り切った言葉に自分を納得させて、ハッチのロック解除レバーを引いた。


 プシューという圧縮空気の抜ける音とともに、ハッチが上方へと開放される。ソラはハーネスを外して立ち上がると、コンソールと座席を器用に天井へ跳ね上げた。


 梯子を伝って開かれたハッチから上半身を乗り出すと、オイルと焦げた金属の匂いを含んだぬるい風が、ようやく外に覗かせたその顔を撫でていった。


「あ……」


 ソラの視界に、土埃を巻き上げて接近してくるハイルゼン公国軍の装甲車列と、重武装の歩兵たちが飛び込んでくる。ナレムの言った通りに現れたその頼もしい姿を認めると、ソラの顔からわずかな曇りが綺麗に消え去った。

 

 ソラは、片膝を立てて屈む機体のフレームに足をかけ、地上へと降り立つ。着地の衝撃で、足元の瓦礫がからからと乾いた音を立てて転がった。隣では、ツバサも軽快な身のこなしで飛び降りてくる。


「っとと。ん~、さすがに体が痛いね」


 ソラは凝り固まった全身を伸ばすように、大きく息を吐いて気持ちよさそうに伸びる。


 装甲車列が、アスファルトをミシミシと踏み鳴らしながらこちらに近づいてきて、二人の目の前で、数台の兵員輸送車が急ブレーキとともに止まる。砂塵が舞う中、重いドアが跳ね開き、迷彩の戦闘服に身を包んだ兵士たちが次々と飛び出してきた。


 保護してもらうべく、ソラが半歩、前へ足を踏み出そうとした――その瞬間だった。


 ガシャガシャと幾重にも重なる無機質な金属音が響き、容赦のない複数の黒い銃口が一斉に二人へと突きつけられる。


「――止まれ! 動くな!」


「「っ!!」」


 野太い怒声が空気を裂いた。


 構えられたのは、救護の担架でも、毛布でもなかった。黒々としたスチール製の銃身が、冷酷な光を放っている。


 ソラの足が凍りついたように止まった。


「両手を上げろ! ゆっくりと膝をつき、地面に伏せろ!」

「ま、待ってください! 私たちは――」

「伏せろと言ったんだ!!」


 弁明の隙すら与えられず、数人の兵士が猛然と距離を詰めてくる。


「おい、話くらい聞け――ッ!!」


 次の瞬間、ツバサの視界が激しく反転した。


 荒々しく腕を掴まれ、背中からアスファルトに押し倒される。頬が熱い路面に擦れ、鼻腔を土埃と軍靴のゴムの臭いが満たした。背中に、体重をかけられた兵士の膝が深く食い込む。息が詰まり、ツバサの口から小さな喘ぎが漏れた。


「――対象二名、確保!」

「機体番号なし。軍に登録されていない未識別フレームです」

「子供のようだが、爆撃テロの実行犯、もしくは支援部隊の可能性が高い。直ちに駐屯地へ連行する!」


 頭上で交わされる無機質な声。


 背中へ押し付けられた銃床の硬い感触が、一切の動きを封じ込めていた。手首を後ろに回され、強化プラスチックの結束バンドが骨の軋む音を立てて締め付けられる。鋭い痛みが皮下の神経を叩いた。


「きゃっ!……ゔっ」


 斜め前方の地面で、ソラも同様に顔を地面に押し付けられ、両手を縛られていた。その瞳が、信じられないものを見るように見開かれている。


「違います!私たちはただ、敵を追い返して……!」

「黙れ! 話は基地で聞く」


 冷たい一蹴。


 首筋を掴まれ、乱暴に立ち上がらせられる。足元がよろけたところを、両脇から挟み込むようにして引きずられた。


 目の前に、装甲車の分厚い後部扉が開いている。中は日光の届かない、暗く狭い鉄の箱だった。


 背中から突き飛ばされるようにして、その暗闇へと押し込まれる。


「おい!」


 振り向く間もなく、重々しい金属音を立てて扉が閉ざされた。完全に遮断された光と、ガチャリと外から掛けられた閂の音が、車内に冷たく響き渡った。


 直後、駆動系の凄まじい咆哮とともに、床から激しい振動が伝わってくる。


 二人を閉じ込めた檻が、過酷な運命へと向かって静かに走り始めた。

次回は7/20(月)です。

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