#11 刺さって……くれよッ!
「痛ってぇ……」
ソラを抱えたままのツバサが、閉じていた目をゆっくりと開く。
「ってて……っ!ごめんツバサ!大丈夫!?」
「俺は問題ない……けど、アルマがやばくねーか?」
瓦礫の中で倒れ伏すFerrum Avis。正面からひしゃげた頭部パーツの隙間から、砕けたレンズの破片がパラパラとアスファルトへこぼれ落ちていた。
「早く追わないと!とりあえず起こそう!急いで!」
「え、追う?」
「今がチャンスなの!!」
ソラは前席の床から這い上がり、自身のシートへ座り直すと、コンソールパネルを叩き始めた。狭い室内に響き渡る、凄まじい速度のタップ音に気圧されたツバサは、大人しく正面の砂嵐へと視線を戻し、口を噤む。
「……うん、うん、うん。見かけよりもダメージは無い。って言ってもメインカメラはご臨終だね……けど、サブカメラはギリ生きてる!すぐメインモニターに繋ぐよ!!」
ツバサは、じわりと汗の滲む手のひらで操縦桿を握り直した。砂嵐となった正面パネルを無視し、左脇の小さなサブモニターに映るノイズ混じりの後方・側面映像だけを見据えながら、フットペダルを一つずつゆっくりと踏み込んでいく
頭部を失った銀灰色の巨躯が、傷ついた装甲をきしませ、地面のアスファルトを激しく踏み鳴らして立ち上がった。
「よし、映った!そっちは?!いけそう?!」
「ウス」
「それじゃあ行くよ!!エンジン全開!!フルスロットル!!出し惜しみ無し!!―――Ferrum Avis発進!!」
その叫びと同時に、ツバサはスロットルレバーを限界の先へと叩き込んだ。
コックピット内の全インジケーターが一斉に臨界を示す赤色へと染まり、背後から爆発的な推進音が鳴り響く。強烈な加速Gが二人の身体をバケットシートへと深く抑えつけ、銀灰色の巨躯は、低い曇天の下で猛烈な火線を撒き散らしながら前方へと突進した。
「さっきのアレ、どうやってタイミング合わせたんだ?」
正面モニターを見据え、操縦桿を制御しながら、ツバサが声を落とした。
「ん?……あぁ。フッ、気になっちゃうのかい?ツバサくん」
コンソールを叩く音がピタリと止まり、弾んだ声音とともに、後席からソラが、ツバサの頭上へひょっこりと顔を突き出し、覗き込むようにして見下ろした。
「気になっちゃわねーよ」
しかし、ツバサは視線を正面の画面に固定したまま、微動だにせずレバーを維持し続ける。
「ズッバリィ!ハイルゼンで使用されてる暗号通信を使ったんだよ!!」
「…………」
ソラがビシッと突き出した人差し指は、戻ることなくその場に留まっている。
「ズッバリィ――」
「それって何なワケ?」
「よくぞ聞いてくれた!!」
後席コンソールのエッジを両手でバシッと叩く音が響く。
「つまり、ハイルゼン軍規格のパルス通信を背面バーニアで再現して、狙撃機に合図を送ったんだよ!そして、なんと結果は大成功!!」
「避けられて――」
「静かに」
ツバサは一文字に唇を結び、心の中で6秒を数え始める。
「にしても、アルマの背面バーニアで行われる暗号通信なんて……くぅ~、シビれるぅ!」
ソラは後席の座面で身悶えし、長い両脚をバタバタと激しく暴れさせた。一段高い座席から突き出されたスニーカーの靴底が、ツバサの頭頂部のすぐ上で遮るように激しく往復する。頭上をかすめる風圧と、不規則に視界を遮る影に、ツバサは思わず首をすくめて顔をしかめた。
「敵、見えたぞ」
モニターの端、瓦礫の煙の向こうに、ロイヤルブルーの青い残光が捉えられる。
「――!はい、お話おしまい!ツバサ、集中して!」
「どっちがだよ」
ソラはハッと姿勢を正し、一瞬でシートへと身体を引っ込めた。
Ferrum Avisは、限界まで加熱したスラスターに火を灯して後を追う。コンソールのプロペラント残量メーターが黄色く点滅を始め、僅かな残量を知らせていた。サブカメラの代用映像に映るロイヤルブルーの青い光点は、速度計が限界値を示しているにもかかわらず、ぐんぐんとその距離を離していく。
「追いつく気がしねぇ……ってか、どこ向かってんだよ」
「たぶん狙撃機を潰しに行ってるはず。アイツ、二発目を撃たせて位置を割り出したんだ。さっきのも避けたってことは、遠距離狙撃は、間違いなくあの防御システムの『穴』なんだと思う」
「おぉ……」
つい先ほどまでが嘘のような、静かで鋭いソラの推測。ツバサは思わず感嘆の息が漏れる。
「けど、このままいけば挟み込める!狙撃機ともう一度協力して絶対勝つ!」
幾つもの崩壊した街区を抜けた先、ようやく視界が開けた。
小高く積まれた瓦礫の上。背面に巨大なレドームアンテナを背負った、漆黒のアルマの伏した姿がメインモニターにはっきりと映し出される。
その細い両腕には超大型ロングライフルが構えられており、大口径の銃口が、こちらへと真っ直ぐに向けられていた。
「っ!ツバサ、被ってる!!端に避けて!」
「サブカメじゃ分かりづらいっての!」
アンテナ付き狙撃機、突進するロイヤルブルー、そして後方を追うFerrum Avis。代替カメラの平坦な映像の中、三機の光軸が完全な一直線へと重なり合う。
ツバサは操縦桿を左へと大きく叩きつけ、フットペダルを全力で踏み抜く。銀灰色の巨躯が激しく傾き、その並びから横へと弾け飛ぶように滑り出した。
ソラがコンソールパネルを素早く操作し、外部通信の周波数を合わせようとした瞬間、黒い機体の抱えるロングライフルが、3度目の閃光を放った。
真正面から青い機体を捉えた死の弾道。
――だが、ロイヤルブルーは今度はステップさえ踏まなかった。その胸部装甲の前方に、突如として空間がねじ切れたような強烈な陽炎の歪みが発生する。
キィィンッ!と鼓膜を刺すような耳障りな高周波がコックピットにまで響く。
超音速で突き進んでいた大型弾丸の先端がその歪みに接触した瞬間、その場で回転速度を急激に落としていく。完全に推進力を相殺された巨大な金属塊は、装甲のわずか数センチ手前で、自重のままにアスファルトの地面へと力なく転がり落ちた。
「はぁ!!??」
「……弱点って話はどこ行ったわけ?」
ソラは大きく目を見開くが、瞬時にコンソールを叩きはじめる。
「――ッ!ツバサ、あれ!あの落ちた弾、回収して!」
「は?何言って――」
「いいから早く!!」
敵機を追いかける軌道のまま、Ferrum Avisは走り抜けざま、右マニピュレーターを地面へと滑らせた。しかし、画面上では弾丸を完全に捉えていたはずの金属爪は、アスファルトを空しく掠め、激しい火花だけを弾けさせた。
「チッ!」
ツバサは強引に操縦桿を振り回し、マニピュレーターのトリガーを再度引き絞る。再び伸びた金属の指先が、まだ熱を帯びて歪んだ大口径の弾丸を、今度はがっちりと締め上げた。
「ナイス!……これで」
ソラのコンソールでローディングスピナーが数度、円を描き、やがて弾丸のスキャンデータが転送された。モニターに、回収された弾丸の3Dモデルが明滅しながら展開され、その表面データと、周囲の環境グラフが幾何学的な階段状のチャートを描き出す。
「……んー……ん?」
ソラはデータに既視感を覚える。画面をスワイプし、弾丸の表面データと、先ほどロストルムが敵の防御システムに捕らえられた時のログを重ね合わせた。
「え!?これッ……!」
二つのウィンドウが融合した瞬間、別々の画面で不規則に踊っていたパルス波形が、吸い寄せられるように一本の太い赤線へと重なり合う。かつてソラがシステムエラーとして処理していたノイズのログと、弾丸から検出された残留起電力のスパイクが、全く同じ軌跡を描いていた。
ソラは両瞼をきつく閉じ、額に手を当てる。
――コンマ数秒の後、弾かれたようにその双眸を見開いた。
「……電磁気!!『対MHD P.F 兵装』!!」
ソラは、すぐさまロストルムの機能仕様書を最下層まで展開した。そこに現れる『不規則電磁サージ放射機構』の文字列。
その光に、ソラの指先が重なる。
「――いける。ツバサ……次の一撃、必ず当てるよ。この、ロストルムで!」
◇
漆黒のレドーム機が放つ細いバーニア光に対し、ロイヤルブルーの背面から噴き出す青い熱線はその数倍の太さがあった。
振り向きざまに構えたロングライフルは、接近した青い影の一閃により、火花とともに真っ二つに両断される。ロイヤルブルーは、ブレードを振り抜いた勢いのまま右サイドの姿勢制御バーニアを爆発的に噴射させる。急制動の慣性をすべて乗せた――鉄山靠。装甲の塊である左肩が、黒い機体の胸部へと真横から叩きつけられた。
ドゴォッと重い破砕音が響き、衝撃で吹き飛んだ黒いアルマが瓦礫の斜面を派手に転がる。
四肢を投げ出して動かなくなった漆黒の機体を見下ろし、ロイヤルブルーは左腕のブレードを大きく背後へと引き絞った。右側しか残っていないカメラアイの光学レンズが、かすかに駆動音を立て、倒れた機体のコックピットハッチの中心へと、冷徹にピントを合わせていく。
――完全に無防備となったその背中。
ブースターを限界まで吹かしたFerrum Avisが突進し、そのど真ん中へ向けてロストルムの切っ先を真っ直ぐに突き出した。
「いっけぇぇ!!」
しかし、青い機体は振り向きさえしない。
穂先が装甲に触れる寸前、激しい金属摩擦音が大気を引き裂いた。先ほどと同様に発生した強烈な陽炎の歪みに阻まれ、ロストルムの推進力が消えていく。後席モニターに映る速度計の数値が、ゼロに向かって猛烈に急降下を始めた。
完全に停止する、その寸前――。
ツバサの指先が、操縦桿のトリガーをカチリと押し込むと、それに連動して、Ferrum Avisの鋼鉄のマニピュレーターが、ロストルムのシャフトに備えられたトリガーを深く引き絞った。
「刺さって……くれよッ!!」
瞬間、ロストルムの槍頭から高電圧のスパークが爆発的に吹き荒れ、青い機体の背を覆っていた陽炎の歪みが、パッと四方に霧散する。
「ぶっ放せよ!二速ッ!点火ァァッ!!」
ソラの叫び声と共に、ロストルムの柄に設けられた装甲カバーが外側へと跳ね上がり、内蔵された独立推進エンジンノズルが露出する。凄まじい咆哮とともに、極大のバックファイアがメインモニターの視界を真っ白に染め上げた。
ゴオォォォッ、と鼓膜を震わせる爆音。ゼロになりかけていた推進力を無理やり引き上げ、強制点火された槍が爆発的な速度で空間を貫く。
――金属同士が超高速でぶつかり合う凄まじい悲鳴が上がる。
鋭利な鉄塊は、ロイヤルブルーのコックピットハッチのわずか数センチ側方を完全に貫通し、そのままアスファルトを粉砕して深く突き刺さった。衝撃の余波で、周囲の地面がクレーター状に陥没し、濃密な土煙が画面全体を覆い尽くす。
あまりの慣性に機体の制御を失ったFerrum Avisは、槍を手放し、火花を散らして地面を転がり回る。
「――っ!!」
「うっ!!」
けたたましいアラートが鳴り響くコックピット内で、二人の身体がセーフティハーネスに強く締め付けられ、骨が軋む。
「ど、どうなった?!」
地面を転がった衝撃によってサブカメラの映像に激しいノイズが走りだす中、ソラはシートから上半身を乗り出すようにして、目の前のメインモニターをじっと凝視していた。
巻き上がる凄まじいスモークの向こう側。
やがて土煙がゆっくりと風に流されていく中、地面に深く突き刺さったロストルムだけが残され、そこにロイヤルブルーの機影は、すでに影も形もなかった。
周囲を高速走査するレーダーの緑のラインも、ただノイズの波形を拾っている。
◇
太陽光も散乱し尽くした、息の詰まりそうなトワイライトゾーン。
昨日まで港にその巨体を横付けしていた潜水揚陸艦シレーヌは、地上での戦闘開始とともに潜航を完了し、推進音を完全に殺したまま沿岸の海底に静止していた。
全長162メートルに及ぶ黒鋼の艦体は、外海の潮流にその身を委ねている。
極限まで省力化された耐圧殻内の発令所は人工的なLEDの光に満ちており、所内正面の巨大モニターには、激しい砂嵐と化した広域索敵データと、冷酷に点滅を繰り返す『LOST』の赤文字が映し出されていた。
そのコンソールの足元、軍帽から白髪交じりのグレイヘアをはみ出させた男が、両手で頭を抱え、床に突っ伏していた。
「まずいッ!まずいまずいまずいッ!!」
「お、落ち着いて下さい。副長」
男と同じく、グレーの軍服に身を包んだミディアムショートの女が、床に膝をつき、困ったように眉を八の字に下げて男を覗き込む。
「落ち着けだとおぉッ!?ここで落ち着ける度量があるなら、私は今ごろ“大佐”だ!!」
「な、なんですか、その強気な自虐は……」
「あぁぁ!!終わったんだ!!遂にナレムたちとの連絡も途絶えた!いったい被害状況はどうなってるんだ!それに、あのバカ王子まで行方不明!お飾りのくせに勝手に出歩くなよ!……私は、私はどうすればいいんだ!どうすれば、昇進できるんだぁ!!」
女は小さくため息をつくと、フロアの上で仰向けになって激しく身悶えする男の肩に、宥めるようにそっと手を添える。
「ま、まあまあ。とにかく今はみんなの無事を祈りましょう……」
――突如、発令所の気密ドアが蹴破られ、パイロットスーツを身に纏った小柄な少女が怒鳴り込んできた。
「いい加減うっさいわよ!」
「ああぁぁッ!」
副長はドアの方へ目もくれず、未だに床の上をゴロゴロと転げ回っている。
「イブちゃん」
「メイラ、そいつには何言っても無駄よ。昇進しか頭にない上に、バカで、クズで、のろまで、ハゲで、臭くて、性格まで悪くて、おまけにパッとしない人生――」
「さすがに言いすぎだろ!ハゲ隠しの帽子じゃねーし!てか、ハゲてねーし!どう見てもフサフサだし!」
副長は跳ね起きるように上半身を起こし、フサフサ(自称)の白髪を掴んでイブを鋭く睨みつけた。
「ったく。だから、私を出せって言ったのよ」
イブはふんぞり返るように胸を張り、呆れた顔で副長を見下ろす。
「はっ、それは無理だね!なぜなら、私にそんな権限はない!シレーヌが勝手に潜航した時点で全部終わりなんだよ!!」
「はいはい。メイラ、そろそろお昼にしない?」
イブは副長から視線を完全に外し、ないものとする。
「うぅん、そうね……副長もご一緒にいかがですか?」
「えぇ、そんなヤツ放っておいていいでしょ。早く行こ?」
イブは不機嫌そうに口元を歪めると、返事を待たずしてメイラの腕を強引に引っ張る。
「え、ちょっとイブちゃん!……あの、それじゃあ失礼しますね……」
メイラは、既に歩き出しているイブに引きずられながらも、床の副長へと必死に振り返り、ぎこちない笑顔で頭を下げて去っていく。
「あっ、おい!貴様ら!」
副長の声が響く中、発令所の数少ないオペレーターたちは一切顔を上げず、淡々とキーボードを叩く音だけを室内に響かせていた。
「……クソッ!これが俗にいう“階級差別”か!」
副長は被害者面で、被害妄想に絡めとられながら、床の鉄板を拳でバンバンと叩く。その拳に走る痛みこそが「差別」だと確信したのだった。
次回は7/18(土)です。




