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#1 鉄翼はね……

 ――鼓膜を破るような爆音と、世界を白く塗り潰す閃光。


 私の日常は、昨日で終わってしまったのだろうか。


「……ッ、げほっ、かはっ……!」


 肺に詰まった鉄の匂いと焦げ臭さに激しく咽せ返りながら、震える手で頭上の金属ハッチを押し開けた。


 外の空気を吸い込んだ瞬間、熱を帯びた煤が容赦なく喉を焼く。


「…………嘘、だよ」


  必死に這い出た先に広がっていたのは、見慣れた学園の風景ではなかった。


 つい今朝まで、クラスメイトと笑い合っていた場所。


 そこにはもう、何もない。


 周囲は一面の焦土と化し、赤黒い炎だけがバチバチと音を立てて舐めるように燃え広がっている。


 開けた私の視界を更なる絶望が支配した。


 毎朝通っていた通学路も、寄り道したお気に入りの本屋も、全てが黒い瓦礫の山に変わって過去のものになっていた。


「……ぁ」


 無意識に手を伸ばす、上手く力が入らない。


 みんな、消えた。


  呆気にとられ、悲鳴を上げることも、俯くことさえできない。


 ただ、炎の向こう、完全に崩壊し見る影もない街の中、幾機もの巨大な鉄塊たちが、激しい金属音を打ち鳴らしながら絶え間なく殺し合っている。


  私の胸を占めていた憧れは、無慈悲な暴力となって、私のすべてを奪い去っていった。




   ◇




 雲一つない青空。太陽は容赦なく大地を焼き付けている。全高5メートルほどの二足歩行の鉄塊はぎちぎちと駆動関節を軋ませながら、その巨体を屈めて森の木陰に身を潜めていた。ベアメタルの装甲は、直射日光を浴びて陽炎かげろうが立つほどに熱せられている。


 遠くの方で、エコーのかかったくぐもった男の声が木霊こだまする。


『何度やっても同じさ。隠れてばかりじゃ僕らに勝つことは不可能だ!諦めて降参したらどうだい?』


 返事はなく、風に揺れる木々の声だけが響き渡る。


「ったく、何が降参なの!調子乗っちゃって……!ほとんど先輩のおかげじゃん」


 鉄塊の中、狭苦しい空間で女がぶつくさと文句を言いながらも、目の前にあるモニターを鬼気迫る表情で操作し続ける。


「右腕に左足……ブースターもあとちょい。もう降参でよくね?アッツいしさぁ……早く帰ってアイスでも食べようぜ?」


 手前に座る男は両手を頭の後ろで組み、あくびをすると、後ろの女を見上げた。


「なぁ、ソラ……おーい、聞こえて――」


「う・る・さ・い!ツバサは操縦にだけ集中してて!今は待機!弱音禁止!アイスも禁止!!」


「……へーい」


 ツバサは抗議の言葉を飲み込むように小さくため息をつき、気怠げに操縦桿を握り直した。


 前席のパイロットシートと、一段高い後席のオペレーターシートが縦に並ぶ、複座式のコックピット。その狭苦しい密室は、大型PCを何台も同時に回しているかのような機械熱と、二人の汗の匂いでうだるような暑さに満ちていた。気休めにもならない冷却ファンが、耳障りな唸り声を上げながら生温い風を循環させている。


『そこの岩の裏かい?』


 外部スピーカーから、余裕を含んだ男の声が響く。岩山の向こう側で、対戦相手の機体が重たい駆動音を響かせながら確実にこちらへ歩を進めていた――。


 ついに限界が訪れ、ツバサが操縦桿から手を離して降参を口にしようとした、その時――後席のひじ掛けを叩く鋭い音が響き、ハーネスから放たれたソラが勢いよく立ち上がった。


「よし!いける!」


 その大音量にびくっと肩を震わせたツバサは、サボりを悟られまいと、そっと操縦桿に手を戻し、怪訝な顔で振り返ると、ソラは何も訊かれていないのにペラペラと喋り出した。


「ここから勝つのははっきり言って不可能!……普通ならね!!」


「……えぇ」


 じゃあ無理じゃん、という文句を挟ませない勢いで、立ち上がったままソラはまくし立てる。


「相手は、私たちが岩陰の左右どっちかから来ると思ってるはず。だから、そこを逆手に取る!」


「……どうやって?」


「フフン…失念しちゃいけないよ?杜ノ﨑(もりのさき)一の天才オペレーターとは、この私のことなんだよ!」


「おぉ、いつものやつ」


 ソラは決まったと言わんばかりのドヤ顔でポーズを決めたが、ツバサは心底興味なさそうに手を叩くのみ。しかし、一人勝手に気分が良くなっているソラにとって、そんなことはどうでも良かった。


「で、その作戦とは?」


「ズバリ!」


「ズバリ?」


「ズバリ!!」


「「…………」」


 互いの間に緊張が走る……こともなく、異様にタメが長い。


「やっぱ降さ――」

「岩を飛び越えて上からの奇襲だぁ!」


 ソラはコンソールを激しく叩き、正面のメインモニターへ人差し指を突き立てた。


「……だから、ブースター足りなくね?」


 ツバサは顔の周りでバタバタと動く足を手で払いながら、目の前のモニターに赤く明滅する残量ゲージを指差した――が、ソラは怯まない。


「私たちが乗っているこの『Ferrumフェルム Avisアヴィス Mk-II(マークツー)』の最たる特徴は何かね、ツバサ君?」


 調子付くソラと対照的に、ツバサの顔が曇りだす。


「げ、またそれ――」


「そう!『鉄翼てつよく』だよ!何と言ってもこの背中に生えた鉄翼なんだよ!」


 転げ落ちそうになるほど身を乗り出して、ソラは語り出してしまう。


「そもそも!“人型”で飛行するってだけでも奇跡なのに、この限界まで軽量化した装甲! 剛性!そして何よりそのシルエット!この背中のラインが、合理性を超えた美しさを――」


 ソラは狂ったようにコンソールを叩き、どこからともなく取り出したデータシートをめくりながら、息を継ぐ間もなく早口でまくしたてる。コックピット内の酸素濃度がソラの熱弁だけで消費し尽くされそうになったところで、ツバサが冷や水を浴びせた。


「けど、実際に付いてるの、ただの飾りじゃん」


 ――わずかな沈黙。


「ツバサ、鉄翼はね……」


「……?」


「“ロマン”なんだよ!!」


「ダメじゃねーか」


 ツバサたちの乗る、この“競技用アルマ”に装備されている鉄翼は、ソラが勝手に改造したお世辞にもスタイリッシュとは言えないハリボテの翼だった。もちろん飛べはしない。


 しかし、今回ばかりは違うとソラは噛みつく。曰く、調整に調整を重ねたことで若干であれば飛行が可能になったのだと言う。


 ツバサは眉をひそめざるを得ない。今回も騙されると通算で17回目となってしまう。


「若干って?」


「んー、まぁその時のコンディションにもよるだろうし、一概にこれと言うんじゃなくて、適宜各自の判断に委ねられているというか、鉄翼は生ものと言いますか……」


「そんな生ものあってたまるか……で、どれくらい?」


「もう、うるさーいっ!時間ないよ!はやくして!勝負は一度きり、準備はいい!?」


 ソラが大声ですべてを掻き消して操作を再開すると、ツバサは喉まで出かかった言葉を飲み込み、諦めて前に向き直った。


 二人の相手はソラの予測通り、左右どちらからツバサたちが現れても対応するためか、自ら攻めはしない。


『どうした?怖気づいたかい?それなら――』


「今!!」

「ウス」


 相手が動きを見せたその瞬間!隙を突いて“Ferrumフェルム Avisアヴィス Mk-II(マークツー)”は、翼を広げ空へ翔る!!――という妄想。


 ズドンッ!


 数トンの質量を持つ鉄塊が、ブースターの貧弱な爆炎を上げて強引に跳躍する。だが、ソラの計算(という名の願望)は無情にも打ち砕かれた。


 放物線を描くはずだった機体は、目測を誤って岩山の角に右足を引っかける。バランスを完全に失った機体は、派手な金属音を立てて、対戦相手の足元へと文字通り「転げ落ちた」。


 その姿には、かけっこの最中にこけてしまった子供のように、見ている人間が思わず手を差し伸べたくなるような気まずさがあった。


『何をやってるんだ君たちは……』


 落下による衝撃で、各関節部やパーツに付いているセンサーが反応し、機能を停止する。


『お疲れさん。先戻ってるぞー』


 正面の機体から、実にあっさりとした女の声が響く。こちらの様子など気にも留めず、アルマは重々しい駆動音を立てながらも、どこか軽快な足取りで去って行ってしまった。


 一方、転げた鉄塊の中では、システム停止によるブザーだけがけたたましく鳴り響いていた。


 前席でハーネスに締め付けられたままのツバサのすぐ横に、なぜかソラがいる。


「おい、何で居んだよ……」


 興奮して立ち上がっていたソラが、あのテンションでハーネスを留め直しているわけがなかった。結果として二人は、狭いコックピットの中、肩も頭もくっつけ合い、仲良く逆さまになっている。


 ツバサの冷ややかな視線に気づいたソラは、にこりと微笑んだ。


「……うん!私たちも、帰ろっか?」


「無理があるだろ」


 顔の前で両手を合わせ、可愛くごまかそうとするソラ。


 ツバサはそんな相棒へ、今日一番の苦々しい顔を向けるのだった。


「アイス奢れよ」


「いやだ。アイス禁止。ツバサが奢って」

 

「めちゃくちゃじゃねーか」


 支離滅裂なソラに呆れ果てるツバサだったが、マイペースにソラが喚きだしてしまう。


「だって!!あんな状況から勝てるわけないじゃん!無理だよ無理!!」


「そのための降参だろうが」


「先輩が強すぎるだけじゃん!ズルだよズル!!私だってハイルゼンの最新モジュールだったら、絶対いけてたよ!!」


「マンパワーの差をマシンで埋める方がズルだろ」


 ツバサはハーネスを緩めて器用に体を起こすと、強制解放したハッチから外へ這い出るついでに、駄々っ子になってしまったソラを猫のように首根っこから引っ張り出した。


「ねぇ!ちゃんと聞いて!」


「あーはいはい、負け負け。帰るぞ」


 喚くソラを引きずったまま、ツバサは部室へと歩き出す。


 夏の容赦ない太陽の下、完全に沈黙した鉄塊だけが、森の中に静かに残されていた。



   ◇



「あ゙ぁー、疲れたぁ……」


 学園の敷地の片隅に、申し訳程度にポツンと建てられたトタン屋根の格納庫。


 それが彼らの部室であり、ガレージだった。


 一歩足を踏み入れれば、錆びた鉄、削り出されたゴム、そして重苦しい機械油の匂いが鼻を突く。首振り機能の壊れた古い扇風機が、カタカタと頼りない羽音を立てて室内の熱気をぬるくかき回していた。


 薄暗いガレージの奥には、錆や傷が目立つ“競技用アルマ”が二機、鎮座している。“ハイルゼン公国”の次世代機とは比べるべくもない、剥き出しの油圧シリンダーと無骨なフレームで構成された、泥臭い彼らの相棒である。


「あっ、ソラちゃん。おつかれさま~」


「ありがと、チサぁ……」


 戻ってきたソラは、チサからタオルを受け取り、両腕をだらりと垂らしたまま重い足取りで奥の小スペースへ消えた。力なくカーテンが引かれ、間もなくパイロットスーツが肌を滑るガサついた衣擦きぬずれに続いて、シャワーの音が響き始める。


「……はぁ」


 遅れて戻ってきたツバサは自分の荷物からタオルを取り出すと、その場でスーツを脱ぎ出してしまう。


「おぉー、お疲れさん」


「本ッ当に疲れた。早く帰って寝たい」


 ベンチに座り、扇風機の風を浴びながら寛いでいる男の部員は、口先だけの労いの言葉とは裏腹に、ツバサの方を一瞥しただけで手元の漫画雑誌に視線を戻した。


「フン♪フフフーン♪ツバサくんもおかえり~♪シュンちゃんと一緒にお茶でも飲む~?」


 チサは鼻歌を口ずさみながら電気ケトルのスイッチの前で、カラフルな7種類のスティックを一つのカップにぶち込んでいる。


「パス」

「俺も別にいいかなぁ、なんて……」


 切り捨てるように即答したツバサに対して、シュンは口をもごもごさせて目を合わせない。そんな二人の返事に、チサは絵に描いたような八の字眉になっていた。


「……やっぱり喉渇いたからもらおうかな!」


「りょうか~い♪」


 瞬間、ケロッとした表情に戻り、再び鼻歌交じりにスティックの封をどんどん開けていくチサ。


「……過激派な彼女だな」


 軽く体を拭いて、着替え終わったツバサはシュンの横に腰を掛ける。


「別に、んなことねーよ。まっ、お前よりマシかな?」


 シュンは雑誌を放り出すと、ニヤニヤしながらツバサの方をのぞき込む。


「で、また先輩にボコられたわけ?」


「ソラがな」



 私じゃなーい!!



 遠くの方から何か聞こえてくるが、シャワーの音でよく聞こえていない体で会話を進める男子二人。


「どうせいつもみたいに変なことしてたんだろ?」


「ソラがな」


「もういっそのこと、あの邪魔なハネ取った――」


「ハネじゃなくて鉄翼!!あと邪魔でもない!!」


 バンッと勢いよくカーテンが開くと、制服姿のソラがズカズカとシュンに詰め寄り、その顔の前に刺さらんばかりの勢いで人差し指を突きつけた。


「いい!?鉄翼はロマンなの!ロマンは栄養なの!栄養がなきゃ死ぬの!!」


「イエス!マム!」


「ん、よろしい」


 条件反射で敬礼するシュン。そこへチサが「おまちどうさま~♪」と“混ぜすぎた絵の具のなれの果て”を運んできた。


「はぁ~い♪チサちゃん特製『レインボースカイ茶』召し上がれ~♪」


 ソラは当然のようにそれを受け取ると、当然のように口をつける。


「ありがとうチサ。今日のもなかなかいけてるよ」


「えへへぇ、でしょ~?」


 二人のほんわかとした雰囲気とは真逆のシュンを、レインボースカイ茶が襲う。


「い、いただきま~す! ……っ!!」


 シュンは一口飲んだ瞬間、喉を掻きむしってドラム缶のようにベンチから転げ落ちた。口内滞在時間、わずかコンマ2秒の一撃KOだった。


 そうこうしていると、高い位置からやや棘のある声が降ってくる。


「さっきから、少しは静かにできないのかい?」


 男は、鎮座していた競技用アルマのコックピットからキャットウォークに移ると、メガネを中指で押し上げながら皆を見下ろした。


「あっ、カケルくんもおつかれさま~♪レインボースカイ茶、飲む~?」


 高圧的な態度を意にも介さず、チサは兵器を薦める。


「ありがとうタチバナさん。けど、遠慮しておくよ」


「そっかぁ、残念……」


 カケルの危機回避能力は高かった。


「そんなことより時間はいいのか?」


「……?」


 カケルは腕を組んで偉そうな態度のまま、ソラの方に視線を向けるが、イマイチ察しの悪いソラに肩透かしになる。


「セレモニーだよ!君の頭はそんな――」

「え! ウソ! もうそんな時間!?」


 カケルがメガネを光らせて不敵な笑みを浮かべた瞬間、ソラがその顔の真ん前で大声を上げた。カケルは言葉を喉に詰まらせる。


「ちょ、僕が今しゃべって――」

「間に合わなくなっちゃう! ツバサ早く荷物まとめるよ!」


「…………」


 カケルは皆に背を向けて、呪文のように何か呟き続けているが、誰の気にも留まることはなかった。


「ソラちゃん、“セレモニー”ってなぁに~?」


「港に来てるんだよ!ハイルゼンの軍用艦が!!」


「あぁ、そういやなんかニュースで見たな。本国から王子が来るってやつ。本国の奴らが来るの、街の警備がうるさくなって嫌なんだよなぁ……」


 シュンは、カケルと違いスムーズに会話に混ざる。


 現在、杜ノ﨑(もりのさき)の港には本国『ハイルゼン』から軍用艦が来ており、その歓迎セレモニーの開始時刻が、今まさに目前に迫っていた。


 ソラはポケットから端末を取り出し、画面を皆に突きつけた。


 画面に映し出されたのは、漆黒の塗装に覆われた、マッシブなシルエットを持つ巨大艦艇だった。


「じゃーん!最新鋭潜水揚陸艦(せんすいようりくかん)『シレーヌ』だ!」


 そのテンションの高さに少し興味が湧き、ツバサ以外の二人は顔を寄せて画面をのぞき込む。


「見てよこの、水流抵抗を極限まで削ぎ落とした流線型の船体ハル!ステルス性を追求した吸音タイルの並び! でもねツバサ、本当に恐ろしいのはハードウェアじゃないの……」


 一人話を聞かずにベンチに座り直していたツバサの、その目の前に、不意にソラが横からヌッと顔を覗かせた。ツバサは思わずびくりと身体を震わせる。


「っ!……はいはい」


 身を乗り出すソラに、ツバサは明らかに嬉しそうではない。だが、一度火がついたソラの口は止まらない。画面を狂ったようにスクロールしながら捲し立てる。


「世界初の完全自動運行を可能にした自律型AI――それこそが、この艦の頭脳であり名前でもある『シレーヌ』なんだよ!!人間のクルーが居なくても、AIの判断だけで揚陸ようりく作戦を完結させちゃうの! 意思を持つ巨大な質量が、水中を音もなく突き進む……まさに“生ける海の女王”! ロマンの極みじゃない!?」


「「おぉー」」


 シュンとチサはパチパチと手を叩く。


「って、こんなことしてる場合じゃない!……ツバサ、行くよ!遅れたら私のロマンがああぁ!」


 ソラは一人でまくし立てると、ツバサの腕をガシッと掴んだ。


「おい、引っ張るなって……!」


 嵐のような騒がしさで、二人は部室の外へと飛び出していった。


 ――が、数秒後。ドタドタと慌ただしい足音と共にソラだけがひょっこり顔を戻した。その視線が、キャットウォークの上にいるカケルを捉える。


「そうだった。カケル、今暇?」


 カケルは中指でメガネを押し上げると、フンと鼻で笑う。


「暇なわけがないだろう。これから今日の模擬戦のデータを精査し、君たちの致命的な操縦の欠陥をリストアップして――」


「じゃ、外のアルマ回収おねがい!じゃあね!」


「……はぁ!? なんで僕が!」


 カケルの怒号を無視して、ソラは今度こそ風のように去っていった。


「クソっ……あのロボットバカ共め!」


 カケルはキャットウォークの手すりを乱暴に叩くと、下にいるシュンを鋭く睨みつけた。


荒木アラキ、君も手伝っ――」


「わりぃカケル、俺これからデートなんだわ」


 下から、シュンがチサと並んでひらひらと手を振る。


「……は?」


「ま、そういうわけだから。ガレージの戸締りよろ~」


「カケルくん、また明日ね~♪」


「な!おい、待て!橘さんまで――!」


 身を乗り出し、届くはずもない腕を伸ばす。その制止も虚しく、二人は仲良くガレージを後にした。


 だだっ広い鉄小屋に、独りの男がただ一人。


 メガネを掛けなおし、一呼吸置くと、もぬけの殻となった空間に向かって声を張り上げる。


「……フン!僕一人で十分さ!誰も彼も、僕のありがたみを思い知るがいい!……思い知るがいい!!」


 意地を張った声が消え去った後、ガレージに残されたのは、頼りない羽音を立てて回る扇風機の、ぬるい「ブゥーン……」という音だけだった。



「扇風機くらい止めていけぇー!!」



   ◇



 抜けるような青空の下、杜ノ﨑(もりのさき)の街に二人の男女が来訪していた。


 キョロキョロと辺りを見回す男の隣を、通りすがりの女が横切る。その時、女のカバンから、ハンカチが音もなく外に出てしまう。


「あの、すみません!……落としましたよ?」


 すかさず拾い上げると、男はブロンドヘアをなびかせながら女に駆け寄った。


「……っ!あ、ありがとうございます!こちらこそすみませんでした!失礼します!」


 女は短く礼を言うと、顔を赤くしながら走り去っていってしまう。


「……可愛らしい人だね」


 ひとり呟く男の横で、同じ髪色の女が、道端に直接座り込んだまま手に持ったデバイスに集中している。画面には、ボロボロになって大破したロボットが倒れており、ファンファーレのような気の抜けた電子音と共に“KO”の文字が浮かび上がる。


「のどかでいいところなんだね……そうは思わない?」


「…………別に」


 女は目も合わせない。


「……ふふ、残念だよ……本当に」


 男は眩しそうに太陽に手を伸ばし、その碧い瞳に“今”を焼き付けていた。


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