三章 観光案内神
老人は人生の終わりを迎えていた。だが恐れていたのは死ではない。「死後の世界ってどんな所なんだろうな」そんな好奇心を抱いたまま死んだ男の物語。
神は困っていた。
数兆年生きてきた。
世界の始まりを見た。
星の誕生も見た。
文明の興亡も見た。
数え切れないほどの人間を見てきた。
だが。
目の前の人間ほど理解できない存在はいなかった。
「神様」
「なんだ」
「観光まだ?」
神は頭を抱えた。
これで何回目だろう。
いや。
何十回目だろう。
「まだだ」
「なんで?」
「説明が終わっていない」
「説明は聞いた」
「聞いただけだ」
「理解もした」
「なら何故観光したがる」
「見たいから」
神は黙った。
何度聞いても同じ答えだった。
その時。
神はある事に気付いた。
待て。
こいつ。
死後の世界へ来てからずっとこんな調子だ。
観光したい。
見学したい。
まさか。
「お前」
「ん?」
「もしかして」
「うん」
「神である俺を観光案内人か何かだと思ってないか?」
俺は少し考えた。
本当に少しだけ。
「違うよ」
神は少し安心した。
だが。
次の言葉でその安心は砕け散った。
「観光案内人ならもっと色々案内してくれるし」
神は黙った。
数兆年生きてきた。
神としての威厳もある。
知識もある。
力もある。
だが今。
少しだけ殴りたいと思った。
「お前は何が欲しいんだ」
神は話を変えた。
人間は少し考えた。
「欲しいもの?」
「そうだ」
「そうだなぁ・・・」
珍しく長く考えている。
神は少し期待した。
何かあるだろう。
人間らしい願いが。
だが。
返ってきた答えは。
「特に無いかな」
神は固まった。
「無い?」
「うん」
「一つもか?」
「無い」
「では何故そんなに色々見たがる」
人間は首を傾げた。
「見たいから」
神は天を仰いだ。
やはりそうなる。
「世界を支配したいとは思わないのか」
「面倒くさい」
「名声は」
「別に」
「永遠の命は」
「もう死んでるし」
神は理解した。
本当に欲が無いのではない。
欲の方向がおかしいのだ。
この男は。
未知に対して異常なほど貪欲だった。
「神様」
「なんだ」
「神様は全部見たの?」
神は固まった。
「いや」
「じゃあ見たいと思わない?」
神は黙った。
考えたこともなかった。
「必要ないからな」
しばらく沈黙が続く。
俺は少し考えた。
そして。
「もったいないなぁ」
神は固まった。
数兆年ぶりだった。
ただの人間に価値観を揺さぶられたのは。
だが。
不思議と腹は立たなかった。
むしろ。
少しだけ面白かった。
「面白いやつだな」
神は小さく呟いた。
「ん?」
「いや」
神は少し笑った。
本当に少しだけ。
「お前」
神は言った。
「ん?」
「もし観光できるとしたら最初にどこへ行きたい」
俺は少し考える。
本当に少しだけ。
そして笑った。
「神様の世界」
神は黙った。
そして。
本気で悩み始めた。
こいつを神界へ連れて行ったらどうなるのだろうと。




