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第1章 最後の好奇心

老人は人生の終わりを迎えていた。だが恐れていたのは死ではない。「死後の世界ってどんな所なんだろうな」そんな好奇心を抱いたまま死んだ男の物語。

無機質な電子音だけが鳴っている。夕陽の光でオレンジ色に染められた病室。

静かな部屋だった。


老人は少し難しい顔をしている。

「お父さん」


「ん?」


「またあれ見たいこれ見たいって考えてるの?」



ベッドの横に立つ娘が、呆れたような顔でこちらを見ている。


老人は笑いながら

「よくわかったね」

「娘だもん。わかるよ。」


病室に小さな笑いが広がった。

そんな中小さな声で孫娘が

「怖くないの?」と

悲しそうな顔で聞いた。


老人は少し考えた。


死が怖いか。

そう聞かれているのだろう。


「怖いかどうかで言えば、ちょっとは怖いかな」



孫娘は俯く。


老人はゆっくり天井を見上げながらこう言った。


「ワシが怖いのは死ぬ事ではない。」

「何が怖いの?」

「気になる事の答えが見れんまま終わることじゃな。」


「気になること?」


「そうじゃ」


少女は首を傾げる。


老人は笑った。


「死んだらどうなるんだろうなって」


娘がまた呆れた顔をした。


「お父さんってば、本当に変わらないね」


「だって気になるじゃないか」


家族が苦笑する。


昔からそうだった。


この人はずっと変わらない。


子供の頃からずっと。




小学生時代。


「将来なりたい事を発表しましょう」


先生の言葉に教室が盛り上がる。


「野球選手!」


「ケーキ屋さん!」


「警察官!」


元気な声が続く。


そして。


「じゃあ次は君」


少年は立ち上がった。


少し考える。


本当に少しだけ。


そして答えた。


「タイムトラベラー」


教室が静まり返った。


先生も固まった。


「えっと……」


先生は困った顔をした。


「それは職業じゃないかな」


少年は首を傾げた。


「なんで?」


「なんでと言われても……」


「だって縄文時代見たいし」


クラスが笑い始める。


「恐竜も見たい」


さらに笑う。


「宇宙ができるところも見たい」


先生まで笑った。


だが少年だけは真面目だった。


本気だった。


だって見たいのだから。




時は流れ高校生。


昼休み。


友人たちが騒いでいた。


「もし宝くじ当たったらどうする?」


「車買う!」


「俺は家!」


「海外旅行!」


盛り上がる中、一人が老人――いや、当時の彼に聞いた。


「お前は?」


彼は少し考える。


「世界一深い海溝に潜りたいかな」


沈黙。


「なんで?」


「見たことないから」


「いや、他にもっとあるだろ!」

「金が欲しいとかさ」


「え?無いよ?」


本気だった。


彼にとってお金は目的じゃなかった。


見たいものを見るための手段だった。



大人になり、結婚して子供ができた。

仕事は忙しかったけど幸せだった。

動物園へ行った。

恐竜展へ行った。

深海魚展へ行った。

家族との時間は楽しかった。

それでも。


夜になると空を見上げる癖は治らなかった。


「あの星、今もあるのかな」

妻は笑う。

「また始まった」

「え?気にならない?」

「全然」

「そっかぁ」


彼には不思議だった。


だって気になるじゃないか。


あの星のことも。

海の底のことも。

恐竜のことも。

死んだ後のことも。


そして今

人生の終わり。


彼は窓の外を見ていた。


夕日が沈んでいく。

美しいと思った。


同時に思った。


まだ見たいものがある。


山ほどある。


だが不思議と後悔はなかった。

見たいものは尽きなかったが、

見たいと思い続けられた人生だったから。


娘が涙を拭く。


孫娘が手を握る。


老人は静かに笑った。


「なぁ」

「なに?」


孫娘が聞く。


老人は少しだけ悪戯っぽく笑った。


「もし本当に死後の世界があったら」

「うん」

「とりあえず観光してくるな」


病室が笑いに包まれた。


「最後まで変わらないね」


娘が言う。

老人は頷いた。


「そうだな、変わらないな」


そして

ゆっくりと目を閉じた。

最後に思ったのは恐怖ではなかった。

ただ一つ。

死後の世界ってどんな所なんだろうな。

それだけだった。

そして。

意識は途切れた。

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