22時 愛のメモリ
23時55分。
監視塔の最上階――階段の奥、暗闇の中から、時計の針のように規則的な靴音が響く。
現れたのは神宮だった。黒い制服が、闇に溶けている。
「千里眼か……」
そう呟いた後輩は白いコートを纏い、壁際の装置の傍に立っていた。
「貴方に勝てないのはわかってる。少し話そう」
後輩は肩を落とし、苦く笑う。
「これが、すべての答えだ」
彼女は黒いUSBメモリを示す。その端子は、装置に繋がれていた。
「このデータを破壊しなければ、世界は滅ぶ。
しかし破壊すれば、漣先輩の真実も、永遠に失われる」
彼女は記憶を操る能力者だった。この国のあらゆる機関を巡り、漣に関する記憶を消し回ってきた。
今、このUSBに残された映像だけが、彼の痕跡のすべてだった。
「0時まで貴方を止めることはできなかったが、残りは4分。USBのデータを無傷で外す時間はない。世界を救うには、破壊するしかない」
外では、悪魔も能力者も、すでに全滅していた。部屋に配置していた護衛も瀕死だ。
神宮の力の前には、時間稼ぎにすらならなかった。
「それだけの力がありながら、なぜ全てを壊してでも、先輩を救わなかった?」
「理由は分からない。ただ考え続けようと思う」
「……今夜、世界は滅ぶ。貴方の選択は結局間違いになる」
神宮は黙って、USBを見た。暗闇の中にカチカチと、赤い光が点灯している。
「君は、世界を滅ぼさない」
「未来でも見えたのか?」
神宮は静かに頷いた。後輩はハッと笑って続けた。
「未来は、過去と違って変えられるさ」
「未来も、変えられないよ」
沈黙が落ちる。秒針が一つ進む音がやけに大きく響いた。
再び、はっ、と後輩はため息を漏らした。
やはりこの男は悪魔だ。他人を救いなどしない。漣を再現すること、それにしか興味を持てないのだ。
今だって私の名前も知らず、"後輩"としか認識していないはずだ。
「もう映像を観る必要はない」
神宮はUSBメモリに向かって指を向けた。
「漣くんなら、“世界”を選んだ」
指先が赤く光り始める。
「最初、僕は漣くんを再現することを求めてた。でも、それは出来ない。ガラスの靴は、誰にも嵌まらないから美しい」
──ゴーン。
0時の鐘が鳴った瞬間、USBはパリンと割れた。
現実は残酷だから、過去には戻れないから、全てのものは移ろい行くから美しい。
「……そう」
「この1分を観ずに世界を救う。それだけで模倣を超えた継承だと分かるから。もう答えはいらない」
──ゴーン、ゴーン……。鐘が深く響き続ける。
「それが、貴方の答え?」
神宮は、僅かに頷いた。
「欠けたままの問いと生きる。僕は彼を愛してる」
時計は0時1分を指した。魔法が解けた後も、人々は生きていかなければならない。この不完全な世界で。




