後 下
「序でだから動機も話しますね」
暫く天井を見ていた自分はここの事件の功労者である隣人と何処かで自分達を見ているであろう刑事さん達に自分の動機を語る事にした。
「多分自分の家庭事情を知っていると思いますけど、決して祖父母達や大金目が眩んで自分を見捨てた家族達の復讐の為にやっていた訳じゃありません」
「だったらどうしてっ」
「食べ物を武器にしてみたかったから」
自分の言っている事が分からなかった様で隣人や婦警さん、恐らく監視していた他の刑事さん達も口をポカーンと開いて呆けている。
「決して食べ物に毒を入れるとか毒のある食べ物を使うんじゃなくて、食べ物を凶器にしてみたかったんですよ。
切っ掛けは何かのドラマでカッチコチに凍った海鮮物で人を刺したシーンを見て『自分も同じ事をしたい』と思ったんですよ。
いや、祖父母達の教育のせいで祖父母達の操り人形状態だった自分が初めて持った『気持ち』で『夢』だったんですよ。
だけど簡単に凶器に使える食べ物なんてある筈がないと諦めていたんですが、羊羹を持った時にずっしりとしていて『もしかして?』と思って二~三本程、切っていない状態の羊羹をスーパーで買ったんですよ。
それでそれを布でくるんで――ああ、布は祖母から貰ったお古の洋服や要らなくなった風呂敷やスカーフを使いやすく改造したんです――ちょこっと練習してから人を襲いました。
流石に善人を襲うのは気が引けますから、悪い人を襲う事にしたんです。最初の被害者は貴方が入居する前に住んでいた住人で、奥様やお子さんに暴力を振るうどうしようもない男でした。
ソイツが夜道で一人歩いている所を確認して背後から殴りました。
自分の考えは大成功でした。
羊羹で人を殴る事が出来たんです! 男が頭から血を流して倒れた時はそれはもう興奮しましたよ!! アレが『快楽』と言うものなんですよね! 初めての体験でした」
自分が興奮している姿を隣人達が引いているのを見て直ぐに落ち着かせる為に息を整えた。
危ない危ない。あの当時の事を思い出すと何時もこうだ。
「……話を戻しますが、男が入院している間奥さんは警察に被害届を出して子供を連れてシェルターに逃げ、男は退院後直ぐに逮捕されました。
それからもう、病み付きになっちゃいましてね。脛に傷のある人達を羊羹で殴る様になったんですよ。個人で調査するには時間がなかったのですが、馬鹿で可愛い弟が自分の為に獲物の情報を教えてくれたので本当に助かりました。
一番気持ち良かったのはやっぱり殺人未遂の男をボコボコにした時ですね。元暴力団の厳つい大柄の男を地に伏せた姿を見た時はそれはもう!!
……そう言う訳ですから自分の快楽の為に人を傷つけていたのです。決して正義の為にと言う訳なので悪しからず。ご迷惑をお掛けしました」
自分は隣人に頭を下げた。
隣人が逮捕されて一年が経った。
事件は解決して警察も別の事件に掛かりっきりになっている。それでも隣人の逮捕された当初は世間は相当大賑わいだったが、隣人の家庭事情が知られると隣人の家族は厳しいバッシングを受けた。
特に被害を受けたのは祖父母達が経営していた和菓子屋で、『犯行に使った羊羹を店で売っていた』と言う嘘の情報がSNSで流れた(凶器に使われた羊羹は隣人自身が全て食べきった)せいで売上が激減。
隣人への虐待や最悪な待遇を知った消費者から毎日の様に抗議の電話や悪質な悪戯を受け、さらに隣人の事を心配していた従業員達は隣人の犯した罪を知って、『こうなったのはアンタ達のせいだろ!!』と激怒してベテランの和菓子職人を含めた全員が退職したせいで老舗和菓子屋は廃業となった。
今は少ない年金と生活保護を頼りに今俺が住んでいるアパートよりもボロボロの公営住宅にひっそりと暮らしている。
隣人の家族も隣人を金で売った事が世間にバレてからマスコミやネット配信者から毎日の様に追い掛け回され、事実を知った近所の冷たい目に耐え切れず今でも引っ越しを繰り返しているそうだ。
当時勤めていた仕事も学校も辞め、祖父母からの支援での贅沢な生活から一転、今では日雇いの仕事で細々と暮らしている。
と言うのを一度週刊誌で読んだ事があるが、本当かどうか分からない。まぁ隣人が逮捕さえる前の生活は出来なくなっているのは間違いないと思うが。
そして隣人は。
今は刑務所に大人しく服役している。
生い立ちがかなり悲惨で多少の減刑はあったが、それでも動機が動機で、しかも本人は反省していなかったので執行猶予なしを判決された。
偶に手紙のやり取りもするのだが、刑務所の中のたわいの無い話と甘い物の催促だ。
あんな事があってもこの隣人は相変わらず甘い物が好きな様だ。
だけど俺と違ってこの隣人は和菓子よりも洋菓子の方が好きな様だ。
刑務所から出たら祝いにケーキを買ってあげよう。




