魂の真相 二十四
龍魔がいなくなって、この場にいるのは紫雲とガライと呼ばれた男だけになった。紫雲は背後の男を振り返る。
「あの、貴方はガライ……、さんと呼ばれていましたが、貴方もやはり普通の人族とは違うんですか」
ガライは感情の窺えない琥珀の瞳で紫雲を見つめると、言った。
「俺は特別に創られた存在だ。その為に何もかも奪われ、何もかも与えられた」
「それはどういう……?」
「そのままの意味だ」
「はぁ」
紫雲はそれしか言えなかった。全てを奪われて、全てを与えられたと言われても、紫雲にはその意味の糸口さえ掴めないのだから。
困惑した表情を浮かべていると、今度はガライから声をかけられた。
「紫雲、龍魔の言ったことは気にする必要はない」
紫雲は訝しげに僅かに眉根を寄せる。
「私が差別的だという話ですか?」
「あぁ。あんなことはお前にとって余計な事だ。あの二人と共にいれば、そのうちそんな気持ちはなくなるだろう」
それを聞いて、紫雲は更に眉根を寄せた。
「それは、貴方も私やあの二人が四獣だと言っていると捉えても?」
「事実、そうだ」
そう言われても、紫雲は素直に認めたくはなかった。だからだろうか、嫌そうにガライから顔を逸らしたのは。
そんな紫雲を無視するように、ガライは言葉を続ける。
「羅睺は放っておいていい相手ではない。奴は必ずこの世界を破壊するために動くだろう。それを未然に防ぐためにもお前達の力が必要だ。いや、羅睺を討つと定めづけられている。光竜が四獣を解放したという事はそう言うことだ」
「どういう意味ですか? 四獣がこれまでも何かから世界を護るために生まれたとでも? そう言う前例があるんですか? 私にはそんな記憶はありませんが」
思わず顔を戻して、詰問調に問う。ガライは紫雲と視線を合わせたまま答えた。
「四獣ではないが、時折、四方神という者達が生まれてくる。その者達も世界の東西南北を治める」
四方神。
陸王の生い立ちを聞いた時に、龍魔の口から出た言葉だった。世界の安定を保つ神だとは聞いたが、詳しくは分からなかった。
怪訝そうな顔をする紫雲にガライは説明した。
東神、西神、南神、北神の四柱があって、その者達には特に大きな力があるわけではないが、世界の均衡を保つのが役目とされていると。龍魔、ガライ、シリアの三人はその四柱が光竜から排出されたときから見守り、のちに導くのだ。今の紫雲に世界のあり方を教え、自らの役割を教え込むように。だが、四方神は飽くまでも人族だ。人間も獣の眷属も関係なく、なんらかの人族に生まれてくる。四獣と決定的に違うのは、魂が人族のものである点だ。神の魂ではない。そんな彼等がどう世界の均衡を保つかと言えば、対を慈しむこと。ただそれだけだ。特別な役割があるわけではない。それでも、たったそれだけのことで、世界の均衡は保たれる。四方神とは、それだけの役割の者達でしかない。だが、取り違えも起こるという。
取り違えは、本来の対ではない者を対だと誤ることだ。魂の条理から外れた行い。四方神が取り違えを起こすだけで世界の均衡が崩れて、世界が混乱することもあるのだ。
現状、一千年前に現れた四方神が最後となっているが、彼らは取り違えを起こした。東神の対は西神、南神の対が北神。だが東神が南神を対として北神から奪い、青蛇殿に立てこもった。
その事が原因で、精霊は混乱した。精霊が混乱したために、光竜の流れが正常に世界に流れなくなってしまったのだ。そうすれば、光竜の望まぬ天災が地上を次々と襲う。
最終的には、狂った東神が南神を殺害して、己の生命も絶った。その事で、西神と北神も対を失って死亡し、代わりに精霊の混乱は収まった。
その間、約三〇年ほどだったが、地上に生きる人族は半数近くまで一気に減少してしまった。この時の大混乱を、人族の中で最も寿命の長い妖精族は今でも記憶している。当時生きていた者が僅かながら未だにいるからだ。彼らはあの三〇年間を『東神の災厄』と呼んでいる。
「そんな。たかが一人の取り違えでそんな事になるとは」
「だが、均衡を司る者の力とはそういうものなのだ。そして今、今度は四獣の復活だ。四獣は世界の守護神だ。力尽くでも地上を羅睺から護らなければならない。それがどんな意味を持つか分かるな」
「例え私一人でも、四獣の役割を放棄すれば、地上は羅睺によって滅ぼされるという事ですね」
紫雲は軽く顎を引いて、硬い表情で答えた。
それに対して、ガライは頷く。
「そう言うことだ。神としてはほとんど力のない四方神でさえ、道を一歩誤れば世界が混乱に陥ったのだ。敵を眼前にした四獣が誤りを犯せば、次は世界の終わりだ」
紫雲はそこできっぱりと顔を上げると、尋ねた。
「貴方達は一体何者なんですか。一体、どういう役割を持っているんです」
「俺はガライ・ア・ロマ。シリア・マヴ・ロマと同じく、魂の選定者の名を持つ。だが、シリアの名を正確に訳すれば、『魂を選定し、管理の名の下に時に縛り付ける者』と言う意味になる。俺は『魂の選定者、魂の管理者』の意味だ。俺達は共に、神代から生きている」
「神代から……?」
「その時代から、四獣と世界を見守っている。そして、光竜が時折排出する四方神を導いてきた。これまで光竜は、四方神の排出はしたが、四獣の魂だけは排出しなかった。それだけ羅睺の存在がこの世界にとって危険だという事だ」
それを聞いて紫雲は僅かばかり考え込んだが、すぐに再び問うた。
「そんな二つ名を持つという事は、貴方達は直接世界に干渉せず、四方神に世界を任せてきたという事ですね」
「飽くまでも俺は、魂を選定し、その魂を管理するだけだ」
「魂を管理するのであれば、さっき言っていた『東神の災厄』の時に、貴方にも何か出来たのでは?」
「俺のすることは一つだけだ。それぞれの魂に役割を告げること。今、お前とこうして話をしているように」
「ですがさっき、全てを与えられたと」
「光竜は俺から全てを奪い、全てを与えた。それは、光竜の傀儡になったと同義だ。全てを与えられていても、全てを失っている。死ぬことすら出来ない。例え首を刎ねられようが、この身全てを喰らわれようが、俺は死なない。俺の血が滴った土からでも復活する。俺がするべき事は光竜の傀儡として、排出された魂に道を示すだけだ」
ガライはそう言う間、ほんの僅かでも表情を変えなかった。深い琥珀の瞳に感情が乗ることもない。だからと言って、諦めや絶望があるわけでもなかった。それさえ超越してしまっているのだろう。
ガライの中にあるのはおそらく、永遠の虚無だ。だから『東神の災厄』の際にも直接動くようなこともしなかったのだろう。
己の役割から外れるから。
紫雲はなんとなく、そう感じた。
それは、シリアも龍魔も同じだったのではないかと思った。ここに来てから出会った三人は、誰も直接動かない。己に与えられた役目『見守る』事以外に何もしないのだろう。『見守る』事こそが役割だから。
シリアの言っていた『お役目』とはそう言う意味ではないだろうか。
そんな風に思った。




