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魂の真相 二十

 陸王りくおうは既に日ノ本でのことは見切りをつけているが、雷韋らいの方が自分のことのように思ってしまっていた。


 しかし陸王から言わせれば、だから、なのだ。消滅するしかあの刀には未来はない。だったら、そうしてやるのが幼馴染みへの弔いにもなる。己の刀が、それも帝から特別に賜った刀が人への脅威になるのだったら、彼は躊躇わず消滅させる道を選ぶだろう。


 帝の顔に泥を塗る真似は出来ない。


 それが帝への忠心なのだ。日ノ本の民なら、誰であってもそう考える。


 それを雷韋に言って聞かせると、雷韋は不思議そうな顔をした。


「ん~、ミカドってそんなに偉いのか?」

「偉い、偉くないじゃない。歴代の帝は日ノ本の民の父母的存在だ。絶対不可侵とも言える。帝あっての日ノ本、民あっての帝。これは両立している。そして、帝は神の血を脈々と継いでいるからな」

「日ノ本の神様か?」

「そうだ。日ノ本には人間族しかいねぇが、創造神は天慧や羅睺じゃねぇ。だからって光竜でもねぇ」

「そんじゃ誰さ?」

「いちいち面倒臭ぇな」

「だって、結局ミカドって人も人間族なんじゃないのか? それとも、神様か?」

「神じゃねぇ。飽くまでも、神の血を継いだ『人』だ」

「だったら天慧と羅睺が創ったんじゃないのかよ。人間族なんだろ?」

「日ノ本は大陸が人代ひとよに入ってから、新しく生まれた島だ。だから、天慧と羅睺は係わっちゃいねぇ。日ノ本は男女二柱(ふたはしら)の神々が交わって国産み、つまり日ノ本と言う島だな、それを産んで、そのあと神産みをした。その国産みと神産みの余波によって、日ノ本の民が生まれた。それも、自然発生的に生まれているらしい。同じ人間族と見られがちだが、大陸の人間族とも少し違う。微妙に匂いが違うんだ」

「匂い?」

「俺は魔族だから、人の匂いに敏感だ。特に血の匂いにな。日ノ本の人間族と大陸の人間族は、その血の匂いが違う」

「ふぅん」


 雷韋は鼻を鳴らして頷いた。


「でも、魂は少陰と少陽なんだよな?」

「あぁ、それは大陸と変わらん。とは言え、人種として大陸の人間族とは違うってこった。帝も神の血を『継いでいる人』だ。歴代の帝の血筋を辿っていくと、天からくだってきた神にぶち当たる。最初の男女の神々の子孫に当たる。日ノ本には『八百万やおよろず』と言われるほど多くの神がいる。そのほとんどが男女の二柱が生んでいる。あるいはその子孫に当たる神だな。帝が血を引いているのは、その中の一柱ひとはしらだ。だが、その神は言祝(ことほ)ぎが呪いに変わって寿命を持って『人』になった。だからその子孫である帝も、神の血を継ぎながらも人なんだ」


「えぇ~? 何さ、それ? なんだか分かんないなぁ。人間のことも分かんねぇ」


「そうは言ってもな。神話の中には、帝の先祖である神が人になった理由は記されているが、民に関しては全く記されていない。いつの間にか存在していた。だから民は、日ノ本を作る上での国産み、神産みをした余波で生まれてきたんじゃねぇかと考えられている。自然発生的にと考えるのが妥当だ。そのせいか、大陸の人間族と日ノ本の人間族は匂いだけじゃなく、性質も全く違う。根が違う。そうとしか言えねぇな」


 そう言って、陸王は肩を竦めた。帝や日ノ本の人間のあり方をそれ以上、どう説明していいのか分からないのだから仕方がない。


 雷韋はがっくりと肩を落とした。


「前にも聞いたことあるけど、やっぱ日ノ本って、なんだか難しいよ」


 陸王の説明に、ねたような、不満ありげな声を出す。


「仕方ねぇだろう。大陸の常識は日ノ本では通じん。その逆もまた然りだ」

「んじゃあさ、今度日ノ本に連れてってくれよ。自分で確かめた方が早い気がする」

「行くなら勝手に一人で行け。俺は知らん」

「ひっでぇ」


 頬を膨らませる雷韋に、陸王は呆れの眼差しを向けた。が、すぐに真剣な表情になる。


「それよりも今は妖刀と魔族だ。魔族が言っていた『あの方』ってのも気になる。一体全体、誰のことなんだかな。そいつがどうして俺を殺したがるのか。魔族殺しの魔族ってのはなんだ。しかも日ノ本にまで魔族を送り込んで来やがるなんてな」


 難しい顔をする陸王に、雷韋は「ん~」と唸って項垂れた。瞼も閉じてしまう。雷韋も雷韋なりに思案することがあるのだろう。当然だ。自分の対が何者かに狙われている。そのせいで妖刀も創られたのだ。それも、陸王の幼馴染みの刀を使って。


 雷韋も静かになったせいもあって、陸王もいつの間にか沈思していた。幼馴染みである源一郎のことを思い出していたのだ。


 大陸で拾われ、日ノ本に渡ってからすぐに出来た友人だった。だが、子供らで徒党を組んで人を襲っていた陸王には、友を作るという事自体がよく分かっていなかった。そもそも『友』というものが、一体どんな存在か分からなかったのだ。


『友』どころか、人を信じればいずれ裏切られると思っていた陸王は、心に高い壁を作っていた。誰も侵入させないように、強固な壁を。


 そんな陸王の心の壁を突き崩したのが源一郎だった。


 日ノ本に連れられていった陸王だったが、初めのうちは道場にいる雇われ侍の誰をも、自分を拾ってくれた玖賀(くが)童白(どうはく)という侍のことも信用していなかった。ただ、侍になれば強くなれるというだけで、童白と共に日ノ本に渡ったのだ。だから笑顔で近づいてくる誰に対しても、徹底的に壁で阻んだ。


 源一郎の家も道場で、常に雇われ侍がいた。その中で源一郎は剣の修行もしたが、陰陽術に興味を持ち、そちらの方へと流れていったのだ。


 その源一郎と陸王の年は近かった。童白は日ノ本に戻ってすぐに源一郎を呼び寄せて、「お前達は今日から友だ」といきなり押しつけてきた。陸王は警戒したが、源一郎は開けっぴろげな性格で、童白に押しつけられた『友』だというのに、出会ったその日から暇さえあればやってきた。


 今思い返せば、源一郎はどこか雷韋に似た性分をしていたと思う。けれど、雷韋を目の前にすれば、違いは一目瞭然だった。開けっぴろげだと思っていた源一郎はその実、誰にも心を開いていないのだと、いつしか陸王は気付いた。表面上は開けっぴろげで、大らかで、無邪気だったが、根はまるで違う。


 酷く警戒心が強く、計算高かった。


 だが、そんな心根だと気付いてから、陸王は逆に親近感を抱くようになった。いつの間にか二人は友を通り越して、なんでも話せる、なんでも出来る悪友になっていったのだ。良くも悪くも、二人の関係は悪友だった。


 それを懐かしく思い返して、陸王は火影が(たきぎ)のように時折爆ぜる音を立てるのを聞いていた。


 炎に包まれている火影を眺めていると、ふと雷韋が船を漕ぎ始めているのに陸王は気付いた。それを見た瞬間、陸王は思わずといった風に渋面(じゅうめん)を作って、同時に雷韋の額を叩いていた。


「いってぇ! なんだよ!?」

「眠てぇなら寝ろ!」


 何か考え事でもしているのかと思えば、いつの間にか眠りに落ちている雷韋に、陸王も思わず大声を出してしまった。


「うぇ!?」


 陸王に怒鳴りつけられて、雷韋は驚いた顔をした。


「あ、あぁ。そっか。いつの間にか寝てたな、俺。夢見てた」

「ったく、このガキが」

「へへ~、ごめん」


 笑って言いながら、雷韋は頭を掻く。


 その言葉を聞いて、陸王は長嘆息をついた。全く呆れたのだ。と、同時に、やはり源一郎とは違うな、と思う。雷韋には打算などどこにもない。裏も表もないあの笑顔がその証拠だ。かつては陸王と同じように心に壁を作っていたようだが、陸王と出会って雷韋は変わったという。それは陸王も同じだ。


 互いに、やっと安心出来る相手を見つけたのだ。


「取り敢えず、お前は寝ておけ」


 陸王が言うと、雷韋が少し不安そうな顔を見せた。


「魔族、来ないかな?」

「分からん」

「もし近くにいるとして、襲うなら夜だよな。寝ても大丈夫かな」

「だが、眠いんだろう」


 陸王が問うと、雷韋はこくりと頷く。それでも闇の中を見通すように、視線を馳せたりしている。


「腕、やっぱ傷つけておこうかな?」


 雷韋は呟くようにぽつりと言った。昼間傷つけた腕の傷は、今では瘡蓋(かさぶた)になっている。今夜中にはそれも剥がれて傷そのものがなくなるだろう。


 鬼族は酷く回復が早い。ちょっとした切り傷なら、見ている間にも消えてなくなるほどに。その要因となっているのは、主に魔族と戦うためだ。魔族と戦うときには血を流さなければならないが、その時、身体が素早く血液を生成するのも鬼族に与えられた回復力故だった。それくらいの生命力がなければ、魔族と戦うことなど出来ない。


 それ以上に、鬼族は神の先兵だ。多少傷ついても戦えるように、身体が素早く傷を修復するのだ。


 そう言う意味で言えば、鬼族も死ににくい種族だった。下等な魔族のように核のようなものは持っていないが、上位や高位の魔族と同様と言える。


 それでも『負』の鬼族は『正』の鬼族と比べると、体力的な面で圧倒的に劣ってしまう。腕力も弱ければ、持久力もない。回復力も低かった。だが、それだけの非力な分を魔術で補って余りある。


 腕を傷つけるべきか雷韋が迷っていると、陸王が言った。


「呼ばなくてもいいようなものまで呼んじまうからやめておけ。その分、俺が気をつけておく。だから、お前はもう寝ろ」

「……うん。ごめんな」

「何故、謝る」

「なんか、全部陸王に投げてる気がすっからさ」


 しょぼくれた顔で言うと、陸王は小さく笑った。


「今更だ」

「あ、なんかそれ、酷ぇ」

「いいから、寝ちまえ」


 陸王の言葉を聞いて、ちぇっと舌を鳴らすと、今度は陸王の方に頭を向けて横になる。


 雷韋が「お休み」と小さく言って目を閉じると、その頭を陸王は撫で叩いてやった。ごく自然に。

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