魂の真相 十四
少しの間、陸王も龍魔も無言だった。けれど龍魔は、陸王を強く抱きしめると口を開いた。
「陸王、お前は高位の魔族と同じだ。人族の絶対の敵である魔族とそっくりなんだよ」
「絶対の敵って、何? まぞくって悪い人?」
陸王から返った声は涙に濡れていた。無言でいた間に、その小さな胸を痛めながら静かに涙を零していたのだろう。
「そう、悪い者達を魔族という。魔族は人族を喰らうから、人族の絶対の敵と言われているんだよ。お前の中にも魔族と似たような力がある。でも、今はその力を抑え込んである。光竜に力を貸して貰ったから、ちょっとやそっとじゃ解かれない封印だ」
「まぞくは人を食べるの? 僕もそうなるの? 僕、ひょっとして、お姉さんを食べちゃったの?」
幼子は顔を上げて、不安そうに問いかけてくる。
「いいや、お前はそんな事はしない。どうにもならない力の暴走があって、誤って殺してしまったんだよ。その為に青蛇殿の巫女達は皆、怒っている。お前を放逐しろと。つまり、完全に追放してしまえという意味だ。お前を一人で外の世界に追い出せってね」
「青蛇殿から追い出される? 帰れないの?」
陸王はどこか呆然としたように口にした。
それに対しては、龍魔は静かに頷いて返すしかなかった。
「もう、青蛇殿には帰れないの? 僕がお姉さんを殺したから、みんな怒ってる? 謝っても駄目?」
涙声のままに、徐々に早口になって言う。黒い瞳からも、次から次へと涙が溢れ出す。
「泣くんじゃない、陸王。泣いても誰も助けてくれないんだ。これからは妾でさえ、お前を助けることが出来ないんだよ」
言いながら、龍魔は自分の衣の袖で涙を拭いてやる。それでもあとからあとから溢れてきた。
龍魔は根気よく涙を拭っていやっていたが、陸王はいつの間にか泣きすぎて、目も鼻も頬も赤くなっていた。
「ねぇ、龍魔」
「なんだい?」
「龍魔とは会えるんでしょう?」
目を泣き腫らし、涙でしゃくり上げながら問う。問うその目は酷く真摯だった。
「そうだね、いずれはまた会えるようになる。沢山の時間が経って、お前が大人になる頃には」
「僕が大人になるまで会えないの? でも龍魔は、ずっと青蛇殿にいてもいいって言ったよ。大人になるまで青蛇殿にいていいって。嘘だったの?」
「状況が変わってしまったんだよ。本来なら、お前は青蛇殿で暮らして、それから神殿を出るはずだった。その為に沢山、勉強もさせるつもりでいたよ。でもね、青蛇殿の巫女達がどうしてもお前を許せないと言っているんだ。こればかりは妾にもどうにも出来ない。どうにもあの子達からお前を庇いきれないんだ。だから、妾もお前とは一緒にはいられない。妾がお前の傍にいることも巫女達は許してくれないんだ。同時に、妾も巫女を失うわけにはいかない。これから沢山の仕事が待っているからね。辛いが、今暫くはお前とは離れなければならないんだよ」
そう言った途端、陸王は龍魔を両手で突き飛ばした。
「ずっと一緒にいるって言ったのに! みんなが敵になっても、僕の味方だって言ったのに! 龍魔の嘘つき!」
言う瞳は酷く傷ついている。同時に、龍魔を拒絶するものだった。この時、陸王は幼心にも裏切られたと思ったに違いない。龍魔でさえ胸が抉られるように辛いのだ。それなのに、信じきっていた者に裏切られることは、もっと酷く心を傷つけただろう。
陸王にとって龍魔は、青蛇殿の中で唯一の味方だったのだから。
陸王は寝台に伏せて、大声で泣き出してしまった。
こんな陸王は龍魔にとっても初めてだ。これまでは聞き分けもよく、大人しくしている子だったのに。それが感情を乱し、感情を持て余して、号泣しているのだ。
だがそれだけに、龍魔には陸王にかける言葉が思い浮かばない。一体なんと言葉をかけていいやら分からなかった。どうしたって、龍魔が陸王の信頼を裏切った形になるのだから。
それは動かない事実だ。
結局そこで、陸王と龍魔の信頼の糸は切れてしまった。
陸王が大泣きし、声が止んだ頃には陸王は泣き疲れて眠ってしまっていた。龍魔は寝入ってしまった陸王に対しても、かける言葉もないままに幼子の身体に上掛けを掛けてから部屋を辞した。翌日、龍魔が部屋に食事を運んでいったが、陸王は泣き腫らした目も合わせてくれない有様だった。口なぞきくはずもない。それ以上に、食事に手をつけようとしなかった。十日も眠っていて、空腹の筈なのに。
自分では駄目かと思い、代わりにシリアに面倒をみさせることにした。最低でも、食事を摂って欲しかったからだ。このままでは身体に害を及ぼす。種族的に、いくら頑強な身体を持っていても、まだ五つでしかないのだ。
相手がシリアに代わったことによって、陸王は食事をしてくれた。陸王が食べている間、シリアは色々話しかけてもくれたらしいが、龍魔の名前を出すだけで途端に不機嫌になって食べる手を止めたという。それもただ手を止めるだけではなく、そのあとは一切口に食べ物を運ぼうともしなくなったと。口はもとよりきいてくれない。シリアに代わってからも、ずっと無言で通したというのだ。シリアもそれを見て、色々気を使ってくれたらしいが、全て徒労に終わったという。
十日の昏睡状態で弱った身体を五日で癒したが、その間、龍魔の名前を出すのは厳禁になった。それが分かってからは、金の使い方、外での常識などをシリアが懇切丁寧に教えていった。その様子を龍魔は、光竜殿にある『望む者の姿を映す水盤』で窺っていたが、あまりにも時間が足りなすぎる。たった五日で、五つの子供に外の世界の一般的な常識を教えねばならないのは、いくらなんでも無理があった。なのに、青蛇殿の巫女達からは追放はまだかとせっつかれた。追放する時には、その様子を水盤で確認しに来るとまで言われたほどだ。青蛇殿の巫女達からすれば、仲間の敵は討ちたいだろう。だが、陸王は大切な身だ。陸王の力は封じたから、その点で言えば羅睺に見つかる心配はないが、五つの幼子に、一人旅をさせるのはどう考えても無理があった。青蛇殿の巫女達だとて、陸王がどんな立場にいるか知らないわけではない。それでも追放を望むのだ。直接手は下せないが、旅路できっと死ぬと考えているのだろう。そんなことは決してあってはならないのに、巫女達はそれを望むのだ。
陸王はその後、光竜殿から連れ出されて右も左も分からない中に置き去りにされた。
陸王にはどことも知れない草原のただ中に。
光竜殿から青蛇殿にその旨の連絡が入ったあと、エイザは直後に自死したという。リースを失ってしまえば、その先にあるのは狂い死にだけだ。自死は、エイザにとってはほんの少し死が早まっただけのこと。
その当時は色々な思惑が絡み合ったが、今、陸王は生きている。放逐されたあと山賊に拾われ、手足のようにこき使われたり、そこを抜け出してからは孤児を集めて人を集団で襲ったりもした。そんな紆余曲折があったが、龍魔が救いの手を差し伸べずとも立派に生き抜いて、無事に対の雷韋とも巡り会えた。
光竜の加護があったのだろう。そうとしか思えない。
龍魔との信頼の糸は切れてしまったままだが、龍魔は今でも陸王を我が子のように思っている。
エリューズの遺した大切な宝物なのだ。雷韋も陸王を手放したくないだろうが、龍魔も手放したつもりはなかった。
例え、羅睺の血を引き、魔族に限りなく近いとしても、龍魔にはいつまでも陸王は可愛い子供も同然だ。放逐してからも一日だって忘れたことはない。
昔、陸王が時折見せてくれた子供らしい素直な笑顔は、いつまでだって龍魔の宝物なのだ。
神殿の中で疎まれつつも、龍魔にだけ見せてくれたあの笑顔が。




