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第七四話 四方神の惨劇

「妾《あたし》達がどうしてお前だけをここに連れてきたか、分からないのかい?」

「分かるわけがありません」


 少々憤慨したように返す。


「お前が人間族に生まれ落ちて、四人の中で一番頭が固いからさ。その頭を少し柔らかくして貰おうと思ったんだよ」


 龍魔(たつま)の言葉に流石にむっとしたのか、紫雲(しうん)は視線を戻した。そして、睨め付ける。


 それを子供の挑発のように捉えて、龍魔は軽く笑い声を立てた。


「何を怒ってるんだい? 事実、頭が固いじゃないか。それに、差別主義者だ」

「そんなことは……!」


 流石に聞き捨てならないと紫雲は声を上げたが、それは龍魔の言葉に封じられてゆく。


「お前は異種族を『獣の眷属』と呼ぶね? それそのものが彼らに対しての差別だってことが分からないかい? 己の中をよく見てごらん。

 『異種族』と言うと差別だから『獣の眷属』と呼ばなければならない。お前は獣の眷属と口にする時、そんな風に考えているだろう。だからお前の言う『獣の眷属』は侮蔑する言葉なんだよ。雷韋は表面しか見ていないから、お前のことをいい人間だと言った。

 けど、妾にしてみたら、お前は傲慢な『典型的な』人間族だ。意識しなければ獣の眷属と呼べないなんて、本当にお前は傲慢だよ。どこから獣の眷属を見ているんだい。大聖堂の天辺(てっぺん)からかい?」


 言い募るうちに、龍魔から笑みが消えていった。笑みが消えて、それこそ紫雲を蔑む眼差しを向けてくる。


「その言いようはあまりです」

「だが本当のことだろう。見下げてないという考えそのものが、そもそも人間族特有の傲慢さの表れなんだ。

 部屋で目が醒めてシリアが人間族のあり方を語った時、獣の眷属より下だと言われた気がしてむっときただろう。精霊が妾に伝えてくれたよ。

 もっと素直におなり。本当に獣の眷属を見下してないのだとしたら、同じ目線に立つはずだ。自然と侮蔑される側の視点になるはずなんだよ。まずはその凝り固まった考え方を捨てるところから始めな。そうすれば、今まで見えていなかった物事が少しずつ見えてくるだろうからね」


 最後には厳しく言い渡された。言うだけ言うと、


「ガライ、お前からも何かあるのであれば今のうちに言っておやり。紫雲もだろうが、妾も疲れた。一足先に休ませて貰うよ」


 龍魔は更に言いたいことだけを言い残して、その場から去って行った。


 そんな龍魔に溜息をついたのは紫雲だった。一体、なんという女だったのかと思った。嵐のように様々を紫雲にぶつけて、勝手に去ってしまった。それも、吸収することが出来ない事柄ばかり並べ立てて。溜息をつくなと言う方が無理な話だ。


 龍魔がいなくなって、この場にいるのは紫雲とガライと呼ばれた男だけになった。紫雲は背後の男を振り返る。


「あの、貴方はガライ……、さんと呼ばれていましたが、貴方もやはり普通の人族とは違うんですか」


 ガライは感情の窺えない琥珀の瞳で紫雲を見つめると、言った。


「俺は特別に創られた存在だ。そのために何もかも奪われ、何もかも与えられた」

「それはどういう……?」

「そのままの意味だ」

「はぁ」


 紫雲はそれしか言えなかった。全てを奪われて、全てを与えられたと言われても、紫雲にはその意味の糸口さえ掴めないのだから。


 困惑した表情を浮かべていると、今度はガライから声をかけられた。


「紫雲、龍魔の言ったことは気にする必要はない」


 紫雲は訝しげに僅かに眉根を寄せる。


「私が差別的だという話ですか?」

「あぁ。あんなことはお前にとって余計なことだ。あの二人と共にいれば、そのうちそんな気持ちはなくなるだろう」


 それを聞いて、紫雲は更に眉根を寄せた。


「それは、貴方も私やあの二人が四獣(しじゅう)だと言っていると捉えても?」

「事実、そうだ」


 そう言われても、紫雲は素直に認めたくはなかった。だからだろうか、嫌そうにガライから顔を逸らしたのは。


 そんな紫雲を無視するように、ガライは言葉を続ける。


「羅睺(らごう)は放っておいていい相手ではない。奴は必ずこの世界を破壊するために動くだろう。それを未然に防ぐためにもお前達の力が必要だ。いや、羅睺を討つと定めづけられている。光竜(こうりゅう)が四獣(しじゅう)を解放したということはそう言うことだ」

「どういう意味ですか? 四獣がこれまでも何かから世界を護るために生まれたとでも? そう言う前例があるんですか? 私にはそんな記憶はありませんが」


 思わず顔を戻して、詰問調に問う。ガライは紫雲と視線を合わせたまま答えた。


「四獣ではないが、時折、四方神(しほうしん)という者達が生まれてくる。その者達も世界の東西南北を治める」


 四方神。


 陸王の生い立ちを聞いた時に、龍魔の口から出た言葉だった。世界の安定を保つ神だとは聞いたが、詳しくは分からなかった。


 怪訝そうな顔をする紫雲にガライは説明した。


 東神(とうしん)、西神(せいしん)、南神(なんしん)、北神(ほくしん)の四柱《よはしら》があって、その者達には特に大きな力があるわけではないが、世界の均衡を保つのが役目とされていると。龍魔、ガライ、シリアの三人はその四柱が光竜から排出されたときから見守り、のちに導くのだ。今の紫雲に世界のあり方を教え、自らの役割を教え込むように。だが、四方神は飽くまでも人族だ。人間も獣の眷属も関係なく、なんらかの人族に生まれてくる。

 四獣と決定的に違うのは、魂が人族のものである点だ。神の魂ではない。そんな彼等がどう世界の均衡を保つかと言えば、対を慈しむこと。ただそれだけだ。特別な役割があるわけではない。それでも、たったそれだけのことで、世界の均衡は保たれる。四方神とは、それだけの役割の者達でしかない。だが、取り違えも起こるという。


 取り違えは、本来の対ではない者を対だと誤認することだ。魂の条理から外れた行い。四方神が取り違えを起こすだけで世界の均衡が崩れて、世界が混乱することもあるのだ。


 現状、一千年前に現れた四方神が最後となっているが、彼らは取り違えを起こした。東神の対は西神、南神の対が北神。だが東神が南神を対として北神から奪い、青蛇殿に立てこもった。


 そのことが原因で、精霊は混乱した。精霊が混乱したために、光竜の流れが正常に世界に流れなくなってしまったのだ。そうすれば、光竜の望まぬ天災が地上を次々と襲う。


 最終的には、狂った東神が南神を殺害して、己の生命も絶った。そのことで、西神と北神も対を失って死亡し、代わりに精霊の混乱は収まった。


 その間(かん)、約三〇年ほどだったが、地上に生きる人族は半数近くまで一気に減少してしまった。この時の大混乱を、人族の中で最も寿命の長い妖精族は今でも記憶している。当時生きていた者が僅かながら未だにいるからだ。彼らはあの三〇年間を『東神の災厄』と呼んでいる。


「そんな。たかが一人の取り違えでそんなことになるとは」

「だが、均衡を司る者の力とはそういうものなのだ。そして今、今度は四獣の復活だ。四獣は世界の守護神だ。力尽くでも地上を羅睺から護らなければならない。それがどんな意味を持つか分かるな」

「例え私一人でも、四獣の役割を放棄すれば、地上は羅睺によって滅ぼされるということですね」


 紫雲は軽く顎を引いて、硬い表情で答えた。


 それに対して、ガライは頷く。


「そう言うことだ。神としてはほとんど力のない四方神でさえ、道を一歩誤れば世界が混乱に陥ったのだ。敵を眼前にした四獣が誤りを犯せば、次は世界の終わりだ」


 紫雲はそこできっぱりと顔を上げると、尋ねた。


「貴方達は一体何者なんですか。一体、どういう役割を持っているんです」

「俺はガライ・ア・ロマ。シリア・マヴ・ロマと同じく、魂の選定者の名を持つ。だが、シリアの名を正確に訳すれば、『魂を選定し、管理の名の下に時に縛り付ける者』と言う意味になる。俺は『魂の選定者、魂の管理者』の意味だ。俺達は共に、神代(しんだい)から生きている」

「神代から……?」

「その時代から、四獣と世界を見守っている。そして、光竜が時折排出する四方神を導いてきた。これまで光竜は、四方神の排出はしたが、四獣の魂だけは排出しなかった。それだけ羅睺の存在がこの世界にとって危険だということだ」


 それを聞いて紫雲は僅かばかり考え込んだが、すぐに再び問うた。


「そんな二つ名を持つということは、貴方達は直接世界に干渉せず、四方神に世界を任せてきたということですね」

「飽くまでも俺は、魂を選定し、その魂を管理するだけだ」

「魂を管理するのであれば、さっき言っていた『東神の災厄』の時に、貴方にも何か出来たのでは?」

「俺のすることは一つだけだ。それぞれの魂に役割を告げること。今、お前とこうして話をしているように」

「ですがさっき、全てを与えられたと」

「光竜は俺から全てを奪い、全てを与えた。それは、光竜の傀儡(かいらい)になったと同義だ。全てを与えられていても、全てを失っている。死ぬことすら出来ない。例え首を刎ねられようが、この身全てを喰らわれようが、俺は死なない。俺の血が滴った土からでも復活する。俺がするべきことは光竜の傀儡として、排出された魂に道を示すことだけだ」


 ガライはそう言う間、ほんの僅かでも表情を変えなかった。深い琥珀の瞳に感情が乗ることもない。だからと言って、諦めや絶望があるわけでもなかった。それさえ超越してしまっているのだろう。


 ガライの中にあるのはおそらく、永遠の虚無だ。だから『東神の災厄』の際にも直接動くようなこともしなかったのだろう。


 己の役割から外れるから。


 紫雲はなんとなく、そう感じた。


 それは、シリアも龍魔も同じだったのではないかと思った。ここに来てから出会った三人は、誰も直接動かない。己に与えられた役目『見守る』こと以外に何もしないのだろう。『見守る』ことこそが役割だから。


 シリアの言っていた『お役目』とはそう言う意味ではないだろうか。


 そんな風に思った。

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