第六八話 四獣・守護四天帝
「妾が言った神そのものとは、そのままの意味だ。陸王は神の魂を持っているんだよ。陸王だけじゃない。お前も、雷韋も神の魂を持って生まれてきている。神代の終わりに光竜の懐深くへ還った四獣の魂を、光竜は今この時代に排出した。
それがお前達なんだ。放逐されて、世界の右も左も分からなかった陸王も死ななかった。何度も死にそうな目に遭っていながらね。それは光竜の加護があったからだと妾は思っている。対にも巡り会えないままに、陸王に死なれてしまっては光竜だって困るだろうからね」
「羅睺の話は兎も角として、そんな馬鹿げた話を信じろと? 四獣ですって? 馬鹿な。私は私です。ただの人間族の修行僧でしかありません」
紫雲はきっぱりと言い切って、更に続ける。
「第一、私の魂が四獣のものだとしたら、どうして真名を使う神聖魔法が使えるんです。私には『紫雲』と言う便宜上の名とは別の真の名があるんです。それは天慧、羅睺の系譜だからじゃありませんか?」
真名は真の名であり、天慧、羅睺の系譜にとっては生命より重いものだ。真名はその人個人の正体を真に言い表すものだからだ。
例えば、誰かに呪いをかけようとしたとする。その際に真名を使えば、確実に相手は呪われる。そのまま呪い殺すことすら出来るのだ。真名さえ分かっていれば、実に簡単に。
だから真名は、個々人それぞれが死ぬまで秘匿する。そして真名には呪術的な力が込められているため、その力を使って人間族も天使族も神聖魔法を行使することが出来るのだ。
またその逆で、獣の眷属には真名がない。だから神聖魔法が使えないとも言える。その代わり、光竜が世界を創造するときに使った神代語や神代魔法を獣の眷属は使える。光竜から、言葉と魔術を与えられているからだ。しかし、それは真名があっては使えない。真名の呪力と反発してしまうからだ。
そのため、眷属ごとに使える魔術と使えない魔術が存在する。
天主神神義教では、神代語は穢れのある言葉として、人々に調べたり研究することを禁じている。もし調べたり研究しているなどと露見すれば、異端者として、穢れある者として火刑に処せられるのだ。
しかし龍魔は、紫雲が真剣に言った言葉を鼻で笑い飛ばした。
「陸王も魔代語を使うことが出来るよ。あれも真名があってこそだ。天慧、羅睺の系譜は人間族と天使族だけじゃない。魔族と悪魔族も同系統なんだよ。人間族、天使族、魔族、悪魔族。この四つの種族はどれも神聖魔法が使える。魔族にとってみれば、ちょっと厄介だろうけどね。でも、理屈の上では使えるのさ」
言って、龍魔は苦笑した。それも致し方ない。魔族のことを考えれば。
魔族にとって神聖魔法を使うということは、自分で自分を傷つけるということだからだ。だが、神聖魔法を使えないわけではない。理論的には可能なのだ。
紫雲は龍魔の言葉を腹の中で復唱して、意味を咀嚼する。よくよく考えなくても、確かに魔族にも神聖魔法が使えることは理屈で分かる。正逆の違いはあれど、神聖語と魔代語は同一のものだからだ。
「では、私は何故使えるんですか。真名があるのは天慧、羅睺の系譜である証拠です」
「かりそめさ」
「かりそめ?」
紫雲には龍魔の言う言葉の意味が分かりかねた。
「お前と陸王に真名があるのは、表面的なものだね。根本じゃない。四獣として立つときが来れば、神聖魔法も魔代魔法も使えなくなる。貼り付けていた真名が、魂から剥がれてしまうからね。陸王にとってはもっといいことだろう。神聖語に脅かされなくなるからね」
「そんな馬鹿な」
「馬鹿なことなんてあるものか。事実は曲げられないよ。お前と陸王は、光竜によって魂が偽造されているんだ。いかにも人間族らしく、魔族らしくあるように。ただ、真名が剥がれたとしても、肉体的な特性は残るだろうがね」
それを聞いて、つまり陸王なら死ににくい肉体は残ることだろうかと、紫雲は思った。ならば自分はどうなのか、とそんなことまで考えようとして慌てて思考を遮断した。自分はただの人間族だ。そう考えて、龍魔の言葉を認めようとはしなかった。
そんな紫雲の様子に、龍魔は別の切り口で当たってきた。
「じゃあ、一つ聞こうか。陸王と雷韋の、あの歪な対はどうして生まれたと思う。お前も聞いていただろう? 雷韋が陸王を拒絶しないと言ったのを」
「それも水盤で見ていたというわけですね」
半ば不機嫌になりながらも言う。
「当然だろう。妾達は四方神を待つ身だ。四方神とは、この世界の東西南北から世界の安定を図る神だ。
だが、今回に限っては四方神じゃなかった。四獣だった。陸王が生まれた時、四獣の魂を持っていることには驚いた。同時に、羅睺が本格的に動き出すとも分かった。その時、覚悟を決めたよ。
それまで世界は四方神で保っていたはずなのに、四獣が排出されたことにいよいよ危機が迫ったと思った。だから鬼族の中に雷韋が生まれたと聞いた時も、それほど驚きはなかった。お前が生まれて五年後の頃に修道院に入ったことも何もかも、不思議とは思わなかったよ。
役割のために、次々に生まれてきたと思ったくらいだね」
龍魔が滔々と話していくのを、紫雲は黙って聞いていた。
「紫雲、お前が本当は身分のある者だということも、それなのにどうして修道院に入ったか、誰が入れたか、お前を修道院へ入れた者の顔も名前も思惑さえも分かっている。お前が修行僧になった本当のわけさえ知っているよ。雷韋に話して聞かせたのは、建前にすぎないだろう」
龍魔が言うのに、紫雲は腹の底から胸くそ悪くなっていった。全てを見透かしている口振りに気分が悪くなったのだ。ただ龍魔の話を聞いて、子供の頃の記憶ががあやふやな点を、もしかしたらこの女は知っているのかも知れないとは思った。
「陸王と雷韋は、喰らう者と喰らわれる者の関係だ。それでも雷韋は逃げなかった。それどころか、陸王を選んだだろう。通常はあんな形の対が生まれるわけがないんだ。ウロボロスじゃあるまいし、己の身を食いながら存在するなんてことは無理さ。それでも対として生まれ落ちた。光竜が魂の入れ物として、陸王には神の子の肉体を、雷韋には鬼族としての肉体を与えたからだ」
「もしそれが本当のことだとして、そこにどんな意図が?」
「今、この世界で武に特化しているのは魔族であり、魔術に特化しているのは負の鬼族だ」
「『負の鬼族』?」
紫雲の疑問に、龍魔は頷いた。そして言うには、こういうことらしい。
鬼族の中には『正』と『負』があると。本来、鬼族は神の先兵として、どの種族よりも先に生み出された。同時に、人族でありながら神格まで持っている。本来は兵だから、身体は大きく力も強い。雷韋のような細く小柄な鬼族は力は弱いが、魔術に秀でている。
鬼族は一族の中で、立派な体躯を持ち力が強い鬼を『正』、非力だが魔術に長けている鬼を『負』と分けているのだ。負の鬼族はそれほど多くはないらしい。大概が正に生まれつくという。
だが、負の鬼族の魔力許容量は、妖精族の魔力許容量を遙かに凌ぐ。何倍も。それも鬼族そのものが神の兵であり、また、神格を持っているからだ。もし魔族がいなければ、鬼族に敵う生き物はいなかっただろうと龍魔は言う。それ故に秘匿された種族であるとも彼女は言った。
紫雲は雷韋から、鬼族は絶滅していると聞かされていたが、秘匿されていると言うことはほかにも存在していることではないかと尋ねたが、龍魔からの回答はなかった。ほとんど、はぐらかされたと言う感じだ。
「とにかく、あの二人は特別な対だ。果てしなく魔族に近い陸王と、魔族の特別な被食者である鬼族の雷韋。それだけでも充分奇跡的なことだよ。とは言え、光竜も随分と思いきったことをしたもんだ。でも、それはさもあらんってところか」
「どういうことです」
龍魔は小さく吐息を零してから続けた。
「信じられないというかも知れないが、陸王の魂は北方守護神である黒狼の魂。魔術には疎いが、四獣の中でも武に秀でた神だよ。あいつが生まれ落ちた瞬間、魔族に近いというのに、光竜の系譜だと妾には分かった。それも黒狼の魂を持っていると。雷韋は魔術に秀でている南方守護神の赤獅の魂を持って生まれてきている。だから負の鬼族として雷韋は生を受けたのだろう。光竜の今回の神産み、その全てに意味がある」
「神産み?」
紫雲はそこで鸚鵡返した。
彼にとっては、話がどんどん胡散臭くなっていくばかりだ。
龍魔の言葉は更に続いた。
何故、紫雲が人間族に生まれ、教会組織に入ったか? 神としての入れ物とするには、人間族の肉体はこの世で最も儚く脆弱だ。それでも紫雲は人間族として生を受けた。しかも修道士から僧侶に立場を変え、今では修行僧だ。そこにも意味はあると龍魔は言う。
今現在、地上で最も繁栄している種は人間族だ。ほとんど地上を覆っていると言っていい。それに比例して、天主神神義教も広く信仰されている。紫雲は人間族に生まれて、根っから天主神神義教を理解していることに意味があったのだ。教会組織を知っているということは、人間族の根を知っていることになる。
西方守護神・白虎は、地上の様々を一番知っていた神だ。地上に満ちている人間族とその宗教を知っているということは、今現在のこの世界を最もよく知っていることと同義である。だからこその『人間族』なのだ。
それを龍魔が話すと、紫雲は不機嫌そうに返した。
「それでは青蛇はどうなんです。まだ三名ですよ。四獣は名前通り、四柱いるはずです」
龍魔は言われて、うんと頷いた。
「青蛇もいる。ちゃんと生まれている。卵も無事、孵化した」
「孵化?」
孵化という、人族とは思えない龍魔が言った単語に、紫雲は鸚鵡返した。けれど、有翼人や蛇人族は卵を産んで、子供は卵から孵るのだ。紫雲にはそれが耳慣れなかったのかも知れない。
だから龍魔は言うのだ。今生の青蛇は、蛇人族として産まれたと。それも青蛇が龍魔を生み出したあとに産み落とした卵からだ。青蛇は自分の分身としてその卵を最後に産んだが、光竜が転生をこの時代まで認めなかったのだ。宿るはずの青蛇の魂は、ずっと光竜の懐深くで眠っていた。だから卵は長い年月、何万年と石のように固まって孵化しなかったのだ。
青蛇の魂の器として、蛇人の卵は親和性が高い。青蛇自身が産んだなら尚のことだ。本来が青蛇の入れ物として生み出されたのだから当然だった。




