第五四話 正面衝突
「一回目は大分前。その時は残照のせいだと思ってた。でも、そんときは綺麗だなって思った。凄く綺麗に見えたんだ。本当は魔族の証で、俺は恐れなきゃならなかったのに、そんなの全然なかった。逆に、もう一度だけでいいから見たいってずっと思ってた。
そんで、二度目はあの町の宿屋で。魔族を核にしたろ? 陸王は宿で核を見てたけど、その時、瞳が紅くなってた。俺が声をかけたら、いつもと同じ黒い色に戻ったけど。あれは無意識にそうなったんだと思う。流石に驚いたけど、なんとなく腑に落ちたこともある。なんて言ったらいいか分かんねぇけど、『あぁ、だから陸王は強いんだな』って、そんな感じ。それ以上でもそれ以下でもねぇよ」
「正体を知って、それでも尚、傍にいようと?」
紫雲は蔑みを含んだ眼差しで雷韋を見据えた。
雷韋にはその眼差しが、獣の眷属を見下す教会の僧侶のものと同種に感じられた。
「俺にはそんなことどうだっていい。陸王が魔族で、瞳が紅かろうが黒かろうが。いや、俺は陸王の紅い目が好きだ。ほかの魔族の目とは違う。凄く綺麗だって思う。それに陸王がなんであれ、やっぱり俺には大切な対なんだ。俺は陸王を拒絶しない、絶対に」
陸王はそんな雷韋に、何を言ってやればいいか分からなかった。これまで陸王は、自分が魔族であることを雷韋が知れば嫌われ、逃げられると思っていた。
なのに、雷韋は全く正反対のことを主張した。拒絶しないという言葉は何よりも有り難く、そして同時に申し訳なくも思った。何があって魔族と鬼族の対が出来てしまったのか、それは全く分からない。捕食者と被食者の対など、どんな些細な切っ掛けでその均衡が崩れてしまうか分からないと言うのに。惹かれ合うからこそ、余計危ないのだ。
だから陸王は、雷韋の肩に手を置いて言うしかなかった。
「雷韋、俺を拒絶しろ」
「なんでだよ!」
それまで紫雲に向けていた身体ごと、陸王に振り向いた。
「俺、言ったよな? ちゃんと言ったよな? あんたがあんたである限り、俺はあんたの傍から離れないって。もしあんたがあんたでなくなったら、その時は俺があんたをあんたに戻すんだって」
それを聞いて、陸王は緩く首を振った。
「どんなに人と同じように生きられると言っても、俺は人外で、人族じゃねぇ。どこまでいっても魔族という化け物なんだ。釣り合いが取れるわけねぇだろう。どこかで均衡が崩れる」
「あんた、俺を馬鹿にしてるのか!? 世界には流れがある。光竜が作る流れと精霊の流れだ。精霊の流れは光竜の意思をそのまま反映してる。災害や疫病があるのも、それは光竜が望むから起こるんだ。
その時、どんなに多くの生命が失われようと、精霊は容赦しないで人の生命を摘み取っていく。つまり、この世に無駄なことは起こらない。俺とあんたが本当は敵同士だとしても、光竜は俺達を対にした。意味のないことはしないってこと、理解出来てるか?」
雷韋は強く陸王を見据えて言う。
「それでもだ。俺とお前が対なのはおかしい。種族として均衡が崩れている。世界に流れとやらがあるなら、俺とお前の生命は短いってことだろう。それならいっそ、ここで別れるのも手だ。寿命を使い切る生き方じゃねぇが、ここで別れて別の道を行った方がお互い、まだまともに生きられるとは思わんか」
「そんなことしたら、狂い死ぬ! 俺はそんな死に方は嫌だ。大体、なんだよ! あんたが人じゃないから拒絶しろって言うのか? 否定しろって言うのか? 馬鹿じゃないのか?
人だろうが人じゃなかろうが、俺達は出会った。対として出会ったんだ。俺の一族は皆殺しにあって、鬼族そのものも大陸にはもういないだろうって言われた。そこで俺は自分の運命を受け入れて、対もいないって絶望して生きなきゃならなかった。
でもさ、俺には陸王がいた。ちゃんと、対の陸王がいたんだ。これまで何度も魂の共鳴は起こってる。これは否定できない事実だろ? もし本当に俺達の寿命が短いんだとしても、俺は消極的な生き方はしたくない。そんな生き方、考えたこともない。
同族がいなくなったって聞いても、俺は絶望なんてしなかった。そりゃ、寂しい思いはしたけどさ、でも絶望なんてしなかった。そうしたら、俺の目の前にあんたが現れたんだ。だから、絶対に拒絶なんかしてやんねぇ!」
そこまで一気に捲し立てて、雷韋は乱れた呼吸に喘いだ。本当に、怒った眼差しをらんらんと陸王に向けて。
ここまで言われて、陸王は雷韋に酷く失礼なことを言っているのだと自覚した。雷韋の覚悟は生半可ではない。陸王が常に後ろめたさを感じていたのとは正反対だ。
同時に、出会ってからずっとそうであったように、これから先も共に生きようとしてくれているのだとも感じた。真っ直ぐに前を向いて。後ろめたい思いなど決して抱かずに。
確かに種族としてはどうかと思う対ではあるが、悪いことなど一つもしていない。
わけあって、堕天して転化したばかりの魔族を殺したこともある。
放っておけば今でも人々が普通の暮らしをしていた村に対して、余計な手出しをしたこともある。そのせいで村は壊滅した。村人全てが死に絶えたのだ。それだって、見方によっては悪いことをしたわけではない。自然の流れに逆らったわけではないのだ。寧ろ、自然の流れに戻してやったと言ってもいいくらいだ。
思い返してみても、雷韋と歩んだこの道で悪いことをしたことなど一度もない。
「お前は本当にそれでいいんだな? 対が人族じゃなくとも」
それを聞いて、雷韋は陸王の目を見て大きく頷いた。これ以上もないほどしっかりと。
「分かった。なら、そこを退け。約一名、この対に異議がある奴がいる」
陸王は雷韋の肩を押し退けて、脇へやった。前方に真剣な眼差しを向けている。
雷韋が振り向くと、陸王と紫雲が一触即発の状態で対峙していた。
陸王も紫雲も、得物を手にしている。既に場は、どちらから仕掛けてもおかしくはない緊張感に満ちていた。
そうなっているのを理解して、雷韋はやにわに慌てた。今までずっと陸王に思いの丈をぶつけているままだったから、紫雲の存在を半分忘れてしまっていたのだ。
紫雲は修行僧だ。
魔族と対峙したら戦わないわけにはいかない。
陸王も今の雷韋との会話で肚を決めたなら、戦う以外に選択肢はないだろう。そもそも陸王は最初から紫雲を嫌っていた。魔族と修行僧ならば当然だ。敵対する者同士なのだから。
陸王がゆっくりと吉宗の刃を構える。
同じく、紫雲も構えを取った。
本当の一触即発。
今、森の中を風が通って木々の葉擦れでも起きれば、二人は動く。
動いてしまう。
雷韋は、それはならないと思った。
だから二人の間に割り込む。
「駄目だ! 仲間なのに戦うなんて、駄目だ!」
それを聞いて、紫雲の口端が僅かに上がった。笑ったのだろうが、険悪な雰囲気が増しただけだった。
慌てて陸王を振り返ってみても、陸王の視線は紫雲に釘付けになっていた。雷韋などその視界のどこにもない。
「紫雲、あんた、俺を殺す気か? 陸王がいなくなったら、俺も死ぬ! 対なんだ。やめてくれ」
「歪な対などこの世に必要ない」
「やめろよ! ほんとにやめてくれ! 仲間じゃんか。だからここまで一緒にやってきたんだろ? それに、あの人! 魔剣に操られてた人も助けなきゃ。魔剣を持ってたから、今でも精気を吸い取られてるはずだ。あの人を助けて、一度村に戻って、そんで……」
「魔族を滅ぼす方が先です。彼ならまだ大丈夫ですよ」
今度は酷薄な笑みをはっきりと浮かべた。まるで別人の態度だ。
陸王は紫雲の変わりように、吐息を零して笑う。
「それがお前の正体というわけだな。どんな本性か気になっていたが、人間もなかなかの化け物ぶりだな。魔族のことを悪し様に言えんぞ」
「人に仇なす者どもを殺すために私がいる。化け物を狩るのだから、自分も多少は化け物に近くなければ」
「所詮は天慧と羅睺に創られた生き物だ。根底には凶悪な本性を眠らせているわけか」
「人外が。人族に偉そうな口を利くじゃないか」
「人外に言わせてみりゃ、人間族なんざ人族の中で一番ひ弱だな。寿命も短く、魔術にも向かない。そのくせ最悪なのが、戦を起こすところだ。人族の中で、人間族だけが同族殺しをする」
陸王が笑い交じりに言ったとき、紫雲が叫んだ。
「黙れ! 化け物の分際で、知った風な口を!」
全てを言い終わる前に、紫雲から仕掛けた。同時に陸王も動く。
間に立っていた雷韋は、二人の余りもの気迫に押されて、慌ててその場から距離をとった。
「ちょ、二人とも!」
言ったときにはもう遅い。陸王と紫雲はぶつかり合っていた。
陸王が上段から下へ斬り掛かり、それに対して紫雲が下から鉤爪で攻撃を受ける。次に二人が取った行動は全く同じものだった。互いに相手の胸に片手をついたかと思えば、そのまま両側へ弾き飛ばされ、蹈鞴を踏む。
陸王も紫雲も気功法を使ったのだ。
気功法は、通常は回復のために使われる。それも病の時にだ。己や病人の気を身体に巡らせることで回復を促す。
だが、もう一つの使い方があるのだ。
体内で気を練って、波動として敵に叩き付ける。今、陸王と紫雲が弾かれたように見えたのは、互いに気を練って相手に波動をぶつけた衝撃故だ。
波動は武器を持つ腕に使えば、腕が痺れて武器を上手く使うことが出来なくなる。身体に叩き込めば、身体が痺れて上手く動くことが出来なくなるのだ。
つまり、陸王と紫雲は互いに身体へ波動を叩き付け合って、互いが吹っ飛んだと言うことだ。
だが、陸王はすぐに斬り掛かっていった。
反して紫雲は、まだ足下が覚束ない。
陸王が与えた波動の方が威力が高かったのだろう。
それでも紫雲は、陸王が胴を横薙ぎにしてくる体制を見て、鉤爪で阻止する。
吉宗の刃と鉤爪がぶつかり合って、相互に腕が弾かれた。そこを紫雲は逃さなかった。左手で吉宗の柄を握る陸王の腕を掴んで、波動を叩き付けたのだ。
これで二人は対等になった。




