第四四話 水源地
紫雲が干し肉の最後の一かけを口に入れるのを雷韋はじっと見ていた。紫雲はじっと見られて食べにくそうにしていたが、全てを口に入れるのを見て、雷韋はやっと満足そうに頷く。頷いて、荷物を持って立ち上がり「行こうぜ」と陸王と紫雲に軽く声をかけた。
この旅に入ってからは、雷韋が先導者だった。水場確保を優先にするため、水脈と言う水の精霊の気配を読みながら道を進まないといけなかったので自然とそうなった。これまでは陸王が先を選んでいたのを、この二週間ばかりは雷韋に譲っていたのだ。
雷韋はよく水の精霊を追っていた。道中の水不足を解消するように、飲める水場などもよく探し当てて。
その代わり、道中からは会話はほとんど消えていた。雷韋が精霊を追うのに集中していたために、ほとんど誰も口を開かないからだ。これが陸王が先頭に立った場合、雷韋が適当に話を振ったり精霊の声を真似た鼻歌を歌っているところだが。
この二週間、雷韋は水の精霊の気配を追うのに手一杯で、昼間は鼻歌を歌うどころではなかった。水の精霊は水脈となって地下深くにある。それを見逃すわけにはいかない。しかも雨の日ともなれば、辺りは水の精霊の気配で一杯になり、地下水脈を追うことが出来なかった。そんな日は雷韋の賑やかしい他愛のない話で一杯になるか、精霊の唄を雷韋が歌うかのどちらかになる。
陸王と紫雲の会話はほとんどなかった。
雷韋はそれを、まだそれぞれの立ち位置が決まっていないからだと思っていた。
実際、そうなのかも知れなかった。出会って、一緒に旅をするようになって日が浅すぎる。互いに人となりすらよく分かっていないのだ。
だが、種族的なこともあり、陸王は紫雲を蛇蝎の如く嫌っている。そこに人となりを知るなど全く関係がなかった。何しろ、敵対する者なのだから。
陸王の、本来なら魔族特有の血を滴らせたような紅い瞳は、濃い血色のせいで黒く見える。だから今はまだ、陸王が魔族だと言うことを知る者はいない。知られたらただではすまないだろう。
特に修行僧の紫雲には。
陸王が魔族だと知れれば、雷韋も逃げ出すに違いない。何が切っ掛けで魔族だと知られるか分からないのだから。
それに紫雲も陸王から発される刺々しい空気が分かっているからか、向こうからも積極的に話しかけてくることはほとんどなかった。雷韋がいなければ、二人の旅路など既に破綻している。それどころか、最初から共に行動することもなかっただろう。
そんなことを考えながら、陸王は雷韋のすぐ後ろを歩いていた。雷韋も時々、地に手をついたりしながら進んでいく。その雷韋に紫雲が折を見て「どうです?」と声をかけ、雷韋もまた「時々、精霊の気配が消えたりするから困るんだよなぁ」などと返したりしていた。
そうやって雷韋が水の精霊の位置を確認しつつ森の中を歩いて行くと、やがて辺りが開けて明るくなってきた。森がいつの間にか林に変わっている。そこまできたとき、雷韋が二人を振り向いた。
「この近くに水源がある。水の精霊が沢山漂ってるよ」
嬉しそうに言って、そのまま雷韋は駆け出した。
「おい、雷韋」
「雷韋君!」
二人とも雷韋の背中に声をかけたが、少年の姿はすぐに林の中へと消えて行ってしまった。完全に姿を見失う前にと、彼らも雷韋の消えた方向へとすぐに走り出す。
だが、辛うじて残照が照らす林の中に、あの小柄な姿はない。光に触れると金糸に見える飴色の髪の輝きも見えなかった。
「雷韋、どこだ」
陸王が声をかけると、声はすぐに返ってきた。
「こっち、こっち~!」
脳天気な声だった。いや、だが、と言うことは、雷韋は水源を見つけたのかも知れない。それでほっとして、あんな脳天気な声を返してきたのかも。
その声のした方に歩いて行くと、苔むした大きな岩がごろごろ辺りに転がっている場所に出た。おそらくは、この岩のいずれかの亀裂から水が湧き出しているのだろう。
「雷韋」
陸王がもう一度少年の名を呼ぶと、ある岩の陰からひょっこり雷韋の顔が覗いた。
「陸王、紫雲! ここ~」
言う雷韋の髪は、残照に照らされて金色に輝いていた。
陸王はその様子に嘆息をついて近づいていく。紫雲もほっとしたように溜息をついていた。
岩陰になっている雷韋のもとまで行ってみると、辺り一帯から勢いよく水が湧き出して、すでに一本の流れを作っていた。
「ここが源流だ」
雷韋は嬉しそうに言って、泉のように少し水の溜まったそこに手を差し込む。
「この水は飲めるのか?」
「うん、湧き上がってきたままだから飲める。だからこの流れに沿って行けば、きっと村か何かあるはずだ。飲めない水の周りに人が集まるわけないかんな」
陸王の問いに対する雷韋の言い分は正しい。飲めない水の周りに集まる者などいない。逆に、飲める水ならば、そこを基点に村や街を作るだろうからだ。
「では、この流れに沿って下っていけば、人がいる場所に出るんですね」
「うん、そだな。どのくらい下ればいいか分かんないけど。何しろ、ここは源流だし」
紫雲の言葉に雷韋が答えた。それを半ば遮るようにして、陸王が口を開く。
「よし。なら、完全に陽が落ちる前に、行けるところまで行ってみるか」
「なんだよ。陽が暮れてからだって歩けるだろ? 根源魔法で光の球を出せばいいんだから」
雷韋はほんのりと拗ねた風に言った。
それを陸王が蹴る。
「いや、これまで同様、夜は下手に動かん方がいいだろう」
「なんでさ。一気に村か街まで行こうぜ」
不服そうに雷韋が唇を尖らせる。
「夜は魔族の時間だ。俺達が近づいているように、向こうも近づいてくる。この核から発される生体波動を感じながらな。村に辿り着いたとして、魔族を誘い込むことは出来ん」
この、と言ったところで、陸王は懐から核を取り出した。
その見た目は、ただの石塊だ。この辺りにならどこにでも落ちていそうな石塊。だが、これは真円だった。角などどこにもなく、ただ丸い。直径は五センチほどだ。中位から下の魔族は、体内にこの核を持っている。
「ん~、じゃあ、動くのは陽のあるうちだけか?」
「そうだ。人が活動している時間なら、例え村に魔族が現れたとしても、村の者達は逃れることが出来るだろう。今はまだ陽の光がある。今のうちなら動いても大丈夫だ」
陸王と雷韋の会話のあとで紫雲が口を開いた。
「では、早速出発しましょう。陽があるとは言っても、そう遠くまで行くことは出来ないと思いますが」
その紫雲の言葉を無視するように、陸王は歩き出す。
歩き出した陸王の背中を見てから雷韋は紫雲を見た。
「なんだろうなぁ、陸王」
その言葉に紫雲は苦笑する。
「嫌われていますから」
「嫌うことないと思うんだけどなぁ。あんた達、俺がいなかったらきっとばらばらだな」
「そうですね。……さ、行きましょう。置いて行かれてしまいます」
「うん。行こう、行こう」
雷韋は頭の後ろで手を組み、大きく頷いた。
それから流れに沿って歩き出したが陽はあっという間に落ち、水源が途中いくつも顔を現したお陰でやっと川べりらしくなってきた場所で野営することになった。
薪になる枝の切れ端や落ち葉を集め、それに雷韋が火の精霊を操って火を点ける。けれども、掻き集めてきた枝の切れ端や何かだけでは燃やす材料としては足りず、結局は雷韋が火影を召喚して火の中に放った。
火の精霊が凝った武器故に、火影から火を出すことは容易い。刃は伸縮自在だから一番短くした。それでも三〇センチほどの長さになる。
今夜は火影で灯りを得て過ごそうというのだ。
雷韋は荷物袋の中から、最後の一枚になった干し肉を取りだした。
「俺、これが最後の干し肉だ~。陸王と紫雲はまだ保つか?」
「俺もこいつが最後だ」
陸王は手に持った一枚をひらひらさせながら言う。
「陸王も最後かぁ。んじゃ、紫雲は?」
「あと一枚だけ残っています。明日、三等分にしましょう」
それを聞いた瞬間、陸王は断言した。
「いや、二等分でいい。お前らが食え」
「え? じゃあ陸王はどうすんのさ」
雷韋が困惑したように陸王に問う。




