表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/125

凪 六

 食事を摂ったあと時間が随分と余ってしまったが、三時課(さんじか)(午前九時)近くになってから東門へと向かった。


 門前には何台もの荷馬車が止めてあり、それを囲むようにして傭兵や、町を出る巡礼者で溢れ返っていた。


 雷韋(らい)はその中をちょろちょろと行き来し、陸王(りくおう)を辟易とさせる。雷韋のあとをついていくだけで、必ず他人とぶつかるのだから嫌になるのも当然だ。雷韋は小猿然として、全く誰にもぶつからずに歩いているが。


 陸王は、僅かの間ではあったが、これ以上人にぶつかって文句を言われたり、邪険な目で見られたりすることに嫌気が差して、途中で雷韋の首根っこを捕まえた。


「どこに向かってる」

紫雲(しうん)を捜してんだよ」

「あいつを捜すならこんな広場のど真ん中じゃなく、端だ、端。もしここにいるなら、これから入ってくる連中を待ってるんだろうからな。全体が見渡せる場所にいるはずだ」

「あ、そっか」


 今気付いたばかりという風に雷韋が声を上げる。


 その雷韋を引っ張って、門前広場から抜け出した。紫雲がここにいるとして、広場の左右どちらにいるかは分からないが、取り敢えず陸王は左に移動してみることにした。


 広場の端を歩き、城門が見える場所まで移動する。と、陸王の目が一点に突き刺さった。


 紫雲がいたのだ。建物に背を預けるようにして(もた)れ掛かっている。


 陸王は反射的に殺気を放っていた。


 その違和感に気付いたのか、紫雲がすぐにこちらを振り向き、陸王の姿を見つけると剣呑な目で見返してきた。が、すぐに視線が外される。陸王の隣で、紫雲に向かって手を振る雷韋に気付いたからだろう。


 その時の紫雲の目は、陸王を捉えたときとは全く別の色を呈していた。


 もの柔らかで、優しい暗褐色の瞳。


 それに迎えられて、雷韋は小走りに走って行った。そのあとに陸王も続く。


「紫雲!」


 早朝よりはずっと元気な声で紫雲の名を呼ぶ。


「お早うございます、雷韋君。来ていたんですね」

「うん、そうなんだけどさ……」

「どうかしましたか?」


 雷韋が急にしゅんとしてしまったので、紫雲は不可思議そうな顔つきになる。


「俺、さ。もう、魔剣のこと、調べらんなくなった。ちょっと、色々あって」

「あぁ、それでそんな顔を」


 紫雲はにこりと笑って、先を続けた。


「これは元々、私の仕事です。今まで気にかけてくれて、有り難うございました」

「いや、そんなのいいけど。それでも一応な、東の町には行ってきた。でも道中も、東の町も、どっちにも変なことはなかったから、それだけは伝えたくて」

「有り難う。その情報だけで充分ですよ」

「でも途中、分かれ道が沢山あった。だから、そっちから来る人で、何か知ってる人がいるかも知んねぇ」

「そうですね。当たってみますよ」


 そこには落胆の色など欠片もなく、相変わらず穏やかな笑みを浮かべて紫雲は答える。


 そんな紫雲の顔を見て、雷韋は思いきったように言葉をかけた。


「俺達、まだまだこの町にいるから、もし……」


 そこで陸王の言葉が邪魔をした。


「雷韋、もういいだろう。伝えるべき事は伝えたはずだ」


 その言葉に、雷韋は半分困ったような、半分残念そうな表情を浮かべて陸王を見遣る。同じように、紫雲も陸王を見遣った。


 そこに浮かんでいる表情はどこか胡散臭げな表情だった。垂れ目気味の目元も鋭い。紫雲の目は、陸王を射殺すようだった。


 しかし、それを陸王は真正面から見据えた。特段の感情もなく、ただ見据えるのみだ。そして、雷韋に声をかける。


「戻るぞ」


 そう言われて、雷韋には大人しく戻るしか手はなかった。紫雲に、町中で見掛けたら声をかけて欲しいと最後まで言えずに。


 雷韋は背を向けて歩いて行く陸王のあとを追った。肩越しに、幾度か紫雲を振り返りつつ。そうして紫雲を振り返る琥珀の瞳は、なんとも言えず悲しげだった。


 それでも陸王に追いつき、軽く文句を言ってくる。


「あんた、なんか知んねぇけど、俺と紫雲が話してるのだけでも面白くなさそうだ」


 その声音は()ねていた。


「あんなのと話して、何の益がある」

「魔剣のこと、話してただけじゃんか。利益とか関係ないよ。そんでももし利益っていうんなら、陸王が安全かどうか、それが重要なだけだよ」

「そいつは約束したはずだ。もう分かってるだろうが」

「だから紫雲に、もう手伝えないって言いに来たんじゃんか」


 そんな雷韋の頭に陸王は手を乗せた。


「今はまず、お前の身の安全確保だ。お前が見たのが予知夢ってんなら、そいつを変えてやらんとな」

「うん」


 幾分か真剣な声で返す。


「あんなのが本当になったら嫌だ。絶対」

「そうならん為にも、今日は宿で大人しくしてろ。明日は明日で、また気を付けにゃならんがな。もしかすると、今夜見る夢でまた何か分かることもあるかもしれん」

「夢、もう見たくない」


 雷韋は駄々をこねるように口にする。


 陸王はそれに対して、そうだな、と返して雷韋を連れて宿に戻った。

明日も18:42頃に投稿予定です。

宜しければ『いいね』や『☆評価』、『ブックマーク』などしてくださると励みになります。

感想やレビューも頂けたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ