第三六話 夢の終わり
「嫌だぁ。神聖魔法は嫌だぁ。それにおでの核を壊したら、妖刀を操れる奴が町を滅茶苦茶にするぞぉ」
「なんですって!? 妖刀!?」
紫雲が驚いて問えば、魔族は卑屈に笑った。
「おではもう連絡したんだぁ。おでよりももっと強くて、妖刀を操れる魔族にぃ。陸王を殺そうって捜してる奴にここにいるってなぁ。おでがもし殺されたら、あの町を襲えって伝えてやったぞぉ。お前らは何も出来ないだろうなぁ。でも、もしおでを自由にしてくれたら、別の場所に呼んでやるよぉ。おでのところに妖刀も、妖刀を操れる魔族も集めてやる」
そこまで言って、魔族は勝ち誇ったような笑い声を上げた。
「最初っから仕切り直しだぁ! 町を滅茶苦茶にされたくなかったら、おでを自由にしろぉ」
どこまでもおかしそうに、口角に泡を溜めて笑っている。
紫雲が憤りのままに息を吐き出すのと、陸王が言葉を放つのが同時だった。
「なんだって俺を狙う。しかも、妖刀なんてものまで用意して」
「そこまで詳しく知らなぁい。ただ陸王を殺せば、天使族が喰えるって言うから、天使族は旨いって言うから、おでは仕切り直してお前を殺すぅ」
「そうかよ。俺はおめおめと殺されるつもりはない。そして、お前を殺さなけりゃいいんだな」
「へ?」
それまで笑っていた魔族がぽかんとした顔をする。
「お前を呼び水にして仕切り直しってんなら、核さえあればいい。核を破壊せずにいればお前は生きているも同然だ。妖刀を持って俺を狙ってるという奴もやってくるはずだな。なんだって俺が妖刀に狙われなけりゃならんのか理解に苦しむが」
「おでを殺さない? 核を破壊しない?」
ぽかんとしたまま、鸚鵡返す。
中位、下位の魔族は核が破壊されなければ、いずれ復活出来る。だから紫雲達修行僧は核を必ず破壊するのだ。その時に逃げられる危険性を伴いながらも。
しかし上位、高位は人に近いため、頭部を破壊されたり、首を刎ねられたり、胴を断たれれば死ぬ。彼らは弱い魔族と違って核は持っていない。持つ必要がないからだ。人族に上位、高位の魔族はまず殺せない。陸王が卓の脚に胸を貫かれても死ななかったように、死に対する耐性──例えば、強い肉体などだが──のようなものがあるのだ。
魔族の言葉に、陸王はにやりと笑んでやった。
「今はな。だが、妖刀を破壊したらお前の核も破壊する」
楽しげに言うそれを聞いて、魔族は潰されていない方の目を大きく見開いた。
「嫌だぁ! 殺さないでくでぇ!」
そのまま悲鳴を上げる魔族をよそに、陸王は紫雲を見た。
「おい、やれ」
「そんな風に命令される筋合いはありませんが、妖刀のこともあります。貴方はこの魔族の核を持ち歩いて、妖刀を探し出すんですね? ならば、ここで神聖魔法を使う代わりに、私もこの先の旅に同行させてください」
陸王は紫雲の言葉に目を眇めた。
「断ると言ったら?」
「ならば核はご自分で探してください。言っておきますが、魔族の核を探すためには一寸刻みにしなければいけませんよ。その間に逃げられる可能性もありますね。ただし、捕まえている状態ならば、神聖魔法を使えば探しやすくなりますが」
陸王はそこで考え込むように長嘆息した。
だが、陸王の思考を打ち破ったのは雷韋だった。
「陸王、なんでそこで考えちゃうのさ。妖刀があんたを狙ってるって言うんなら、紫雲がいたっていいじゃんか。だって、妖刀を破壊するのが紫雲の役目だろ? だったら、助けてくれるかも知んない。それに、次にまた魔族に狙われたら、今度は俺だってどうなるか分かんない。俺は魔族が怖くて、手も足も出ないんだ。なぁ、助け合おう? 核を探すのだって大変そうじゃんか。もし逃げられたら大変だよ」
陸王はそこで渋面を作り、心底嫌そうに言うのだ。
「なら、妖刀を破壊するまでだ。それでいいか」
「えぇ、充分ですよ」
紫雲は頷いてみせる。それから魔族の脇にしゃがみ込んで、幼児の胸の上に手を載せる。そうしてから、片手で印契を作って神聖魔法の詠唱を始めた。
神聖語は天慧と羅睺の言葉だ。神の言葉を使った魔術に言霊封じはない。
詠唱を始めると、途端に魔族は暴れ始めた。頭は吉宗の刃で地面に縫い付けられている。身体は紫雲の手に押さえ込まれていた。それでも激痛を訴えるように叫び、やめてくれと涙を流して懇願する。
しかし、紫雲が魔族の言葉に耳を貸すはずもなく、詠唱を唱えるだけだ。
苦しみを感じているのは何も魔族だけではなかった。
陸王もだ。
魔族を呪った神の言葉は、そのまま呪いとなって降りかかってくる。堪えているが、僅かに息も上がってきた。全身に針でも刺さっているかのような苦痛を受ける。粟肌が立ち、自然と脂汗も浮いてきた。吉宗の柄を握っている右手が震えそうになって、慌てて左手を添える。膝が笑いそうになるのを堪えて、陸王が苦しげに固い唾を飲み込んだとき、魔族が叫んだ。
「おめぇ……め……っ!」
突然吐き出した悲鳴以外の言葉に、雷韋は驚いた。今の言葉は陸王に向けられたものだろうか。『お前め』と言う意味にも取れたし、『おめぇ、目』と言う意味にも取れた。雷韋にはそれが不可思議に感じられて、陸王の顔をぱっと見たが、僅かに険しい顔をしているだけでおかしなところは何もない。『目』のことを言ったのだとしたら、陸王の瞳の色は常と変わらず黒い瞳だ。そこで雷韋はふと思い出したことがあった。
紫雲も陸王の目を気にしていたということを。
けれど、陸王の目元は険しくなっているだけで、常と変わらない。それなのに一体、彼らは何を気にしているというのか。何が問題なのか、雷韋にはさっぱり分からなかった。
そうしている間にも、魔族は暴れていたが、徐々に動きを鈍くさせていく。よく見ると、うっすら茨が絡みついているのが目視出来た。その茨に刺されて、魔族は血を流し始めている。切り裂かれた顔面にも、茨は確実に食い込んでいた。
そんな魔族を見ても雷韋は情けを感じなかったが、ただ痛々しいとは思った。
それまで詠唱を延々と続けていた紫雲だったが、最後に何事かを呟くと、茨が一気に実体化して魔族を球体化した。茨が球体を作る間際、魔族が奇妙な叫びを発したのを三人は聞いた。
球体が出来上がった拍子に魔族だった茨の球体が、吉宗の刃から外れる。今は紫雲の掌の下で、光り輝く茨の球体として魔族は存在していた。
陸王はようやく終わった神聖語の詠唱のあとで、密かに溜息を零した。それから紫雲に問いかける。
「これで終わりか?」
「えぇ。術は正常に発動しました。あとはこの球体の中から核を取り出すだけです」
「そうか」
そう返しつつ、陸王は吉宗の刀身を鞘に収めた。それから右掌にふっと息を吹きかけると、おもむろに茨の球体へ手を突っ込んだ。
陸王が茨の玉の中へ手を突っ込む様子を見ていた紫雲が、
「今、何か言いましたか?」
どこか怪訝な調子で陸王に問いかける。
「いや、何も」
陸王は何事もない風にそう返して球体の中を探り続けたが、陸王は嘘をついた。
彼が掌に息を吹きかける間際、唇を微かに動かす程度にして魔代語を唱えたのだ。そうしなければ、神聖語で出来上がった茨の玉に触れただけで手は焼け爛れ、傷ついただろう。だから陸王は、神聖語とは真逆の魔代語を唱えて、神聖語を中和したのだ。
しかし、それが紫雲の耳に届いたらしい。微かな声音だったというのに、流石は神聖魔法の使い手だ。真逆の節になる魔代魔法に敏感だった。
けれども、陸王の手が茨の中で動いている様子もあり、紫雲はそれ以上何も言ってこなかった。
雷韋には魔代魔法を唱えたのは聞こえていなかったため、何も不思議に思うことなく陸王が球体の中で手探りしているのを見つめているだけだ。ただ、瞬間的に頭がくらっと回ったが。
魔代魔法を使うと、瞬間的に魔族から魔気が発されるのだ。雷韋の目眩はそのせいだが、雷韋本人はそれに気付いていない。
やがて陸王の探る手が止まって、ゆっくりと茨の玉から手を引き抜いた。引き抜かれた手には、なんらの傷も認められない。陸王も涼しい顔をしている。
「核を見つけたのか?」
雷韋が問うと、陸王は首肯した。それを確認して雷韋が茨の玉を見遣ると、大きくなったり小さくなったりと、まるで脈動しているかのようだったが、やがてその動きも止まり、止まったかと思えば次の瞬間、玉が一気に収縮してそのまま消滅した。その様を、少年は驚きを以て見た。
陸王は玉から手を引き抜いたときから手を握りしめていたが、その時になってようやくそれを開く。
掌の上には、直径が五センチほどの玉が載っていた。
だが、見目はただの石塊だ。輝きも何もあったものではない。
「これが、核? ただの石ころに見えるけど」
雷韋が覗き込み、言う。
「何も感じんか?」
陸王が問うと、雷韋は顔をしかめた。
「いや、なんか気色悪い感じはする。鳥肌が立ちそうな」
「魔族の核とはそういうものです。その魔族の本性が全て詰まっている」
紫雲の言葉を聞いて、雷韋は「なるほどな。そういうもんか」と納得したように呟いた。
雷韋の呟きのあとに、陸王は何も言わずにそれを懐にしまった。
陸王が魔族の核を懐にしまったのを見て、雷韋は陸王と紫雲に声をかける。
「なぁ、魔族は核にして倒したんだ。もういいだろ? それよか、あっちこっちに倒れてる人達を一カ所に集めて欲しいんだ」
「さっき、魔術を使うといっていましたね。そのためですか?」
紫雲が問うと、雷韋は「うん」と頷いた。
「植物の精霊魔法を全員に一気にかけるから、近い場所にいてくれた方がいいんだ。俺も運ぶし」
「いや、お前はいい。まだ魔気の影響が身体から抜けてねぇだろう」
陸王が言うが、
「大丈夫だよ。濁った血はどんどん出ていくし、その代わりに新しい血がどんどん作られてるんだ。もう魔気をばら撒く奴はいないんだし、出血する血の色が変われば、自分で傷は癒やせる。そんなことより、早くしてくれ。きっと酷い怪我の人だっているんだ」
そこまで言って、雷韋は「いてて」と呟いて左足を引き摺り気味に歩いて行った。
それを見て、多少呆れ顔になった陸王だったが「仕方ねぇな」と独り言ちて別方向へ向かった。紫雲もそれに合わせるように、また違う方向へと足を向ける。
三人で手分けをして人々を集めたため、一カ所に集めると言っても、そう時間はかからなかった。全員集めて二十人ほどだ。それぞれに打ち身や打撲、骨折をしている者まで様々だが、全員生きている。




