↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/98

第三三話 撃退

 魔族は雷韋(らい)の血を舐め取り、宙に視線をやったまま動かなくなった。どこか呆然としているようにも見える。だが、次の瞬間、叫んだ。


「なんだ、この血はぁ。今までに味わったことのねぇ旨さじゃねぇかぁ。匂いだけじゃなく、味もこんなにいいなんてなぁ。甘い。旨い!」


 そう叫んで、魔族はその場で踊り出した。

 不均衡の身体を揺すって。


「こんな、こんな獲物は初めてだぁ。お(・)で(・)はついてる、お(・)で(・)はついてる。こんなに旨いものが喰えるなんてついてるぞぉ」


 最後に一声吠えて、雷韋を再び見下ろす。


「でもなぁ、お前は最後にとっておくぅ。人間共を喰ったら、そのあと、一番最後に喰らってやるからなぁ」


 踊り疲れて息を切らしてそう言うと、魔族は両腕を広げた。すると、腕の下に黒い空間が出来て、中から豹の頭が覗いた。それはまるで出る空間が狭いとでも言うかのように不服げに喉を鳴らしたが、魔族は一向に構っていなかった。


「来い、来い」と呟きつつ、豹の頭をした生き物を呼び続けた。


 その魔物は、雷韋が夢の中で見たものそのものだった。頭が豹で、身体は犬、背中から尻尾にかけてが蛇だ。しかも尾の先端は蛇の頭になっている。


 それが魔族の腕の下に開いた黒い空間から何頭も現れた。その魔物達は人を襲う害のある魔物だ。なのに、魔族の言うことは聞くらしい。魔族が「囲め」と言うと、素直にその言葉に従って雷韋を取り囲んだからだ。


 この光景も夢で見ている。彼らは雷韋を喉を鳴らしながら見下ろしてくるのだ。それが役割だから。


 それに今なら分かる。魔物に囲まれてもほとんど動けなかったわけが。


 負った傷があまりにも小さいのだ。そのせいで、濁った血が思うように身体から排出されない。そのほとんどが身体に溜まったままだから、思うように動かないのだ。今動くには、負った傷を大きくするか、さもなくば、大きな傷を作るしかない。


 果たして、雷韋が動いても魔物は動かずにいてくれるか?


 魔物がいる前で逃げ出すような真似はしない。それなら焼いてしまった方が早いからだ。しかし、魔族を目の前にすれば、あの紅い瞳が怖くて動けない。恐怖に竦んで、精霊を動かすことすらも躊躇われてしまう。だが、魔物は別だ。一気に焼いて、灰にしてしまえる。けれど、その前にしなければならないことがあった。


 濁った血をもっと外に出すことだ。今のままではまともに動けない。魔物を灰にしてしまっても、動けなければ、次は何をされるか分からないのだ。最後に取っておくとは言っていたが、魔族に襲われる可能性もある。


 それに人間達。


 彼らを殺させるわけにはいかない。そうなればやることはただ一つだ。新たに大きな傷を作り、濁った血液を大量に吐き出してしまうこと。そうすれば雷韋は動けるようになる。


 人間達を護ることも出来る。


 そのために動くことを魔物達が許してくれるかどうか。なんと言っても見張りなのだから。


 それでも一か八かやってみようと思った。今、魔族は魔物に雷韋を任せて背を向けている。これから辺りにいる人間達を喰らおうというのだろう。


 雷韋は左手に火を現したが、その火は大きくはない。最小限に絞った。それで充分だったからだ。別に炎を魔物に嗾(けしか)けるつもりではない。


 雷韋は火影を召喚したのだ。


 雷韋の出身地であるセネイ島の火の神殿で見つけた、火の精霊が凝(こご)った武器。赤い石を細く削ったようになっている柄の両翼から、赤い刃が伸びている。刃は伸縮自在、斬るも斬らぬも雷韋の意思次第だ。小規模な爆破も起こせる。それが雷韋の武器だ。だが、火影を形作っている火の精霊と契約したわけではない。火の精霊達は、雷韋が火影を見つけた瞬間から、望んで雷韋に従ったのだ。


 陸王が吉宗に選ばれたように、雷韋も火影に使い手として選ばれたのだ。


 それを精霊界から雷韋は召喚した。雷韋の手に突然火が熾ったため、魔物は瞬間的に身構えたが、火はすぐに消えて、刃を短くした火影に姿を変えた。火だった余韻で、柄に巻かれている組紐が宙に舞い上がったが、それだけだった。


 雷韋は召喚した火影の刃を寝そべったまま、腿の方へ向けて一気に伸ばした。途端、深く切り裂かれた傷口から真っ黒な血が噴き出し、その強い匂いに魔族が振り返る。


「お、おめぇ、勿体ねぇことするんじゃねぇ。おめぇの血の一滴だって無駄にすることは出来ねぇんだぁ」


 慌てふためくように魔族が叫ぶが、そんな言葉の次に起こったことは魔族の目を剥くことだった。


 五、六頭いた魔物が、一瞬にして灰と化してしまったからだ。


「は? なんだとぉ?」


 その声を背に、雷韋は撥条(ばね)のように起き上がる。けれど、振り向く勇気はなかった。魔族に火を嗾(けしか)けようとしても、相手を見ずに魔術は使えない。標的がしっかり視野に入っていてこそ、行使出来るのだ。そう言う意味では、魔術は決して万能ではなかった。


「おめぇ、よくもお(・)で(・)の魔物を消し炭にしてくれたなぁ。折角、餌付けしてあったのによぉ」


 雷韋はその声を聞いているだけでも恐ろしくなってきた。悔しげに言うそいつの瞳は紅(あか)。血を滴らせた紅だ。それを想像するだけでも恐ろしかった。


 きっとその紅い瞳は、自分の背中を睨み付けているはずだ。殺意をもって。それがひしひしと感じられる。背中に殺気がびりびりと伝わってくるのだ。


「おめぇ、なんでこっちを向かない。……ん? もしかして、おめぇ、お(・)で(・)が怖いのか? そうか、怖いんだな。だったらそのまま後ろ向いてろ、今、殺してやるからよぉ」


 最後の方は笑い交じりだった。どうしてくれようか、こうしてくれようかと言った風に。その声音は実に楽しげだった。そしてぼそぼそと呟く。再び「来い」と。


 次の瞬間、魔物の気配を感じた。さっきのと同じ気配だ。魔物を餌付けしていたというなら、まだほかにも餌付けされている魔物がいたのだ。


 さっきので終わりではない。


「押さえつけろぃ!」


 魔族が大音声で叫んだ瞬間、背に物凄い圧迫感を感じた。魔物が狙っていると気付き、雷韋は振り向きざまに火影を眼前に翳した。途端、魔物は次々に灰と化す。


 しかし、数が思っていた以上に多すぎた。今この瞬間にも、まだ精霊が取り憑いていない魔物が二十頭ほどもいる。飛び掛かってくる数が多すぎて、魔族の姿が見えないほどだ。


 ほとんど『魔物の壁』と言っていい。それを一気に焼き払うも、その後ろからも更に襲いかかってくる。魔物を灰に帰すのは火影を形作る火の精霊達に任せたが、一頭だけ網の目を掻い潜るようにして雷韋の右肩に食らい付いてきた。それも瞬時に灰となったが、肩に深い傷が出来てそこから濁った黒い血が噴き出してくる。


 だが、怪我自体はいいのだ。身体から悪い血液を排出する手段になる。血液自体は身体がどんどん作り出すから問題ない。


 悪いのは大量出血することで、魔族が興奮してしまうことだ。


 大量の魔物はあっという間に灰と化し、目の前には魔族が一匹。雷韋は腿と肩に深い傷を負って、痛みのために足下がぶれた。その時、逸らしていたはずの魔族の目と目が合ってしまう。


 魔族は雷韋の血に興奮したせいか、目を血走らせ、瞳を紅く燃え立たせていた。


 その瞳にぞっとする。全身が一気に粟立った。ぶわっと身体中から冷や汗が吹き出してくる。掌にかいた汗で、火影を取り落としそうになるほどだ。


 やはり魔族を灰にすることは出来ないと思った。あの瞳を見ると、精神統一が出来なくなる。精霊を支配出来ないのだ。


 精霊に命を下せない。


 最悪だった。目を合わすまいとしていたのに、ちょっとした拍子で目を合わせてしまった。あんな目付きを見て何も感じない方がおかしいというものだろう。今にも食い付かれんばかりだ。


 雷韋が戦々恐々としていると、魔族が雷韋を睨むように見つめて、一歩を踏み出した。その足下が、何故かおぼつかない。まるで酔っ払いのように千鳥足なのだ。しかも、涎まで垂らして。


 その様は異様としか言えなかった。もう魔物を呼び出す気配すらない。代わりに魔族の動きは、まるで酔っ払いそのものだった。


 いや、本当に酔っているのだ。雷韋の血の匂いに魅せられて、酔っ払っているのだ。


「おめぇの血の匂いはいい匂いすぎるなぁ。なんだってこんなにいい匂いなんだぁ? 脳味噌が痺れるくらいいい匂いしてるぞ。その血を啜らせろよぉ、肉を喰わせろよぉ」


 口を開くたびに、涎がこぼれ落ちてくる。そして、千鳥足は一歩一歩と確実に雷韋に近づいた。


 雷韋は魔族の瞳から目を逸らしたかったが、逸らした瞬間、飛び掛かってくる気がして逸らせなかった。


 あんな目は見たくないというのに。それでも恐ろしすぎて、視線を引き剥がせなかった。それどころか、身体も動かない。射竦められてしまって、動くに動けないのだ。


 その時、自然と雷韋の喉が獣めいて鳴った。


 それを耳にした魔族が小さな両腕で顔を覆って、ばっと後退(あとじさ)る。


「な、なんだぁ、今の音ぉ。気持ち悪ぃなぁ」


 雷韋は真っ赤な目に釘付けになっていて、今何が起こったのか分からなかった。自分の変化にも気付かない。


 魔族は一瞬の嵐を掻い潜ったかのように、また一歩進む。少しの間、腕で顔を覆って、その隙間から覗く紅い瞳で雷韋の様子を窺っていたが、もう変化がないとみたのだろう。それまで千鳥足で歩んできた魔族が、いきなり奇声と共に飛び掛かってきたのだ。


 頭でっかちの幼児の身体が雷韋を襲う。


 瞬間、雷韋は息を吸っただろうか。吐いただろうか。

 分からなかったが、火影を握る左手が勝手に動いていた。


 途端、さくっと魔族の首が断ち切れる。だが、身体はそのまま突っ込んできた。それにのし掛かられるように雷韋は後ろへ倒れ込む。


 首のなくなった身体からは鮮血が吹き出し、雷韋の顔と胸元を散々に汚した。もうそれは血塗(ちまみ)れと言った態《てい》だ。


 雷韋はすぐに魔族の身体を放り出すと、上体を起こして首の飛んでいった方を見た。


 その首の付け根からも真っ赤な体液が流れ出している。目は見開いたままだ。


 けれども、それで決着がついたと思えばほっとした。


 雷韋の取った行動は咄嗟の動きだったが、首と身体のある魔族を殺すには、急所である首を狙うか、それとも胴体の寸断が必要なのだから。心臓の破壊も効果的だ。生物としての機能を奪えば、それだけで魔族は滅されるのだから。


 雷韋はまだ身体も呼気も震えていたが、安堵はした。なんとか自分一人でも魔族を殺せたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。