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続く悪夢 六

「はい、お待たせ。お酒はエールでよかった?」

「あぁ、充分だ」

「それとお釣りね」


 そう言って、娘は前掛けのポケットから銅貨を取り出す。


「お釣り、ちゃんと足りてるか数えておいてね。今、食事運んでくるから」


 銅貨を陸王りくおうの方へ置くと、そのまま慌ただしく厨房の方へと取って返した。


 陸王は銅貨を数え、二十三枚あることを確認してから財布に入れて、懐にしまう。


「ちゃんとあったか?」


 雷韋らいが聞くと、陸王は無言で頷いた。それに対して、そっかと軽く相槌を打って、雷韋は杯に入ったミルクを一口口にする。そうして口を離したとき、雷韋の鼻の下には白い髭が出来上がっていた。それを見て、陸王が小さく笑う。


「何?」


 雷韋が不思議そうな顔をして問うてくる。それをおかしそうに見て、


「髭が出来てるぞ」


 注意を促すと、雷韋は慌てて口元を拭った。


「もー! そういうことは笑って見てないですぐに教えろってば。ガキみてぇじゃん」

「充分、まだまだガキだろう」

「そういうこと言ってんじゃなくて! こう見えても俺、二十二年と半分くらいは生きてんだぞ」

「ほう。見えんな」


 どこか感心した風に言う。


「だって、成長が遅いもん。しょうがないだろ?」

「だが、『二十二年と半分くらい』ってのはなんだ、『くらい』ってのは」

「俺は拾われて育ったから、正確な誕生日とか分かんねぇんだよ。だから、拾われてから二十二年と半分くらいは経ってるって事」

「なるほどな」


 言って、陸王もエールを口にする。


 雷韋はその陸王をじっと見つめた。それに気づき、


「なんだ」


 陸王が問う。


 すると、雷韋は怪訝な顔つきになった。


「馬鹿にしないんだな」

「何を」

「いや、二十二年も生きてるのに、その程度かって言わないなって」

「なんの話だ」

「ほら、なんてぇのか、二十二年も生きてればもっと成長してても良さそうじゃね?」

「お前は獣の眷属だ。成長が人間族より遅いのは仕方ないだろう。妖精族なんぞと比べたら、充分に成長していると思うがな」

「ん……、そっか」


 雷韋はどこか得心した表情になり、視線をミルクの入った杯に落とした。


 そこで一旦、会話が途切れたが、そのあとすぐに食事が運ばれてくると、雷韋は他愛のない話をし始めた。


 相変わらず雷韋は口からものを飛び散らせて陸王を辟易させていたが、賑やかな食卓になった。


 そうして食事が終わると、少し酒を飲むと言って陸王は先に雷韋を部屋へ帰そうとしたが、雷韋は戻らず陸王に付き合った。その代わり、エールのつまみのナッツは全て雷韋の口に運ばれることになったが。


 エールを二杯ほど飲み干した頃、陸王は雷韋を伴って部屋へ戻ったが、その頃には外は真っ暗になっていた。当然、室内も真っ暗だ。


「雷韋、ランプに火を入れてくれ」

「ん」


 軽く返して、雷韋は火の精霊を操って卓上のランプに火を入れる。途端に、暖色の明かりが部屋に満ちた。


「ん~、今日は疲れたなぁ。まだ全然、寝不足だし」


 寝台に腰をかけて、雷韋は伸びをした。


「寝るか?」


 陸王は寝台の足下に置いてある荷物を手に、雷韋に問いかける。


「そだなぁ。横になってるだけでも違うよな。身体が重いもん」

「そうか。なら、先にこいつをやっておく」


 言って、荷物の中から小袋を取り出すと、それを雷韋に放って寄越した。


 雷韋が反射的に小袋を受け取ると、ちゃりっと硬貨の音がする。そして、異物の感触も。


「何、これ?」

「開けてみりゃ分かる」


 陸王の言葉に、言われるがまま雷韋は袋の口を開いて寝台の上に中身を広げた。


 そこには金貨が六枚と宝石の原石と思われる、親指の先ほどの大きさの石が五つ出てきた。


「なんだよ、これ」


 驚きに目を丸くして、雷韋は問うた。


「預けとく」

「なんで」


 雷韋はきょとんとしている。


「俺は宝石のことには詳しくないからな。原石と言えど、価値が分かるのはお前の方だろう。金貨はついでだ」

「原石なんて、どうしたんだ?」

「安く買い叩かれたときの報酬だ。普通の宝石は俺が懐に持ってる」


 言うと、陸王は荷物を持ったまま卓に着いた。そして、卓上に刀の手入れ道具を広げていく。


「侍でも買い叩かれる時なんてあるのか?」

「雇われるときと話が違ってたってだけだ。蓋を開けてみたら、原石を渡された」

「これ、鑑定してもいいか?」

「そうしてくれ。そのつもりで渡したんだ」


 陸王は吉宗の刃を鞘から引き出しながら答えた。


 雷韋は寝台の端に放置してある荷物袋の中から鑑定用の拡大鏡を取りだし、根源魔法(マナティア)で光の球を(あらわ)した。そうして、一つ一つを真剣に鑑定していく。


 陸王は吉宗の手入れの手を止めて、横目でその雷韋を眺めていた。


 雷韋は一つ一つの石を様々な角度から眺め、無言で次々と鑑定していく。時折、小さな唸り声を上げながら。


 そして、全てを見定め終わって、陸王の方へ顔を向けた。


「二つは水晶の原石だった。ほかに金剛石(ダイヤモンド)が一個、紅玉(ルビー)が一個、青玉(サファイア)も一個。でも、どれも屑石同然だな。岩石の部分が多すぎる。本物の石の部分が小さすぎるよ。これじゃ高く売れない。砕いたら、もっと小さくなるもん。ん~、この大きさじゃ、金剛石で金貨五枚が最高額かな? ほかのは言わずものがなだよ」

「そんなに酷かったかよ」


 侍が戦場で雇われるとき、一日金貨五枚、あるいは一戦(ひといくさ)、金貨五枚が相場だ。つまり、原石にはそれだけの価値が全くないという事になる。


「こんな石じゃ、ほとんど詐欺だよ。生命がかかってるのにさ。そりゃ、全く貰えないよか全然ましだけど。金剛石以外は石砕いて、磨く手間を考えたら、ほとんど金になんねぇんじゃねぇかな? 銀貨にはなるだろうけど、金貨は望めない」


 石を片手で弄びながら言う。


「なら、余計お前が持ってろ」

「なんでさ。これはあんたのだろ?」

「売りに出すとき、お前なら上手く言い抜けられるんじゃねぇか? 少なくとも、俺よりはな。だから預けておく。換金するときには言う」

「ん~、分かったよ。預かっておく。でもさ、金貨は?」

「一緒に持っておけ。だからって、勝手に使うなよ」

「使わねぇよ」


 ()ねた口調で唇を尖らせる。


「そんじゃ、取り敢えず預かっておく」


 言って、雷韋は自分の腰に括り付けてある財布の中に小袋ごと突っ込んだ。


「屑石とは言っても、金にはなる。金貨も入ってるんだ。なくしたり、()られたりするなよ」


 陸王は再び手を動かし始めながら、注意した。すると雷韋は、ふんと鼻を鳴らす。


「俺を誰だと思ってんのさ。掏ることはあっても、掏られたりしねぇよ。掏摸(すり)なんて一目でわかるもんさ」

「自分と同じ、手癖の悪いのは分かるってか」


 揶揄(からか)うように言うと、雷韋は憤慨したように返してきた。


「手癖悪いとか言うな」

「実際、悪いだろうが」

「ちぇっ」


 舌を鳴らして顔を背けるが、すぐに雷韋は陸王の方へ顔を向けた。その時にはもう、吉宗はばらばらになっている。

明日も18:42頃に投稿予定です。

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