続く悪夢 五
はっとした。随分と長く眠っていた感覚がある。
だが、陸王は窓の外を見てほっとした。夕焼けの空が見えたからだ。眠りに落ちて、まだそれほど経っていないのだと分かる。
眠ったことは確かだが、深く短い眠りだったのだろう。
それから雷韋の方に目を向けたが、寝台の中で蹲って規則正しい寝息を立てていた。妙な夢は見ていないらしい。
けれど、そろそろ起こさねばならない時間だ。もう少しすれば、晩課(午後六時の鐘)が鳴る頃だ。そうなれば、皆、一斉に夕食を摂りに食堂へ集まるだろう。席がなくなるのは困る。だから陸王は、雷韋を起こしにかかった。
「雷韋、起きろ」
被っている上掛けを引っぺがして声をかけるが、雷韋は眠そうに唸るだけだった。
「雷韋」
耳元で大声を上げると、更に唸って、近づけた顔を遠くへ押しやろうとしてきた。
こうなっては仕方がない。
陸王はもう声をかけるでもなく、雷韋の頭を引っ叩いた。
「いっだ!」
「起きろ。そろそろ飯の時間だ」
「ん~、久しぶりに引っ叩かれた気がする」
「やられたくなかったら、さっさと起きろ」
「んー……」
むくれた調子で、雷韋は起き上がる。
「何か変わった夢は見なかったか?」
「いやぁ、眠すぎてそれどころじゃなかったかも」
言いながら靴を履く。それから腰を触って、
「財布はここにあるな」
確認するように呟いた。それから一度、座ったまま伸びをしてから立ち上がる。
「もういいよ、行こうぜ。少し寝たから腹減ってきたかも」
そういう雷韋の頭をぽんぽんと撫で叩いてから、陸王は先に部屋を出た。そのあとに雷韋が続き、部屋に鍵をかけて階下に下りる。
食堂に行くと六割ほど席が埋まっていた。まだ晩課が鳴る前だから、それほど人は多くないようだ。
二人は適当に卓について、食事を注文することにした。
「今夜は奢ってやる。二人前でも三人前でも、腹一杯食ってゆっくり眠れ」
「えぇ!? 陸王が飯奢ってくれんの? なんなんだよ」
「今言ったとおりだ。腹一杯食って眠っちまえば、妙な夢も見んですむかも知れんだろうが」
「いや、そりゃそうかも知んないけど、なんか悪いよ。それに、陸王にはすっごくよくして貰ったからな」
「ん?」
雷韋の言っていることに見当がつかずに、陸王は怪訝な顔をした。
すると雷韋は「ほら」と言って、耳を見せてくる。
「すっげぇ高かったろ、これ。これだけでもう充分だよ。それに、すっごく気に入ってるんだ。こんないいもの買って貰えて大満足だよ。飯奢って貰うより、こっちの方がずっといい」
本当に、心底からの笑みを見せる。子供然とした、裏も表もない笑顔を。
それに対して、陸王は笑って吐息をつく。
「本当に奢りはいらんのか?」
「これ以上、金使わせるわけにもいかないしな」
「俺にとっちゃそんなもの、大した出費じゃねぇぞ」
その言葉に、雷韋は目を瞬かせた。
「陸王って、どのくらい金持ってるのさ」
「さてな。正確に数えたことはねぇ。それにほとんど使わんし、宝石にして持ってるからな」
「え~!? なんで!」
「雇われ侍をしてると、硬貨で受け取るより、宝石で受け取ることの方が多いからだ」
「じゃあ、すっげぇ儲かるって事か?」
「まぁな」
なんでもないことのように言ったが、雷韋は急に顔を曇らせた。
「でもそれってさ、人の生命奪って金貰ってるって事なんだよな」
「それが本来の俺の仕事だからな。腕っ節が強ぇのに、ちまちました仕事なんざしてられるか。そのうち、お前を連れて戦のある国にも行くつもりだ」
「嫌だよ、俺、そんなの」
「誰もお前に戦えとは言ってねぇ。俺が稼ぐときには戦で稼ぐ」
それを聞いて、雷韋は酷く悲しそうな顔をして俯いた。
「殺さないで稼ごうよ。殺しはよくないって」
「俺がやらんでも、誰かがやるんだ。だったら俺がやる。ただそれだけだ」
雷韋はちらと陸王を上目に見る。
「あんただって、俺の生命の綱なんだぞ」
「俺は死なねぇ。安心しろ」
そう言って雷韋の頭をぽんぽんと撫で叩いたとき、給仕の娘がやって来た。
「いらっしゃい。お客さん達は食事? それともその前に何か飲む?」
その娘に応対したのは陸王だった。
「飯と飲み物を頼む。何がある」
「今日はキッシュを焼いてあるわ。美味しいわよ」
「ならそいつと、スープにパンを付けてくれ。二人前だ。あとは酒ならなんでもいい。それとミルクだ。全部でいくらになる」
「あ! それに酢キャベツ付けて」
雷韋が付け加えた。
「お前、いつもそれ食ってるが、旨いか?」
「俺は好きだよ」
陸王はそこで嘆息をついて、「酢キャベツを一人前だ」と付け加えた。
「じゃあ、え~と、銅貨で七枚よ」
それを聞いて、陸王は懐から財布を出した。
「銀貨で。釣りを頼む」
「はい。飲み物と一緒に持ってくるわね」
そう言い残して、娘は厨房の方へと去って行った。
「陸王、俺、酢キャベツ頼んだから、銅貨四枚払えばいいか?」
それに対して、陸王は「いい」と返した。
「でも……」
「お前はなるべく使うな。どうせ両替もしなけりゃならなかったんだ。丁度いい」
「いや、やっぱり払うよ。この間から迷惑かけっぱなしだし、いいもんも買って貰っちゃったし。俺は酢キャベツの分があるから銅貨四枚な」
雷韋は腰から財布を取って、銅貨四枚を卓の上に置いて陸王の方へと押しやった。
「別段、いいものを」
「だってさ、なんか気持ち悪ぃよ。らしくない」
そう軽口を叩いて、雷韋は笑った。
そんな雷韋に苦笑いして、陸王は差し出された銅貨を取って財布に入れる。陸王としては気分よく食べて、よい眠りについて欲しかっただけなのだが。しかし、それは敢えて言わずにおいた。言えば気にするだけだからだ。
そうしているうちに、娘が杯を二つ手にして戻ってきた。
明日も18:42に投稿予定です。
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