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紫雲 六

修行モンク僧になろうとする者がどうして後を絶たないのか、それを調べてみて、これだ、と不思議と思ってしまったんです。自分のしたいこと、多分、やらねばならないことが寺院にはあるのだと。大人しく説教をすることが自分の役目ではないと思ったんでしょうね」

「そんな簡単に? 死人が出ることも知ってたんだろ?」

「えぇ。調べて知っていました。それでも迷いはありませんでした。逃げ出すように寺院に駆け込みましたよ」

「まさか、誰にも何も言わなかったのか?」


 雷韋らいに問われて、紫雲しうんは首を振った。


「相談した方はいます。当然その方からは、思いとどまるように強く諭されました。でも、その時には既に決めていました。対も見つけ出したいですしね。私が動けば、対の者も動くのではないかと思いました。魂の条理に従って」

「そんで紫雲は旅してんのか」

「いいえ。それだけではありません。今は探し物をしています。対のことは、今は後回しです」


 その言葉に、雷韋ははっとした顔を見せた。


「探し物って、何探してんだ?」


 ソファから再び身を乗り出す。


 紫雲はそこで、真剣な顔になった。


「陸王さんは雇われ侍ですよね。だったら、知っておいた方がいいかも知れませんね」


 半ば、自分に言い聞かせるような口振りだった。


「へ? 侍だとなんかあんのか?」

「私が探しているのは、ある刀なんです」

「刀? 日ノ本の剣だよな? それがなんかあったのか?」


 紫雲は頷く。


「刀と言っても、妖刀です。呪われた刀ですね。それは手にした者を、生きながら殺してしまう。精気を吸い取るんです。それだけではありません。その刀でほんのかすり傷を負わされただけでも、その人から精気を抜き取って殺してしまう恐ろしいものです」

「そ、そんな危ないもん、紫雲一人で探してるのか!?」

「いえ、修行僧達が各地に散って捜索しています。到底、一人では追い切れませんから。この町に来たのも、暫く滞在すると言ったのも、商人達の集まるここでなら、何か人の口の()に上るのではないかと思ったからです」

「それにしたって、そんなもの一人の時に見つけたらどうすんだよ。誰かと協力すればどうにかなるかも知んねぇけど」


 雷韋は思いきり顔を曇らせた。けれど、紫雲は難なく言ってのける。


「大丈夫です。言ったでしょう? 寺院は実力主義だと。私は大僧都だいそうずです。戦えますし、神聖魔法リタナリアも使えます。もし妖刀を見つけたら、神聖魔法で呪いを解呪して消滅させます。それが今の私の役目ですから」

「でもさ……」

「それより、陸王さんに注意するよう伝えて欲しいんです。安易に見知らぬ刀に触れないように。そして、侍でもない者が刀を持っていたら注意して欲しいと。妖刀は人の生命を吸いながら移動しますから。例え一般人であっても、妖刀は人を操ります。雷韋君も気をつけてください。いつ、どこで遭遇するか分かりませんからね」


 雷韋は紫雲の言葉に考え込むように頷いた。頷いて、


「でも、もしそれっぽい剣を見つけたとしたらどうしたらいい? 放っておいていいもんじゃないだろ?」


 不安げに尋ねた。


 それに対して、紫雲も頷いて返してくる。


「ちょっと待ってください」


 言って、紫雲は立ち上がると書き物机に向かった。そして、すぐに戻ってくると、一枚の紙片を雷韋に差し出した。


「雷韋君は魔導士ですから、読み書きは出来ますよね? もし怪しいと思う刀を見つけたら、そこに書いてある場所まで手紙を出してください。各地の教会や寺院に連絡が届くようになっています」


 雷韋は差し出された紙を手に取って、そこに書かれている文字を見た。


「イアーク国、王都。シュゼール大聖堂、亞人(あと)大司教?」

「今回の命はその方から出されたものです」


 雷韋は紫雲を見上げて、


「イアーク国ってどこにあんだ?」


 問うと、紫雲はふと東の方角へ顔を向けた。


「ここよりも更に東に行った国です。始めにそこで恐ろしいことが起きました。そして、各地の修行僧が集められ、大司教から妖刀消滅の命が下されたのです」

「恐ろしい事って?」


 雷韋の顔は不安に翳っていた。


「とても恐ろしいことです。そのせいで、多くの人々が亡くなりました」

「そんなにおっかねぇもんなのか?」

「恐ろしく危険なものです」


 雷韋の深い琥珀の瞳と紫雲の暗褐色の瞳がぶつかり合い、暫くの間、どちらとも何も口に出さなかった。


 紫雲の瞳はこれ以上もなく真剣だったし、雷韋の瞳は怯えを含んでいた。


 雷韋としては、遭遇したくないものだ。それでも先に口を開いたのは雷韋だった。


「分かった。陸王には伝えておくよ。俺も変なものには近寄らないようにする。でもさ、その呪われた剣って、今どの辺りにあるのか分かってないんだよな?」

「皆目見当がつきません。イアークで事件が起きたのが二月ほど前のことです。その時に妖刀を手にしていた者は、イアークより西で遺体となって発見されました。死後何日も経過しているものとみられましたが、腐乱はしていませんでした。干からびていたんです。妖刀が恐ろしいのはそこです。使い手は干からびるほど精気を吸い取られるんです」

「その時、剣は?」

「それからこれまで、見つかっていません。ですが、所持者と思われる者の遺体はいくつか見つかっています。遺体の発見場所から見て、イアークより西へ、西へと向かっているようです。つまり、こちらの方に。それを知って先回りしてきたんです」

「ほかに被害者は?」


 雷韋の言葉に、紫雲は頷きだけで返した。それを見て、雷韋は小さく呟く。


「そっか。やっぱ、出てるんだな。で、こっちの方に来てるって事?」

「そうです。出来るなら、君たちも早くこの町を出た方がいいですよ」


 雷韋はそれを聞いて、腕を組んで唸った。


「どうかしましたか?」

「うん。もう、仕事請け負ってるからさぁ」


 そこで雷韋は、明後日に控えている仕事の話などを話した。特に、雷韋に金銭的余裕が大してないという事を。


「そうでしたか」


 言う紫雲は複雑そうだった。


「でもさ、別にこの町を目指してるってわけじゃないんだよな?」

「えぇ。こちらの方面という事くらいしか分かっていません。ですから、人が集まるこの町で聞き込みをしようと思ったんです。商人は色々なことを見聞きしていますから」

「そうだよな。人の口の端にって言ってたもんな」

「君たちはここで暫く路銀を稼ぐんですよね? そのあとはどこへ?」

「分かんね。今までだって適当に気の向くまま旅してきたわけだし。でも、東には行かないことにするよ。陸王にもそう言っておく」

「それがいいでしょうね」

「ほかに何か気をつける事ってあっかな?」


 そこで紫雲は伏し目がちになって考え込んだが、


「いえ。ほかにはないと思います」


 そう返した。


 雷韋はその言葉にしっかり頷くと、


「んじゃ、俺、そろそろ帰るよ。紫雲もちゃんとした部屋貸して貰ってたし、魔剣のことも教えて貰ったし、ご馳走にもなっちゃったしな」


 そう言ってソファから立ち上がった。その左手には、紫雲しうんから受け取った紙をしっかり持っている。雷韋はそれをひらりとやって、


「なんか怪しいこと見たり聞いたりしたら、この場所に連絡すればいいんだよな。勿論、この町に紫雲がいる間は直接知らせに来るけど」


 にっこりと笑って言う。


 紫雲もそれに笑み返した。


「えぇ。そうして貰えると助かります」

「うん、そうする」


 そう言って、「んじゃ!」と一声かけると雷韋は扉の方へ駆けていった。


「あ、雷韋君。門のところまで送りますよ」


 思わず手を差し出して止めに入ったが、雷韋は首を振った。


「大丈夫、大丈夫。一人で帰れるよ。紫雲もこれから聞き込みに行かなきゃだろ? 煩わせるのは悪いからさ。そんじゃ、お邪魔さまでした。ご馳走様~」


 一息に言うと、雷韋は部屋を出た。

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