第一八話 質素な食事と散歩
席は八割方埋まっていたが、二人は空いている席に着いた。そして給仕に注文するのは陸王だった。雷韋の分まで次々注文していく。当然その内容は質素なものだった。と言うよりも、いたって普通の品目と量でしかないのだが。
それぞれが注文に応じた銅貨を払ったあとも、雷韋は無口だった。ぼうっとしたように卓の上を見つめている。だからと言って、生気が抜けたというわけでもなく、どこか考え込んでいるような風情なのだ。
それを見透かして、陸王が声をかけた。
「雷韋。余計なことは考えるなよ。話は決まったんだ」
「でも、これって、本当は紫雲の仕事だ」
「だからなんだってんだ」
雷韋はそこで顔を上げて陸王を見た。
「紫雲も護衛の中に入って貰わないか?」
「あ?」
途端に不機嫌な声が漏れる。
「あいつはあいつで動くんだろうが」
「そうだけど、もしかしたらってことあるじゃんか」
「妖刀が現れるってのか」
「出たらまずいだろ?」
「んなことで連れて行くくらいなら、隣町に行けと忠告してやった方がまだましだ」
「それは……」
陸王の言葉に、雷韋の眉が八の字を書く。
「奴がこの町にいるのは情報を探るためだ。その上で隣町がいいと判断したなら、勝手に移っていくだろう。野郎をいちいち頼ろうとするな。本当に出るのかどうかも疑わしいってのに」
最後に、馬鹿らしい、と陸王は吐き捨てた。
「じゃあ、出ないと思ってる?」
「簡単には現れんだろう。修行僧達が探し回って、未だに見つけられていないんだ」
「そっか。そう言われれば、確かにそうなんだよな」
「考えるだけ無駄だ」
雷韋が俯いたとき、二つの杯が先に届けられた。
「食事もすぐに持ってきますから、ちょっと待っててください」
給仕の女がそう言って踵を返した。それを見遣って、
「ほら、お前の分だ」
陸王が雷韋に片方の杯を差し出してくる。
雷韋はその杯の中に入っている液体を見て大きな声を上げた。
「水じゃん。水の方が高いのに」
「俺の奢りだ。それ飲んで、少しは頭を冷やせ」
「あ、ん~」
溜息とも呻き声ともつかない息を吐き出して、雷韋は杯を両手で目の前に引き寄せる。ほんの少し杯の中を見つめていた雷韋だったが、そのまま半分ほどを一気に飲み干した。
水を飲み、盛大な溜息をついた雷韋を見て、陸王が声をかけてくる。
「少しは落ち着いたか?」
「落ち着いたって言うか、戻ってきてから喋りっぱなしだったから、ほっとした」
「そうか」
雷韋の返事にぽつりと返して、陸王も杯を傾ける。その陸王に、雷韋は尋ねた。
「なぁ、これからどうする?」
「どうするとは?」
「俺達も魔剣の情報、聞いて回った方がいいんじゃないか? 暫くこの町にいるんだしさぁ」
「その必要性は感じんな」
言って、小気味よい音を立てて杯を卓に置いた。
「なんでさ」
「情報を集めるのも、始末をつけるのも、あの男の役目だからだ。俺達にはなんの関わりもない」
「俺達も協力すれば、早くに問題が解決するかも知んないじゃん」
「だったら、協力すれば金が手に入るのか? 俺とお前がこの町にいるのはお前の路銀を貯めるためだ。協力してやったところで、あの男から望むだけの金が入るとは思えんな」
「この話は金の問題じゃないだろ?」
それを聞いて、陸王は溜息をついた。
「なんだってそんなに肩入れする。大体、ここに来るまで妖刀の『よ』の字も聞いたことがねぇんだぞ」
「それは俺達が南の方から来たからだろう? 魔剣は、東から西に向かってるって……」
「肩入れする理由はなんだ」
陸王は雷韋を真剣な目で見た。見られて雷韋は、陸王を睨み返す。
「別に肩入れしてない。大変なことが起こりそうだから、危険だから! だから俺は気にしてるんだ」
「雷韋」
一言、陸王は口に出した。その声音は冷たいのでも苛立っているのでもない。どこまでも冷静なものだった。
「食堂の中を見てみろ。誰か一人でも不安そうな奴がいるか」
陸王は言って、すっと視線を動かした。その視線に誘われるように、雷韋は視線だけでなく、顔も動かした。食堂の中を見渡すように。
八割方埋まっている食堂の中は賑わっている。昼間から酒を飲んでくだを巻いている者や、食事が終わって寛いでいる者、中には酔っ払ってそのまま潰れている者まで様々だ。
だが、雷韋の目に映る誰一人として、焦りや恐怖を表している者はいなかった。皆、それぞれの時間をそれぞれに過ごしているといった風だ。
「物騒な噂が流れりゃ、こんなに安穏とはしてねぇよ」
「知らないんだったら、知らせた方がいいんじゃないのか?」
雷韋は顔を戻して陸王に言った。それに対しても、陸王からは冷静な言葉が返ってくる。
「なんのために」
「危ないからに決まってんだろ」
雷韋が不満げに言うと、陸王は雷韋に指を突きつけた。
「よく考えろよ、雷韋。この周辺に異変がないからこんなに平穏なんだ。東から西に向かってると言っても、どの辺りの話か分からんだろうが。ただ言えるのは、この近辺には何も起こってねぇってことだけだ。昨日、斡旋所に行ったときも、不穏な話は出なかっただろうが」
「それは……そうだけど」
陸王の勢いにたじろいだとき、注文した食事が届けられた。
陸王と雷韋のもとに運ばれてきた食事は、ミートパイと肉と馬鈴薯のスープにパンがそれぞれ二人分だった。
「え? こんだけ?」
「文句があるのか」
「せめて酢キャベツくらいつけろよ~。なんか安いと思ったらさぁ」
「俺が注文しているとき、お前も聞いていただろう」
「考えことしてたから聞いてなかった」
むすっとして言うと、陸王が呆れたように言った。
「ったく、くだらねぇこと考えてんじゃねぇぞ」
「くだらないことじゃないよ。今もどっかで被害が出てるんだ」
「あぁ、そうだな。だが、俺達には関係ねぇ。この近隣の町にも村にもだ」
嫌そうに言って、陸王は千切ったパンをスープに浸して口に放り込む。
雷韋もしゅんとしながら、ミートパイを一口頬張った。
「ん~、でもさぁ、他人事じゃないじゃん?」
「他人事だろうが。それより、口にもの入れたまま喋るな。スープに肉片が入っちまっただろうが。あぁ、汚ぇな」
陸王の文句に、雷韋はミートパイを飲み込むと「ごめん」と謝った。謝って、
「でも、話聞いちゃった以上はなんとかしないと」
必死に言い募るも、陸王はどこ吹く風だった。
「もしこの町に被害が出たらな。それまでは梃子でも動かん」
「それって、被害者が出るまでってことか?」
「そうだ。ただし、被害者が出ようが俺達の前を素通りするなら、それまでだ。別段、俺達はこの町を護ってるわけじゃねぇ。商人の護衛を引き受けてるだけだからな。わざわざ危ねぇことに首を突っ込む謂れはねぇよ。第一、何か事が起こったら、それを解決するのがあの男の役目だろう」
言い終わると同時に、ミートパイを口に入れて咀嚼する。
「紫雲?」
「そうだ。そのために旅をしているんだろう」
「そうかも知んないけど」
雷韋は歯切れ悪く言いつつ、スープに浸したパンを持て余し気味にしていた。
それを見て、
「いいから、さっさと食っちまえ」
「食ったあとはどうすんのさ」
持て余し気味にしていたパンを口に放り込んで、もごもごとはっきりしない発音で問うてくる。
「酒でも飲んで時間を潰すくらいしかねぇな」
「俺は酒飲めないよ」
「あぁ、そんなことを言ってたな。毒物だとかなんだとか」
「毒って言うか、一口でも効き過ぎるんだよ」
雷韋は陸王とは逆で、酒精を毒と判断するところまでは同じだが、強烈に作用してしまうのだ。だから、薬ですら人間族の半分程度の量までしか飲めない。それ以上飲むと、中毒を起こしてしまうのだ。
「だったら、散歩にでも出るか。何も買わなけりゃ、金も使わんしな」
「うん、その方がいい。部屋に戻ってもなんにもすることないしさ」
「だったら、早く食え」
その言葉に、雷韋は「うん」と素直に頷いて食べ始めた。
その食事の間だけは、もう妖刀の話はしなかった。陸王が嫌がったからだ。その代わりに、雷韋は教会でガレットを食べて感激したことなどをつらつらと喋った。そこから甘いものの話になって、食後にヌガーが食べたいと出たが、それを陸王は一蹴した。
教会で菓子を食べたのだから、もういいだろうと却下したのだ。
毎度のことだが、雷韋が口に物を入れたまま喋るので、口から食べ物が散ったのは言うまでもない。あまりにも酷いので、話の半ばで頭を引っ叩いたくらいだ。
そうして雷韋が一方的に喋るだけだった食事が終わって、部屋で身仕度をしてから外に出た。
雑踏の中を歩きながら、雷韋が陸王に声をかけてきた。
「なぁ、陸王。どこ行くんだ? 出るぞって言っただけで、どこ行くか言ってないじゃん」
「行く宛てなんざねぇよ。宿で酒飲んで時間潰すより、外に出て時間を潰す方が有意義だろうが」
雷韋の方も見ずに答える。
「なんだ。だったらそう言えよ」
ぶつぶつと口の中で文句を言ったが、その言葉は陸王にまで届いていなかった。そのせいで、陸王は雷韋に構わぬようにどんどん歩いて行く。だが、あまりにも陸王が歩くのが速かったのか突然、外套が引っ張られた。
「なんだ」
不機嫌気味に肩越しに問うと、雷韋は別な方向を見ている。
そっちに何かあるのかと陸王が顔を向けると、そこには硝子越しに装飾品の並んだ店があった。耳飾り数点と首飾りが並んでる。
陸王は雷韋が見ているのが本当にそれなのか怪訝に思い、問いかけた。
「何を見てる」
「あれ、綺麗じゃね?」
雷韋はそのまま陸王の外套を手放して、店頭の硝子に張り付いた。
「おい、雷韋」
呆れて雷韋の名を呼びつつ近寄ると、ふと雷韋は硝子についていた手を離した。まるで、急に興味を失ったという風に。
「どうした」
「これ、にせもんだ。この金剛石、硝子玉だった」
がっかりしたように言う雷韋に、陸王は思わず溜息をついた。
「当然だろう。こんなところに本物なんぞ飾るわけがねぇ」
「ん~、だよなぁ。でも、凄く綺麗に見えたんだ」
その雷韋を見下ろしていると、ふと雷韋が顔を上げた。
「何さ?」
「それにしても、よく偽物だと見抜いたな。偽物が飾ってあるだろうことは分かったが、俺には本物と偽物の区別はつかんからな」
「え~? 本物とじゃ光り方が全然違うよ。でもこの紅玉の耳飾り、一目見ただけで綺麗だって思ったのに」
「お前、こういうもんが好きなのか?」
「そりゃ、育ちが盗賊組織だし、目利きだってそれなりだぜ? それに……」
そこまで言って、雷韋は紅玉の耳飾りを見つめ直した。




