小話 とある黒鎧の3日間の幕間
夜の国、門の近くにある家族向けエリアにて
淡黄色に黒の斑点があるフサフサした耳と
長い尻尾を生やした少女“アディア“は
路地裏を息をきらせて走っていた。
「あー!もうっ!!」
アディアは汗をぬぐい懸命に
足を前へと動かす。
「待て!逃げんじゃねえ!!」
後ろには自身を拐おうと企む輩が
地の利を生かしてやって来る。
『危ないから1人で出歩くな。
護衛をつけて出歩くように』
と、叔父からきつく言い聞かせられて
いたのに言いつけを守らなかったのは
自分だ。
折角だからと着てみたこの国の衣装、
着物と草履で出歩いたのが悪かった。
いつもなら軽々とまけるのに、
履き慣れない草履に走るのに
適さない着物。
状況が悪かったのだ。
「しつこいなあ!!」
捕まってたまるかとアディアは
ずれ落ちそうな帽子を押さえながら
懸命に走る。
「ぐえっ?!」
後ろを気にしすぎて前に人が居る事に
気付かなかった。
コインッと良い音とともに顔をぶつけて
痛みでしゃがみこむ。
「~~~~っ!?!?」
「申し訳ございません。
大丈夫ですかな?」
声をかけられ、顔を上げれば
全身黒鎧の男がいた。
(なんで街中で全身鎧!?
雰囲気もただ者じゃないし、
でも……なんだろ……?
声が優しくて、なんだか安心する……)
手を差しのべられ、口をポカンと開けながら
アディアはその手をとる。
「だっ……大丈夫……」
「どこ行った!」
手をとった瞬間、自身を探す声に
尻尾の毛を逆立てボワッと太くする。
「……これは事情がおありのようですな」
黒鎧は顎に手をあてしばし考えたあと、
アディアを後ろに隠す。
「少しの間、静かにお願いできますかな?」
問いにアディアはコクコクと首を何度も
縦に動かした。
自身の大きな体でアディアを隠し、
黒鎧は地図を見る。
そこへアディアを探しに来た男達が
やって来た。
「鎧……!?」
男達は路地裏に不釣り合いな黒鎧に
ぎょっと固まったあと口を開く。
「お……おい!!
ここを獣人のガキが通らなかったか!!」
「子供ですかな?
あいにく道に迷ってしまい
地図と睨みあっておりましたので」
「……くそッ!探すぞ!」
男達はドタドタと走り去っていった。
走り去るのを確認したあと、黒鎧は
アディアに声をかける。
「……もう大丈夫です」
「あっ……ありがと」
アディアはおそるおそる出たあと、
礼を告げた。
「追われていたようですが心当たりは
おありですかな?」
「………………知らない」
アディアは目を背け、しらをきる。
「そうですか……。
では、貴方を親御さんの元へ
お送りしましょう。
また追いかけられるのが
目に見えておりますからな」
黒鎧が路地を出ようと動く前に、
アディアはその胴にしがみつく。
「いやだ!!やだやだ!!
1人で出掛けたから怒られる!!」
アディアはイヤだイヤだと訴える。
「それにつまんないもん!!
叔父さんはいつも商談で忙しいし、
暇な時はほんの少しだけ!
遊びに行くならって護衛を付けて
くれるけど見張りだから嫌!!」
アディアは懇願する。
「もう1人で留守番は嫌なの!!
………だから送らないで!!」
「………………」
テコでも動かないアディアの様子に
しばし腕を組んだあと、黒鎧は
声をかける。
「………………お嬢さん、
この国は初めてですかな?」
「え?」
問いかけにアディアは顔を上げる。
「私はこの国へ最近来たばかりでしてな。
色々と見て回っておりますが、
男1人ではなかなか入りにくい店も
ありまして……。
よければお付き合いいただけますかな?」
「…………いいの?!」
黒鎧の意図を汲み取ったアディアは
キラキラと目を輝かせる。
「その様子では送ったあとも
また1人で出掛けそうですからな。
その代わり、あとで親御さんに説明を
お願いします。
誘拐犯扱いされては敵わないですから」
「わかった!!ちゃんと言う!!」
アディアは顔をほころばせ、
尻尾がゆらゆらと嬉しそうに
揺れている。
「お嬢さん、私はポンドと申します。
貴方様のお名前は?」
「あたしはアディア!今日はよろしく!」
「えぇ。
では、行きましょうかアディア殿」
「うん!!」
黒鎧、ポンドの隣をアディアは
跳ねながらついていった。
ーーーーーーーーーー
川のせせらぎを聞きながら、
穏やかな空気が流れる店内にて
アディアは頬を紅潮させる。
「ん~~~~っ!!これ美味しい!!」
アディアはパクパクと抹茶のパフェを
食べている。
「スイーツが美味しいって聞いてたから
食べてみたかったんだ!
連れて来てくれてありがとう!」
「喜んでいただけてなによりですな。
マッチャとやらにも色々ある
ようですが、そのパフェはマッチャを
初めて食べる方にも食べやすい
ものだそうです」
「そうなんだ!」
ポンドの説明に頷きながら、
アディアは尋ねる。
「抹茶って言うんだ、これ!
本当に美味しいよ!
ポンドが食べているのはなに?」
「これはオハギですな。
2つありますので、よろしかったら」
「ありがとう!」
アディアはポンドからおはぎの
乗った皿を受けとると、手で掴み
勢いよく頬張る。
「……!?
これ初めて食べる味だ!!
甘いお豆さんって不思議だけど
嫌じゃない!!これも美味しい!」
「そう急いで食べなくても取られは
しませんよ」
微笑ましいと笑いながら、ポンドは
アディアの口元を指差してハンカチを
渡す。
「ありがと」
ハンカチを受け取った瞬間、
ふわりとスパイシーだが甘さも
含まれる香りがした。
「……なんだろ?この香り?」
「この国に香水がありましてな。
気に入ったので買ったのですよ」
「香水……」
少女は香水といった匂いを自身に付ける
行為を理解出来なかった。
(なんで居場所がバレる可能性を
上げるんだろ?)
首を傾げるアディアにポンドは
微笑む。
「大人の男としての嗜みの1つですな」
「ふ~ん……」
大人ってよくわからないな
とアディアは口を拭った。
「こんにちは、色男さん」
「あら、今日は可愛い方を
連れていらっしゃるのね」
そこへ、声が“また“かかる。
見ると、肌を赤くし、はにかんだ
笑みを浮かべる女性2人がいる。
「今日はこの子の騎士様かしら?」
「えぇ。
本日は護衛をさせていただいて
おります」
話に花を咲かすポンドをアディアは
じっと見る。
(ポンドってモテるんだな)
街を歩いていると楚々とした女性から
華やかな女性まで頻繁にポンドは
話しかけられるのだ。
(全身鎧の男って、話しかけるのに
ビビりそうだけど、ポンドは例外
なのかな?
…………あたしも人の事を言えないけど)
初対面の者と街を散策している自分を
振り返る。
(本当になんでだろ?
警戒しなかったというか……
安心できて当然みたいな……)
うんうんとアディアが考えている中、
ポンドと女性達の話は進んでいく。
「お嬢さんはこの国を見て回りたい
そうでしてな。
オススメなどはありますか?」
「そうだったらあそこの店がいいわ。
その子に似合いそうな可愛い着物や
髪飾りもあるのよ」
「教えていただき感謝します。
早速行ってみようと思います」
「次はあたし達も護衛してくださいな」
「楽しみにしてるわ」
女性達はふふと花咲く笑みを魅せ、
去っていった。
(綺麗……)
自身とは違う、サラサラした髪に
艶めく唇と大人の女性達に思わず
目が釘付けになった。
(髪……か……)
アディアは帽子で隠した髪を
思い浮かべる。
自身の髪色は他の親族と似て似つかない
白がかった金色。
もうほぼ白といってもいい程の髪色だ。
叔父のような燃えるような色でもなければ、
母のように萌ゆる草原みたいな色でもない。
色素の薄い、老人みたいな髪。
自分だけが、仲間外れの髪。
「アディア殿、後程紹介していただいた店へ
行きましょうか」
「うっうん」
声をかけられ、ハッとしながらも
アディアは頷いた。
ーーーーーーーーーー
「ここが教えていただいたお店ですな」
様々な柄の着物が揃っており、
華美なものもあれば、清楚ものも
あったりと見る者を楽しませる店だ。
「へぇ~、いろんなものがあるんだね。
けど、走り辛くないこの服?」
「運動用では無いのでしょう」
「ふーん」
アディアは服を選ぶ基準は
運動しやすいかどうかなので、
そういったものもあるのかと
見て回る。
(従姉妹が好きそうなのが多いな。
服はやっぱ動きやすさが重要と思うけど。
あっ……!!)
ある髪飾りがアディアの目に留まる。
赤やピンクの小花が咲いている簪という、
この国特有の髪飾り。
小さいながらもパッと目を引くものがある
不思議な魅力があった。
(これ……可愛い……!!)
アディアは目が釘付けとなり、
簪に近づく。
見れば見る程、キラキラと輝いて見えた。
「気になるのですかな?」
「うひゃっ?!」
声をかけられ思わず声が裏返ってしまう。
「びっくりするじゃんか!」
「すいません。
何度かお声をかけたのですが、
ずっと見ていらしたので。
これはたしかに良いものですな」
ポンドも簪を見て感想を告げた。
「可愛らしくも品があり、惹かれるのも
納得です」
「お嬢様にお似合いだと思いますわ」
「!?」
見ていた店員に声をかけられ、
アディアはポンドの背に隠れる。
店員は気にせずに話を続ける。
「試着されてみますか?」
「いや、あの……その……短……」
口をモゴモゴさせて何とか話そうとするが
思うように口が動かない。
(あぁー!!どうしよ!!
ここの国の人ってみんな綺麗過ぎるよ!!
あたしの国はあまり化粧に興味もつ人が
いないから、こんなにも綺麗で
いい匂いすると緊張しちゃう……!!)
自国との違いにパニックになるアディアに
ポンドが助け船を出す。
「髪が短いのですかな?」
「……うん!」
アディアは首を縦に勢いよく振る。
「簪は髪が短くても出来ますよ。
髪をお団子にしてそこに簪を
させますから」
「でも……その……」
アディアは帽子を深く被った。
帽子だけはどうしても取りたくないのだ。
「……では、試着されたいときは
お声をおかけくださいね」
察した店員は柔らかく微笑んだあと、
離れていった。
「………髪を出すのが嫌なのですかな?」
「…………………うん」
尋ねられたアディアは頷く。
「あたしだけ……その……
みんなと髪色が違うから。
家族じゃないって………言われた。
だから、あたしみたいな髪には
こんな可愛いのは似合わないよ」
ー 『髪色が違うあの方は本当に
誇り高い一族の1人なのか?』
小さい頃に言われた言葉が今も深く
心に突き刺さっている。
家族や護衛達は家族だと、髪は綺麗だと
言ってくれるが自信が持てない。
「………御家族に言われたのですかな?」
「ううん。
叔父さんの部下の人が言ってたんだ……」
「そうですか……」
ポンドは顎に手をあて考えたあと、
アディアの頭を撫でる。
「髪色だけで家族が決まる訳では
ありません。
貴方の髪色は御先祖のどなたかの遺伝、
隔世遺伝の可能性もありますからな」
「おばあちゃんやおじいちゃんの
親と同じ可能性があるの?」
目を丸くするアディアにポンドは頷く。
「えぇ。
あと、髪ですが気にされるなと
言われたら難しいかもしれません。
ですが、ネガティブな言葉ではなく、
ポジティブな言葉を覚えて
いただきたいですな」
ポンドはアディアの帽子を取る。
「アディア殿、貴方の髪は
ミルクのように柔らかな色で
とても綺麗だと私は思いますよ」
ー 頭を撫でる優しい手。
ー 耳障りの良い低くも優しい声。
ー 鼻をくすぐるスパイシーながらも
甘い匂い。
大人の男の魅力がダイレクトに
アディアに届いた。
「~~~~~っ?!?!」
一瞬でアディアの顔に熱が集まる。
(頭がクラクラする……!!
心臓が飛び出すかも……!!)
「アディア殿っ?!」
ポンドの驚きの声を背中で聞きながら、
アディアは店を飛び出した。
頬を撫でる風が涼しい。
このまま当たっていたい程だが、
アディアの足がもたなかった。
「あだっ?!」
慣れない着物で走った為に
顔から転んでしまったのだ。
「……いたた」
顔についた土を払う。
(今までだって髪を気にするなとか
綺麗とか言われた事はあったのに……!!)
しかし、ポンドの言葉を聞いた瞬間、
頭が茹で上がってしまった。
「なんでなんで……??
ポンドに言われただけなのにっ……?!」
頭に手をやり、帽子をかぶっていない事に
気づいたが、それどころではない。
「なんで……?」
考えていた瞬間、嫌な匂いがした。
「……この匂い?!」
追いかけられていた際に嗅いだ匂いだ。
「やっと見つけたぜ、お嬢ちゃあ〜ん」
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