90話 眠っていた間と秘密事項
廊下を進んだ先、絢爛な花々と小鳥達が
描かれた、触れるのを躊躇ってしまう程に
美しい襖が並んでいる。
「すごいよな、この旅館」
「あいつらがかなり力を入れた
みたいだから」
「成る程」
腕にひっつくチイトの言葉に
郁人は納得する。
老舗の旅館を思わせる品の良さや
落ち着きがある静謐な空間。
館内は塵1つなく、掃除が隅々まで
行き渡っている事がわかる。
道中、従業員と会ったが人の良い笑みで
対応も心地よかった。
そして、廊下の両端から見える、
ずっと見ていても飽きない日本庭園。
「景色もすごく良いし、見ながらゆったり
お茶を飲むのも良いな」
〔あんた……たまに爺くさいわね〕
(どこが?!)
異議を唱えようとした時、
襖が豪快に音を立てて開いた。
「ぬし様っ!
起きられて俺様超嬉しい!!」
「うぐっ?!」
開けた主はレイヴンで、郁人に勢い良く
抱きつく。
「パパから離れろ鳥野郎」
「手前は引っ付いといていいってのか?」
「そこ、我が君を廊下にずっと
立たせるつもりか?
どうぞ我が君、こちらへ」
2人をフェイルートが引き剥がし、
郁人の手をとり、エスコートする。
その様は姫君をエスコートする王子様だ。
(ヴィーメランスといい、フェイルートも
こんな対応か……。
ちょっと気恥ずかしいな。
そのせいか、体がポカポカするし)
〔そのポカポカは別が原因よ〕
ライコが説明する。
〔そいつのフェロモンで血行が良くなって、
体温が上がってるの。
……本来は欲情とかするのに、あんたに
そんな欲が全然無いからそれまでだけど〕
(すごいなフェイルート)
ライコの最後の呟きは聞き取れなかったが
効果を知り目をぱちくりさせる。
〔それにしても、この部屋も綺麗ね。
生け花も見ててうっとりするわ〕
(俺もそう思う)
部屋を見ていると声がかかる。
「我が君。
どうぞお座りください」
「わかった」
エスコートされた郁人は机を挟んで
フェイルートと対面になる座布団へ
座った。
「あいつ……
パパの前を横取りしたんだけど」
「色香大兄は抜け目ねえな。
ぬし様を1番よく見れる場所を
取ってよお……」
「御2方、また機会を狙えば
良いではないですか」
不満気なレイヴンとチイトを先に
部屋についていたポンドが宥めている。
ジークスはその間にちゃっかり郁人の隣に
座っていた。
すると、郁人の肩に何かが乗る。
「ユー!」
肩に普段より艶々としたユーがいた。
嬉しそうに頬ずりし、顔をなめる。
「おはよう、ユー。
なんだがいつもより艶々してるような……」
「その子、我が君が安全だと分かると、
フラフラと夜の国を散策しておりました。
温泉も入って、食事も楽しんでましたよ」
「そうだったのか。
ユー楽しかったか……ん?どうかした?」
ユーにつつかれ、見るとパンフレットを
尻尾で持っていた。
所々、2重丸がしてある。
〔あっ!?
あたしがコッソリ入れてたのじゃない!〕
「もしかして、おすすめの場所を
探してくれたのか?」
郁人の言葉にユーは頷く。
「ありがとな。
ユーのおすすめ、一緒に行こうな」
ユーは嬉しそうに喉を鳴らし、
尻尾を振った。
「ユー殿がそのような行動を
していたとは驚きですな。
お金もご自身で用意されていた
ようですし」
「そんな多くお小遣いを渡した
覚えはないんだけど……」
郁人は首を傾げる。
ドラケネス王国にて、ちぎりパンの売上や
魔物を狩って得た物をジークス達が換金し、
得た資金は全てパーティで分けている。
郁人は狩っていないので遠慮したが、
3人、特にポンドがそれはいけないと嗜め、
結果、ポンドと郁人で共有の財布を
使うことにしたのだ。
ユーとも共有しようとしたが、
断られたので小遣い以外持っていないはず。
「資金面は私がその子から購入しましたので、
そこからだと思いますよ」
「俺様も買ったんで、俺様から
得た金もあるな」
疑問をフェイルートとレイヴンの
2人が解決した。
「ユーでしたか?意外と商才があるようです。
こちらの欲しいものがわかっておりましたから」
「俺様も衝動買いしちゃったからなあ~」
「ユーはスゴいな!」
自慢気にしていたユーは膝に移動し
お腹を見せ、褒めてオーラ全開で
完全に甘えたモードに入る。
「ユーは賢い子だな」
そんなユーを郁人は優しく撫でると、
ユーは尻尾をちぎれんばかりに振りまくる。
「ユーは観光していたようだけど、
皆はどうしてたんだ?」
「俺はソータウンに行ったり、
ジジイと鍛練したり、パパが起きるのを
側で待ってたかな」
「俺も彼と大体同じだな。
後は、料理をレイヴンに教えて貰ったり
していた」
「私も起きられるまでの間、
御2方と鍛練したり、街を散策しておりました」
「散策どころじゃないだろ、君は」
「色々と遊んでたじゃねーか」
ポンドの言葉にフェイルートとレイヴンが
呆れた目を向ける。
「話は聞きましたよ。
ポンドの旦那は“プレイボーイ“だと。
この3日間で噂は持ちきりだあ」
また遊びましょとラブコールが絶えない
とレイヴンは告げる。
「あと、騒動を見事に解決した手腕は
お見事でしたよ?
厄介事に自ら首を突っ込んだと
聞いた時は驚きましたが」
「とても放って置けませんでしたからな。
あっ、散策した際の資金面はご安心を。
絡んできた者達からいただきましたので」
「見てて気持ち良いぐらいに
ちょうだいしてたもんな、ポンドの旦那」
様子を思い出したのか、レイヴンは快活に
笑う。
「特に騒動起こした輩は最近随分と
調子に乗ってたんでそろそろキュッと
締め上げようかと考えてたんで」
お灸を据える手間が省けた
とレイヴンは告げた。
「相当心身共に締められたんで
あいつらこのままひっそりと暮らして
いくんじゃねーか?
どうよ、ポンドの旦那。
こっちで働く気はないかい?」
レイヴンの誘いにポンドは謝罪する。
「嬉しいお言葉ではありますが、
私はマスターの従魔ですのでな。
魅力的なお誘いでありますが……
申し訳ございません」
「そりゃ、残念。
旦那みたいな腕前は滅多にいねーからよ」
「……ポンドが3日間、何してたのか
聞くのが怖い」
〔あたしも同感だわ……〕
ポンドが濃厚な3日間を過ごした事がわかり
少し冷や汗が流れる。
「ん?」
するとユーがつついてきた。
桶を持ち頭にタオルを置いて
温泉スタイルでこちらを見ている。
「温泉入りたいのか?」
郁人が尋ねると頷き、瞳を潤ませながら
こちらをじっと見上げる。
(そういえば、3日間寝っぱなしだから
風呂に入ってないんだよな)
〔あの花を調べたけど、中にいる人の
清潔さも保証されてるから入らなくても
臭くはならないらしいわ。
気分的には入りたいのはわかるけど〕
「……入ろっかな。
ユー、一緒に行こう」
ユーを抱えて立ち上がる。
「入ってきてもいいか?
3日間入らないでいるのは気分が……」
「構いませんよ。
先導は……その子がする気満々ですので
お任せしましょう。
役目を奪っては可哀想ですから」
「パパ!長湯は禁物だよ!!」
「水分補給を忘れないように」
「着替えはこちらで用意されておりますので、
お渡しします」
「ぬし様!
ゆっくりと癒されてきてくんな!」
「ありがとう。いってきます!」
ジークスから水筒、ポンドから着替えを
受け取った郁人はユーに先導され、
廊下を歩いていった。
ーーーーーーーーーー
「さて、本題に入るとしよう。
今から告げる内容は我が君に
伝えないように」
郁人の足音が遠ざかると、
フェイルートは紫煙をくぐらせた。
その1言で先程までの和やかな空気から
張り詰めたものへと変貌する。
「我が君の記憶は思い出せないように
施されていた。
その理由は以前にも言ったが、
我が君をこちらに居座らせ、
前の世界に戻さない為だろう。
記憶があり、鮮明なほど……
帰る術式の成功率は上がるからな」
窓から1匹の蝶がひらひらと舞い踊り、
フェイルートの元へ1枚の紙を渡した。
文面に目を流したフェイルートは
再び全員に向き直る。
「あの花にも調べてもらった結果、
確信したので伝える。
我が君の魂には、以前いた世界に
帰ろうとする意思を、自動でこちらに
留まりたいという意思に変換するようにも
術式が施されていた。
解除しようとした瞬間、自動で我が君の
命を奪うように細工がされており
不可能だ」
「……随分と悪趣味な細工ですな」
ポンドの声は底冷えする程に
冷たいものである。
「………………」
何も言わないジークスだが、
瞳孔が開き、怒りに燃えている。
「俺が解除しようにも不可能か?」
「俺様の力を使えばいけるんじゃねーの?」
「不可能だ」
チイトとレイヴンの言葉にフェイルートは
首を横に振る。
「あの術式は解除しようものなら、
術式の判断で我が君の命を奪うんだ。
解除しようとすれば術者に伝わり、
術者が命を奪うものではない。
ゆえに、タイムラグが発生しない為、
お前達でも不可能だ」
出来るならとっくに頼んでいると
フェイルートは息を吐く。
「術式の判断とは……
まるで生きているようですな」
「ポンド、君の言葉通りだ。
あの術式は自身で相手が解除するか
どうか判断出来るんだ」
腹立たしいとフェイルートは絶世の美貌を
歪ませる。
「我が君が寝ている間に術式を取り除こうと
した瞬間、攻撃してきたからな。
術式は我が君が亡くなれば、術式も消える為
正当防衛と言えるかもしれないが……
我が君に厭らしくも寄生するなど」
“寄生“という単語に全員が鼻筋に
皺を寄せる。
言った当人も眉をひそめ、人々を
恍惚させる声を今は恐怖で震わせる
ものになっている。
「寄生というのは本当なのか?
術式が生きているとは……」
「信じがたいが事実だ。
これを見て欲しい」
ジークスの言葉に、フェイルートは指を
鳴らす。
すると蝶達が集まり、羽ばたき鱗分を
舞わすと1つの映像が浮かび上がる。
「これが我が君に寄生する術式だ。
良く見ていると分かるが、我が君と
同じように鼓動を打っている。
そして、剥がそうものなら……」
映像が切り替わり、術式が光弾を放ってきた
ものへと変わった。
「このように、しかも我が君の体力を
消費し攻撃してくる。
我が君の体に負担がかかる上、
我が君にもダメージを与えてしまう
可能性もある」
映像を見て術式が生きているのがわかると、
一同は息を呑み愕然とする。
「色香大兄でも剥がすのは
無理だったんだな」
「言うのも腹立たしいが惨敗だ。
光属性なら可能性はあるかも知れないが
対策をしているに違いない。
施した者は頭が色々とおかしいからな。
術式を見ればわかる」
ジークスが問いかける。
「それは……あの声の持ち主か?」
声の持ち主とは、郁人がこちらに来た
きっかけを探ろうとした際に聞こえた
声のことだ。
「そうだ。あの声の持ち主に違いない。
なにせ術式の魔力と記憶を探るのを邪魔した
あの光の魔力と同じだったからな」
「あの光はなんなんだあ?
魔法を使おうとすれば無効化されるは、
体を動かそうとすれば動きを
封じられるしよお」
レイヴンは歯を食い縛る。
「そこも問題が山積みだが……
我が君の体についても言いたい事がある」
「なんですかフェイルート殿?」
「我が君の痛覚は鈍くなって
いるのではない。
ー なくなっているんだ」
その言葉にジークスは目を見開く。
「……どういうことだ?!
アマリリス医師はそう判断したと
彼から聞いているが……!?」
「我が君に知られたくないからだろう。
人というのはそう認識すると、
思い込んで本当にそうなってしまう
事例がある」
フェイルートは説明していく。
「“プラシーボ効果“といい、
高価な薬なら治るだろうという思い込みで、
実際にあまり効果が無い薬でも症状が
軽減したなどの例をいう。
医師は痛覚が無い事を見抜いていたが、
1縷の可能性を信じ鈍くなっていると
伝えたのだろう。
ー そして、効果があった」
映像が切り替わり、折れ線グラフが
表示される。
「レイヴンの針を使い、電流を流して痛覚を
刺激した結果をグラフ化したものだ。
本来ならまっすぐな直線だが、
このように反応があったんだ」
指した先には所々上に線が伸びている。
「我が君が医師を深く信頼しているからの
結果だ。
……我が君が俺以外に心を開いている
腹立たしい事実を示しているが」
最後に小さく呟き、指を鳴らすと、
再び鱗分がふわりと舞い踊り、
映像は消える。
「我が君の痛覚は完全になくなっている
訳ではない。
君達は痛覚に関して我が君に絶対に
悟られないように。
ー 我が君を悲しませたくはないだろ?」
フェイルートは全員を見た。
「悲しませるなんて、そんな事
する訳ないだろ?色香大兄」
「マスターには心身ともに健やかに
過ごしてもらいたいですからな」
レイヴンは快活に笑い、ポンドも頷いた。
「言わないのは当然だが術式はどうする?」
「しばらくは様子見だな。
我が君に害なく取り除く方法を
見つけるには時間がかかるだろう。
術者を見つけて始末したほうが
早いかもな」
「たしかに。
そっちのほうが楽チンだよなあ~。
ん?どうした反則くんよ?」
「………………」
「なんだ?人をジロジロと」
チイトはフェイルートを訝しげに見つめる。
そして
「ふんっ!」
どこからか取り出したナイフで
袈裟斬りにした。
「災厄!?一体なに……を……」
突然の行動に止める事すら出来なかった
ジークスだが、目の前の光景に思わず
口をポカンと開けてしまう。
袈裟斬りにされたフェイルートは
斬られた箇所から花びらが舞い、
そして最初からいなかったように
消えた。
ー あるのは無数に舞い散る花びらのみ。
「彼は一体どこへ?!」
「やはりな……」
「色香大兄!
いつのまに入れ替わってやがったな!」
「フェイルート殿はどちらへ?!」
皆があわてふためく中、チイトだけ舌打ちし
襖に手をかけ廊下を進んだ。
「……あいつ、あっちに行ったな」
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