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78話 医者の生い立ち




マスカットのようにフルーティーで、

華やかな香りが郁人の鼻に届く。


「あんな状況で昼寝出来るなんて

あんた大したものね」


体を起こし、声のする方を見ると

ライコが紅茶を飲みながら

ため息をついていた。


「ここ……夢の中か」


ヘッドホンを通してではなく、

ライコと向き合って会話が

出来ていることから夢だと

確信した。


「そうよ。

とりあえず座りなさいな。

あんたの分の紅茶もあるから」


ライコの前の席には、

紅茶と茶請けのクッキーが

用意されている。


「ありがとう」


郁人は席につき、紅茶をいただく。


ーーーーーーーーーー


郁人達はパンドラに向かっている

最中だ。


あの後、ローダンが迎えに来て

荷造りしてから、パンドラへ

向かう筈だったのだが……

行く前にとんでもない事が

わかった。


ー 肝心の馬車が無いのだ。


パンドラは徒歩で行ける距離では

無いため、馬車が必要だというのに。


「まず、馬車は用意されている筈

だったのか?」


尋ねる郁人にチイトは頷く。


「あいつらが招待したんだから、

絶対あるよ。

用意してないなんてあり得ない」

「依頼内容のとこにも馬車は

用意するって書いてあったぜ」


と、フェランドラが見間違いかと

依頼を確認したが記載はあった。


なぜなのか首を傾げていたが

理由は判明した。


ー 理由はローダンがその金を全て

女遊びに使ってしまっていたからだ。


「あいつ、依頼人から馬車代にって

貰った金を全て女遊びに使い果たすとか……

どういう神経してるのよ」


ライコはあり得ないと口をへの字にする。


「それがローダンだからな。

ユーが俺達の気持ちを代弁してくれたし」

「あれね……」


ライコと郁人はユーの行動を思い出す。


見送りに来た者はローダンを

冷たい視線で見つめ、ユーが

全員の気持ちを代弁するように

鳩尾に頭突きを入れた。


その頭突きは体に軸回転が加わった、

"コークスクリューブロー"と

同じ威力を発揮し、内側に捻りこまれた

ローダンは地に伏した。


ー まさに1発KOだ。


そしてユーが体を大きくし、

全員を乗せて空へと浮遊することで

移動の問題は解決したのだ。


「馬車での移動はトラブルに

巻き込まれやすいから

空からの移動は馬車に比べて

超安全なんだけど……

あの生き物、丸いから滑って

落ちないかハラハラするわ」


見てて心配よと告げた。


「大丈夫だ。

ユーが触手で支えてくれてるし」

「それが嫌なのよ!!」


ライコはバンッと勢いよく机を叩く。


「背中から蛸足やら色んな触手が

いっぱい出てくるし!

触手って見てるだけで気持ち悪いのよね……

背筋が泡立つというかっ……!!

あんたはなんで平気なのっ?!」


余程苦手なのだろう、ライコは

顔を青白くさせ肩を抱いている。


「意外とヌメヌメしてないからかな?

プニプニしてて気持ちいいぐらいだし」

「それであんたは昼寝しちゃった訳ね。

本当に肝が据わってるわ」


あたしには無理と言いながら

紅茶を嗜む。


「折角だから、フェイルートって奴の

話を聞かせてちょうだい。

そいつも元から悪って訳じゃないん

でしょ?」

「そうだな。

じゃあ、悪になった訳を生い立ちから

話していくか。

フェイルートはそのほうがわかりやすいし」


郁人は紅茶を飲み、口を開く。


「フェイルートの種族は魔人。

かなり強い夢魔の能力を持っている。

しかし、フェイルートは人間の夫婦から

産まれた魔人なんだ」

「なんで人間同士から産まれるのよ?」


ライコの疑問に郁人は答える。


「産まれた理由は夫婦の先祖が

魔人だったから。

いわゆる"先祖返り"だ」

「先祖返りね。

こっちでもあるわよ。

滅多にはないけど」


成る程とライコは頷く。


「こっちではあるのか?!

すごいな!!」


目を丸くした郁人だが、

咳払いをして話を戻す。


「まあ……先祖に魔人がいた事を

夫婦は知らなかった。

だから、夫婦はその赤ん坊を恐れて、

人々が入るのを 躊躇(ためら)う程の

深い森に捨てた。

まだ赤ん坊のフェイルートをだ」

「子供、赤ちゃんを捨てるなんて

聞いて良い気はしないわね……」


ライコは綺麗な眉を八の字にする。


「本来なら死んでしまう筈だったが、

そのフェイルートを助けたのは森だった」

「森が?」


目をぱちくりさせるライコに

郁人は頷く。


「うん。

動物が赤ん坊のフェイルートに乳を与え、

虫は果実を、木々が知恵を授け、

森全体でフェイルートを育てたんだ」


森はフェイルートに惜しみ無い

愛情を注いだと語った。


ライコは尋ねる。


「森がなんで育てるのよ?

まずどうして?」

「森は長い時を生きてきたから

意思が芽生えていたんだ。

そして、森は長い間生き物達を間近で

見てきて愛情も芽生えたていた。

だから、赤ん坊のフェイルートを

放っておけなかったんだ。

……ファンタジーだから通用する

内容だけどな」


郁人は頬をかきつつ、

再び口を開く。


「そして、フェイルートは大人になった。

森からたくさんの愛情や知恵を与えられ

フェイルートは、皆の力になりたいと

研究し始め、自身の力を有効に使うのち

頭角を現したんだ」


郁人はつらつらと語る。


「動物が怪我をすれば傷の手当てを。

夢魔のフェロモンを使い、虫達と連携し

外敵を倒したり、木々が病気になれば

自身が作った薬で治してみせたりとな」


あいつは研究も出来るし、

医学は勿論だからなと告げた。


「森と、自然と心を通わせ、

森の仲間達からは"森の賢者"と

呼ばれるようになったフェイルートは

このまま森で家族と静かに暮らす

……はずだった」

「フェロモンには種類があるし、

虫達はフェロモンを使って連携できるって

聞いたことがあるわ。

あんたも考えたわね。

……あれ?」


ライコの頭に疑問符が浮かぶ。


「暮らすはずだったってことは……」

「このまま静かに暮らせなかったんだ。

フェイルートは気づいてなかった。

自身がどれだけ人々に渇望されるほどの

"美しさ"を持っているのかを……」


指摘する者や、比較対象がいなかったから

と告げる。


「偶然、森の周囲を歩いていた人々が

フェイルートを見つけてしまったんだ。

あまりの美しさに人々はフェイルートを

手に入れようと森に入り、死んでいった。

深い森になんの準備もせずに入れば

遭難するからな」

「森は助けなかったの?」

「自分の子供を狙ってきた相手に

優しくするか?」

「……しないわね」


ライコは助けないわと告げた。


「その事態を重くみた国は知ってしまった、

見つけてしまったんだ。


ー 輝かんばかりの美しさを持つ

フェイルートをな」


フェイルートの美しさは誰もが

喉から手が出る程欲しがるものだから

と頷く。


「欲に塗れた国の人々はフェイルートを

手に入れようとあの手この手で迫った。

フェイルートは勿論、森全体も抵抗した。

明らかにヤバい瞳で家族を見られれば

当然の行動だろう。

しかし、手に入らない事にやきもきした

国はついに森に火を放った」


最悪の手段に出たんだと語る。


「フェイルート達は必死に

消火活動を行ったが、虚しくも森は

焼き払われてしまった。

フェイルートは、家族を……

自身の居場所も奪われ、

国へ連れ去られてしまったんだ」


長話に喉が渇き、紅茶で潤した後、

続けていく。


「連れ去られたフェイルートは

まさに籠の鳥同然。

人々はフェイルートに手を伸ばした。

が、そう上手く事は進まなかった。

国はフェイルートを甘く見過ぎていた」


美しさ以外眼中に無かったから

と告げる。


「フェイルートは森を焼かれた時から

復讐する為に僅かに生き残った家族と

共に準備をしていた」


真剣な声色で内容を話す。


「自身のフェロモンを使い、

家族達に指示を出して

人々に埋め込んでいたんだ。

研究の中で偶然出来た産物、

人を樹木に変える"種"をな」

「……あいつ、そんな事が出来るの?」


顔を青ざめるライコに郁人は頷く。


「あいつは出来るよ、簡単にな。

そして、フェロモンで発芽を促し、

一斉に人々を樹木に変えたんだ。

変えた後、家族と同じ痛みを

味わわせるために火を放って

全てを燃やし尽くした。

跡形も無くなるまであいつは見届けた」


そして、国1つを滅ぼしたと告げる。


「復讐を終えたフェイルートは

自身の居場所だった場所に木々を植え、

生き残った家族と共に暮らしていく……

って感じだな」

「……随分えげつない生い立ちね」


肩を強ばらせながらライコは呟く。


「最初は捨てられたけど拾われて、

静かに暮らすつもりが見つかって、

家族を失って、拉致されて国1つ

滅ぼす程の復讐を果たすとか……。

あの軍人と比べるとこいつの方が

だいぶ濃いわよ」

「ヴィーメランスは王に疑われるまでは

順風満帆だったからな」


疑われなかったら、ヴィーメランスは

幸せに暮らしていたと語る。


「フェイルートは最初からキツいし

そりゃ濃くなるよ。

悪になるまでの道程を考えるのが

大変だったし……」


今ではいい思い出だと郁人は

紅茶を飲む。


「見た目も描くのに苦労した。

老若男女を惹き付ける"絶世の美貌"

だからな。

俺なりにかなり頑張って描いたよ」


何度も描きまくって、

やっと納得いくものが描けた時の

達成感を思い出し、胸が軽くなる。


「あたしはそいつの外見がかなり

気になってるけどね。

美の女神が裸足で逃げ出す程なのでしょ?

その顔を拝んでやろうじゃない……!!」


対抗意識をメラメラと燃やすライコに

郁人は尋ねる。


「……もしかして、気になるのか?」

「そりゃ気になるわよ!

あたし、この世界の担当に

任命されるまで美の女神の

最有力候補だったのだから!

色んな神から美の女神にふさわしいと

太鼓判を貰ってたのよ!」


胸元に手を当て、ライコは胸を張った。


「で、そいつは他にどんな事が

出来るのかしら?」

「それはだな……」


郁人が話そうとした瞬間、

視界が白く染まった。




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