62話 宴を抜け出し、彼のもとへ
月が照らすなか、ドラケネス王国は
とても賑わっていた。
人々のはしゃいだ声が
夜の静けさを打ち消している。
なかでも、城内は一際賑わいがある。
普段は格式高く、舞踏会といった
上流階級の社交場だが、今宵は無礼講と
宴が開かれているからだ。
バイキング形式で立食し、
皆が話に花を咲かせている。
理由は……
「こんなにめでたい日はない!」
「もう戦いは終わったんだ!」
長年苦しめられていた
"邪竜"が打ち倒されたからだ。
邪竜の顛末に関して、
"自身の生存は混乱を招く"という
ジークス本人の希望もあり、
相討ちになったと伝えられている。
邪竜が復活していたことや、
謎のドラゴンに関しては
関係者以外に知らされていない。
前王、ローズイヴァンが
邪竜の中で意識があった事は
ジークスがリナリア達にすら
話していない。
その為、ローズイヴァンが邪竜に
乗っ取られていた事しか
伝えられていないのだ。
色々と隠している件は多いが、
とにかく今は戦から解放された
喜びから王国の人々は大賑わいだ。
(隠してる事が多いけど……
これで良かったんだよな?)
壁の花になり、立食をいただきながら
喜び合う人達を見つめ、郁人は思う。
〔隠して悪い事じゃないわ。
邪竜が復活しかけていたのは
知らなくていいことよ。
また復活するんじゃないか?って
不安を煽ることはないもの〕
あの猫被りが復活は無いと判断したんだし
とライコは呟く。
〔あの謎のドラゴンも
わからないことだらけだしね〕
(そうだけどさ……
ジークスは生きているのに)
郁人の気掛かりは、ジークスだ。
ジークスはこの宴に参加していない。
『顔無し頭巾があるとはいえ、
万が一でも気づかれる可能性が
あるなら、それは避けたい。
私が生きていることが知れたら
いらぬ可能性を招くかもしれない』
とジークスはこの祝いに参加せず
どこかに行ってしまったのだ。
(ジークスどこに行ったんだろ……?)
その背中を見送った郁人だったが、
やはり気になってしまう。
〔英雄の希望だから良いんじゃない?
あいつが生きてるって分かったら、
"英雄を王に!"とする人が出てきたりして
国に混乱を招いてしまうわ。
それはあんたも嫌でしょ?〕
(それは勿論嫌だけど……)
郁人がライコと話していると
肩に軽い衝撃を感じる。
「やっほ~!!イクトくん!!
楽しんでるかいっ!
僕は勿論楽しんでるよお~!!」
喜色満面なサイネリアが郁人の肩を
組む。
髪で右目の怪我を隠しているが、
痛みは無く、経過は良好のようだ。
「どうしたの?
そんな悩んだ目をして!
今はとにかく楽しもうよ!」
場の空気に酔っているのか、素面か
頬を紅潮させ、はしゃいでいる。
「明日は国全体でお祝いのお祭りを
開くからさ!是非是非!
お祭りにも参加してほしいな!」
屋台も出るよー!
とサイネリアは瞳を輝かせる。
「そして、イクトくんも大変だったのに
料理を手伝ってくれてありがとう!
クレープとっても美味しいよ!!
頬っぺが落ちるとはこの事だね!」
サイネリアはクレープを頬張りながら、
更に顔を緩ませた。
「サイネリア達のほうが大変だっただろ?
だから、手伝いをさせてほしかったんだ。
スイーツを作る約束をしてたしさ」
郁人も自身が作ったクレープを
頬張る。
〔ん~!スイーツ最高!!
クレープ生地のパリパリ感と
生クリームのなめらかさが
絶妙にマッチしてるわ!!
イチゴの甘酸っぱさもあって
何個でもいけちゃう!!
マンゴーみたいなクレープも
食べたいからあとで取ってよね!〕
ライコはとろける声をあげながら、
次に食べたい物を指名した。
現在、郁人とライコは味覚や嗅覚などを
共有している。
そのことで、ライコは念願のスイーツを
味わうことが出来ているのだ。
食欲なども共有しているため、
郁人は普段の倍食べることが出来る。
ライコは焦がれたスイーツを
味わう事ができて、まさに
幸せの真っ盛りである。
「このスイーツあれでしょ?
僕が冷やしたやつでしょ?
こんな食べ方もあるんだね!
暑いときとかパクパクいけそう!」
サイネリアは郁人の皿に盛られた
シャーベットを指差す。
「あと、グラススイーツだっけ?
小さいグラスに入ってるやつ!
立食にピッタリだ!
種類も豊富で女性陣が可愛いって
目をキラキラ輝かせてた!
陛下も嬉しそうにしてたし、
本当にありがとね!」
喜びを顔にみなぎらせた後、
不思議そうに尋ねる。
「あと、このグラスはどこから用意したの?
このサイズ無かったと思うんだけど……」
「グラスを探してたら、
チイトが作ってくれたんだ」
質問に郁人は答えた。
サイネリアはそうだったんだと
頷く。
「成る程ね!
あっ、噂をすればっ!!」
サイネリアが指差す先にチイトがいた。
郁人が作った物を皿に盛り、
食べながら、壁の花に徹していた。
話しかけたそうな者達がいるが、
チイトの話しかけるなというオーラに
臆して話しかけれないでいる。
「彼、こういう場苦手そうだもんね。
眉間に皺がキュッて寄ってるし……
彼みたいに楽しめたらよかったのに」
視線の先には、女性達と話に
花を咲かせるポンドがいた。
鎧の上からでも生き生きとしているのが
見てとれる。
「流石ポンドだな。
……心配だしチイトのところに
行ってくる」
「了解!
チイトくんにも楽しんでもらいたいしね!
僕はヴィーくんのところに行こうかな?」
キョロキョロと見回したサイネリアは
少し離れた所にいる、キラキラした目の
人々に囲まれて、うんざりしている
ヴィーメランスを見つける。
「ヴィーくん!
このスイーツ最高に美味しいよー!!」
人だかりもお構い無しとサイネリアは
ヴィーメランスの元へ突撃した。
〔……あいつすごいわね。
人だかりが怖くてあたしには無理だわ。
なんか鼻息荒いのもいるし……〕
(ヴィーメランスを助ける為だと思うぞ。
ヴィーメランス、少し苛立ってるのか
火の粉舞ってるから)
〔本当だわ。
よく見ないと気付かないわね〕
ヴィーメランス達の様子を見ながら、
チイトの元へ進む。
「チイト!」
「パパ!!」
チイトは顔を子供のように輝かせ、
先程までの近づくなオーラは霧散する。
「やっぱり、パパの手料理は最高だね!
クレープも美味しいし、グラススイーツ
全制覇したけど、まだ足りないや」
チイトは照れくさそうに頬をかき、
眉を下げながら微笑む。
「美味しく食べてもらえて嬉しいよ。
それと、ありがとうな。手伝ってくれて。
おかげでいっぱい作れた」
「パパのお手伝いなら喜んでするよ。
だから、手伝ってほしいときは
遠慮なく俺に言ってね!」
にんまりとするチイトの頭を
郁人は撫でた。
「それにしても……
あれ何だったんだろうね?
どこかに行っちゃったし……」
「そうだな……」
チイトの言葉に郁人は思い出す。
ーーーーーーーーーー
謎のドラゴンが光の粒子となり、
消滅しかけたときに体を
何がが突き破った。
突き破った正体は、炎のように
赤い光の球体だった。
そして、赤い光はそのまま上へ
弾丸のように突き進む。
『なにあれっ?!』
郁人は声を上げていると、
チイトが真っ先に反応して
赤い光を追いかける。
届きそうな距離まで追い付き、
手を伸ばした。
『っ?!』
『チイトっ?!』
赤い光はチイトが触れた瞬間、
輝きを増し、チイトの体に稲妻が走る。
衝撃に耐えきれなかったチイトは
下へと下へと落ちていった。
『まさかお前が落ちる姿を見ることに
なるとはな』
『……俺も貴様に受け止めてもらうなど、
考えもしなかった』
地面に激突してしまいそうになったが、
ヴィーメランスが空中で受け止めたので
事なきを得たのだ。
ーーーーーーーーーー
郁人はチイトに尋ねる。
「体調は大丈夫か?
痛いとことか……」
「大丈夫だよ。
いきなり電気が走ったから
びっくりしちゃっただけ。
あれから特に異常もないから
心配しないで」
心配そうに見つめる郁人に、
チイトは微笑んだ。
そして、顎に手をやる。
「それにしても、あの光がどこに
行ったのか気になるよね」
「確かにな」
〔あたしも行方を追ってるけど
さっぱりなのよね。
あの光は一体何だったのかしら?〕
ライコも皆目検討がつかず
ため息を吐いた。
「俺の予感だけど……
また遭遇しそうなんだよね。
その為にも力を付けないと」
チイトは笑うと、指先を軽く振るう。
「おおっ?!」
郁人手製の全種類のスイーツが
チイトの皿に飛び込んだ。
〔息を吸うように魔法を使うわね。
見てた人が固まってるじゃない〕
ライコの言うように、
魔法を見た人々は衝撃で固まっていた。
しかし、チイトは気にせず尋ねる。
「これならあの人混みに入らなくても
取れるから楽なんだよね。
パパもいる?」
「うん。お願いしようかな。
あと、その……
あいつの分もいいかな?」
嫌がられるとはわかっているので、
郁人はたどたどしい頼み方に
なってしまった。
気にし過ぎて、どこかで待機している
人物に少しでも楽しげな雰囲気を
伝えたいのだ。
「……むー。
パパの頼みだしね」
口を尖らせ、ため息を吐きながら
指を振るう。
すると、メインとスイーツ、
各種乗っている大皿2人分が
郁人のもとに飛んできた。
「結構重いから、あいつの分を
運ぶのはユーに頼めばいいよ」
「わかった。
ありがとう、チイト」
郁人はチイトに礼を告げた。
「明日の朝、お礼に好きなもの作るよ。
何が食べたい?」
「じゃあ、前に作ってたやつ!!
えっと……ちぎりパンだっけ?
白くてふわふわしてたの!
あれ食べてみたい!」
「いいよ。
明日の朝、楽しみにしてて」
「やった!」
チイトは郁人の言葉に
満面の笑みをみせた。
(ちぎりパンか……懐かしいな。
妹に頼まれて作ってから、
よく食べてたな)
しばらくパンにハマってたな
と郁人は思い出した。
「ちぎりパン楽しみだな!
気分良いし、あいつの皿に
スイーツ入れとこ!
食べれなくてイライラしてるし、
燃やされたら大変だからね!」
チイトがもう1回指を振るうと、
ヴィーメランスの皿に大量の
スイーツが盛られた。
ヴィーメランスは目を丸くし、
先程のイライラが嘘のように
霧散する。
「ヴィーメランスが苛立っていたのは
囲まれてたからじゃなかったのか」
「それもあるけど、なにより
パパのスイーツを人混みに邪魔されて
取れなかったからだよ。
ほら」
チイトが指差した先のヴィーメランスは、
口パクで礼を告げた。
郁人に気づくと、また口パクをし
柔らかい眼差しを向ける。
「パパのスイーツ美味しいって!」
「喜んでもらえてなによりだ」
郁人はヴィーメランスに微笑む。
端から見たらさっぱりわからないが、
ヴィーメランスは郁人が笑っていると
わかり、甘い微笑みを見せた。
「さて、ユーを呼ぶか。
チイトも取ってくれてありがとう」
「パパのお願いだからね」
郁人はもう1度チイトに礼を言うと、
近くのテーブルで背中から触手を
出して器用に皿に盛り付けている
ユーに声をかける。
「ユー。
お願いがあるんだけどいいか?」
宙を浮く大皿に気付いたユーは、
意図を理解し頷くと、
触手を伸ばして掴む。
「ありがとう、ユー」
郁人が礼を告げると、
ユーは頬にすり寄る。
(よし、あいつのところに行こうか)
〔……ねえ、あんた。
軍人の笑みを見て、幸せそうに
バタバタ気絶していってるわよ。
猫被りの笑みを見てた人も
目を見開いて固まってるわ〕
ライコの言う通り、ヴィーメランスや
チイトの笑みにより気絶、もしくは
硬直者が続出している。
「ヴィーメランス様が笑って……!!」
リナリアもヴィーメランスの笑みを見て
気絶してしまった。
「陛下?!どうされました!!」
護衛騎士と駆けつけたサイネリアが
介抱しているが、リナリアの顔は
とても幸せそうだ。
「あの方がヴィーメランス様の……!」
「あの歩く災厄も慕っているのか!?」
「一体どんな人柄なのか……?」
そして、その原因を起こした
張本人である郁人に視線が
集中している。
「……よし!
ユー行くぞ!」
視線に背を向け、ユーとともに逃げ出した。




