61話 歩く災厄と救国の大英雄
ドラゴンはようやく殺せたと
ニヤリと笑みを浮かべながら
手の中のモノを見る。
炎はゆらゆらと揺れ、
火の粉を舞わせながら、
そこに存在する。
「――?」
しかし、見ている内に
違和感を抱いた。
ー なにかがおかしい?
この炎は自身の炎の筈……
どこか……違う……
違和感の正体がわからず、
ドラゴンは首を傾げながらじっと
手の中のモノを見た。
「準備完了だ」
手の中のモノ、殺した筈のモノが
口を開いた。
ー この炎は自身のものではないっ!!
ドラゴンが気付いたときには
既に遅かった。
炎は更に巨大化し、周囲に向かって
猛々しく咆哮する。
掴んでいた手は存在せず、
香ばしい肉の臭いが鼻につく。
炎がドラゴンの手を焼き、
熱によって溶かしたのだ。
炎は手を焼いたあと、
上空まで舞い上がり、
ドラゴンを見下ろす。
「炎で回復するのは
貴様だけだと思っていたのか?」
焼き尽くした筈のものが
冷ややかに笑う。
「猛々しい炎を感謝する。
ー おかげで全開だ」
荒れ狂う炎の中心に
コウモリのような皮膜の翼、
ドラゴンの翼を羽ばたかせた
"ヴィーメランス"がいた。
眼帯は外れており、
下に隠されていた瞳は爬虫類、
いやドラゴンの鋭い瞳が
見えている。
その瞳には隠しきれない
激情が伺えた。
その激情の名は……
ー 憤怒。
自身の敬愛する父上、
郁人を狙った輩を
ヴィーメランスが許せる訳が
ないのだ。
これまでヴィーメランスは
自身の憤怒を抑えながら
戦ってきたが……
今からは違う。
紅蓮の炎が彼の激情、
"憤怒"に呼応し燃え盛る。
背中の翼はどこまでも追い詰める
という"意思"の現れ。
その姿に、激しい怒りに
瞳を2倍大きくしながら、
ただ圧倒されるドラゴン。
圧倒されるドラゴンに対し、
ヴィーメランスは歪んだ
嘲笑を見せた。
ーーーーーーーーーー
結界越しに見ていた3人は
安堵の息を漏らす。
「ヴィーメランス殿っ!
ご無事で良かった……!!」
「彼もあのドラゴン同様、
炎で回復が出来るというのか……?!」
ジークスが目を丸くするなか、
郁人は安心して力が抜けたのか
そのまま地面に座り込む。
「ヴィーメランス……!
無事で良かった……!!」
ヴィーメランスの姿に郁人は
ほっと息を吐く。
ユーは郁人の頬にすり寄り、
良かったねと言いたげだ。
そんな郁人にライコは質問する。
〔ねえ!!
あいつ炎で回復するって言ってたけど!
あんた覚えてなかったの?!〕
(……俺さ、心配し過ぎて忘れてた。
ヴィーメランスに火の攻撃は
通用しないんだよ)
今さら思い出したと、
涙を拭った郁人は説明する。
(ヴィーメランスは火に纏わるものなら
全てが無効になる。
それどころか、体力、気力、
魔力の全てが回復して、
全ステータスが上昇するんだ)
〔なにそのえげつないやつ!?
スキル的なものなの?!〕
ライコが思わず声を、
悲鳴を上げた。
声から顔を真っ青にした様子が
頭に浮かぶ。
なぜそうなったのかを
郁人は述べる。
(たしか……
途中で攻略対象を変えたら
面倒な事になるようにしたいと
妹が言ったんだ)
そして、考えついたのが攻略対象と
同じ属性の無効化、及び全ステータス
上昇だと告げる。
(だから、設定に付け加えたんだっけ……。
他のキャラもヴィーメランスと
同様にしたな)
〔……じゃあ、あいつはわざと
あのドラゴンに捕まったのね。
自分がパワーアップする為に〕
(そうだろうな)
理由がわかっても心臓に悪いのには
変わりないなと、話を続ける。
(あと、今のヴィーメランスは
さっき敵を斬りまくっていたから
攻撃力が上がったままだ。
それに、ヴィーメランスは怒りを
力に変えるから更にパワーアップ
している)
素の攻撃力も高いけど、
今の方が断然高いと説明した。
(そして……
あの眼帯は私生活に影響を
及ぼす程の炎を抑える為に
着けているものなんだ)
イライラしたときに火の粉が
舞う程度に済んでいるのは
あの眼帯が抑えていたからだと
理由を話す。
(眼帯を外したってことは……
ヴィーメランスは確実に
ドラゴンを仕留める気なんだろう)
逃がす気は絶対にないなと、
ヴィーメランスの心情を理解した。
〔……あたし、今のあいつに
絶っっ対に気づかれたくないわ。
ヘッドホンを通してあたしごと
一気に燃やされそうよ〕
郁人の説明にライコは恐怖で
声を震わせた。
ーーーーーーーーーー
ヴィーメランスは隣の、何もない空間を
見つめ、問いかける。
「そちらはどうだ?」
ー「こちらも完了だ」
声に合わせて、チイトが
ヴィーメランスの隣に姿を現した。
チイトはある準備の為に
気配を遮断していた。
そして、ヴィーメランスは
チイトが事を進めやすいよう
自身に注意を向けさせていたのだ。
「さあ……はじめよう」
チイトがドラゴンを見下げながら
指を鳴らす。
ー 瞬間、地面や空気を揺らがせる程の
大音量が耳をつんざく。
同時に、怒涛のごとく
水が進撃する。
水の進入口は砕けた岩壁からだ。
岩壁が砕け、その箇所から
凄まじく水が流れてきている。
チイトはヴィーメランスが戦っている間に、
地下に巡る水脈を探り当てていた。
そして、水に自身の魔力を込めて
ドラゴンが居る空間まで導き、
今も操ってるのだ。
水は激流となり、渦を巻き、
ドラゴンを呑み込んでいく。
ドラゴンが炎で身を守ろうとしても
すぐ消火されていく。
そして、激流がドラゴンをも
削っていく。
ドラゴンは水の檻に捕まったも
同然だ。
その光景を見下ろしながら、
ジークスは顎に手をやる。
「あの水……
彼の魔力を感じる」
そして、意図を理解し、頷く。
「……そうか、成る程。
彼がいなかったのはこの為だったのか」
「あの壁は厄介でしたからな」
ポンドは腕を組む。
「あのドラゴンは明らかに炎。
水が有効に違いありませんからな。
壁も消せる上に、ドラゴンにも
ダメージを与えられる。
まさに、一石二鳥ですな!」
チイトとヴィーメランスの連携に
お見事!とポンドは手を叩く。
「それにしても……
怒りで我を忘れるのではと
思っていたのだが……
2人共、冷静に対処したな。
その事実が逆に恐ろしい……」
顎をひき、体を固くさせながら
ジークスは呟いた。
「怒りで御2方の剣が鈍ったりしないか
少し不安でしたが……
杞憂に終わりましたな」
ポンドは胸を撫で下ろし、
下の様子を見守る。
「洗濯機に入れられている
みたいだな、あのドラゴン……」
見ていた郁人はポツリと呟いた。
〔あれを見てその感想が出るとか
緊張感が無いわね。
あれ、相当すごいことなのよ〕
いまいち凄さがわかっていない郁人に
ライコは説明する。
〔属性の説明したときにも話したけど、
液体を操るのはとても高度なことなの。
水に自身の魔力を込めただけで
出来ることじゃないわ〕
簡単に出来る事ではないと
ライコは告げる。
〔それを、猫被りは水を誘導、
ましてやあれだけの量をなんて……
魔力操作が上手いにも程があるわっ!
しかも、息を吸うように
魔道具を使っていないし!
あの大量の水を操る為の魔力量も
尋常じゃないわ……!!
どれだけ規格外なのよっ……!!〕
ライコはチイトの魔力量や
その技術等に舌を巻いた。
(………チイトはすごい事をしたんだな)
説明とライコの様子から
郁人はチイトの凄さを感じとり、
その姿を見つめた。
激流に呑まれたドラゴンは
一旦、この場を退散したほうが良いと、
翼を広げようとする。
しかし、激流がドラゴンを阻む。
翼を広げようとしても、
激流によって翼ごと
流れに持っていかれそうになる。
広げることは到底不可能だ。
「パパを狙っておいて、
逃げられる訳がないだろう」
見下ろしているチイトが激流を
操作しながら、自身の手を傷つけた。
血が流れて形を作りだし、
美しさと狂気が共存する紅い刀を握る。
その刀は"本気で命を奪う"という証だ。
刀は獲物で血を濡らすのを
今か今かと待っている。
「父上に対する蛮行……
あの世で詫び続けるがいい」
ヴィーメランスは腰に携えた剣を構え、
炎を集中させる。
剣は炎によって朱色と金に煌めき、
紅蓮に染まってゆく。
ドラゴンは上空の2つの刃から
逃れようとしても出来ない。
激流で気づいていないが、
実はチイトの杭が水に
紛れていたのだ。
その杭によって、地面に
張り付けられているため
動こうにも動けない。
ー しかし、このドラゴンに
杭は必要なかっただろう。
なんせ、圧倒されて息をするのも
やっとなくらいなのだから。
それも当然だ。
なぜなら……
国を1晩で潰し、跡形もなく消し去った
"歩く災厄"。
長年続いた戦争をたった1人で終わらせた
"救国の大英雄"。
その2人の怒りを一身に
浴びているのだから。
ドラゴンはただただ見上げることしか
できない。
まるで、死刑を宣告された罪人のように
ただ執行を待つのみだ。
「死んで詫びろ」
"歩く災厄"は獰猛な獣のように
獲物目掛けてー
「その命をもって償うがいい!!」
"救国の大英雄"は炎を
一気に噴出させてー
呼吸を合わせるまでもない。
2人は認めていないが、
同時期に同じ者に創造された者同士。
いわゆる"兄弟"のようなものなの
だから。
2人は同時に刃を振り下ろす。
ー 闇と炎が重なり合う。
複雑な光彩を描き、
全てを滅ぼす光へと変わる。
その光景に、一同は息を呑んだ。
放たれた闇と炎はドラゴンを貫き、
空間をも斬り裂いた。




