60話 絶望は響き渡る
ドラゴンに迫るチイトは
大地を蹴り、高々と空を舞う。
舞い上がったチイトはマントから
夜を連想させる杭を作り出す。
杭は天井一帯に広がっていき、
真っ黒に染め上げた。
そして、豪雨のように
容赦なくドラゴン目掛けて
降り注ぐ。
ドラゴンは気付くと、
溶岩を連想させる炎を身に纏い、
無数の杭から身を守る
炎の壁を作り上げた。
全てを焼き付くす勢いの炎は
ドラゴンを守り、
降り注ぐ杭を焼き落としていく。
熱により、杭は溶けだし
鱗に届かない。
杭はどんどん降り注がれるが、
炎を突破することはなかった。
「………成る程」
片眉をあげながら、チイトは
炎に護られたドラゴンを分析する。
降りやんだ頃を見計らい、
ドラゴンは壁を解除した。
そして、上空のチイトに向かって
炎を吹き出した。
ー いや、しようとした。
が、出来なかった。
「……?!?!」
激しい痛みが全身を
駆け巡ったからだ。
突然の痛みに、ドラゴンは
放心した表情を見せる。
痛みの出所にドラゴンは
視線を向けると、
あった筈の右手がない。
血を辿って見れば、
自身の右手は地面にゴミのように
投げ捨てられていたのだ。
側には血が滴る剣を携えた、
斬り落とした張本人、
ヴィーメランスがいる。
壁がなくなるタイミングを見計らい、
常人では傷つけることすら
不可能であるドラゴンの鱗を
肉、いや骨ごと斬ったのだ。
右手が無い事に気付くと
ドラゴンには更なる痛みが
全身を駆け巡る。
声を雷鳴のように空間に響き渡らせ、
壁を再び張り始めた。
「また壁かっ!」
ヴィーメランスは後ろに跳躍するも、
壁に服を掠めてしまう。
壁を張るスピードが先程より
早くなっている。
その事に鋭い舌打ちをした。
一方、ドラゴンはヴィーメランスに
目もくれず、壁の中で自身の体を
炎で包み始める。
「まさか……?!」
ヴィーメランスはある光景に
目を見開く。
その光景とは、ヴィーメランスにより
綺麗に斬り落とされた筈の右手が
みるみる内に再生されてゆくものだ。
瞬きしている間に、右手は元通りに
なっている。
「このドラゴン……
攻撃と防御を同時にすることは
不可能のようだが。
しかし、炎で再生とはな……」
チイトはヴィーメランスの元に舞い降り、
ドラゴンを観察する。
「チイト。
厄介な情報がもう1つある」
眉をしかめながら、ヴィーメランスは
告げる。
「あの壁には“毒“が練り込まれているぞ。
直撃すれば、並大抵の者は即死だろう」
結界に触れた部分を
自身の炎で消毒しながら
ヴィーメランスは語った。
面倒なものだと、ヴィーメランスは
眉間のシワを更に深める。
「あの壁を何とかするには……」
顎に手を当てながら、
しばらくドラゴンを眺めていた
チイトはおもむろに口を開く。
「ヴィーメランス。耳を貸せ」
そして、ヴィーメランスに声をかけ、
近くに寄れと手招きした。
「なんだ?」
ヴィーメランスは素直に耳を傾けると、
チイトが耳打ちする。
内容にヴィーメランスは頷く。
「……わかった。
失敗するなよ」
「誰に言っている。
そっくりそのまま返す」
鼻で笑ったチイトは再び、
天高く舞い上がった。
ヴィーメランスは一直線に
ドラゴンへ突き進む。
ドラゴンは壁を解除すると、
ヴィーメランスに向かい炎を
吹き出した。
辺り1面が炎の渦に呑まれていき、
空間は朱と金色に染まっていく。
その炎は禍々しいもので、
地獄を表す獄炎のようだ。
禍々しい炎はヴィーメランスが
かわした為に当たらなかった。
が、そこにあった黄金は見る影も、
あった痕跡すらも無くなっている。
少しでも当たればひとたまりも
ないことが再確認された。
炎はマシンガンのように
次々と吹かれ、ヴィーメランスを
容赦なく狙い、放たれる。
ヴィーメランスは縦横無尽に
駆け回り、ドラゴンを翻弄していく。
壁以外の場所は全てが燃やし尽くされ、
炎が全てを呑み込む“灼熱地獄“と
化した。
灼熱地獄をものともせず、
ヴィーメランスは翻弄し続け、
討つ機会を伺う。
ーーーーーーーーーー
眼下に広がる灼熱地獄に
郁人の鼓動は激しくなる。
「うわあ……。
まさに火の海だな、これ」
〔……あそこに居たら絶対に
骨すら残らないわよ〕
見ているだけで暑さを感じ、
汗を滝のように流してしまいそうだ。
むしろ、骨ごとドロドロに
溶かされてしまうのではないかと
思わせる光景に郁人は思わず
口を開いた。
ユーも口を開けて、
うわあと言いたげだ。
「結界を張るように命じたのは
この為か……。
熱も通さないとは見事なものだ」
ジークスは結界に触れながら、
その強度と性能に感嘆した。
「上まで避難しているとはいえ、
私達があの場に居れば
巻き添えを食らっていた可能性が
高いでしょうな」
あの火の海の中に安全な場所など
存在しないでしょうと
ポンドは告げる。
「それに、ここが人の居ない
地下で良かったですな。
あれが市街地に出てきていたら
被害は甚大でしたでしょう……。
ここからあのドラゴンを
出す訳には参りません。
ー この場で確実に仕留めなければ
なりませんな」
御2方に頼るしかないのが
とても歯痒いものですが
とポンドはため息をこぼした。
眼下で繰り広げられる戦いを
ライコも見守りながら尋ねる。
〔あいつら耳打ちしてたけど……
なにをするつもりかしら?〕
(策があるんだろうな……。
チイトとヴィーメランスには。
どんな策だろう……?)
郁人は頭上にはてなマークを飛ばす。
〔炎の壁を突破する方法かしら?
あの壁をなんとかしない限り、
攻撃を防がれるは、回復されるはで
かなり面倒だもの〕
(多分、そうだろうな。
あの炎はかなり厄介だし……。
突破する方法は……
俺には思い浮かばないな……)
ライコの言葉に頷きながら、
郁人は2人にエールを送る。
「チイト、ヴィーメランス。
頑張って……!!」
初めて見る2人の戦いに、
結界前から郁人はじっと動かず
ユーやライコと共に見守った。
ーーーーーーーーーー
ドラゴンはなかなか炎が
当たらないことに腹を立て、
更に威力を増していく。
苛立ちが攻撃に顕著に現れ、
狙いはヴィーメランスに定めておらず
最早、当てずっぽうだ。
黄金の山の全てが炎により
燃えて、ドロドロの液状に
成り果てている。
ここが以前、誰もが目がくらむ程の
黄金に満ち溢れていたことは
誰も信じないだろう。
ヴィーメランスもドラゴンの
苛立ちに気づき、
隙が出来たと攻勢に入る。
腰に下げた銃を片手で持つと、
狙いを定め、引き金を引く。
ドンッと破裂する音、
銃声が響き渡り、空間を切り裂いた。
同時にドラゴンが苦悶に満ちた
叫びをあげる。
片目から血が流れだし、
鼻につく不快な生温かい臭いが
辺りに立ち込めた。
火の海と化し、赤くなっていた場が
ドラゴンの血で更に赤く染まっていく。
ドラゴンは片目を抑えて、
悲鳴を上げながら、
長い尾を振り下ろして
ヴィーメランスを潰しにかかる。
その1擊が来ることをヴィーメランスは
動きから予測していた。
ヴィーメランスはひらりと跳躍し、
当たれば全身が粉々に打ち砕かれる
尾の1擊をかわす。
尾の1擊は地面を抉り、
隕石の落下跡のような
見事なクレーターを作り上げた。
当たれば即死は免れなかっただろう。
掠めても、重傷は確実だ。
そんな攻撃を悠々とかわした
ヴィーメランスは尾の上に
着地する。
そして、尾を辿っていき、
ドラゴンの首を目指して
風のように駆け抜ける。
片目を潰し、その間に出来る
死角を利用し一気に仕留めようと
しているのだ。
ーしかし
「なにっ?!」
ドラゴンの瞳は既に回復していた。
先程よりも、回復のスピードが
早くなっていたのだ。
回復のスピードは勿論、
炎の壁を使わずに回復したことに、
ヴィーメランスは思わず目を見開く。
ードラゴンは炎の壁を出現させずとも、
片手で傷口全体を覆えるものなら、
手から炎を出して回復が出来たのだ。
ドラゴンは回復した瞳をギョロリと動かし、
ヴィーメランスを視界に捉える。
「くっ……!」
そして、巨体に似合わぬ素早さで
ヴィーメランスを片手で捕らえた。
手からはヴィーメランスの
顔だけが出ている状態だ。
体は見事に手の中で
武器を構えることは勿論、
腕を動かすことすらも出来ない。
ドラゴンは邪悪な光を瞳に宿し、
ニヤニヤ笑うと顎を大きく開いた。
口から赤い光が漏れだし、
どんどん輝きが増していく。
ー 黄金をも溶かし尽くす炎で
ヴィーメランスを焼き殺そうと
しているのだ。
「ヴィーメランスっ!!」
その光景に郁人は悲鳴を
上げた。
「ヴィーメランス殿っ!!」
ポンドは声を上ずらせた。
ジークスは顔から血の気がひき、
青くなっている。
郁人の声が聞こえたのだろう。
ヴィーメランスは郁人の方を向き、
目尻を下げたように見えた。
郁人の視界が涙で歪み、
喉が裂けそうなほど叫ぶ。
「ヴィーメランスーーーー!!!」
ー ドラゴンの口から放たれた炎は
容赦なくヴィーメランスを呑み込んだ。




