52話 騎士の在り方
サイネリアはヴィーメランスが自分を
殺してくれるのだと炎を見て悟る。
(ヴィーくん、ありがとう)
今にも乗っ取られそうな体では
もう感謝の言葉を告げれない。
心の中で感謝し、そして
リナリアに謝罪する。
(陛下……
ずっとお側で御守り出来なくて
申し訳ございません…。
貴女様の行く末を……
未来を見届けたく御座いました)
自身の気持ちを心の中で
吐露していく。
「サイネリアっ……!!!」
リナリアがすぐにでもこちらに
向かおうと泣きじゃくる姿を見て、
薄れそうな意識をなんとか保ち
泣かないでと口を動かし微笑む。
(貴女様には僕がいなくても
大丈夫です。
ヴィーくんは勿論、他の護衛騎士や
貴女様を慕う国民が貴女様を
支えてくださいますから。
だから……泣かないでください。
最期は笑って終わりましょう)
リナリアの悲鳴に胸を痛ませながら、
ヴィーメランスを見る。
(ヴィーくん……
損な役回りをさせてごめんね。
操られて皆を傷つけるくらいなら……
跡形もなく燃やされたほうが良いから)
ヴィーメランスとの記憶が
サイネリアの脳裏に甦る。
(……君と会えてよかった。
君の強さを見て、自分の実力不足を知れた。
君が来てから目まぐるしく状況が
好転していった。
君は知らないけど……
王族の責務という重圧に
潰れそうだった陛下を……
君は助けてくれたんだよ。
陛下を助けてくれて……
本当にありがとう)
ヴィーメランスの後ろ姿を思い浮かべる。
(いつか……君に……
背中を任されるくらいの……
親友になりたかったな……)
サイネリアは瞳を閉じた。
熱が迫るのを肌で感じながら、
サイネリアの意識はそこで途絶えた。
ー「とっとと起きろ!」
「ごふっ?!」
バリトンボイスと脇腹の鋭い痛みに
サイネリアの意識は覚醒する。
上半身を起こすと腕を組み、
見下ろすヴィーメランスがいた。
「サイネリア!
本当に良かった……!!」
覗きこみ、涙を溢れさせながらも
花のような笑みを浮かべるリナリア。
「本当に良かった……!!」
隣には柔らかい眼差しを向ける郁人。
良かったと言いたげに頷くユー。
「体に不調は無いか?」
心配そうに伺うジークス。
「あれだけ使ったんだ。
不調などある訳がない」
ジークスの言葉に顔をしかめるチイト。
「意識が戻られて何よりですな」
胸を撫で下ろすポンド。
「あれ……?
僕……死んだんじゃ……?」
上半身を起こし、周囲を見渡した
サイネリアは口をポカンと開ける。
「ここがあの世に思えるか?」
「ううん。
この痛みは紛れもなく本物だね。
あの世じゃないと確信したよ」
「もととはいえ、
怪我人にアイアンクロー?!」
ヴィーメランスにアイアンクローをされ、
生きている事を実感する。
「サイネリアを離してあげて!」
「了解しました」
郁人の慌てふためいた声に
ヴィーメランスは手を放した。
「ぐべっ?!」
放されたサイネリアは地面に激突し、
更なる痛みが襲いかかる。
「ヴィーくんのスキンシップは
効くなあ……」
ジンジンする尻をさすりながら
サイネリアは立ち上がる。
「それにしても……
僕……生きてるんだね……」
「サイネリア殿は死を覚悟した
身ですからな。
現状の判断は難しいでしょう」
未だにポカンとしたサイネリアに
ポンドは説明する。
「ヴィーメランス殿が邪竜の気を
自身の炎で燃やし尽くしたのです。
邪竜の気はサイネリア殿の全身に
巡っておりましたが、ヴィーメランス殿の
炎で邪竜の気から解放されたのですな」
あの炎は貴方様を助ける為だったのだと
ポンドは語った。
「助ける為だと教えてくだされば
良かったのに。
ヴィーメランス殿もお人が悪いですな」
「燃やすのに成功しても、こいつの
生命力が無ければ水の泡だったからな」
だから伝えなかった
とヴィーメランスは告げた。
リナリアは目を輝かせながら
口を開く。
「チイト様があのエリクサーを使って
治療してくださったのですよ!
イクト様も協力してくださったおかげで、
怪我人の対処も早く出来たのです!」
「そうだったのですね。
他の者達は……」
「全員無事だ」
ジークスも説明に入る。
「別室で待機し、動ける者は他にも
当てられた者がいないか等の対応を
している」
「……無事で良かった!
……皆、本当にありがとう!!」
説明を聞いたサイネリアは頭を下げ、
チイトに歩み寄る。
「チイトくんも治療ありがとう!
しかも、エリクサーなんて伝説級の
ものを使ってくれたなんて……!!」
チイトの手を握って上下に振った。
握られた手をチイトは煩わしいと、
無理やり放させる。
「感謝ならパパにしろ。
パパがエリクサーを使わせてほしいと
お願いしたから用意しただけだ」
険しい目付きのチイトを
郁人は頭を撫でて宥める。
「俺はお願いしかしてないから。
それに、チイトが持ってたから
手早く治療出来たんだ。
感謝は素直に受け取ろうな」
「……はーい」
頭を撫でた郁人はサイネリアに
近付き、話しかける。
「サイネリア。
今、怪我を治すから少し待って」
ジャケットから純白の翼を生やし、
軽く動かすと羽根を落とした。
「ユーありがとう」
落ちた羽根をユーが拾い、
郁人に手渡す。
「カラドリオスの羽根は
むしったりしたら
使えなくなるみたいだから。
こうやって自然に落ちたの
じゃないと無理なんだ」
カラドリオスの名前を聞き、
サイネリアは羽根を凝視する。
「カラドリオスって……
あの治癒魔術ができる魔物のことっ?!」
「うん」
驚くサイネリアに郁人は説明する。
「この翼のモデルはカラドリオスでさ。
モデルにした生物の能力を使うことが
出来るらしい。
俺にもなにか出来ないかジャケットの
機能を調べてたら発見したんだ」
「……君達といたら心臓が
いくつあっても足りなそうだよ」
郁人の言葉にサイネリアは
筋肉を強ばらせる。
「それに、僕に傷とかあるのかい?
無いように思えるけど……」
「ありますわ」
リナリアが手鏡を取りだし、
サイネリアに見せる。
「おぉ……!」
すると、顔の右側、斬られた所に
大きな火傷があった。
「エリクサーじゃ傷が酷すぎて
綺麗に治せなくて……」
たくさん使ったのだけどと、
郁人は頬をかく。
「ヴィーメランスが焼き付くしたから
邪竜の気は全然無い。
その点は大丈夫!後遺症も無いぞ!
チイトも見てくれたから!」
邪竜の気による影響は問題無い
と郁人は太鼓判を押した。
「そうだったんだ……。
ヴィーくん本当にありがとう。
僕を助けてくれて」
サイネリアは自身の火傷に手を当て、
ヴィーメランスに頭を下げた。
「貴様にはすべき事が山程あるからな。
くたばってもらっては困る。
それに、俺に背中を任せて欲しければ
もっと鍛練することだ」
最後の言葉に目を丸くし、
勢いよく頭を上げる。
「何で知ってるのヴィーくん?!」
「迷宮で叫んでいただろ。
あれだけ騒がれれば耳に入る」
「あの時かあ……!!
聞こえてたんだね……」
サイネリアは頭をかき、思い出した。
ヴィーメランスは鼻で笑う。
「そのような姿では背中を任せるのも、
親友になるのも程遠いな」
「全部筒抜けじゃんかー!!
秘密にしてたのにーー!!」
サイネリアは顔を真っ赤にし、
その場にしゃがみこんだ。
「……あれ、絶対聞こえる
声量だったんだけど。
隠してるつもりだったのか?」
「嬉しすぎて思わず
言ってしまったのではないか?」
「成る程」
三角座りで顔を隠すサイネリアに、
郁人は首を傾げるが、
ジークスの言葉に納得する。
「くう~……イクトくん!」
「えっ、なに?」
目をパチクリする郁人に、
顔を上げ鼻から深く息を吸い込むと
サイネリアは勢いよく告げる。
「この右側の火傷は治さないで!
この傷は僕の実力不足の証だからね!
だからこそ!
2度と起きないように力をつけるための
これは戒めだ!!
陛下を2度と悲しませないように、
ヴィーくんに背中を任せてもらえるよう
僕、頑張るから!!」
拳を握りしめ、天高く突き上げ宣言した。
その顔は晴れ晴れとした、
彼の人格がわかる清々しいものであった。
「その調子です、サイネリア。
私もこのような事態に
ならないように頑張ります。
ですから……
死ぬなんて選択は……
2度としないでくださいね」
「……はい。
騎士とは主に生涯仕える存在です。
2度と陛下を悲しませることは
もう致しません」
震える笑顔で訴えるリナリアの手を取り、
サイネリアは自身の主に誓った。
郁人は2人の姿を見て胸を撫で下ろす。
「……良かった。
サイネリアが無事で」
〔本当に良かったわね。
軍人が燃やしたときヒヤヒヤしたわよ〕
ライコのホッとした声に
郁人も同意する。
(そうだな。
あのときは心臓が凍りついた。
でも、サイネリアが助かって……
本当に良かった……!)
手足が温もりに包まれる。
「騎士……ですか……」
ポンドはサイネリアの姿に呟くと、
郁人に話しかける。
「マスター……
ジークス殿、チイト殿、
ヴィーメランス殿は貴方様を
とても大切にしておられる。
その心は騎士の忠誠と
なんら変わりないでしょう」
3人を見たあと、郁人を見る。
「騎士とは守るべき存在、
主、正義、信念があるからこそ
強くなれるのです。
それが無くなれば……
虚しい生き物。
生ける屍に成り下がりましょう。
ですから、御身を大切に。
私達を……
虚しい生き物にしないでください」
頭を優しく撫でるポンドだが、
声色に懇願が滲んでいる。
まるで自身が体験し、感じた事を
語っているようだ。
悲しそうに見え、郁人は
思わず名前を呼ぶ。
「……ポンド」
「なぜでしょうな……?
騎士という存在を見ていつのまにか
口から出ておりました」
頬をかいたポンドはじっと見つめる。
「……マスター
貴方様を守るためなら命を捨てることすら
躊躇わない存在がいる。
そのことを胸に刻んでください」
兜ごしにだが、悲しい光が
眼孔に宿ったように見えた。




