51話 忠義者の覚悟
ーあのサイネリアがリナリアに
剣を向ける。
驚愕の光景に郁人は息を止めた。
(サイネリアはリナリアさんに
忠義を尽くしている。
それはあの時の会話で
はっきりわかっていることだ。
なら、なぜサイネリアが……?!)
ぐるぐる頭を回転させ、
郁人は理由を考える。
しかし、理由はわからない。
見当もつかない。
(どうしてなんだ……?!)
チイトが考え込む郁人に伝える。
「……パパ。
あいつの様子が変だよ」
チイトの言葉に、郁人はもう1度、
注意してサイネリアを見る。
(あれ……?)
サイネリアの体がかすかに震えており、
剣を必死に下げようとしているように
見えた。
「……ーくん」
サイネリアは震えた声で話しかけた。
表情は曇り、顔の右側には
無惨な切り傷が見え、
傷口から黒い靄が溢れている。
「……邪竜にやられたか」
ヴィーメランスの言葉にサイネリアは
なんとか頷いてみせた。
「どうやら……
邪竜の気に充てられた奴等の
攻撃をくらいあの顔の傷から
入り込まれたみたいだな」
顎に手をやりながらチイトは分析した。
「……ねがい。
陛……下を……たす……け……て……」
喉から絞り出し、必死に訴えた。
「ヴィーメランス!」
「了解しました」
ヴィーメランスは郁人の言葉に、
駆け出すと剣を持つ手を蹴り上げる。
「ぐっ……!?」
蹴られた衝撃からサイネリアは剣を
手放した。
その間にジークスがリナリアを抱え、
サイネリアから距離をとる。
「無事か!?何があった!!」
「お兄様!!」
助けられたリナリアは
ジークスに抱きつき、
声を震わせながら説明する。
「皆が突然暴れだしたのです……!
魔道具から邪竜の気だとわかり、
氷で壁を作って動きを止めましたが
私の魔術では1歩及ばず……
駆けつけたサイネリアが私を庇って……!」
思い出したリナリアはドレスの裾を
握りしめた。
手やドレスに涙がポツリと落ちる。
「お願いします!!
サイネリアを助けてください!!
私では……サイネリアを……
助けられなくて……!!
だから……!!」
顔を上げたリナリアは
言葉と涙を溢れさせ必死に訴えた。
「落ち着け。わかったから」
ジークスはリナリアを落ち着かせようと
頭を撫でて宥める。
一方、ヴィーメランスはサイネリアを
押さえにかかる。
が……
「ちょこまかと……!!」
先程とはうって変わり、機敏な動きを見せ、
倒れた者から奪った剣で応戦する。
「サイネリア殿!
おとなしくしてください!」
ポンドも加勢に入るが
無傷で捕まえるのは至難の業だ。
「……乗っ取られるのも時間の
問題かもしれない」
「そんな?!」
チイトの言葉に郁人は声を
上ずらせた。
「パパはあの黒い靄が見える?」
「見えるけど……」
サイネリアの右顔に溢れている
黒い靄を見ながら頷く。
「あれが邪竜の気だよ。
魔道具や魔法を使わなくても
見えるぐらいだから。
相当邪竜の気に当てられているよ」
辛うじて意識があるのが
奇跡に近いとチイトは告げた。
「あの靄を取り除く方法は無いのか?」
郁人の質問にチイトは答える。
「取り除くにはエリクサーを
直接傷口に大量にかける。
もしくは、邪竜の気を上回る気を
当てたら消えるよ。
見てて」
チイトはエリクサーを取りだし、
倒れている者達にかけた。
すると、邪竜の気はみるみる
消えていった。
「ほら。
邪竜の気は消えたでしょ。
迷宮から俺達が出れたのも
あいつのおかげかもね」
顎に手をやり、推測を述べる。
「あいつを乗っ取るのに時間が
かかってたみたいだ。
迷宮に居た時に気の流れが
集中しだしたのは感じたし」
「……まるで邪竜が生きてるみたいだな」
チイトの口振りに対して問いかけると
あっさり頷いた。
「生きてるよ、邪竜」
「え?」
〔……は?〕
とんでもない事実に意識が
一瞬なくなった。
そんな郁人達にチイトは事実を述べる。
「正確に言うとこの下で
死にかけてたみたい。
だから、魔力を補填しながら下で
ずっと復活の機会を待ちわびていた。
そして、最適な依り代を手に入れ
邪竜は復活したんだ」
下を指差しながらチイトは
淡々と語った。
「邪竜が復活したとは
どういう事なんだ?!」
「お兄様が倒したはず……!!」
とんでもない言葉にジークスが
目を丸くする。
リナリアは顔を更に青ざめた。
「貴様はこの下で邪竜と
相討ちになったのだろう?
貴様が生きていたように、
邪竜もかすかに息があったということだ」
ジークスを鼻で笑いながら
話を続ける。
「そして力を蓄え続け、依り代を得た今
復活したに過ぎない」
「依り代……まさか?!」
ジークスは勢いよく
心当たりのある場を見る。
「……?!」
そして、紙のように血の気をなくした。
「そうだ。
依り代は“前王の遺体“だ。
邪竜も根性があるようだな」
「嘘だろ……?!」
〔どこにも無いわ……?!〕
郁人も前王の死体を置いた場所を
確認したが、最初から無かったように
存在していない。
安置所を見渡しても、どこにもないのだ。
〔憎悪の気配の正体は邪竜ね。
今はっきりとわかったわ。
なんで気付かなかったの、あたし!!〕
悔しさをにじませながら、
ライコは口を開く。
〔でも邪竜に向かう前に、まずは
あいつをなんとかしないとね。
あのままじゃ可哀想だわ……。
表情も苦しそうだもの〕
ライコの言う通り、サイネリアの表情は
見るからに辛そうで、
瞳には悲哀の色が浮かんでいる。
ヴィーメランス達を攻撃をする度に
表情は曇っていき、涙を溢れさせた。
「サイネリアを助けないと……!」
郁人は拳を握りしめる。
「チイト。
エリクサー貰ってもいい?」
尋ねられたチイトは満面の笑みを
浮かべる。
「いいよ。
好きに使って」
「ありがとう!」
チイトが箱詰めされたエリクサーを
空間から取り出し、地面に置いた。
郁人はエリクサーを1つ手に持ち、
ユーも手伝うとエリクサーを
箱ごと背中の触手で持つ。
「ヴィーメランス!ポンド!
このエリクサーで黒い靄を取り除く!
だからサイネリアを……!!」
「了解しました!」
ヴィーメランスは頷き、ポンドは尋ねる。
「気絶でもよろしいですかな?
意識があるままでは難しいですので!」
「わかった!
でも、大怪我は無しで!!」
「かしこまりました!」
2人はこのまま押さえるのは
無理と判断し、気絶させようと動く。
が、サイネリアは捕まえようとする
2人の手から逃れ、ぼろぼろになった
剣を捨てると氷の刃を作って
ヴィーメランス達に斬りかかる。
「氷ならば問題ない!」
ヴィーメランスが氷の刃を掴み、
己の炎で溶かしたのだ。
「!?」
あっけなく溶かされた事実に
面を食らっていた隙をポンドは見逃さない。
「サイネリア殿!ご容赦を!!」
サイネリアの腕を掴むと、
壁に勢いよく投げて叩きつける。
ぶつかる音と同時にガラガラと壁が崩れた。
「……流石に気絶したんじゃ」
「いや、まだだよ」
チイトは首を振る。
「…………」
サイネリアは叩きつけられても尚、
瓦礫の中からふらふらと立ち上がった。
「……まだ気を失わないか」
「流石竜人と言うべきですかな」
サイネリアが立ち上がる様子を見て、
ヴィーメランスは舌打ちする。
頑丈ですなと、ポンドは頬をかいた。
ーしかし、サイネリアの様子が変わる。
自身の両手足を氷で壁や床に
固定し始めたのだ。
「ヴィー……くん」
顔を上げてヴィーメランスを見る。
唇をぎゅっと結んだあと、
口を開いた。
ー「……ね……がい。
ぼく……を……殺し……て……」
「何を言っているのです
サイネリア?!」
震えた声でサイネリアが紡いだ言葉に
リナリアは悲鳴を上げた。
白い肌を更に青白くさせ、
唇を震わせるリナリアを見て
サイネリアの瞳が揺れる。
だが、ヴィーメランスに瞳を動かし
サイネリアは意思を伝える。
「もう……意識が……危な……い……。
僕……の……意識……が……ある内に……。
陛下を……皆……を傷つけ……
たく……ない……から……。
ヴィー……くん……ね…がい……
僕を……」
サイネリアは自覚しているのだ。
自身の意識があるのもあと少しだと。
今にも乗っ取られるかの瀬戸際……。
完全に乗っ取られるくらいなら、
リナリアを、皆を傷つけたくない。
ーだから……
意識がある間に殺してほしいと。
震えた声で必死に訴えたのだ。
「……わかった」
「ヴィーメランス?!」
「ヴィーメランス様?!」
ヴィーメランスの了承に、
郁人とリナリアは声を上ずらせる。
「方法はありますから!!」
「そうだ!早まるんじゃない!」
〔諦めちゃダメ!〕
ポンドとジークスは訴えた。
声が届かないのに、ライコも思わず叫んだ。
意識が危ういサイネリアに
ヴィーメランスは問いかける。
「覚悟はいいか?」
「……う……ん……」
サイネリアは乗っ取られそうな体を
なんとか動かし頷いた。
「きちんと燃やしてやる」
頷いたのを視認し、ヴィーメランスは
手に炎を出現させる。
「あり……がとう……
ヴィー……くん」
柔らかい眼差しを向け、ゆったり微笑む。
その微笑みは“死を覚悟した“ものだと
見てとれた。
「サイネリア!!
やめて……!!
いやあああああ!!」
リナリアは泣き叫び、
サイネリアの元へ行こうとするが
ジークスが離さない。
サイネリアはリナリアに口を動かし、
笑いかけた。
その笑みはリナリアを案じたものだと
誰が見てもわかるものだ。
「サイネリアっ……!!!」
リナリアは必死に叫び、
サイネリアの元へ行こうと手を伸ばす。
しかし、サイネリアの意思は変わらない。
ヴィーメランスを見て、瞳を閉じる。
その姿から覚悟が感じられた。
悲鳴や制止をよそに、ヴィーメランスは
サイネリアへ炎を放つ。
ー安置所は熱風と共に赤い光に包まれた。




