36話 態度の訳
郁人は用を足したあと、
晩餐が開かれている部屋に向かい、
渡り廊下を歩いていると、甘い香りが
鼻をくすぐった。
(上品な良い香りだな。
どこからだろう?)
香りに誘われ進んでいく。
「香りは……ここからだな」
角を曲がり進んでいくと、香りの正体を
見つける。
そこには、月明かりに照らされた
幻想的な庭園があった。
照らされ咲いているのは、百合に
似た白い花。
風に揺れて、香りが郁人に届く。
「本当にいい香りだ」
香りに誘われ、そのまま進みそうになるが、
人が踏み入ってはいけない神聖さを感じ、
足を止め、庭園をじっと見つめる。
この世のものとは思えぬ美しさに
目を奪われる。
「綺麗だな、ユー」
肩に乗り頷くユーと共に、
時を忘れてしばし眺める。
「……やっぱり、おかしいよな」
眺めつつ、晩餐での違和感をふと思い出し
顎に手をやる。
郁人が座っていたのはリナリアの対面。
長テーブルの端と端だ。
その席は映画で見た際、王族が
食事時に座る上座の位置だったと
印象がある。
いくらヴィーメランスの尊き御方であっても、
郁人が庶民であることに変わりはない。
庶民である郁人を上座に案内するのは
おかしいことだ。
(それに……)
道中を郁人は振り返る。
郁人は道中、使用人や騎士達に会ったのだが
全員が王族に会ったかのように頭を下げる。
中には顔を青ざめたりする者もいた。
用を足しに行く際も案内のために
メイドが1人同行したのだが、
青ざめながら身を震わせていたので、
道だけを教えてもらい、1人で行く事に
した程。
実際、廊下の角で気付かずにぶつかって
しまったとき、郁人がすぐに謝ろうと
する前に、ぶつかった相手が歯をカタカタ
言わせながら必死に何度も何度も
謝ったのだ。
ー まるで命乞いをするかのように。
その後、なんとか相手を宥めて落ち着かせ、
郁人は謝り、気にしてない事を伝えたが、
あまりに様子が異常過ぎる。
無礼と思われる行動を郁人に少しでも
見せれば、命は無いと感じられるくらいだ。
「あら、イクト様にユー様!」
頭を捻らせていると、
鈴を転がした声が聞こえて振り向く。
「このような所にどうされたのですか?
すぐに人を……!!」
そこには目を丸くしたリナリアがいた。
郁人が1人でいることに慌てている。
「その……庭園を見ながら少し考え事を。
その為に1人に。
この庭園、とても綺麗だ」
使用人にまたあのような状態は
気の毒だと、郁人は理由を伝え、
話題を変えた。
「ありがとうございます。
この花は“フリードゥリリィ“と言いまして
戦争が終結した際に、平和が続くように
祈りを込めて植えられたものなのです」
「そうなんだ。
道理で心が安らぐ訳だ」
平和の祈りが込められた花の目映さに
目を細める。
「……考え事とはなんでしょう?
私では力になれないかもしれませんが、
話を聞かせていただいても
よろしいでしょうか?」
リナリアは尋ねた。
(晩餐の席や怯えている態度について
女王様なら知っているかも。
こうして話すのは良いかは
わからないけど……)
郁人は無礼ではないか気になりつつ、
口を開く。
「……女王様じゃないと
分からないかもしれないから
聞いていただいても?」
「喜んで。
あと、私のことは名前で呼んでくださいね。
ヴィーメランス様の尊き御方に
様呼びされるのは心苦しいですから」
眉を八の字にしながらリナリアは告げた。
(ヴィーメランスって客将だよな……?
なんですまない気持ちにさせるんだ?
……この事も追加で聞こう)
郁人は質問を加えることにした。
「わかりました。
えっと、リナリアさん……」
「はい!」
郁人の言葉に微笑む姿は
可憐の1言に尽きた。
「どうしてあの席に俺を案内したんだ?
記憶に間違いがなければ、あの席は
上座のはず……。
それに、なぜ皆が俺に対してかなり
恭しく接するんだ?
まるで何かに怯えているような……」
「………!?」
郁人の疑問に少し身を固くしたリナリアは、
深く息を吸い、向き直る。
「さすが、ヴィーメランス様の尊き御方。
上座の件までお知りとは驚きです」
「……やっぱり、あの席は上座なんだ」
リナリアは頷く。
「はい。
ドラケネス王国のしきたりで、
あの席は王族だけが座る席であります」
「なぜ俺をあの席に?
客将であるヴィーメランスのいう
御方であっても、俺はただの庶民に
過ぎない。
どうしてそこまで気を配るんだ?」
追加の疑問にリナリアは答える。
「イクト様は庶民ではなく、
ヴィーメランス様の尊き御方です。
イクト様がそのように認識されていた
としても……私達ドラケネス王国の者には
"ヴィーメランス様の尊き御方"
それだけで十分なのです」
「どうしてだ?」
頭にはてなマークを浮かべる郁人に
リナリアは尋ねる。
「イクト様はヴィーメランス様の
功績をご存知ですか?」
「戦争を終わらせるのに力を貸して
客将の位置についた……くらいかな?」
顎に手をやりながら答えると、
リナリアは首を横に振る。
「ヴィーメランス様は力を貸したのではなく
"たったお1人"で戦を終わらせた大英雄。
本来、将軍の位置についても
おかしくない方なのです」
「へ?」
口をポカンと郁人は開ける。
(たった1人で終戦させた……?!
どういう事だ……?!)
驚く郁人にリナリアは話を続ける。
「ヴィーメランス様が現れる前、
国は崩壊寸前でした。
邪竜の気に当てられたワイバーンや
ドラゴンの猛攻が凄まじいもの
だったからです」
リナリアはうつむき、髪で顔を隠す。
「私は護りに特化していましたので、
城内に民を集め、王族の義務を果たすべく、
氷の壁を張ったりなどして
護っておりましたが……。
ドラゴンに隙を突かれてしまい、
死を覚悟しました。
ーしかし、そのときヴィーメランス様が
現れたのです」
その場面を思い出し、頬を紅潮させる。
「銃が火を放ち、ドラゴンを灰にした後、
城内に入ってきたワイバーン達を剣で
瞬く間に一掃したのです。
まるで伝説を目の前で観ているようでした」
リナリアは手を組み、瞳を輝かせた。
「全てが終わった後、こちらを見て
"もう大丈夫だ"と告げられました。
私はそれを聞き、もう助かったのだと
涙を流し、恥ずかしながら気絶して
しまいました」
少し苦笑しつつ、再び語りだす。
「後から聞いた話ですが、
城内の安全を確認した後、
ヴィーメランス様は天高く飛び立つと
閧の声をあげられたそうです。
それはまるで竜の咆哮だったと。
聞いたドラゴンやワイバーンの大半は
まるで悪いものが落ちたかのように
おとなしくなり、私達の味方をしたそうです」
見たメイドが興奮しながら話してくれたと、
リナリアは話す。
「サイネリアからも聞きましたが、
城に向かう前に、サイネリア達の居る戦場に
現れて敵を焼き付くしていったそうです。
その姿はまるで、炎が人の形をとった様
だったと言っておりました」
身ぶり手振りつけ、興奮しながら
話してくれたと、サイネリアの様子も語る。
「ヴィーメランス様の戦場や城での活躍、
閧の声での鎮静化もありましたから、
戦の終結はあっさりしたものでした。
邪竜の影響が大きかったドラゴン達の
退治だけでしたから。
ーヴィーメランス様がいたからこそ、
戦争は終結したのです」
瞳を潤ませ、頬を紅潮させながら語る姿は
まるで恋する乙女のようだ。
「まるで恋する乙女みたいだな」
その姿を見て、郁人は思わず呟いてしまう。
ユーも同意するように頷く。
「ひぇっ?!」
その言葉に一瞬硬直した後、
顔から火がでそうなほど赤くなる。
ヤカンを置けばすぐに沸騰しそうだ。
「……もしかして図星だった?」
「いっいえ!!
そそそそそそそんな訳はははははは?!」
尋ねられたリナリアは壊れたラジオの
ようになり、あわてふためく姿は、
女王ではなく1人の乙女だ。
「ヴィーメランスはカッコいいからな」
郁人の言葉にリナリアは全力で頷く。
「はい!それはもう!!」
リナリアは吟遊詩人のように語る。
「助けてくださった時の勇姿は
素敵でしたし、戦が終わった後、
ヴィーメランス様は大英雄ですから、
我が国に居て欲しいと、将として
迎え入れようと国全体で動きました。
ですが……
"我が忠誠を誓うは唯一無二、
尊き御方のみ。
二心を抱くつもりはなく、
その職を勤めるはふさわしくない"
と辞退された時の姿はもう素敵過ぎて
落ち込んだらいいのか、ときめいたら
いいのか、もう心中板挟みで……!!
絵師がいたら、その場面を描いて
欲しかったです……!!
勿論!!その絵は家宝にしますよ!!
ヴィーメランス様が辞退し、
国を去ろうとされましたので、
なんとか説得し、客将なら……と
この国になんとか滞在してもらって
いるのです。
ちなみに、戦以外にもワイバーンの活用や
料理の発展など他にも素晴らしい功績を
上げていかれ……
こほん、失礼しました」
あまりに熱の入ったマシンガントークに
口をポカンと開ける郁人とユー。
気付いたリナリアは咳払いをし、
気持ちを落ち着かせる。
「と、数々の功績があるヴィーメランス様の
尊い御方ですので、イクト様の待遇は
王族と同じなのです」
「だから、上座なのか。
でも、なぜ怯えているんだ?」
「それは……」
うつむき、先程の饒舌が嘘のように
雪のような肌を更に白くさせ言い淀む。
しかし、唇を固く結ぶと郁人を見る。
「それは……
ヴィーメランス様がある者達を
全て灰にしたからです」
その言葉に、郁人の鼓動が一瞬止まった。




