26話 行き方と内密に行く方法
郁人をエスコートしながら、
ヴィーメランスは先を進んでいく。
チイトやジークスも、2人の後ろを
眉をしかめながらも続いた。
特にチイトは、ヴィーメランスを
睨み殺すくらいだが、全く気にしていない。
睨まれていない郁人がハラハラする程だ。
そんな素知らぬ風のヴィーメランスは
道中も郁人への気配りを欠かさない。
半歩前を進み、利き手とは逆に郁人を歩かせ、
襲撃があれば直ぐ剣を抜けるようにしている。
他にも、2人にはそれなりのコンパスの
差があり、だいぶ歩幅の差もあるのだが、
ヴィーメランスは郁人が早足にならずに
済むようさりげなく歩みを遅くしてくれたり
躓きかけても、逞しい腕がすぐに
助けてくれたりしている。
ヴィーメランスが郁人をとても大切に
しているのがひしひしと伝わってきた。
(女性相手の対応なら完璧なんだが、
俺相手だからもっと適当で良いのに……。
大切にしてくれるのは嬉しいけど、
少しむず痒いな)
心中落ち着かないでいると、
ヴィーメランスが声をかける。
「どうかされましたか?
もしや具合でも?!
すぐ街へ……!!」
「俺は大丈夫だ!
そういえば、ドラケネス王国へは
どうやって行くんだ?」
心配したヴィーメランスが抱えようと
したので郁人は慌てて制止し、
流れを変えた。
顔色を確認しながらヴィーメランスは
口を開く。
「もし、気分が悪くなられたら
即おっしゃってください。
行き方につきましては、
準備は整えております」
ヴィーメランスが手袋を外し、
指笛を吹く。
音が青空へ響いていくと、
不意に聞き慣れぬ音が鼓膜を揺さぶる。
「なんの音?」
音は彼方から聞こえ、
風を勢いよくきり、
どんどんこちらへ近づいてくる。
音の正体を視認できるようになり、
郁人は息を呑む。
「……ドラゴン?!」
赤い鱗に覆われ、猛禽類のような鋭い瞳、
見る者を畏縮させる姿に息を呑む。
なぜなら、郁人の居た世界では、
空想上にしか存在しないとされる
"ドラゴン"が現れたのだから。
ドラゴンは悠々と着地し、
ヴィーメランスに頭を下げる。
「父上。
こいつは"ドラゴン"ではありません」
目を奪われている郁人に
手袋を嵌めながらヴィーメランスは
訂正する。
「これは"ワイバーン"と
呼ばれるものです。
ほら、足が2つでしょう?
ドラゴンは足が4つありますから」
「そうなんだ……
ワイバーンってこんな感じなんだな」
ヴィーメランスは魔物、
ワイバーンの頭を撫でながら説明した。
郁人は以前、ジークスに見せてもらった
文献を思いだし、記憶と照らし合わせ
頷く。
「しかし、この大きさからして
ドラゴンに近いのでは?」
同じく目を奪われていたジークスは
顎に手を当てながら尋ねた。
ドラゴンとワイバーンの違いは、
4つの足か2つの足かによる違いもあるが
見て1番わかりやすいのは、
大きさの違いだ。
ワイバーンとドラゴンでは大きさが
圧倒的にドラゴンの方が大きい。
ヴィーメランスが呼んだワイバーンは
平均を余裕で上回るくらいの大きさである。
「確かにそうだ。
こいつはワイバーンの中でもドラゴンに
近い。
ドラゴンへ進化する可能性も秘めている。
が、危険は微塵もない。
こいつは俺のペットだからな」
「ペット……だと?!
ワイバーンをか!?」
従魔と思っていたジークスは
耳を疑った。
彼からすれば、ワイバーンとは
国を度々襲ってきた魔物に過ぎない上、
従魔の需要はあるが、それ以外で側に置く
理由を考えられなかったからだ。
驚くジークスに、ヴィーメランスは
話を続ける。
「ワイバーンにも相性が存在し、
相性が良ければ、契約せずとも
呼び出すことも可能だ。
邪竜の影響が濃いものは
始末しなければならなかったが、
こいつは影響が薄く、成長の見込みが
ある為ペットにした」
撫でられたワイバーンは嬉しそうに、
猫のように喉を鳴らす。
ワイバーンがヴィーメランスに
心を開いているのだとわかる。
「ワイバーンを……ペット……」
ジークスは信じられないと頭を抱えた。
彼の常識が崩れ、困惑しているのだ。
「現在、国ではワイバーンを
馬代わりに使う者も多い。
もちろん、信頼関係を築いてからだがな。
貴様が堕ちた後ゆえ、
知らないのは当然だろう」
ヴィーメランスはジークスを鼻で笑いながら
国の現状を述べていく。
「竜人がワイバーンを飼うか……
面白いものだな」
「人間が猿を飼うのと似たようなものだ。
父上、こいつに乗って
ドラケネス王国へと移動します」
チイトの言い分に呆れながらも、
郁人へ説明した。
ブレイズを見ながら、郁人は尋ねる。
「名前はあるのか?」
「名はブレイズ。
炎のように赤いので、そう名付けました」
ワイバーン、"ブレイズ"は郁人に
頭を下げる。
「ブレイズか。良い名前だな。
その……触っても良いかな?」
撫でていた姿を見て、
郁人も撫でたくなったのだ。
ヴィーメランスはそれを快諾する。
「問題ありません。
こいつには父上の偉大さを
説明しております。
害を与えるなど有り得ませんから」
「偉大さって……」
ヴィーメランスの言葉に頬をかく。
ブレイズをよく見ると、
郁人に決して当たらないように
爪などの傷つけるようなものを隠しており、
深々と頭を下げているのがわかった。
きちんと躾られている証拠だ。
「えっと……
ドラケネス王国までよろしくな。
ブレイズ」
郁人は恐る恐る手を伸ばし、
ゆっくり撫でた。
ブレイズはそれを甘受し、
気持ち良さそうに目を細める。
(鱗ってこんなに固くて、
ひんやりしてるんだ。
ワイバーンって怖そうなイメージ
だったんだが、さっきの懐いてる姿を
見たら可愛いな)
撫でさせてもらえて、胸の膨れるような
心地よさを覚えた。
満ち足りている郁人に、
ヴィーメランスは声をかける。
「父上はこちらにどうぞ」
撫でていた間にブレイズに鞍を着けており、
郁人の座る場所を用意していたようだ。
「貴様らは適当に乗れ。
落ちないかは貴様ら次第だがな」
「俺は飛べるから必要ない」
郁人以外の鞍を用意していないようで、
勝手に乗れと言うヴィーメランスに、
チイトは乗る必要は無いと、宙に軽く浮く。
浮く姿をジークスは見つめ、呟く。
「それは……
大気を圧縮させてはいないんだな」
「これは違う。
飛べないとは言ってないだろ」
「たしかにそうだった」
ジークスは以前の戦闘で聞いた事を
思い出したようだ。
(2人が会話してくれるだけでも
ホッとするな。
最初、チイトが無視してたから)
会話する2人に郁人はそっと吐息を洩らす。
「俺は乗せてもらおう。
翼が焼け落ちてしまったからな」
尻尾のように回復してくれたら
ありがたいのだが
とジークスは愚痴をこぼした。
郁人はふと疑問が浮かぶ。
「そういえば、ジークスを
どうやって隠すんだ?
内密に行きたいし……」
堂々と乗ってたらバレる
と口に出した。
「内密に行く手段も整えております。
こうして……」
ヴィーメランスは手から炎を出現させ、
近くにあった岩に放ち、破壊する。
まさに木っ端微塵だ。
「見た者を全員消していけば
問題ありません」
「もっと穏便な方法で行きたいな、俺!」
あまりに物理的かつ物騒な方法に、
顔から血がひいていくのを感じながら
異議を唱えた。
この方法では、見た人数によっては
国が滅びること待ったなしだ。
堂々とするヴィーメランスに
チイトは額に手をあて、息を吐く。
「戦以外だと単純短絡的思考とは
貴様らしい。
念のために、俺が用意しといた。
感謝するんだな」
チイトは皮肉気な笑みを浮かべながら
空間からあるものを取り出した。
それは、演劇などで黒子が被っている
顔ごと隠れる頭巾だ。
「“顔無し兜“改め“顔無し頭巾“だ。
兜だったが、かさ張るから頭巾に変えたが
効果は変わりない。
被ったらこの頭巾にあるボタンを押せ」
「顔無し兜……?!
伝説に出て来るあの兜か?!」
無造作に放り投げられた頭巾を受け取り、
ジークスは頭巾を凝視する。
「伝説?」
「ここには数々の伝説などが存在し、
今も語り継がれています。
内容までは覚えておりませんが、
伝説の1つに、あの顔無し兜が出てきます。
……例の禁忌のスキルも、悲惨な伝説として
語られておりますが」
ヴィーメランスが郁人の問いに答え、
最後の内容は小声で呟いた。
郁人は隣に立つヴィーメランスを
見上げる。
「……知っていたのか?」
「チイトが手紙と一緒に、
父上の簡潔に纏められたデータが
同封されておりましたから」
「意外な気がする……」
郁人は思わず呟いた。
(チイトはライコが言ってたように
俺を独占したいらしいから、
てっきり俺に関することは
何も伝えてないと思ってた)
意外そうにする郁人に、
ヴィーメランスは口を開く。
「父上に直接教えてもらうことを
嫌ってのことでしょう。
接触する機会を失わす為の行動ですから
意外ではありません」
あいつは父上を独占する為に
わざとですと眉をしかめ、軽く首を
横に振るヴィーメランス。
郁人は事実を知って頬をかいた。
ふと、郁人の頭に疑問がわく。
「じゃあ、俺を見て驚いてたのは
どうしてだ?」
会った時に驚いていた姿を思い出し、
首をかしげる。
知っていたなら、あれほど驚かないはずだ。
ヴィーメランスはその理由を話す。
「予想以上に細くなっておりましたし、
表情もあまりに無かったですので……」
データ以上で心臓が止まりかけた
と、ヴィーメランスは告げた。
そして、咳払いをして気持ちを切り替えると
片手を胸にあて、ヴィーメランスは
口を開く。
「従魔スキルに見せるための魔物でしたら
俺が見繕いますのでご安心を。
父上にふさわしい魔物を見つけ出して
みせましょう」
ヴィーメランスは郁人に1礼した。
その言葉を聞いて郁人は思い出す。
「じつは、俺もう契約してて、
これ以上できないみたいなんだ」
「……なっ?!」
言葉を聞き、ヴィーメランスは
筋肉を強ばらせる。
「それは一体どういう……!?
……とりあえず、ドラケネス王国へ行く
道中にてお聞かせ願います」
ブレイズに鼻で突つかれ、
急かされたヴィーメランスは郁人の手を取り
丁寧にブレイズの背、鞍に乗せる。
「ヴィーメランスの鞍は?」
「俺は無くても平気ですので」
ヴィーメランスは郁人の後ろに座り、
ジークスも頭巾をかぶり、後ろに乗った。
そして、ヴィーメランスは郁人が
落ちないよう腰に手をまわすと、
ブレイズの首にもう片方の手を伸ばす。
瞬間、炎がブレイズの頭部を囲み、
手綱とその手綱を連結させる頭絡
が現れる。
「では、行くぞ!!」
ヴィーメランスは手綱を握る。
言葉を合図に、ブレイズは翼を羽ばたかせ
青空へ消えた。




