番外編 青いお姉さま
エデイラが年下のあの子に求愛される話です。
本編ではエデイラはつらい思いばかりしてますから、たまには誰かに甘い言葉でもささやいてもらったらいいんじゃないかと思ったのですが、出来上がったのはこういう話になりました。
体が弱くて頭がいい子供、大好きです。
ちょっと試行錯誤中でして、番外編は分割せずに投稿してみます。
やや長めのページになっております。ごゆるりとどうぞ~。
「おねえさま。ぼくと結婚を前提とした誠実なおつきあいをしていただけませんか」
言われて、エデイラはとっさに後ろを見た。誰もいない。
まさか自分が言われたとは思えないセリフに、エデイラは目をぱちくりさせて目の前の、まさに今求婚してきた相手を見た。
まじめな顔で目の前に立っているのは、自分よりはるかに背の低い、まだ五歳かそこらの男の子だった。
◇◇◇
現在エデイラが居を構えているのは、カステルロック地方にあるタルヴィス館の一角だ。
敬愛する旦那様なきあと、紆余曲折あってここにいったん戻ってきている。
やるべきことは毎日山ほどある。
あの殺戮があってから、乏しくなってしまった村の食糧をまず手に入れなくてはならなかった。それから、村人たちの中には体の具合がよくないものもいたため、薬や湿布を配合するのもエデイラの仕事だ。
それだけしていられるのならまだよいのだが、薬は使うだけではすぐになくなる。遠方から薬剤の材料を手に入れるためには売り手側との信頼関係が大切だ。
先代の旦那様はそのあたり問題なくやっていたが、エデイラはもともと奴隷階級出身のメイドである。
彼らと対等にやり取りをするにあたって、気後れもあったし、実際侮られることも少なくなかった。あんたじゃ売れないよと面と向かって言われたこともある。
村人たちの食糧についてはエデイラひとりではどうすることもできなかったため、市場で定期的に購入している。必要な資金はゾラ様にお願いした。
(この借金を二年か三年かけて返していければいいんですが……今年の冬は南方の薬草地に行ってまずは私の顔を覚えてもらわねば。あまりゆっくりはしていられませんね)
そんなことを考えているエデイラのもとで、村人たちもできる限り協力してくれた。
そうやって少しずつ状況が安定してきて、夏の暑さも落ち着いた、ちょうどその時だった。シリル・アーロがタルヴィス館にやってきたのは。
◇◇◇
「え……ええと?」
目の前の少年のことは覚えている。
アーロ家で行われた夜会の、中二階の階段で会った子だ。
体の弱そうな子だな、なぜバシレウス四世は薬剤カルテルの一員でありながら息子のことを気にかけてやらないのだろう、と思ったからよく覚えている。
エデイラがその夜のことを振り返っていると、少年はにこっと微笑んだ。
「ぼくのことを覚えていらっしゃいますか? 改めてご挨拶しますね、シリル・カスヴァート・アーロです。アーロ家の四男にあたります」
「シリル様とおっしゃるのですか」
「おねえさま、ずるいです」
「へっ?」
国内最高位の大貴族であるアーロ家のご子息に対し、敬称をつけないという選択肢がはなからなかったエデイラは、柔らかい声で抗議されてめんくらった。
「だって、姉のことはマリアカルラと呼んでいらっしゃるではないですか。ではぼくのことも呼び捨てで呼んで下さらなければだめですよ」
「あ、ええ……いえ、あの」
しどろもどろである。だいたいマリアカルラは自分のことをこの子にどこまで話したのか。
だが動揺していても救いはない。エデイラは気を取り直して聞いてみた。
「ではあの……あなたは、先ほど……その、聞き間違えでなければ結婚を前提とかおっしゃっていたような」
「はい。ぼく、おねえさまに求婚差し上げました」
「あなたは現在おいくつでいらっしゃるんですか?」
「五歳です」
「十一歳差……」
めまいがする年齢差だった。だが少年は笑顔を崩さず言うではないか。
「百歳も百十一歳も変わりませんよ」
「あのっ、ちょっと席を外させてください!」
両手のひらで壁を作るようにして言って、エデイラはその場を駆けだした。
お客様の前から逃亡するなど八年間のメイド人生で一度もしたことがなかったが、ひとりになれる場所で冷静になる必要があった。
エデイラが向かったのは厨房だ。タルヴィス家でメイドとして勤めてきて、もっとも長い時間を過ごした場所。なんだかんだでここが一番落ち着く。
かまどの前にひざを抱えてしゃがみ込むと、いましがた起こったことを反芻する。
なに? なにが起こったんですか? 新手のいたずらですか? それとも医者を呼んだ方がいいんでしょうか?
(──いえだめです、この近隣で一番医療知識があるのって私ではないですか……)
がっくりとうなだれているエデイラの背中に、マリアカルラがそっと手を置き、慰めるように軽くたたいた。
「気持ちは理解するわ、エデイラ……」
「ちょっと本当のお姉さま! よくわからないからなんとかしてくださいよ!」
「できていたらここに連れてこないわよ?」
「丸投げですか、ひどい!」
しゃがみ込んだ姿勢のままで顔だけあげて言うエデイラに、マリアカルラは困ったような顔を作った。
「あの子って、物腰は柔らかいのだけど、こちらが断れないようにうまく話を進めてくるのよね……末っ子ながら侮れないわ」
そう言ってから、エデイラにつきあうように隣にしゃがみ込んだ。長いスカートの裾を両手でひざの下にたくし込んでから続ける。
「一応聞くんだけど、エデイラ、あなた弟の申し出をどう思う?」
「どうもこうも!」
エデイラは声を裏返らせた。
「節度ある人間だったらお断りして当然なんじゃないですか? あっそうか、『とても光栄です、ではあなたが大きくなったらお嫁さんにしてくださいね』とかなんとか、そういう言い方したらよかったんですかね」
「あの子にそういう子供扱い通用しないわよ」
「じゃあどうしろと!?」
「試しにあなた私のこと、お姉様って呼んでみてよ」
「絶対嫌です」
だいたい、シリルにとっては自分は父の敵ではないのか。自分はかつてアーロ家当主をその地位から追い落とそうとした人間だ。
それを言ってしまえばマリアカルラもアーロ家の長女ではあるが、彼女は彼女なりに父を憎む理由があり、また今ではいい友人でもある。大貴族の娘であるのに、こうして分け隔てなく話をしたり、かまどの灰の前に一緒にしゃがんでくれたりする彼女にエデイラは感謝していた。
(でも、あの子は違います。なにをどう勘違いして求愛の運びになったのかはわかりませんが、ここは大人の分別をもって上手にかわさなくては)
それに考えるのも憂鬱な話だが、これからはカルテルの一員としてバシレウス四世との付き合いも避けられない。あの人物が、一度敵対したエデイラをそう簡単に次期タルヴィスの当主として認めるとも思われなかった。
そこに加えて息子がエデイラに求愛したことが知れたらどんな騒ぎになるか、考えただけでうんざりする。
(胃が痛いです……)
「姉として言いますけど、あの子を、体の弱いかわいそうな子として扱うと驚かされるわよ」
「もう十分驚いていますよ!」
いったいなにがどうしてこうなったんですか、とエデイラはマリアカルラに詰め寄った。
◇◇◇
いきさつはこうだ。
「マリアカルラおねえさま、ごきげんよう」
末の弟のシリルが砂漠の学園に面会に来た。
マリアカルラは内心で目をぱちくりさせる。面会だなんて、珍しいことだ。
「まあいらっしゃい、シリル。元気にしてた?」
面接室の椅子を勧めてほがらかに出迎えながら、その反面マリアカルラは思っていた。この子、どうやってここに来たのだろう?
(乗り物はラクダよね。この子に馬に乗る体力はない)
マリアカルラの知る限り、砂漠の旅ができるほどこの子は体が丈夫ではなかったはずだった。
そもそもアンダルトン修学園はこう見えて、誰でも自由に出入りできる場所ではない。ここを訪れようとする者は、それ相応の手続きを踏まねばならないはずだ。だからこそ、上流階級及び裕福な商人の子女の隔離場所としての役目を担っているのだし。
(それに、そんなことを簡単に許すお父様ではないはずなのよ……)
姉の疑問をよそにシリルは言う。
「ぼく、マリアカルラおねえさまにお会いしたくて、頑張ったんです」
「頑張ったのねー」
(でもどうやって?)
「おねえさまはめったにお家に帰っておいでになれないから、ぼくから伺うしかないと思って……ご迷惑でした?」
「まさか!」
脳内の疑問に気をとられていたマリアカルラは慌てて笑顔を作った。
「お聞きしたいことがあるんです」
「なにかしら?」
「僕ね、台座の獅子のところで知らないおねえさまにお会いしたんです」
台座の獅子。この単語だけでマリアカルラはぴんときてしまった。
エデイラとディクテだ。あの、アーロ本家で行われた白鳥の夜会。
マリアカルラはエデイラに協力するために、二人をあの場に送り込んだ。マリアカルラは社交に忙しかったためその場面を見ていないが、あの階段のすぐ上は住居部分だ。シリルが使っている子供部屋もあのあたりにあったはずだった。
「ぼく、あのおねえさまにもう一度お会いしたいの」
「さあー、あの日は大勢お姉さまがいらしたから、いったいどのお姉さまかしら」
「青いドレスのおねえさまです。エデイラ様と呼ばれてました」
ディクテのばかっ。とマリアカルラは内心で思った。
(どうしてああいう大事な場所で名前を呼んでしまうわけよ!)
どちらにしても、シリルの目的がはっきりしない以上、聞かれたことに素直に答えるわけにはいかない。ここへ来たということは父の許しがあってのことなのだし。シリルが父の味方ではないという保証はどこにもない。
「あいにくだけど、彼女は今ここにはいないのよ」
これは嘘ではなかった。エデイラはもう一カ月以上ここに姿を見せていない。かといって、彼女が使っていた部屋はそのまま残してあるから、出て行ったわけでもないのだった。
「ではどちらに?」
弟のこの質問に、マリアカルラはつやつやした生地のクッションを腕に抱いて考え込んだ。
エデイラは今、カステルロックにあるタルヴィス館で次代のタルヴィス当主になるべく、勉強と研鑽と試行錯誤の日々を送っている。その状況を推察するに、当分ここへは戻ってこられないはずだった。
さみしいことはさみしいが、今は仕方がない。手紙のやりとりをして互いの近況を知らせ合っている。
マリアカルラは見た目より油断できないこの弟にどこまで話すべきか一瞬迷った。
(それに、この応接室にだってゾラ様の『目』があるに違いないのだし……不用意に口をひらきたくないわ)
なによりも、エデイラは今なにかと忙しいはずだから、邪魔をしたくない気持ちもあった。
よし、と心に決めて口をひらく。
「知らな」
「知らない、はずはないですよね」
かぶせぎみに発言を抑えられた。シリルの表情はどこまでもにこやかだ。
「だって、おねえさまはエデイラ様とお手紙でやりとりしてらっしゃるのでしょう」
なぜ知ってるのよ、という言葉をかろうじて飲み込んだ。
シリルは姉の思考を読んだように、口調だけは無邪気に続ける。
「父様が怒ってらしたもの。おねえさまの書簡の回数と宛先は全部父様に報告されるんだよ、知ってた?」
「し、知ってたわよ」
「父様ってお声が大きいでしょ、だから全部聞こえちゃうの。ねえマリアカルラおねえさま、もしも父様に知られずにエデイラ様にお手紙を出したいなら、ぼくを使ってくださるといいですよ。ぼくならなんの監視も受けていません」
「わ……私、まだなんにも言っていないわ、シリル」
黙っていたらいつのまにか彼の提案通りに事が進んでしまいそうで、それも長姉としてふがいなく思われたので、マリアカルラは反論を試みる。シリルは天使のような笑みで言う。
「そうですよね。勝手なことを言って申し訳ありません。僕、そうだったらおねえさまが便利かなあって思ったから」
それで、とシリルは応接室のテーブルに身を乗り出した。
「どちらに行けばあのおねえさまに会えますか?」
幼い口調とは裏腹に、弟の話し方には隙がない。
マリアカルラがどう答えても、本当のことを言わされる。そんな気がする。
どうしてこんなに落ち着かない気持ちにさせられるんだろう、と思いながら、マリアカルラは精一杯姉としてのふるまいを意識して言った。
「なぜ、そんなことを知りたいのかしら?」
「おねえさま、僕、父様の味方というわけじゃないですよ」
「えっ」
「かといって、父様になにか言われてきたわけでもないです。ぼくはぼくの意志でここにいます」
「──わかったわ、私はあなたに対する見方を少し変えなければいけないようね」
そう心を決めてしまえばむしろ楽になった。
マリアカルラは大人同士でそうするように、応接室の椅子の上で背筋を伸ばす。そうすると目線は少年と同じ高さにならないが、体を丸めて目線を合わせようとしていては対等な話ができないし、この弟にはこの対応でいいのだと思いなおす。
「ひとつ教えてもらえるかしら?」
「はい」
「あなたはどうして彼女に会いたいの?」
「内緒です」
笑顔を少しも崩さないままで、もっと言えばここへ来た時から表情をまったく変えないまま、シリルは言った。
(ちょっと、ちょっと……)
「あのねシリル。自分のことをなにも話そうとしないまま、望む結果を得ようだなんて虫がいい話よ」
「はい。ですからマリアカルラおねえさまもぼくとご一緒にいらしてください。久しぶりにお友達にも会えますし、悪い話ではないかと思うんですが、どうでしょう?」
「……えっ?」
「そしてご自分の目と耳で、ぼくの目的を確かめればよろしいんですよ。──いかがですか?」
この子って。とマリアカルラはひそかに思った。
体も弱いし、父上にも私にも似ていないし、アーロ一族特有の押しの強さがまったくないと思っていたら、そうでもなかったのだわ。
◇◇◇
どうしたらあのお姉さまにまたお会いできるか、あの夜からずっと考えていた。
そう、飼い犬のオベロンがお姉さまに唸り声をあげて、どうしても動こうとしなくって、お姉さまが苦しそうにうつむいて、そして──。
自分に向けられたのが殺気であることを、シリルは自覚していなかった。ただ、エデイラが怒りと憎しみをあらわにした瞬間、これまで感じたことのないものがぞくっと体を駆けまわったのだ。
(──ふわふわと生きていたんじゃ、だめだ)
誰に教わるでもなく、そう思った。それと同時にこうも思った。
(このかたは、ぼくに真剣に向き合ってくださる……)
エデイラの無言の圧力が怖くなかったかと言えば嘘になる。だがそれよりも、嬉しさのほうが勝っていた。だから、唸るオベロンと彼女の間に割って入ったのだった。
ここで、ほんの少しでも自分の怖さに負けてはいけない。虚弱な体に甘えてもいけない。少しでも間違ったら、この人とはもう二度と会えない。そんなことを思ったので、犬の前に体を投げ出したのだった。
エデイラの目が底光りをして自分を見ている。
その目で見つめられると足が震えた。だが、ここで引きたくはない。
シリルが両足にぐっと力を入れていると、隣にいた赤いドレスの人がとりなすように言ってくれた。
「このお姉さまはね、とても苦しい夢を見ているの」
その人は、上流階級の中でもとても上手に話す類の人だった。
それは褒め言葉ではない。どこまでが嘘か本当かわからないように話すという意味だ。
「ひどくお疲れなの。もうずっと悪い夢から離れられないでいらっしゃるのよ」
それが咄嗟についた嘘なのか、それともわずかでも真実を含んでいるのか、シリルにはわからなかった。
だがその言葉と、苦しそうに顔をゆがめるエデイラの表情をその夜からずっと忘れずにいたのだった。
シリルは物心ついた時から、まわりの人間が話していることをほぼそのまま覚えていることができた。誰がいつ、なにを言ったのか、あとになってからでも思い出せる。
父がいつか食卓の席で言ったことも覚えている。
『おそらくタルヴィスの飼い犬が動き回っているのだと思うがな。ヴァージデルのことといい、タイミングが合いすぎるのだ』
あなた、夕食の席でそんなお話はよしてくださいと妻にとがめられてその話はそこで打ち切りになったのだが。
家政を預かる執事の男と、出入りの商人が話しているのも覚えている。
『今はまだいいのですが、このままでは商品の流通が止まってしまいます。タルヴィスの薬品ルートを使えなくなってしまったのは、ここだけの話、痛いですよ……』
『それは私もわかっているが、それを旦那様に申し上げても、お怒りになられるばかりだろうしなあ』
あの夜エデイラが口走ったことも、シリルは覚えている。
『私は最後の生き残り……復讐を遂げる必要がある』
点と点を線で結べば、自然と物事は真実の形を作り上げる。
誰もシリルに事情を説明してくれたりはしなかったが、シリルはそうやって物事を理解し、観察してきた。
おそらくこういうことなんじゃないか、ということも。
赤いドレスのお姉さまの「悪い夢から離れられないでいらっしゃるのよ」といった言葉は、比喩なんじゃないかということも。
そうだとしても。
それでもエデイラが眠れなくて苦しんでいる可能性が少しでもあると思うと、なんとも言えない気持ちになった。
眠れない苦しさはシリルはよく知っている。
あんな思いを誰かがしていると思うと、そばで守ってあげたくなる。自分にできることはなんでもやってあげて、少しでも安らかに眠れるようにしてあげたい。
(もしエデイラ様が夜眠れなくてつらいなら、僕が背中をなでていてあげる……一緒に起きていてあげる)
そんな想像をすることは、甘く穏やかな気分を連れてきた。
エデイラにやさしくすることを考えていると、シリル自身がよく眠れたのだ。
(エデイラ様……あのおねえさまのおかげで僕は眠れるようになった)
一日中、何度もその人のことを考えた。
一度しか会っていないが、美しい人だったと思う。
ほっそりとして、青いドレスが明るい髪色によく映えていた。そしてなにより、シリルのまわりにいる女性たちとはだいぶ違った。豊満だったり、香水のにおいがきつかったりはしなかった。
(おねえさま……どうやったらまた会えるんだろう)
考える時間は山ほどあり、そして都合のいいことに、シリルは周囲から、病弱ですぐ寝込むがゆえに、館の中を歩き回っていても「おや、今日は調子がいいのだな」と思われる程度で不審に思われることがない存在だった。
同じ理由で、父にマリアカルラの居場所について聞いたりしても警戒されることはあまりない。
そうやって少しずつ、だが確かに情報を集めながら、シリルは心に誓ったのだった。
(僕、体を丈夫にしよう)
◇◇◇
「エデイラおねえさま」
「はっ、はい」
というわけで、シリルは今カステルロックのタルヴィス館にいる。
ようやくここまでたどり着けたという喜びは胸の中に押し隠して──とはいえ、顔は自然とゆるんでしまい、さっきから自分が嬉しくて仕方ない顔をしていることは自覚していたが──シリルはエデイラを見上げた。
「ぼく、おねえさまともっとお話がしたいんです」
「お話ですか」
「はい、そう思ってここに来ました」
それを聞いたエデイラは明らかにほっとした顔になった。
なんだ、そういうことかと顔に書いてある。よかったよかった、私の勘違いでした。危うく本気にしてしまうところでした、と。
(まあ、本気ですけどね)
うふふ、とシリルはご機嫌に笑う。
本気だからこそ、決してつながりを断ち切らせたりしないのだ。今日一日ですべてが手に入らなくても全然かまわない。次の機会につなげられれば、それでいい。
(今日は意思表示をするだけで十分です)
そしてエデイラが安心しているところに続けて言った。小首をかしげ、小さな子供が無邪気に言っているそぶりを装って。
「ですから、ぼくがもっと大きくなったらデートしてくださいますか?」
「はい、もちろんです」
「よかった!」
シリルは満面の笑みを浮かべた。
──今日ここまではうまくいった。一歩一歩だ。子供扱いされているからこその利点というのもある。少しずつ距離を縮めていって、いつの日か必ず、このお姉さまを自分のものにしてみせる。
とは、言わなかったけれど。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
これにてひとまず完成です。
面白かった?つまらなかった?好きなシーンはありますか?聞いてみたいことがたくさんあります。
評価、感想、リクエストなどなど、心からお待ちしています。
どんなお言葉も、私、真剣に読みます。