第四十九話 いっその事天に還りますか?
黄金の瞳に捉えた敵の指先には、きらりと反射する細い糸のようなものが見えた。恐らくは四音が言っていた、人形を操っている者だろう。地を駆け、一華はためらう事なく刀を振り下ろす。
しかし、一華の手に伝わったのは肉を貫く感覚ではなく、硬い金属の感触だった。
「『ナージ』サン、頼みまぁす」
「はい。お任せ下さい、『ヨージ』先輩」
一華の刀を防いだのは、『ナージ』と呼ばれた黒髪の女性だった。クナイを片手に、人形を操っていると思わしき『ヨージ』を庇うように立ちはだかる。
「…………」
しかし動じる事もなく、一華は目にも止まらぬ速さで駆け抜ける。『ナージ』を無視して、先に『ヨージ』を仕留めるべく刀を振るった。『ヨージ』の肩口を貫き、続けて攻撃しようとした所で銃声が響く。慌てて横に移動して躱すと、瓦屋根の上に新たな男性の影が見えた。
「やっほー。『ナージ』、ちゃんと仕事しなきゃダメじゃん」
「『イージ』サンが天使に見える!! てか、『ナージ』サン守ってくれるんじゃなかったんですぅ!?」
「庇いながらの戦闘とか舐めてるでしょう……相手を考えて下さいよ、相手を」
「ホンジョウ・イチカ相手なら仕方ないか」
「何さ何さ! ボクがいなかったらこの作戦全体的に出来なかったくせに!! ボクが本条一華に殺されてもいいんだ! うわぁーん!」
(何故私がこんな扱いをされているんだ……)
少し複雑な心境を抱きながら、一華は刀を構える。流石に一対三は勝ち目がないように思えるが、『ヨージ』を倒さなければこの状況は打開しない。
「一華さん、彼が元締めだね」
「白羽さん!」
出方を探っていると、白羽が応援に駆けつけてくれた。一華の隣に並び立ち自動拳銃を構えて、真っ直ぐに眼前の敵を見据える。
「うへぇ……化物追加されちゃったんだけど……」
「やるしかないんだから仕方ない。『ヨージ』、移動して他の者達の足止めを頼むよ。流石にこれ以上増やされたらたまったもんじゃないし」
「はぁい」
「逃すか!」
負傷した肩を抑えながら立ち上がる『ヨージ』に、再度刀を手に斬り掛かる。しかし、『ヨージ』に刀の刃先が届く寸前の所で、『ナージ』のクナイによって防がれてしまった。
「今度はさせません。任務遂行します」
攻撃出来なかった一華に代わり、白羽が『ヨージ』に殴り掛かる。
「確かに、彼を逃がすのは厄介だろうけど……彼以外の二人の方が面倒臭そうだね」
案の定といった所か、白羽の拳は『イージ』によって受け止められていた。その隙に今度こそ『ヨージ』は姿を消してしまったが、追い掛ける余裕等なく、距離をとる為に一度後退する。
「まさか幹部クラスを引っ張り出してくるとはな。『霞』は裏の世界に戦争でも吹っ掛けるつもりか?」
「まさか。あくまでオレ等は掃除屋なんで。こうした戦闘は本来不向きなんだけどねぇ」
「では何故こんな大々的に? メリットが見受けられないが」
「オレ等は金さえ貰えれば何でもするさ。ま、種明かしは後日という事で。ホンジョウと国主が落ちるか、ボスからの撤退命令が出るまでは時間もある事だし、楽しもうぜ」
「……その前に、一つだけ聞きたい」
そう前置きして、一華は呼吸を整えながら、ずっと気掛かりだった事を問い掛ける。
「今回の件で、誰か殺したか」
「…………」
少しの沈黙の後で、『イージ』は口元に小さく笑みを浮かべた。
「殺してないね。それは契約違反だからさ」
その回答に、一華は確信した。彼を葬った人物が誰なのか。
「……そうか。なら、心置きなく戦えそうだな」
しかし今は、目の前の二人を突破する事が最優先事項だ。
刀を構えて、攻撃に備える。短い会話を終えるなり、『ナージ』がクナイを投げ放ったからだ。白羽の前に出て、刀を振るいクナイを弾く。弾かれたクナイが、少し離れた地面に突き刺さると、白羽が懐から銃を取り出した。
白羽が右手にしたのはダブルアクション式自動拳銃。現アメリカ国主、ジェームズ・ジョーンズの父親に貰った代物らしく、腕前は中々のものだった。命中率の高さは勿論、動きながらの発砲もお手の物で、正確さは五輝を超えるだろう。
一華がクナイを弾き切ると、白羽が背後から飛び出て発砲した。それと同時に、回転式拳銃を手にした『イージ』も発砲する。
(避けるまでもない!)
真っ直ぐに刀を振り下ろし、発砲された銃弾を真っ二つに叩き切る。並外れた集中力の高さに驚きを隠せないでいる『ナージ』に向かって、一華は斬り掛かる。
「しゃんとしなよ、後輩!」
刀の側面を回転式拳銃の銃底で叩いて軌道をずらし、『イージ』は新たに取り出した銃で一華を狙う。発砲されるより前に拳銃そのものを蹴り飛ばし、身を捻りながら刀を振り上げた。流石にそれは受け止めきれないと判断したのか、『イージ』はその場から後退する。
「『ナージ』! 三番用意!」
「了解!」
『ナージ』が懐から巻物のような物を取り出す。そこには「参」と記されていて、巻物を広げた瞬間、中に書かれていた文字が光を帯びた。
「!」
白い煙の中に薄らと見える銃器の影。巻物から現れた短機関銃を手に、『イージ』はすぐさま発砲を始めた。一華は即座に刀を持ち換えて、弾丸を防ぎ、弾く。
絶え間なく乱射され続ける短機関銃相手には、いくつかの弾を身に受けてしまったが、支障が出る程の大きな傷を負う事はなく防ぎ切ってみせた。
真っ二つに両断された弾丸と、排出された薬莢がカランッ、と空しく地に落ちた瞬間、今度は白羽と『ナージ』が踏み出す。
『ナージ』が投擲したクナイをナイフで弾き飛ばした後、高く跳躍して蹴りを繰り出す。攻撃は躱されたものの、すぐさま体勢を立て直して攻撃に転じる白羽。『ナージ』は繰り出される拳や蹴りをひらりと躱し、クナイを構えつつ反撃の機会を狙う。
一華も白羽の援護のタイミングを計らいながら、再び回転式拳銃での攻撃に切り替えた『イージ』に応戦する。否、二人の戦いの邪魔をさせない、といった様子で一華を食い止めているようだった。
――そんな持久戦にも近い攻防の末、突如、『イージ』と『ナージ』の動きが鈍った。
その隙を逃さず、一華は刀を突き出し、白羽は拳を握り締め殴り掛かる。
「ッ、つぅ……ヤッベ、油断したわ……」
慌てて軌道をずらそうとした『イージ』だったが、全力を注いだ一華の攻撃を躱すには少し遅かった。急所から外す事は出来たが、刀は深々と胸に突き刺さっていた。鍔まで血が伝った所で、『イージ』は静かに後輩のコードネームを口にする。
「『ナージ』……」
「……はい、先輩……」
『イージ』は刀を掴み、『ナージ』は白羽の腕を掴んだ。まだ戦う意思があるらしい二人に目を剥きつつ、更に刀を押し込む。その選択が間違いだったと気付いたのは、耳に発砲音が響いてからだった。
「――――ッ!?」
鋭い痛みと同時に、じわり、と生温い液体が肌を伝った。
※※※※
本条家は内装が見えないように高い塀に囲まれている。苗木も植えられている為、身を隠すには持って来いの場所だった。加えて、『霞』に所属する者が一番初めに習得する気配を消す業は、任務を熟すのに大変有利なものだ。
しかし居場所を肉眼で察知され、一瞬にして命を刈り取られそうになっては、いくら専門とはいえ焦るものは焦る。負傷した患部を止血しつつ、『ヨージ』は移動しながら人形を操っていた。
指先から魔力を放出し、対象を操る魔法術は世界中でも扱える人はそうそういない。人員の削減にも繋がるから、という理由で習得させられたのだが、結果としては駆り出される任務の数が多くなっただけであった。正直、しんどい。
「はぁ……早く撤退命令出ないかなぁ……もう帰りたいよぉ……」
「じゃあ、いっその事天に還りますか?」
そして『ヨージ』の足元へと注がれるいくつもの光弾。幸いにも直接攻撃を受ける事はなかったが、砂埃が舞い上がり、視界を封じられてしまった。腕で目を庇いながら、薄らと目を開けた瞬間。
「え――――」
刃が、目の前にあった。このままでは頭ごと貫かれる、と身を捩って刀を回避する。刃は『ヨージ』の背後にあった木の幹に突き刺さり、そこから亀裂が走っていった。
「…………え、殺す気?」
「還りたいのでしょう? あの世に」
「まだこの世にいたいよぉ!!?」
「四音、会話の通りなら彼が人形を操っている元です。さっさと片付けますよ」
「分かりました、姉さん」
短く返事をして、四音は刀を振るった。四音もまた、一華と張り合う程の実力を持ち合わせている。自己主張こそ弱いので陰に隠れがちだが、彼もまた本条家の一人だ。易々と敵に倒される訳がない。
しかし、四音の実力もまた『霞』は把握済みなのだ。
四音の振るった刀を躱した後、『ヨージ』は高く跳躍し瓦屋根の上に着地する。
「間合いに入らなかったら大丈夫な筈――――」
そう高を括る『ヨージ』めがけて、すぐさま三央が光弾を放った。
「ぴゃっ!?」
「一々鬱陶しいわね」
チッ、と舌打ちして、三央は光弾を放ち続ける。
『ヨージ』の思惑通り、四音の間合いから外れてしまえば攻撃が当たる事はない。しかし距離をとった瞬間、三央の魔法による攻撃が待っている。
普段後方支援に徹している『ヨージ』にとって、自身の事を見付けられた事もそうだが、分が悪いのは明白だった。
「うわぁぁぁん!! もうっ、早く帰りたいよぉ!!」
今にも泣きそうな表情で、『ヨージ』はそれを投げつけた。グルグルと回転しながら、鋭い風切り音を響かせている。
回転しながら飛来してきたそれを、四音は刀を使い薙ぎ払う。進行方向を変えられたそれは、ザクッ、と地面に突き刺さった。穴の開いた金属製の円盤。外側には研ぎ澄まされた刃が付けられていた。
「チャクラム……!?」
投擲武器としては珍しく「斬る」事を目的とされた武器・チャクラムだった。『ヨージ』が武器を出してきた以上、三央に被害がいかないように警戒する必要がある。そう思って、三央の元まで後退しようと足を動かした瞬間――
「必要ありません」
静かな叱責が、耳に届いた。
「自分の身は自分で守れます。貴方も私の事は気にせずに集中しなさい」
「…………」
少し、戸惑いを覚えた。
姉の不機嫌そうな声には、まだ慣れない。あの日以降、まともに会話をしていなかったから。しかし三央は、四音に嫌悪感というものを向けてはこないのだ。母と同じ目をしていても、それが本心かどうかはおのずと感じ取れる。
首だけを動かして見た姉の目は、見た事がないものだった。
「四音。貴方は、周りを気にし過ぎよ。お兄様にも、弟妹達にも……私にも。周りに気を遣うなんて馬鹿らしい事、辞めてしまいなさい」
淡々と述べる三央は最後に、目を細めて四音を見つめる。
「貴方は強いわ。私の、自慢の弟よ」
――三央自身、四音に投げ掛けた言葉を悔いていた。
既に声に出した言葉を取り消すつもりは無い。それは四音の心にずっと残り続けるものだし、三央自身忘れてはいけない事だ。
一度でも、彼を突き放してしまった事実は消えない。だからこそ、三央は訂正という形で再度口にした。
「さぁ、貴方の力を存分に振るいなさい。それが、この場での存在証明よ」
四音はただ静かに、刀を構えた。
「はい……!!」
四音は強い。剣の腕なら一華と互角。もしくはそれ以上だ。それだけの実力を持っていたにも拘らず、本条家の中では特に目立った存在ではなかったという矛盾。周りに「いたって普通の男」と認識させる程に、四音の存在は弱いものだった。
あげく、継承戦では二宮に敗退して、一回戦で継承権を失う事になった。彼の出番はないに等しかったが、この戦いの前に、四音は五輝からも言われていたのだ。
『とにかく目立て。敵を蹂躙しろ』
その短い言葉が、四音への課題でもある。
この戦いは『霞』を利用して、本条家の力を見せつける事。五輝の作戦通りに、『霞』を次々仕留めていった四音が次に狙うのは、屋根の上でチャクラムを再度投げ付けてくる『ヨージ』だ。
四音目掛けて飛来してきたチャクラムは、三央の光弾によって弾かれる。だからこそ、四音は敵の攻撃を気に留める事なく進む事が出来るのだ。
地を蹴り、一瞬にして『ヨージ』の元まで接近する。
「早っ――」
間合いに入ってしまえば最後、四音に敵はいない。
瓦屋根の上に着地し、刀に付着した血を払う頃には、『ヨージ』の胸元から夥しい量の血が噴き出ていた。
視線を三央の方へ向けると、彼女は穏やかに目を細めていて。四音も思わず、口元に弧を描いてしまった。




