第四十八話 深追いはやめておこう
男性が放ったフランキスカを跳躍して躱し、手にしていた斧を振るう。黒人の男性は、すぐさま取り出したもう一つのフランキスカで攻撃を防ぎ、小さく口を動かした。
「……我がコードネームは『ゴージ』。特殊な組織所属の為、正式名称を名乗る事は許されず。無礼を詫びよう」
黒いコートの内側には、沢山の暗器が仕込まれていた。今七緒の斧を受け止めているフランキスカも、そこから取り出したのだろう。
『ゴージ』の左手が空いているという事は、武器を構えて攻撃する事が可能という事。一度身を引くと、すかさず八緒が矢を放ってくれる。
「流石は暗殺専門の組織……どんな用途で使うのか分からねぇモンまで揃えてるぜ」
「ねぇ~。ゆっくり見せて欲しいなぁ」
「断る」
元々生真面目な性格なのだろうか。八緒の言った冗談に真顔で返答した。くすくすと笑いながら、七緒は再度『ゴージ』と一気に距離を詰める。
七緒が振り下ろした斧を、先程同様にフランキスカで防ぐ『ゴージ』。その隙を逃さずに八緒が矢を放つ音が聞こえた。
飛来してくる矢を躱し、『ゴージ』が攻撃に転じる。本来の扱い方である投擲で、屋根の上で援護に専念している八緒目掛けてフランキスカを投げつける。
「よっ」
グルグルと回転しながら飛んできたフランキスカを、八緒はいとも簡単に柄を掴んで受け止めてしまった。やはり視力の良さでは兄妹の中でも随一であろう。
「お返しするね」
そしてそのまま、『ゴージ』目掛けて投げ返す。流石に八緒のように掴む事は出来なかったらしく、半身になって躱した所を、今度は七緒が攻撃を入れる。スパッ、と『ゴージ』の肩から胸にかけて刃が掠った。
しかし致命傷には至っていないらしく、至極落ち着いた様子で七緒と八緒から距離をとる。
「何という奴だ……」
「へっ、八緒はすげぇだろ」
「うむ……敵ながら、称賛に値するだろう」
だが、と『ゴージ』は漆黒のマントの内側に準備していたナイフを投擲する。この程度ならば斧で防げるか、と斧を振るった瞬間、八緒が声を張り上げた。
「受けちゃ駄目!!」
「!!」
ぐっ、と力の軌道を捻じ曲げて、斧を地面に突き立てナイフそのものを回避すべく高く跳躍する。斧の柄に当たったナイフは爆発を起こし、上空に飛び上がった七緒を吹き飛ばす程の威力を持ち合わせていた。
「チッ、やられたか……」
何とか体勢を持ち直し、八緒の隣に着地する。瓦屋根が崩れてしまったが、今は気にしている場合ではない。
「奴は――」
「一つ教えてやろう。」
七緒と八緒の背後に、『ゴージ』が立っていた。慌てて懐からナイフを取り出し攻撃を仕掛けるも、手を払われて腹部を蹴り上げられてしまう。
「ぁぐっ!!」
内臓が圧迫されて、胃の中のものが逆流しそうになる感覚を覚えながら、七緒は力なくその場に倒れてしまった。
「お兄ちゃん!?」
(……ヤバい……意識を保つのでやっとだ……)
鳩尾を蹴り上げられた際、攻撃に合わせて飛び上がったので意識を失わずに済んだが、咄嗟の判断がなければ、心臓にダメージがいっていても可笑しくない一撃だった。
「……く、そが……」
「このッ!!」
八緒が矢を放つ。魔法によって強化された矢を弾き、『ゴージ』は八緒の元へと駆け出す。
「ッ!」
弓矢を手離し、素手による戦闘に切り替える八緒。勿論彼女も対人格闘技は嗜んでいるが、基本的には後方支援が主で、長くは耐えられないだろう。
一刻も早く回復しなければ。そう頭で思っているのに、身体が動く事を拒否していた。
八緒に攻撃を続けつつ、『ゴージ』は突如口を開く。
「本条九実の元へ、仲間の一人が向かっているそうだ」
早くしなければ、彼も死んでしまうかもしれないな。そんな言葉が七緒と八緒の耳に届くが、二人はさして驚く様子も見せずに、むしろ口の端を上げていた。
「…………へぇ……そうかよ……!」
痛みを堪えて、七緒は立ち上がる。ナイフを『ゴージ』目掛けて投げ付けて、彼の注意を一瞬だけ八緒から逸らした所で、今度は八緒が攻撃に転じる。
流れを変える事が出来たようなので、その間に七緒はもう一振りのナイフを手にした。素早く六月から貰った爆発札を巻き付け、「お返しだ」と投擲する。
とはいえ『ゴージ』も自身が使っていた手に引っ掛かる程間抜けではない。八緒から距離を取り、体勢を立て直そうと試みる。
「させないっ!」
しかし、このままでは不利な状況に戻ってしまう、と、不発に終わりかけていたナイフを掴んで、後退した『ゴージ』に投げ付けた。真っ直ぐに飛来したナイフを、コートの裏に忍ばせていたナイフを当てつけ、爆発を回避する。
威力は弱いものの、隙を衝くのには十分なものだった。『ゴージ』の背後から七緒が。爆風を切って真正面から八緒が、それぞれ構えたナイフを振るう。
「!」
今度こそ決定的な一撃を入れられた、と七緒は確信した。『ゴージ』は双方から攻撃を受け、体勢を崩してその場に膝をつく。
「生憎と、そっちも予測されてんだ。五輝の方が一枚上手だったかもな」
「九実君にも手出しはさせないよ」
「……成程……」
ふっ、と自嘲気味に笑った後、『ゴージ』は動く事も辛い筈の身体で、素早くその場から離れていく。
「! 待て!」
「またいつか会おうではないか。その時は、味方である事を願っているぞ」
そう言い残して、『ゴージ』は屋根を伝ってあっという間に姿を消してしまう。急いで追いかけようと足を踏み出すと、視界がぐらり、と揺れ、足を縺れさせてしまった。
「お兄ちゃん、深追いはやめておこう?」
七緒の身体を支えて、八緒は窘めるようにそう口にする。現状、まだ人形達が多数いて、他の『霞』の者も潜んでいる可能性がある。一華に白羽、三央と四音、そして二宮は、まだ屋敷の敷地内で交戦中だろう。
「ここは目立つから、お兄ちゃんの身体が落ち着くまで物陰に――」
七緒の腕を自身の首に回して、身体を支えながら移動しようとしたその時。二人の背後に、人影が現れた。
また背後を取られてしまった、と二人同時に振り向くと、やはりそこには漆黒のマントを着用した人形が、武器を振り下ろそうとしていた瞬間だった。
しかし対応しようと身構えるよりも先に、人形を切り裂き、七緒と八緒のピンチを救ってくれた人物がいた。二人と同じ、群青色の髪をした赤い瞳の持ち主。二メートル近くあるであろう深緑の花槍を引き抜き、二宮は人形を斬り捨てる。
「兄貴……」「二宮お兄ちゃん……」
「……情けない顔」
嘲っているようでいて「無事で良かった」と言いたそうな困った笑みを浮かべて、二宮は花槍を構え直した。
「見てたよ。撤退まで追い込めたんだね」
「なら助けろよ……」
「ごめんよ。二人のコンビネーションを邪魔しちゃ闘いにくいかな、って」
二宮なりの気遣いがあったのだろう。現にこうして助けに来てくれたのだから、それについて文句を言うつもりはない。八緒も同様だったらしく、静かに笑みを浮かべていた。
しかしそんな再会も束の間、屋根の上に人形が這い上がって来るのが見える。元締めを叩きに行ってくれている一華達を信用して待つしかない。
意を決したように、八緒は二宮を見上げて言った。
「二宮お兄ちゃん、少しだけ時間を稼いでくれる? 今ここでお兄ちゃんを回復させるから、三人で持ちこたえよう」
「!」
八緒の言葉に、二宮は一瞬息を飲んだ。まさか彼女からそんな申し出が出るとは思わなかったらしい。彼もまた花槍を握る手に力を込めて頷いた。
「任せて」
返事は短く、それでいて信頼出来る安心感のある声だ。七緒達からはもう、二宮の背中しか見えない。その背中は男性にしては華奢だが、とても広くて頼れる――『兄』の背中だった。




