十四~西方にて人智と魔解の共演~
イグラルード王国西方域。その地を越えて「そのまま辺境な」風景をみせる平地を進んだ場所。その場からは、幾多の巨樹が生い茂る大樹の森林が、光景として見えていた。その先が、エルフの勢力圏であり、クロエ達の一族がある場所でもあった。
その平坦な場所を抜ける風が、肌寒さを感じさせるその空間。その中を進む、馬と荷馬車を列ねる一団があった。その中でクローゼはその光景に戸惑いを見せており、木々の大きさの差異に距離感を狂わせていたとなる。
彼は「見た感じ、もうすぐ何だけどな……」とそんな言葉をみせて、若干の不満を表していた。ただ、それを無視できるほど、この道中では、彼の好奇心を撫で上げる話を聞く事ができていた。
列なる馬車の前で、老齢な馬体の乗り心地を一応に感受して、彼はベイカーの答えに嬉々とした雰囲気を出していた。……となる。その問いは「失われし龍装神具」についてであった。
「ローランドの持ち込んだあの剣は、恐らくそうだろうな」
ベイカーの推測とクローゼ理解――智の守護者の言葉――は一致していた。召喚されし者であるローランドが、この地にもたらした神を切り裂く剣 デュールヴァルド。それは間違いなくそれである。
何故、その話になったかについては、あの襲撃事件の折りに問い詰められていたユーリを見かねたジーアが、ベイカーの所蔵本について彼に教えたのである。――勿論、その流れでベイカーは本を開いていた。
但し、ベイカーも「最終的には、彼女の見解がいる。それに彼女なら精細な答えが出てくる」とマーリアの補完の必要性を述べていた。……その上での話となる。
ベイカーは、 傲然なる豪獄の事を調べる過程て、失われし龍装神具の存在に当たる。そして、「剣と槍と弓と斧がある」の認識をしていた。無論、それが全部であるか、彼には分からない。――さらに、デュールヴァルトが「剣心」であるのは、クローゼしか知らない事になる。
そんな微差の共有認識な二人。そのベイカーからクローゼに出された言葉で「最初のオルゼクス降臨のおり、魔王を封印した槍は人智に現存する神具の一つらしい」でクローゼ閃きの思い出しを呼ぶ。
――魔王を貫いたってそう言う意味なのな。ああ、あれか。まさか、あれも自己主張するとか?
そんな、斜めな思考のクローゼに、レニエの同意が乗ったベイカーの続く言葉がそれを助長する。
「精霊の王が持つ『弓』も文献にはそう書いてある。真意は。まあ、そうだろうな」
「なら、斧は『ドーグ王』に聞けば分かるんですよね」
明らかな断定と思い込みの断定……その会話。それに「そんな事は知らないな」とベイカーの声が続いていた。並ぶ馬体の列は、常歩の馬蹄が草地を締める歩調を刻んでいた。
干渉地帯となる現状は、当然、魔物魔獣の類いは魔王のそれとは関係なく現れる。ただ、索敵をするように広げられたクローゼの不可侵領域によって、無人の野を進む様であった。
「遮るものがないと楽でいい」
そんな言葉を出しながら、クローゼはレニエと精霊の弓について話をしていた。道すがら、少なからず空と地に接するの自身の境を気にして、その言葉通りの風景の中をである。
流れる風が陰りを連れた辺りで、ユーリが馬車の辺りで何やら騒がしく動いていた。暫くの刻を使い、何らかの物を告げにクローゼに馬体を寄せてきた。クローゼは、その音と気配を感じたのか先に声を出していく。
「そろそろ、野営か? 」
「いえ。報告です。アリッサさんから、繋ぎの連絡がジルクドヴルム経由で」
「なんだ? 」
「『魔王オルゼクスが動く』との事です」
クローゼと馬体を並べるレニエとベイカーの顔に、緊張の色が見えた。それが、その場に伝わる雰囲気が出ていた。中でも、ベイカーは「魔王」の単語に特段の反応をみせて、軽いため息を出していた。
それが、彼らの前を行くヘルミーネに伝わる頃に、クローゼは当たり前の顔のまま、夕飯の催促程度の感じをユーリに向けていく。
「パルデギアード帝国。やっと動いたのか」
「その様です。……あの。『肩慣らしには丁度良い』とオルゼクスの言葉があったと。あと……」
「成る程な。……相変わらずだだ漏れだな。なあ、レニエ」
クローゼは、ユーリの話の途中でレニエの表情をみた。彼女が、ユーベンに残してきた者が優秀で、仕込んできた事が有効なのを差し引いても「だだ漏れ」なのに同意を欲する視線がそこにはあった。
彼女が何をしたかは、クローゼは知らない。知っているのは、ステファンの屋敷で見たヴァンリーフの男がユーベンにある。……そして、レニエがグランザ仕込みのヴァンリーフであると言う事実だった。
完全に余談ではあるが、グランザはライムントの親征を掴んでいた。知らぬ素振りのまま、エドウィンを蹴落とすのに利用するつもりで……あの自身の戒めに繋がる。それが、レイナードが聞いたグランザの呟きの一幕を見せたとなる。そう言う事である。
そんな彼の娘であるレニエは、クローゼに変わらずの微笑みをみせて、ユーリの言葉の先を促す仕草をしていた。彼女も、優秀なヴァンリーフのハーフエルフであると若干可笑しな事ではあるが、ユーリはセレスタと並んで彼女も十分に認めていた。
「アリッサさんから……提供者からと言う事で『対価はかぷっとするだけにしてあると』の伝言が。それを踏まえて、繋ぎの秘匿な大丈夫です。との事です……」
「そうか、なら情報は確かだな。と言うか『かぷっ』となんかさせんし。大体、もう情報が届く前提かよ。まあ、何回も行ってるからあれか」
「閣下。申し訳ありません。説明して頂けると助かります」
「ああ、フリーダだ。……紫黒のフリーダ。彼女の情報で、何でか知らないが魔王がやる気を出したらしいって所だな」
あのホールでの光景を知る二人は、紫黒の名に各々後ろ向きの表情を見せる。事情を知らないベイカーは、軽くクローゼの言葉を聞いていた。
話に気持ちがいって、馬なりになるクローゼの馬体の足が徐々に緩やかになる。それで、全体の速度か遅くなる中で、ユーリより先にレニエの声が、クローゼに通っていく。
「クローゼ。聞いておりませんよ」
何故フリーダが、アリッサを通ってクローゼに対価を求めるのか? の感じがレニエの表情に出ていた。それを美しい騎乗姿勢が助長する。
彼女は、セレスタと違い多くを言わない。なので、ある意味セレスタよりもクローゼにとっては怖いとなる。セレスタも領主代行のキーナも落とし処があるが、レニエは「怒る」訳ではなく求めるのだった。……なので、終わるまで解放されない。
その感じにクローゼは、前を向いて騎乗姿勢を整え速度を戻していく。そして、黙っていた事からユーベンでの出来事を辿々しく説明する。その感じが暫く続く事になった。
回りの苦い顔と緊張感のあるそれが、その雰囲気を何時もの事だと認識させていた。
その雰囲気に、ヘルミーネが声を挟んできた。助け船を出すわけではないが、向けた先はレニエだった。「レニエ様。宜しいか? 」の言葉に、頷きがかえって、ヘルミーネはそれを聞いていく。
「この辺に疾鷹と尾狐は多いのですか? ……竜伯はお気付きと思いますが、恐らく一定の距離で幾つかついて来ております。先ほど魔物の同様に排除致しますか? 」
クローゼの回りの者は、ほぼ諜報員である。その何人かがそれ――上空に疾鷹が地上に尾狐が恐らく追跡をしている旨――をヘルミーネに伝えていた。そして、ヘルミーネは絶妙な感じで二人に声かけをしたとなる。
それに、レニエの「普通であれば、少なくはないでしょう」の答えを返して、クローゼは続けて言葉をだしていった。
「それか、さっきからのは……。とりあえず、やり過ごそう。止まれば分かるだろ。小休止だ」
ヘルミーネの言葉とレニエの答えに、一応の説明が終わっていたクローゼが、自身のそれも踏まえてそう告げていた。それをユーリが指示にかえる前に、前方から声が聞こえてくる。
「前方に馬車が見えます」
クローゼ達は、明らかに街道ではない所を選んでいた。クロエに示された道であった。そこに馬車がある事態に上がる声になる。――別の指示の感じに一行は速度をゆるめていた。
「エルフの迎えか? 」
「違うと思われます」
クローゼの言葉に、その馬車がエストニアの様式に似たのを見て、ユーリはそう答えていた。それに、レニエもエルフの事情を伝える。
「馬車を多くは使いませんよ。それに、馬自体が多くありませんから」
「なら警戒だな。フローリッヒ、まわりのを絞るから、そのつもりで近付くぞ。危害を加える意図が見えたら躊躇しなくて良い」
明確に分からないが、最大限の警戒で再びその道を進む。クローゼは、その感じに指示をする。……その彼が、視界に馬車を認識出来る距離で見たのは、道らしきの脇により片膝立ちで跪く女性だった。
そして、その後ろで、不格好にその女性の真似をする。時折、顔を振るように上げている男は、ヴォルグの屋敷にいた顔である。彼は、あの門でヴォルグに殴られた人狼であった。
「あっ。あいつあの人狼だ。……何してるんだ」
その言葉をレニエの記憶で若干の補てんをして、軽い支持の後、クローゼは自身を完全戦闘状態に移行して単騎でそれに近付いていった。
愛馬なら、一駆けの感覚と現状の差異で、クローゼにはそれらが立ち上がるのが見えた。そして、彼は手綱を絞る位置に至る。
彼の眼下には、大きな体つきであの服の人狼。それに、つなき服のドレスをきた紫がかった黒髪の女性があった。そして、クローゼは男に声を出していく。
「ザッシュ。何してる? 」
「やっぱり、薔薇の大将だ。――姉さん。俺らの言った事に間違いないでしょう。大将の臭いはわかるんで」
明確には敵であるそれに、クローゼは当たり前にそう問いかけていた。言葉を投げ掛けられた感じのザッシュは、クローゼを「取引で協力者」の体で言葉を返していた。
彼はヴォルグに近い人狼で、どちらかと言わなくても力が先に立つ者である。丈夫さではヴォルグにも一目置かれる彼に、姉さんと呼ばれた女性は「紫黒フリーダ」の眷族でカルーラになる。
――魔王様の臭いを見つけた――
フリーダの命でこの領域にきた彼女は、配下としてつけられた人狐達にそう告げられて、ザッシュの鼻で確認をした。それで、ユーベンに疾鷹を飛ばして、クローゼを監視しながら、フリーダのそれを受けて膝をついていたのであった。
「クローゼ様。私は紫黒が眷族のカルーラと申します。主より、クローゼ様に接見をと申しつかりましたゆえ、無作法ながらお待ち申しておりました」
ザッシュの言葉の後に、クローゼは眼下のカルーラからそう告げられて一番に思ったのは――寒く無いのかであった。
「それで、フリーダ様はなんと? 」
「主の命で調査した件。その得た情報を『クローゼ様に提供せよ』と……黒い紫竜水晶の事にございます」
「なんでだ? 」
「主命ゆえ。それは分かりかねます」
クローゼを見上げるでなく伏せ目がちに、カルーラは声を向けていた。クローゼの何故のそれにも、フリーダの意向とだけ彼女は答えていく。
クローゼの「断ると言ったら? 」に「困ります」が続いて、「対価は? 」のそれに「追って」とカルーラの声が返される。その流れに、クローゼは困った顔をしてカルーラを見ていた。
クローゼの困惑する雰囲気に、彼女は口を開いてきた。痕跡をたどり追跡の過程で、クローゼの存在を見つけた事。それを踏まえて現状を報告した上で、フリーダの言動であると彼女は言葉を続けていく。
「あれを扱う獄属の暗躍が魔王様に仇なす。一応の協力者たる、クローゼ様に一刻の助力を求めよと」
カルーラのそれをフリーダの言葉として、クローゼは受けて話を聞くことに同意をみせた。そのまま、その場でカルーラの話を聞いたクローゼであったが、結局「絶対何もするな」と念押しをして、彼女に、皆の前で同じ話をさせていた。
徐々に獄の入りに向かう最中で、内容以前に真剣な顔と怪訝な顔がカルーラを見ていく。そして、彼女が誰であるかが明かされた時には、無論、複雑な感情と驚きの顔が続いていた。
「君はもう何でもアリだな」
そんな、ベイカーの言葉とその感じの飽きれ具合で、話の流れはカルーラの説明に入っていった。
――彼女の話と情報は「紫色をもたらす流浪な者」獄属が、ミールレスの回りに集まり暗躍する事に関してであった。パルデギアード帝国領の都市、ランヘルの事情と獄属二人の話の辺りでクローゼが口を挟む。
「そんな、竜の背の向こうの事を頼まれても……」
「本題はあちらでございます」
クローゼのそれに、カルーラが西を指し示しながらそう答えていた。そこは、勿論クローゼ達が向かう先になる。
「あの馬車から、獄属の匂いがあちらに続いております。ただ、あの先は残念ならが追えませんゆえ、その先をクローゼ様にと」
「何故、閣下がそこに向かうと知っていた」
黙って聞いていたユーリが、言葉に感情をのせてカルーラに問いけを投げる。クローゼはその事に、拘りが薄いかもしれない。だが、ユーリは違うのだろう。祖国を蹂躙した、張本人達が目の前にいるだから、その感情は正解である。
その感情に怒気が入るのに、ヘルミーネとザッシュは反応をみせていた。あからさまな敵意の先々が朧な、各々の迫撃の仕草であった。
「止めろ」
唐突に起こった、怒気と殺気が入り乱れに向かう場をクローゼの覇気が、ゆっくりとした言葉に乗って包み込んで行く。恐らく、ユーリは初めて自分に向けられたその圧力に驚愕の様相をみせていた。
固まるユーリにレニエが声をかけ、ザッシュは「姉さんいいんですか? 」とカルーラのそれに答えていた。その情景の中で冷静な女性が二人、互いの表情を瞳に写していた。
「お聞かせ願えますか」
「当然でございます。反対側にも、明瞭な跡がございました。その詮索の最中に、クローゼ様をお見かけしたゆえの行きなりでございます……」
レニエの問いに、当たり前に答えたカルーラのそれは、東側に向かったであろう獄属の色濃い痕跡。その追跡と監視の最中に、西に向かうクローゼを見つけたと言う事になる。勿論、目的は分からないと明確に続けて「他意はない」事を示していた。
色濃い痕跡は――傲然なる豪獄の帰路のものであった……お互いの多少のずれの認識は、共有を見せて納得ではないが――その場は終息をみせていく。そして、「成り行きでなら、何時も通りに提供する」とクローゼが答えて、その話は終わったとなった。
なし崩しの小休止が、野営から夜営の様相に変わり、後僅かに刻を要して森至るのをクローゼは確認する。そして、獄の入りが過ぎるのを受け入れていた。
「ユーリ。不本意なんだろ……分かるとは云わないが一時の事だ。不満があるなら俺に言え」
「いえ、大丈夫です。申し訳ありませんでした」
「フローリッヒも、たまる前に言えよ。言いにくいならレニエに話せ。……ユーリもな」
火の明かりを囲み腰をおとす光景で、クローゼの言葉が彼らに向けられていく。彼の言葉の先の二人は、それぞれに思いを含む顔見せていた。
ヘルミーネの頷きと取れる仕草で、クローゼは隣に座るレニエに視線を落としていた。そして、その場の雰囲気に意識を向けていく。
「まあ、他人事で気がないのは自覚する所もある。思い付きと行きなりと成り行きで、ここまで来たのは間違いない。何を考えているか分からない所あるだろう……」
そこまで言って、レニエから差し出された紅茶のカップを手に取る。それを両手で包むように持ち直していた。
「魔王を倒すと大言吐いてるが、別にやらないといけない訳でもない。……ユーリ、もしも、俺が魔王を倒したくないと言ったらどうする? 」
「心情を無視すれば、エストニアの解放と言う目的が成されるなら、私にはさして意味はないです。大体、「魔王を倒す」なんて事は自分にはできません。ですが、魔王と共存であるとか、魔族との共栄の道があるとも思えません」
クローゼの唐突な言葉に、ユーリはそう答えて一旦間をおき、軽く視線を回りには走らせていた。
「個人的には、閣下の『倒したくない』が私の国の解放に尽力しないと同じなら、申し訳ありませんがクーベンで微力を尽くす事を選択します。……それで、何が変わるかわかりませんが」
ユーリは、最後の言葉を呟く様にして軽く顎を引いて視線を落としてした。なんとなく会話を始めたクローゼも、受けた側も彼らも続ける意味の問題なのか沈黙が流れていた。
「『人智と魔解の共存』か、中々難しい話をしているな。そんな話を始めたら獄が明けるぞ。……結界は張り終わった。不可侵領域は解いていいぞ。さあ、子供は寝る時間だ」
ベイカーが歩きながら、彼らにそう言ってその視線をまとめて受けていた。そのままベイカーは、手を叩いて「パンパン」と音を出して追い立てる感じを見せて「おっさん臭い」の音を拾っていた。
「誰がおっさんだ! 」
ベイカーのそれには、誰も答える者もなく「よが更ける」に向かう獄の刻が過ぎるに、各々が向かっていった。となる。
クローゼは、後の事をユーリとヘルミーネに任せて、ベイカーの言葉通りに只のクローゼになっていった。そして、唐突な来訪者がもたらした情報に思いを向けていた。
――また、新しい悪魔かよ。一体、エルフの森で何してんだ?
……紫黒の眷族。女吸血鬼のカルーラのもたらしたものは、エルフの領域に獄属 淫靡なる夢獄なるものが入った痕跡がある。その事実であった。
クローゼが、極光樹の地に向かう一幕になる。




