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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第四章 王国の盾と精霊の弓
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十二~奮うは槍擊の槍術なり~

 展開する魔方陣の残光――無駄に広いとクローゼが言った、彼の屋敷。彼らがいる、上層の階のこの部屋で、広さが有効であったのが証明されていた。

 広さは意図的にではなく、昼間からの流れと唐突な来客で、ここでの夕食だったからになる。



 ヘルミーネは、その部屋で魔方陣を展開するのを視認して、セレスタが、窓際に向いたのに併せて、追い越す様に歩調を上げていた。


 その先に見る、一変していた外の場景。それを瞳に映してヘルミーネは、刹那(せつな)の認識を向ける。


――眼下に見る状況にであった――


 第十の牙(ツェーント・ファング)ヘルミーネ・ファング・フローリッヒ。貴族とは名ばかりの帝国騎士の家に生まれて、直系の一子として大切に育てられた。 辺境区の帝国直領、その代官付きの父の元で、一族すべてが彼女にとっては、家族であった。


 ゆえに、彼女は家名家門に思いが強い。それが、自身の呼び名に拘りを見せたと言える。


 別の側面では、女性を軽んじている訳ではないが、彼女の帝国で国政の場において、女性は少ない。

 特に、武政においては著実で、一定以上の権限を持つのは、彼女とテレーゼだけである。


 テレーゼが名実共に、有力家名門閥貴族の一人であったのに対して、彼女は父が帝国騎士というだけであった。

 その側面で、ライムントの傍らに登り詰めた自負に、向けられる嫉妬と蔑視を、彼女は無視できなかった。

 その為、彼女を名で呼べる男は、皇帝ただ一人であった筈である。


 ただし現状、眼下のダーレン・マクフォールを除いてだった。


 皇帝ライムントの勅命「竜伯(ブラーフヴルム)を余と思って補佐せよ」を受け、彼女は感情を丸呑みして、ヨルグガルデから単身、クローゼ達に随行して来ていた。


 しかし当初は、敵だったクローゼを「皇帝と同義」思うのは簡単ではなかった。帰路と言うのもあったのだろう。クローゼが、緊張感なくセレスタにまとわり付く、子供の様な姿がそれを助長していた。


 その中で、他国の者であるユーリは、それなりに彼女を気遣った。

 単身で他国からと言う共通点に、絶妙な距離感で接するユーリには、その時最低限の信頼を向ける事が出来ていた。


 しかし、ダーレンは、彼らしくヘルミーネとの距離感を踏み越えていた。彼は、初見で彼女の事を「ヘルミーネ・ファング」と、当然の声で呼んでいた。

 ヘルミーネはその時、都度の訂正を出来なかった。何故だかは分からないが、ダーレンの言葉には、蔑視のそれはなく、尊敬と尊重と恭敬がみえた。


 接続詞でない、中間名(ミドルネーム)に掛かる強調の感じが、その先にも、確信的に敬意をはらう彼の姿勢が見えたのだろう。

 クローゼもそれを心地良く受け、マーベスもそれを受け入れ、尊敬を返したその感じになる。



「思いはある……だが過去だ。だから、俺は受け入れる。また、その努力をする。貴殿らは強いよ」


 ヘルミーネが、王都への道すがら、彼に掛けられていた中の一つであった。

 ダーレンの言葉は、刃を向けたから、家族を失った事と以後の流れを丸呑みする。と言うのではないと、彼の表情は示していた。


 ――ダーレン・マクフォール士爵――


 セレスタ程――天涯孤独な状況――ではないが、彼も母と祖父以外は遠縁となり、代官の任ではなく、武官として士爵を継いでいた。

 その武官としての鍛練の成果が、窓際からの外に向けられた瞳に、光景を魅せていた。




 刹那(せつな)の巻き戻しで、視点を合わせれば、彼のそれは至極単純な物だった。


 槍擊――竜硬弾――と槍技――同剣技――の連続からの嶄擊の後、更なる槍擊に繋ぐ連擊であった。


 微かな名乗りを自身にむけて、ダーレンは相対距離を詰めて行く。アロギャンは、壊れた格子の門を後ろにして、迎撃の構えを向けていた。


 竜硬弾の初弾から一連。


 魔動的な明かりの中で、無駄を削ぎ落として流れる鋭さが美しさを見せる。

 それが、クローゼの心を捉えて、傲然たる豪獄(アロギャン)の背中に、抜けて飛び散る鮮血らしきを具現し、焦げ茶色のフードを裂いていた。



 ――ヴルム中隊が、焦げ茶色のフードのアロギャンに浴びせた竜硬弾は、彼の服を穴だらけにした。

 だが、突き抜けるまでは至らずを、ダーレンは突き通し、彼の魔力の高さを見せた――



 当然に、アロギャンの反撃がダーレンを襲う。一応に奮われる剣を、連続で奏でる金属音と動き出す空間を切る肢体で、ダーレンは捌いて見せた。


 その終わりの一呼吸で、相応の距離が出来る。


 その間に映される、アロギャンの表情が微動だしないのに、ダーレンの眉は僅かに動いていた。

 それに、思い直す時間は取らず、ダーレンは、直から曲に攻撃の形を変えていった。





 ――この辺りで、頭上の視線が入れ替わり、僅か後に、魔方陣の展開を見るはずである――


 見る側から、ダーレンのそれは、所謂(いわゆる)、槍術に装填と起動の動きを合わせたもので、基本は、量産型の槍擊の槍での動きだった。

 馬上基準で作られたそれが「騎乗専用だ」と告げられての、ダーレンの言葉。


「それはそっちの勝手。使うのは個人だ、可能性を限定するな。我らはヴァンダリアだぞ。それに、セレスタは専用と言ったか?」


 物怖じしない感じの彼を、クローゼは自身の好奇心と合わせて、心地よと思っていた。クローゼ・ベルグの呼び名に慣れたのも、彼のお陰であった。





 ――直から曲に、曲から直で、そこに円――



 奏でる金属音で、緩急をつけて変化をみせ、ダーレンの鋭い身体捌きでの攻防の動きになる。

 傍目(はため)では押していた。上からのヘルミーネには、そう見えていた。――騎士が僅か数合で倒れのを見れば、彼の実力は明らかであっただろう。


 その動きに合わせる、無表情なアロギャン。外とは裏腹に、内では表情を作っていた。


 ――嘘つきめ、お前だろ……。


 と、慣れない武器を持つ手が、もどかしい流れに、内の揺れを見せていた。


 アロギャンは、相手の連擊と連打に、持つ手を奮っていく。その流れで、アロギャンは――何だ?  

と、魔力の発動を感じる。


 攻防の最中に「何だ」のままアロギャンは、その先に向いて行く。そこには、クローゼの魔方陣の展開があった。


 それで出来た、明らさまな隙。――当たり前にダーレンは突く。「貰った――」などと野暮な事は言わない。当たり前を当たり前に、突き刺した。


 心臓(コア)の付近。いや、そのままそれをである。


 だが、突き通すつもりで出した一撃は、刺さり止まる。向きを変えていた顔が、ダーレンにカクカクと向いた来た。

 若干の歓喜らしき上と、現れるクローゼに、慌てる感じかあった様に見て取れた。


 向かい合う、二者の交錯する認識が続いていく。


「久しぶりに痛いぞ」

「刺さってるからな」


 止まる感覚に、アロギャンとダーレンの声が見えていた。……次の瞬間である。


 クローゼの視点から、ダーレンの相手が、突然大きくなって行き――容姿に様相は――既に、人では無い様に見えた。

 クローゼの視界に入ったダーレンは、目の前の異形に口角を上げていた。驚きと納得が半々の感じに見える。魔動器の光の加減で、ダーレンから明確には、アロギャンの顔の変化は見えない。


「人外か?」


「獄属――傲然たる豪獄(アロギャン)だ。獄ならまた会えるぞ」


 アロギャンが口を動かし、顔の表情がダーレンにも見えてきた。――死んで天獄なら会えると――殺す宣言して、傲慢にも自身を晒していた。


 それに、ダーレンは「は」の音と色を見せた。


 突き刺した姿勢のまま、アロギャンの圧力に抗っていたダーレンは、片手を離して体を返す。そして、石突きの太くなった部分の下で、装填のカチッとした音だした。


 僅かな一連の流れで「起動」の呟きを入れ、零距離で放たれた竜硬弾が、アロギャンの神具の欠片(コア)を掠めて肉を弾いていった。


「うぎぎぎぎいっ」


 呻き声と飛び散る肉と液体。その衝撃に併せて、ダーレンは後ろに跳んでいた。

 目を見開いて、ダーレンの様相を見るアロギャンの拳に、魔力が纏うのが、その場に視覚として流れてくる。




 ……本来なら、ここでクローゼの防護か魔力吸収(アブソーバ)である。しかし、この瞬間に彼は、自身が魔力を纏っていない事に気が付く。


 ――起動してない。やべぇ!


 ダーレンとアロギャンの相対距離と状況。相手が、明らかな化け物な感じに、致命的な事態も彼の頭に過っていた。

 慌てて流動を合わせようとして、血流の増加と感覚の違いに戸惑っていた。


 ――落ち着け俺。ああっ、酒かよ?


 普段なら一瞬である。それしか出来ないのだから、間違えようもない。ただ、シオンに合わせて、量を飲んだのを、口当たりの良さが紛れさせていた。


 僅かな思考に、焦る動きをクローゼは見せていた。実際には、一瞬と少しだったのだろう。クローゼの視界に映る、振り上げられたアロギャンの拳が、ダーレンに向けられる。



 クローゼの慌てる感じを挟んで、ヘルミーネが窓から飛び出していた。その高さを彼女は、自身の武技――鞭の様に伸びてしなる魔力の刃――で地面を叩き消していた。


 彼女が着地して、クローゼの前に立った時には、下がりながら竜硬弾を放つダーレンに、アロギャンが拳を鋭く振り、開いた距離を発動魔力で潰していた。


 クローゼの続く、動揺と血流の高揚に、ヘルミーネの流動を合わせる仕草と、上からの声。

 それに、放たれた魔力の波で、横から薙ぎ払われるダーレンの様子が重なっていた。


 ダーレンの刃を合わせる動きが僅かにあって、彼は真横に飛ばされ、宙を舞っていく。そのすがらダーレンは、断末魔ではない声を張り上げた。


「槍擊放て――」


 屋敷の入り口でアロギャンと対峙して、指示通りに構えていたヴルム中隊の若い者達。そして、竜擊筒を構える屋敷の警護の者。その数十名が、一斉に竜硬弾を放つ。


 無音と発砲音に、装填する音と仕草。その連鎖と連擊が屋敷の庭で起こっていた。

 感情を乗せた槍擊と、無感情の上で一定水準を越える竜擊筒の音が続く。その弾道で、魔力を切る感じに、場景がぼやけていった。


 クローゼは、正に『蜂の巣』の様に血肉を削られて、崩れる感じのアロギャンを見ていた。

 ただ、その向こうのダーレンの様子を探りながらではあったが……




 ……ようやくクローゼは、その辺りで流動を合わせるのに至った。既にアロギャンは、後退りながら屋敷の外に出ていた。


 追撃に、前進して距離を詰める槍擊と竜擊筒の彼ら。それに、ヴァンリーフの屋敷から、馬蹄を響かせて急行してきた、クローゼの護衛の槍擊が加わる。

 そこで、アロギャンは、捨て台詞を吐いて扉の向こうに消えていった。ただ、そのまま倒せたかは疑問でもある。


 クローゼ自身は、それを無視してダーレンに駆け寄っていた。駆けた先の彼は、見るからに悲惨な感じで肢体が……と横たわっていた。


「他の……者は?」


「皆、大丈夫だ。ダーレン喋るな。セレスタとジーアが来る。治療術師も呼んだ。死ぬな」


「よ、かった。あれ……は、黒の六循(クロージュ)を……探して……た。……獄属傲然たる豪獄(アロギャン)と、名乗っっ……た。ぐふっ。……人……外……処か、獄属とは……」


 開口一番、他者を気にする辺り、ダーレンの気質がわかる。そのまま、震える感じで、情報を流していた。

 両膝を付いて、両手が泳いでいる感じのクローゼは、見るからに「どうして良いのか分からない」そんな顔をしていた。


「もういい、喋るな……」

「誉……めて……くれ」

「ああ、お前は凄い。間違いない」

「ち……がう。ヴルム……の者だ。指示……を……かん……すい……し……」


 意識を失ったダーレンに、クローゼは「ああああっ」と絶叫を合わせる。

 その後やって来た、セレスタとジーアの蒼白と覚悟と慌ただしさの場景。 それを彼は、立ちつくして見ていた。


 王国の専門治療機関に、瀕死の彼を預けるまでは、ダーレン「まだ」は生きていた。引きついだ形の彼らは、明確に何かを残しては行かなかった。





 クローゼは、ヴァンダリアの兵や衛兵に、近衛兵までもが屋敷に集まる中で、本館の入り口の階段た腰を落ち着けていた。


 刻は既に、獄の始まりは過ぎており、屋敷から照らされる魔動器の光で、それまでの光景が、クローゼに鮮明な記憶をつけていた。


 また、ダーレンに言われた通りに、屋敷付きなった自身の私兵に言葉を掛けて、クレーヴレスト伯爵の屋敷に使いを出していた。

 そして、シオンにセレスタと自身の護衛隊をつけて……寝息のまま送らせていく。

 無論、道中に何かしらあれば、セレスタに呼んで貰う為であった。


「やるだけやったわよ。まあ、セレスタちゃんいなかったらあれだったけど……」


 クローゼの周りには、ジーアと彼女に抱えられた眠そうな顔のクアナ。それに、ユーリにヘルミーネの二人が、出てきたままの感じでいた。


 当然、警護の者は完全武装であり、ヘルミーネの部下扱いの者も、警戒に当たっていた。


「俺を狙った獄属らしい。いや、獄属だ。傲然たる豪獄(アロギャン)だと。ユーリ奴は何なんだ?」


「……はい。ビアンカさんの話の流れで、調べさせてはいるのですが。一応にしか……それと、ヴァリアントからの返答がまだなので具体的には何も」


「フリートヘルムに現れたのとは、名前が違うな。どうなってるんだ? 」


 膝を立てた感じに、座るクローゼは、膝に肘掛けで、手を重ね――額に指を掛けていた。若干、荒い息と火照る感じを、彼自身は感じている様だった。


 ユーリが、返答に困る感じになっていたが、更にクローゼが声をかける。


「甘く囁くんじゃないのか?……実力行使するのもいるのか?……どうなんだ?」


「ちょっと落ち着いて。ユーリ君だって分からない事があるじゃない。大体、王国の学士達でも詳しくわからないんだから……」


「そうか。そうだな。ユーリすまなかった。状況の報告だけはしておいてくれ。二人は休んでくれてかまわない。後……警護は交代で。衛兵と近衛がいるからと言って抜かるなよ……」


 クローゼは立ち上がり、眠そうなクアナを見て、そんな指示を彼は出していた。

 そして「俺みたいにな」と、悔やむ雰囲気を見せていく。向けられた側は対応に困っていたが、当然であった。


 勿論、クローゼも困っていた。実際に突撃する経験はあったが、されたのはあの砦位である。

 あの時は、戦の最中で騙し討ちだったが、今回は違う。完全想定外であった。そして悪魔級である。


 ――少し落ち着こう。何で俺なんだ……心辺りは、カーイムナスとフリートヘルム。まあ、俺が狙いなのは間違い無さそうだな。あいつのは、虚無なる無獄(ヴァニタス)とかいったな。傲然(ごうぜん)虚無(きょむ)か。


 当たり前になった空の黒さを見やりながら、考える仕草をクローゼはしていた。

 それに、ヘルミーネの視線な向けられている。そこには、クローゼも気が付いて、表情を現実に戻していく。


「どうした? ……フローリッヒ」

「申し訳ありません。もう少し早ければ……」


「それは、さっき皆にも言ったが、酔っぱらいの俺が悪い。君が悪い訳ではない。大体あんなの来るなんて分かるわけないし……。まあ、獄属だかなんだか知らないが。許さんけど」


 クローゼは、軽く手で「問題ない」の返しを彼女に合わせていた。それに、ヘルミーネの手が差しだされてくる。握られた手に、怪訝な感じをクローゼは向けていた。


「なんだ? 」

「先ほどの獄属の一部です。ダーレン殿が、その……槍擊を胸の辺りにあびせたおり、弾けたのを見ました」


「紫な感じの竜水晶……の欠片か?」


 彼女の手のひらに乗る、竜硬弾ではない、光を残した竜水晶と思われる物であった。差し出したヘルミーネは「恐らく」と拾った場所を指差した。


「やっぱり俺か、あれならここじゃないし」


 クローゼは、ヘルミーネの「恐らく」に一人で納得を見せていた。人の雰囲気は周りにあるが、距離感では、二人きりの様であった。


 当然まだ、本館前の外なので「きり」でもないのだが。


 そして、考える感じから唐突に、彼はヘルミーネに視線を向ける。勿論、彼女しか話が出来そうな者がいなかったからだ。――近くに、羽織る物を準備して、待ち続けている執事はいたのだが。


「人を特定するには、何があればいい?」


 明確な意図が読めないが、彼は何らかの状態を探ろうしていた様にもみえる。


「質問の意味が広すぎます。……例えば、家名と家門に名前。容姿に特徴や服装等に付く紋章では」


黒の六循(クロージュ)は誰か?」


竜伯(ブラーフヴルム)です。正確には黄色い薔薇で黒です。後のお三方は、赤と黒と青で……」


 矢継ぎ早に質問が、ヘルミーネに向けられていく。黄色い薔薇(クロージュ)の話をヘルミーネが返して行くが、戦場で見たそれらの印象が、重い記憶でもある。


 言葉の最後が弱くなるヘルミーネを、クローゼは腕を組んで立ち、それを感じていた。


黒の六循(クロージュ)を探していたらしい。薔薇(ローズ)かもだけどな。それで、こことヴァンリーフの屋敷に王宮。……何が違う?」


 自問自答の感じに、ヘルミーネは何かを思い付いた様にも見えた。

 しかし、何故かその言葉から後ずさる。だが、真剣に考えるクローゼの顔が、ヘルミーネに映って、それを言葉に変えた。


薔薇(ローゼ)ですか」

「薔薇は全部付いてる。色なら何処でも……」


「いえ。看板と言われていた。紋章の金属の板……装飾品です。あれなら、この屋敷だけでは」


「なるほど」の顔をクローゼは、ヘルミーネ向けていた。以前なら、ここで抱き締める流れの(ひらめ)きだったのだろう。そんな顔をしていた。もちろん、自重していたのだが……。


 そんなクローゼの視界に、本館の中から出てくるユーリが入ってきた。早足で、息が荒い感じの彼が落ち着く前に、クローゼの指示が出てくる。


「ここに来ている衛兵隊の長を呼んでくれ。逃げた衛兵に話を聞きたい」


「はぁはぁ、って。……今ですか?」

「当たり前だ……頼む」


 クローゼに、ゴリ押しの指示を向けられたユーリは、肩の動きで荒い息とリズムを刻んでいた。

 その言葉から、彼は軽くため息を見せて、補佐官にその旨を伝えていく。


 指示を出し終えたユーリは、改めて入り口の階段に座り込み、腕を組む自身の閣下を……見たが、声は出さなかった。その二人の感じをヘルミーネは、不思議な風にみていた。


「副官殿は、勤勉なのだな」

「んっ。……あっ。いや、勤勉なのは閣下です。僕は、言われた事をしてるだけなので」


 謙遜なのか本心なのか、ヘルミーネには分からなかった。ただ、やはり「彼は勤勉で優秀」だと思ただろう、彼女のユーリを見る様子と仕草でそれが見て取れた。


 ユーリの肩書きは王国公認となり、そのまま、特務外交官特権を彼は有している。また、王宮に通信をつないで報告をするのに、竜伯爵(グレイブ・ヴルム)の副官の彼の地位は確立されていた。


 色々な意味で二重基準(ダブルスタンダード)ではあるが、その為に、クローゼの権限が届く範囲の命令には、彼も同等権限を行使できる。


 ――他国の騎士見習いではある――


 クローゼの行動原理から、ある意味恐ろしい事だが、ラオンザの一件が有る為。彼は自ら進んでグランザのそれを通り抜けていた。


 そんな余談を挟む程の刻で、クローゼは若干の苛つきを見せる。それを、この場の担当衛兵隊長と近衛の指揮官に向けていた。


 その苛つきで、何故か、数人の犯罪者の体の衛兵達が出きる。そして、彼らの膝を屈する光景を見る事になった。


「咎める気は無い。最初の状況について聞きたい」


 無論、機嫌など良いわけがない。苛つきを隠そうともしない。当たり前ではあるが恐ろしい感じに「命ばかりは……」で話にならず。クローゼは、「あああっ」と頭をかきむしる動き辺りで、ユーリが交代していた。


「任せた……俺は寝る」


 シオンを送ったセレスタと護衛隊が、ヴァンリーフの屋敷を経由して戻ったのに合わせて、クローゼはそう言って自室に戻っていった。


 屋敷周辺を含めて、騒然とする中で、独り寝のベッドである。――勿論、普段もそうであり、未だに「魔法使いの権利」は有していた。


 行きなりで彼は、ベッドに身体を預けて肢体を伸ばし、そのままの視線の先を見ていた。


 そして、「ふざけるな!」――となっていた。


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