十一~焦げ茶色の獄。相対する彼~
刻を戻す――時間をさかのぼる――のは、・からの視点で見れば、綴った物語の頁を開き直せば良いだけの事になる。当然、クローゼ・ベルグを取り巻く物語も例外ではない。
変わる点を集めると、いずれかの頁にあった者が異音の原因となっていた。
それは、獄属――傲然たる豪獄である。その獄属が、クローゼの屋敷の正面に現れたのは、シオンの「帰る」の辺りになる。
一般的な人の通りが、少ない区画の屋敷。塀の外側から、見上げる様に大きな屋敷を見て、アロギャンは無表情のままの呟きをしていた。
「クレージュ? だったか? クロージュだったか?
ヴァニタスの野郎なんて言っ……確かにここの筈だ。一瞬だったが百眼――上空から見た様な視界の索敵――で捉えたが……喋り過ぎだ」
獄の入りで、暗さを演出している色合いとそのフードの色彩が、アロギャンの存在を朧げにしていた。見つめる先、金属製と思われる格子状の門に掛かる、金属板の打ち抜きの装飾品が、アロギャンは視界に入ってきた。
「薔薇? ……ここか」
誰に問う出もなく、出した言葉に見上げる視線を付けていた。その先にある、窓越しな魔動器の明かりを見ている瞳は、紫の光を表していく。
その紫色が向けられた先では、クローゼの饒舌な感じに……シオンの喉の動きと火照りがましている様子があった。その雰囲気で、クローゼはシオンのグラスに果実酒をそそぎながら、彼女の赤らんだ顔からもれる声を聞いていた。
「何人も娶ると公言する。卿は正に『英雄色を好む』を体現しているのだな。そこだけは貴族然としている」
「『そこだけ』って。まあ、らしくないっては自覚ありますけど」
「そこだけでなく、自覚を持ちなさい。そのつもりで言ったのだ。『らしい。らしくない』ではなく、貴方は貴族なのだ。それに、悲観する事はない。……褒めている」
シオンは、注がれていたグラスの赤を無色透明に戻してから、言葉尻に呟きを入れていた。そのままグラスをクローゼに差し出して、もれる言葉をセレスタに向ける。
「セレスタ。戦場で、婦女子に甘い言葉投げる様な、不埒な男の何処に心を寄せた? 」
クローゼは、グラス注ぐ手を止めて、シオンの言葉に「言ってないですが」と声を出して、セレスタの様子を気にしていた。直ぐ様――空になるグラスに、セレスタが「少し、お控えになった方が宜しいです」と返している。
「言った! ……あの時、私はどんな顔していた。絶望か? 懇願か? 媚びた顔していたか? クローゼ・ベルグ……言いなさい」
何度目か、彼女がグラスを出す手に、クローゼが条件反射の様にボトルを出そうして、セレスタに反対の手を捕まれる。ままに、「何時ですか? 」――「あの時だ! 」の後、ぐだぐだな感じにシオンが向かった辺りで、ユーリとヘルミーネにセレスタが退室を促していた……。
それから、僅かな刻の流れで断末魔か破壊……その音が聞こえた。その異音が響いたとなる。
外側から聞こえた。金属がかん高い響きを出して、ひしゃげる感じの音。それに、入れ替わりで入っていた、警護の者が反応していた。
一人は、テーブルと窓の間に身体を張り。もう一人は、窓際に背中を預けて、外の様子を伺う姿勢になった。
「酔っぱらい御者の馬車でも突っ込んだか?」
「私は、酔ってなどない」
クローゼの確認に、シオンの声が挟まって、外の様子が警護の者から伝わってくる。
「正面の門に騎士の方が一人倒れて、残りの騎士の方が、衛兵と何者かを囲んでおります」
その声と同時に、室内にダーレンとシオンの同行者の騎士が入って――ダーレンは窓際まで行っていた。その後に、ユーリとヘルミーネも慌ただしく続いてくる。
「ダーレン。見ても大丈夫そうか?」
「恐らく。……何者だ?」
音から最初の言葉に、シオンが立ち上がったのに合わせていたクローゼが、ダーレンの声にそこに向かう。そして、窓際にクローゼは無造作に立ち、眼下に意識を向ける。
そこには、焦げ茶色に見えるフードの者を護衛の言葉通りにする、数名の場景があった。クローゼの意識が、見たままの認識に変わる。
「狼藉者か? ……クライド――剣をかしなさい」
クローゼの横に唐突に立ったシオンが、ふらつく感じをセレスタに支えられて、そう言っていた。「私が切り捨て――」と続けられる言葉に、クライドと呼ばれた騎士は驚きの顔を向けている。
「シオン殿は、酒を飲むとこうなるのか?」
眼下に視線を置きながら、クローゼの言葉がクライドに当てられていく。自身に向けられたと思われるクローゼの声に、クライドは表情をそのままに返していく。
「あっ。いえ……飲まれるのは初めてかと」
「マジか……」の顔をクローゼはシオンに向けて、複雑な表情に変わる様を見せていた。
その瞬間にも、その場景は動きを見せる。傲然たる豪獄がおもむろに歩く姿に、囲んだそれが,そのままに移動していたと言う感じであった。
場景の流れで、アロギャンは最初の騎士が手放したであろう剣を取り――軽い振りを見せていく。それに、意を決したのか、残った騎士が斬りかかるその様子があった。
セレスタの不安気な表情が、クローゼにも感じられて……剣が交錯する音と色が、数度と続いていく。それに合わせて、切っ先を向ける槍構えの衛兵は、距離を取り下がっていった。
その瞬間に、騎士が弾かれて道路の中央にもんどり打つのが、窓越しの視線達に入ってくる。
「只の酔っぱらいではないな。――ヴルムの者を表に出せ。武具を着けた者からだ。間に合わんなら、最低でも槍擊の槍は持たせろ――行け」
ダーレンが、警護の一人にそう指示を出した。警護の男は、頷くと同時に走り出す。その動きを確認したダーレンは、クローゼに表情を見せて言葉を預ける。
「無造作に騎士二人だ。意図はわからんが、何らかの意図があるのは明白だ。王宮とヴァンリーフに、連絡と確認を。兎に角俺も行く」
「私……我らも――」
「――フローリッヒ殿。これは護衛の仕事。貴殿らは重要な任の前だ。手数をかけさせたとなれば、ヴァンダリアの名折れ。任せろ」
クローゼに真剣な表情を合わせて、ヘルミーネの言葉を遮ったダーレンは、足早に動き出した。その間にもアロギャンは歩みを再開して、衛兵達を格子の門に追い込んでいた。
「俺が行こうか?」
ユーリに手で表した仕草を向けて、クローゼはダーレンを呼び止める感じを出していく。それで止まった彼の視界に、動き出したユーリの姿が入る。そして、ヘルミーネの頷くのも意識に入れて、彼はクローゼに答えを出した。
「我らの仕事だ。来るなとは言わんが、ゆっくり準備して、酔いを覚ましてからだな」
ダーレン・マクフォール士爵。戦場を駆けるヴァンダリアの直下の護衛隊。その副長にして、実質的に隊を統べる者。その男の声「まあ、来る頃には膝を付かせておく」それが当たり前に、その場に通っていた。
実戦を経て、鍛えたものが彼の核心に変わったのかもしれない。あの戦いで、クローゼがつかみ損ねそうになった流れを――帰りしなの突撃。その先頭で、引き戻したのは彼であった。
マーベスを伯爵に押し上げた、その功績の一幕。帝国軍右翼を瓦解させて、戦線の崩壊を誘発したその一撃の一駆けであった。
その彼は、ヘルミーネがクローゼ付きとなった時から、彼女には、最大限の敬意を向けていた。それは、今も帝国にあるあの男のゆえであったのかもしれない。――当然、あの碑が綴った経過を踏まえてである。
通した声に、気負いもなく彼はその場を後にした。ただ、椅子に座らされたシオンの声。「私は、只の酔っぱらいではない」で若干、場の空気が揺るんだ感じも出てはいた。
その空気感とは裏腹に、既にアロギャンは、目の前の衛兵が逃げ去ったのを認識していた。そして、獲物を狙う――初めからそのつもりの――雰囲気を出していく。
その紫色の光は、黒の六循の紋章である、格子に掛かる打ち抜きの薔薇を見ている。あたかも、クローゼ自身を捉えたかの様であった。
標的になったクローゼは、「誰だよ。こんなに飲ませたの」と軽い寝息をたてるシオンの様子に、不謹慎な発言をする。それは、信頼感から出たものかも知れない。だが、セレスタに「冗談は止めなさい」と真顔で咎められて、彼も流石に真剣な赴きになった。
「警護の者は全員武具を着けろ。筒の使用も許可する。準備に掛かれ。フローリッヒ。別館の者も武具を装備でここに、シオンを頼む。あと……使用人らは、安全な部屋で待機するように」
クローゼが、当主然とした言葉と冷静な声で指示をして、最後に給仕をしていた、執事長とメイド長に向けていた。――来客の格の問題だろう、その場に存在感を消していた彼らに、そう告げていた。
恐らく最後の配慮ができたのは、セレスタの話があったのかもしれない。それは、セレスタの表情で何となく理解できる。また、クローゼの表情からも伺えた。
「セレスタも着替えて。暫く俺がいるから」
クローゼのその言葉に、セレスタは思案の刻を向ける。そして、若干不安げな表情を見せていた。
セレスタを別室に送り出して、クローゼは再び眼下に意識を向けていく。――そこには、焦げ茶色のフードであろう者が、正面入り口の少ない歪みを見せる格子の門。その様子を、一応に見るばかりであった。
――何だあいつは。 何を狙ってる?
『何だあいつは』とクローゼに思われたのは、獄属――傲然たる豪獄であった。当然クローゼは知るよしも無かった。
しかし、アロギャン自体もクローゼをよく知らない。ただ、ヴァニタスに聞いた事のみ分かるのであった。
「派手さが足りんのか。……この中が百眼で見えんのはどうしてだ? ……ああっ。ままよ」
派手に暴れれば出てくる。こんな感じの容姿。後は薔薇の花びら……と聞いた話しと共有化で得たそれに、自身の百眼に合わせていた。そして、僅か一瞬間だけ、起因の者らしきを見つけてそこに立っていた。
言われた通りに、その場所で、薔薇を見つけて暴れてみたものの誰も出て来ない。ヴァニタスなら別の手立てを取るのだろうが、アロギャンは直線的であった。
「入るか……壊すか……帰るか」
その呟きの様な言葉に、屋敷の中からアロギャンの存在を問う声がしてくる。窓越しの明かりと、点在する魔動器の明かりが交錯する中に、『やっとか』という雰囲気をアロギャンは出して見せた。
「当家に何用だ? ……いきなり暴れるとは、斬り棄てたとて文句は言わせんぞ」
「お前が黄色い薔薇か?」
ダーレンが、金属製の格子の門を挟んで、倒れた騎士の様子を見やって警告をした。その申し訳程度の声かけに、アロギャンは質問を返していく。ただ、意図と意味と言葉のずれが、その場に困惑を呼んだ。
「意味が分からん。警告はした……足を狙え」
ダーレンはその空気感を無視して、いち早く追従してきた十人程にそう指示を出した。彼らは、構える槍先をその指示通りに、焦げ茶色のフードの下半身に向けていく。
その光景をクローゼは眼下に捉えて、若干の終息の感じを出していた。そのまま、彼が振り向いた辺りで、ユーリが何人かの補佐官をつれて戻ってきた。
「閣下。どちらも不穏な様子に無いとの事です。ヴァンリーフ卿がまだ、王宮に御見えになったので以降の対応はするそうです。あと、レニエさんから、『レイナード殿を戻しますか』と確認が……返答をさせるので、如何致しますか?」
丁度視線を交わした感じに、ユーリはそう報告を預けていた。ただ、終わった感じの雰囲気のクローゼは、軽くそれに答える。
「刻の差で来るのもあるからな。レイナードはあっちのがいいな。これ以上何かあれば、俺がやるから問題ないし」
それを受けてユーリは返答の指示をして、外側の暗がりに背を向けるクローゼに、歩みを向けていく。
「どうなってますか? 」
「ダーレンが行ってる……まあ、終わりだろ。後の詮索は、グランザ殿にだな」
向かい合う二人の会話に、唐突に現れたジーアの光景と声が聴こえてくる。
「何かあった? 騒がしいけど。さっきおっきい音したでしょ」
「なになに?」と声出しているクアナを、胸の前で抱えた格好のジーアは、ユーリの後について部屋に入って来た。そして、そのまま声出していた。
何だ? の感じの二人を置き去りにする勢いで、窓辺まで彼女は早足に近寄って、眼下の光景に視線を向けていく。彼女は興味が先に立ち、目を凝らす感じに見えた。
「うわっ、吐きそう!」
ジーアは瞬間的に後退り、クアナを離して口を押さえる格好になっていた。一人芝居の様な一連の行動に、反応したのはクローゼである。
「誰に、吐きそうなんだ?」
――彼女は魔体流動が見える。もっと言えば、魔力魔量も当然分かるし、魔力自体を感じる事ができる。アレックスもそうであるが、経験――人とあった事――の差で彼より具体的な話が出来る。
アレックスは、クローゼ達程の魔体流動をそれと知らずにみるとその魔力魔量にあてられて「吐く」と表現する。――魔王の初見がそうであった。
勿論、クローゼはその話をジーアとして、彼女から、その吐くについて聞いていた。
「あれよ。お酒飲める人でも、強いお酒知らずに飲むと『うっ』ってなるでしょ。強いと分かってたら飲み方があるから……」
その話の延長と具体化をこの場で、ジーアは起こしていた。因みに、彼女は酒の類いは飲めない……
話がずれたが、「誰に?」と聞いたクローゼもら対象の見当はついていたと思われる。あからさまに、ユーリが『人に吐くんですか?』の表情を見せて頭回転のはやさを出していたが、クローゼはそれを通り過ぎる。
「誰くらいだ?」
これでもか、と後ずさるジーアに、クアナの「なになに? 』が向けられて、ジーアはクローゼの言葉とその意味を理解した。
「誰って? 。あの外側にいる奴がって……」
出した声をクローゼの真剣な顔で、ジーア呑み込んでしまった。そのまま、『なになに?』 になっていたクアナを抱き締める。「はうっ」の声に、クローゼの言葉が被さってきた。
「吐くって聞いたのは、魔王のそれでたった。そのくらいかって事だ 」
「魔王って、クローゼ君位って……そんなない。でも、カレンちゃん……落ち着いたらもう一回――」
――ジーアの言葉を遮る。かん高い破壊音が爆音を奏でてくる。恐らくは、金属製の格子の門の破壊された音である。
「閣下――門が吹き飛びました!」
窓越しに見る場景を、ユーリはそう声にのせていた。クローゼも走り、その状況の確認をしていく。認識がクローゼを抜けて、その表情を驚きに変えていた。
「不味い――ユーリ剣を取って来てくれ!」
クローゼが見たその一連の流れは――ダーレンの合図で、アロギャンの両太腿に竜硬弾浴びせて動きを止めようとしたのを、アロギャンは物ともせずに門を蹴破った光景になる。
「くっ。殺して構わん。距離を取りながら、槍擊三連っ――」
響きが後を引き、その場に動揺が走る。その中で、ダーレンは咄嗟の指示を出していた。それに、ヴルム中隊の若い兵が後退しながら、連続のカチカチと空気を切る微かな音を出していく。
若干の焦りが、ダーレンにはあったのかもしれない。それを出すことなく、彼はその場に留まっていた。そして、クローゼの声を聞いた。
「ダーレン。カレン並みの奴かもしれん。俺がやる――引けっ」
開け放った窓からクローゼの覗かせた顔が、その場に向けられていた。彼は、状況を伝えようと最善の判断だと思ったのだろう。
それに、アロギャンは紫色の眼差しを向けて、止まっていた。
窓から叫ぶが、アロギャンの動きを止めて、一瞬の間を作っていた。それは、効をそうしたかも知れない。ただ、何人かの若い彼らは、王国最強の騎士と剣士のあの場面と目の前現実が交錯して、動きを止めてしまう。
実感であろう。槍擊が一定の水準ある者達も、若さゆえ、現実場馴れした光景を消化できなかった。その為、すくみを見せてしまったのだろう。
「狼狽えるな! 『並みだ』――俺が刻を作る」
吠える様なダーレンの声に、止まった時間が現実に戻り――すくみから解放していく。その動きをダーレンは認めて、続けざまに声を併せていった。
「本館の入り口まで後退。後続と隊列を組め。恐れるな――お前達はヴルムの精鋭だ。止まらんなら止まるまでぶち込むまでだ」
ダーレンの声に、彼らも示された先に足を出していた。それと同時に、アロギャンの焦げ茶色のフードが揺れる。向いた先のダーレンを、それは視界にいれていた。
――動かぬ彼と迫るそれに、相対距離は縮まっていく――
「お前が、黄色い薔薇か?」
「残念だが違う。黒の六循はまだだ」
オリジナルの魔衝撃の槍。バルサスの手が入った長め刃先を付けたそれは、彼に向けられた最強剣士の敬意の証であった。両手剣の様にも扱えるそれを、ダーレンは槍として小脇に構えて、アロギャンの言葉を流した。
――王国最強並みとは……まさか、王都のど真ん中でそんな奴と出くわすとはな。経験をと若い者を選んだのが裏目に出たと言うところか……死なせる訳にはいかんな。
「理由は知らんが、只で通す訳にはいかんな」
自然体の構えから、流れる槍先で軌道を描き、ダーレンはそれをアロギャンに向けて、そう言っていた。
「違う? なら人智の人ごときに用はない」
「カスかどうか試して見ろ」
ダーレン・マクフォール参る。恐らくそう呟いたであろ彼は、槍先に向けて煌めきを走らせ、アロギャンとの相対距離を詰めていく。放たれる竜硬弾からの剣技。いや、槍技であった。
その光景を、クローゼは開け放った窓から顔を出して、瞳に映していた。一瞬。それに心奪われる。そんな刻がクローゼを抜けていく……
部屋の扉が開き、ユーリの荒い息とそれに続きセレスタとヘルミーネは戻ってきた。セレスタの手にあるクローゼの双剣。――彼らの交錯する瞳と瞳を挟んで、クローゼはそれを奪う様に手にする。
「展開――同調」
先ほど光景に意識を合わせて、クローゼは魔装具に流動を向けていた。
――持たせろっ
クローゼの思い直しは、その焦げ茶色のフードに挑むダーレンにである。
そうその敵は、獄属……傲然たる豪獄である。




