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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第四章 王国の盾と精霊の弓
110/204

八~飛び回る視点。準備は『そうか』~

 パルデギアード帝国領内――城塞都市ランヘル。

 そこは、魔解大公を称する獄魔ミールレスの勢力の拠点となっていた。既に、そこは魔解の者のみがある――人智は家畜の体のみ――魔解都市となっていた。


 その魔解都市の中央区画にある、大きな屋敷の一室で、肘掛けに肢体を預ける青白い顔の青年が、眼下に布帛(ふはく)な暗い茶色のフードをかぶった者をおさめていた。


「精霊の王の件は順調か?」


「左様にて」


虚無なる無獄(ヴァニタス)。ならば、事は成るのだな」


「未だ、刻は必要にごさいますが」


 実体に対して、空虚な感じのその男。それを、ミールレスは眼下に捉える形になっている。その天獄の側にある――獄属を名乗るが、彼の問にそう答えていた。


 ミールレスに対して、ヴァニタスの位置付けは、側近の魔解部衆からは不明であった。ただ、魔解大公たるミールレスの元に、この者が現れてから、彼らの勢力は魔解において飛躍的に高まったのは事実であった。


 生産性が低く、不毛な地である魔解では、力――強者――というのは絶対である。その中で彼らの勢力は、彼の父であった前大公が死んだあと、群魔割拠に埋もれていった。それをヴァニタスの登場によって、戻し抜きん出たとなる……



 ……会話の流れに、納得と不足をミールレスは見せて、別の話題をヴァニタスに当てていた。


「あの穴を拡げる事が出来るなら、開ける事は出来ないのか?」


「それは獄の神子の業ゆえ、獄属ごときには些か無理でごさいます」


「魔王の力と言うか?」


 ヴァニタスが自身の力を使い、ランヘル近郊で拡げた魔解に通じる穴の事をミールレスは言っていた。そのヴァニタスの答えに、彼は不満な顔を向ける。


「かつて魔王だったオルゼクスが、獄の神子であるのは事実です。それが魔王の力と言えば、そうなります」


 ヴァニタスは、「かつて」と付けてミールレスの言動に配慮を見せて、それに答える。ミールレスの表情をヴァニタスは、見てはいなかったのではある。

 ただ、表情を気にする事の無かった相手が、その不満げな言葉に行く前に、彼はそれに先んじた。


「ミールレス様は、既に魔解の王でごさいます。それに、傲然たる豪獄(アロギャン)の獄光を持たれるゆえ、一度、舞台から墜ちた者を気にする事はありませぬ」


「魔解に王など、はいて捨てる程いるぞ。それに全てを手にしている訳でもない。……まだ足らぬ。それ故、精霊王の力がいるのだ、確実に手に入れろ。我れが真の魔王として人智を得た暁には、それ相応に報いる」


 獄属相手に、それ相応の等と言うほど自信と自負が、ミールレスにはあったのだろう。その対価は何れにあるか、この場では分からない処ではある。


 簡単な儀礼なのか、それらしい仕草をして、ヴァニタスは煙りのように消えていった。残されたミールレスは、手短に周りの者とその後の流れを、足早に確認していた。


 一通りが終わり、ミールレスの座る椅子に近寄る獄魔の女性が、彼の視界に入る。


「アマビリスどうした?」


「兄上。これ以上、獄属の力など借りて如何なさいます」


「また、その話か……もう終わった話だ」


 流れる血が、青みを帯びているのか、ミールレスの高揚した感じに、表情と肌の色に青の色彩を出していた。

 感情が不満と苛立ちを出している様子である。


 ただ、ミールレスを兄と呼んだ、その可憐で妖艶な女性。相反する容姿が特筆的なアマビリスは、それでも尚、言葉を続けた。


「あの時は……致し方なくと。さすれど、今は必要ではないと思います。それに何人も……いえ、何体も深層と階層を流浪する輩を――」


「――止めよ。既に得ている。その対価を覆す為に、止まる訳には行かぬのだ。もうこの話は、お前とはせぬ。……憂いてくれるのは想いもする。だが、俺を信じろ。悲しい思いはさせぬ」


 言い切られ、止められたアマビリスは軽く下唇を噛んで、ミールレスにその気持ちを向けていた。


 ――獄属に払った対価を取り戻すなど、無理ではないですか……兄上


 その感じをミールレスはわかった様に、消えた獄属のあった場所に視線を向けていた……。




 ……ミールレスの視線の先にあった、獄属の虚無なる無獄(ヴァニタス)は、ランヘルの城壁から離れた場所の小屋の中で、これも獄属の傲然たる豪獄(アロギャン)と視線を交わしていた。


「らしくなく、勤勉だな」


「アロギャン。此度のお前の玩具は、中々面白いのでな。空虚な無限の暇潰しには丁度良い」


「なるほど。あまりの事に、我らの起因に立ち返ったかと思ったぞ」


 互いに、奥深く光る紫に準ずる瞳の光だけが見える、薄暗い空間が、冷ややかな空気を作っていた。ヴァニタスはその話の振りに、貸すかに笑う仕草をした。ただそれは、そうした様に見えるだけである。


「まさか、俺がそんな事をすると……ただ、俺の玩具が壊れた。また探すが、この前の事といい『つき』がない。暫くは、お前ので遊ばせて貰う」


「その『この前の』事だが、お前が繋いだカーイムナス様の件は、あたりは付いたのか?」


「それよ。その起因の者に、俺のあの白い者も壊された。それで、続けて神具の欠片が無駄になったんだぞ。だからお前のを貸せ」


 アロギャンの問いに、ヴァニタスは腕を組んで見せた。あまり深刻な感じの言葉ではなく、他人事の様にも見える。それに、貸せと言われたアロギャンは、笑う素振りをして見せる。


「『だから』ってなんだ。ああ、こんな感じて笑う処か? ……まあ、好きにしろ。それと、そいつはあれじゃないのか」


百眼(オキュラス)だけだと、詳しい事はわからんが……調べるのはありだな。お前が、見てみたいなら行っても良いぞ。何だった……ロンドベルグとか言う処だ」


「何で俺が、今はこっちの方が面白い……」


 アロギャンの興味の話に、今度はヴァニタスがケタケタと肩を揺らしていた。……『獄属』そう大層な名を持つ彼は、所謂(いわゆる)悪魔である。


「下らん話は終わりだ」


「ああ、終わりだ。人智の者(カス)ごときに何度も邪魔されて、捨て置ける訳がない……」


「面白い」の言葉の後に、アロギャンは突然口調をかえてヴァニタスの同調を呼んでいた。そんな、二人のフードの中で、至って普通な人面が『悪魔然』とした様相に変わっていった。




 勿論、二人の……恐らく二体の獄属の怒気の向いた先は――クローゼであるのは、客観視して正解なのだろう。


 そんな、悪意ある言葉の対象になったクローゼは、その事実を分かる筈もなく……。旭天が極天に変わり始めた、王都ロンドベルグの屋敷の広目な一室で、若干のふて腐れを見せていた。


「これとあれとそれで、滅茶苦茶忙しかった。エルフの件は、行くだけだと思ったんだけど。俺、やる事多かったよな」


 彼は、ソファーの様な長椅子に身体を埋めて、天井に言葉を投げていた。そんな様子に、同室していたセレスタが優しい顔を向けている。


「お疲れさま。その話ならそうだね。頑張ったクローゼは偉いです」


 私室ではないその場所で、クローゼは彼女の言葉にに満足げな顔を見せていた。どちらかと言えば、リビングの様な扱いの前室で、彼らは二人だけでも無かったが。

 ただ、二人共に休憩する感じを出して、ラフな様相であり、セレスタもいつもの男装では無く、ゆったりした服装をしている。


 その状況で、セレスタのその言葉と口調に、ユーリは違う感じを受けた様に見える。また、ヘルミーネは少し構える感じを出していた。それは、レニエがヴァンリーフ邸に赴いていたのが、大きいのだろうと思われる。


 クローゼ自身は、事に向かう準備の間に飛び回る事になったので、それをこなしての言葉になる。


 その内容が際どいのを、屋敷の者やクローゼ付きの者が室内に結構な感じで居るのに、ユーリすら口を出さずにいたのは、廻りがきちんと補完していたのだろう……



 ……彼は、初めのドワーフの国からヴァリアントに飛びバルサスを送った。そして、そのままクーベンに行き、ニナ=マーリットと謁見をする。

――行きなりの訪問で多少の混乱を招いたのだが、何故か男気な雰囲気を全面に出して、王女を補佐する伯爵の苦い顔を向けられる事になった。


 しかし苦い顔も、クローゼがニナ=マーリットと本題よりも、余談――ドワーフとの酒と腕比べと一騎打ち――で盛り上がり、その笑顔を引き出して見せた事で、最終的には、伯爵を含め周りの者から感謝を受ける事になる。

 当然、本題は極光樹の地(アースヘルム)に来たという、エストニアの使者についてだった。それについて、エストニアの王女としての 言葉を受け取っていた。


 そして、彼はロンドベルグに戻り、グランザを通してルーカスの言葉をアーヴェントに届ける。ただ、私的には、アーヴェントに会って余談を語っていた。


「形式は大事ですから」


 そう、クローゼは「親書は国事で、別件は私事」と筋と道を語り、アーヴェントに驚きを向けられていた。 余談の後では、当然の様にカレンとローランドに、呆れた顔をさせていた。


「クロージュ殿は、見た目と違い武人なのだな」


「違うよ。……いや、『強く』そうなりたいとは思ってる。かな」


「十分強いのでは。ただ、武人と言うよりは、思いの外、好戦的なだけではと思う……」


 そんな三者の会話を満足げな表情で、アーヴェントは認めていた。


 余談ではあるが、ローランドはあの件以来、常にアーヴェントの傍らにいた。召喚者である彼、その実力だけを考えれは護衛として申し分ない。ただ、彼は首輪の騎士である。タイランの意には逆らう事は出来ない。

 その上で、アーヴェントは明らかにそうしていた。――つまりは、副次的に、タイランへの信頼の証しとしてもそうしていたのだ。


 勿論、従属の首輪(サブジュゲーション)の解除に向けては、魔導師達の協力でその方向に動いている。今暫くの刻は必要であるが、いずれはそうなるだろう。ローランド本人は、何故か名残惜しそうではあるが……。




 また、私的に国王と会える程のクローゼは、竜伯爵(グレイブ・ヴルム)の爵位を持つイグラルード王国の貴族であると同時に、竜伯(ブラーフヴルム)として、ゴルダルード帝国の貴族でもある。


 その両者から後押しを受けて、ガーナル平原全域を所領する――今のところは形式的な――有力な諸侯の一角であった。無論、双方に少なからず影響力を持つ貴族となり、彼のそれの様に特異な者と言えた。


「兎に角、名目上御名前を使うのだから、皇帝(カイザー)にあった方がいいな」


「陛下の親書は既に送ってあります。それに、フローリッヒ殿からヨルグガルデには連絡済みです」


「そうか……まあ、行けるとこまで飛んで、後は帝都まで……」


「帝都シュテルグランツまでの日程を考えますと、出発予定には間に合いません。父上が、必ず対面で伝えると言っておりますので……」


 準備の流れの途中で、クローゼはユーリとヘルミーネの二人と、そんな会話をしていた。

 彼が行動を見る先には、二人の否定的な見解が向いていた。その感じに諦めが続いて、それにジーアの笑顔が乗ってくる。そんな流れになった。


「クローゼ君、私に任せなさい。ヘルミーネちゃんちょっと来て」


 ジーアがそう言って、複雑な表情のヘルミーネを手招きする。そして、彼女の額に手をかざして、呪文と共に、ヘルミーネの帝都のイメージを共有して……



 それを挟んで、クローゼはライムントとの接見を果たす。あくまでも非公式で、その後の流れを阻害ない程度にであった。


 厳格で、様式美に優れた帝都シュテルグランツを訪れて、感嘆の声をあげた彼らは、暫しの時間を費やしてその結果に辿り着く。

――恐らくは、多忙の中でクローゼのそれに、ライムントは答えたとなる。ただ、帝国内の情勢は、単純な感じではないと彼の様子が物語っていた。


「対内的に、今以上竜伯(ブラーフヴルム)に手を貸せぬ。形式なのだろう。……名前なら、好きにするがいい」


 クローゼが会った時のライムントが、若干疲れを見せていたと、同行したヘルミーネの言葉を戻る時に聞いて、彼は少し複雑な表情をしていた。

その心情を裏付ける様に、クローゼは、厳格な街並みにも少なくない影があったのを感じていた。




 ……このあたりの流れを、ロンドベルグに戻ったクローゼは、セレスタに告げて彼女の言葉を受けていたと言う事になる。


 その話には、若干の私用での忙しいも含まれていた。実際には、それは別件なのだが、何と無く忙しいに含ませていたのは、あれとそれの間であろう。


「……それは、良いんだけど。ジーアさんの転移魔法のあれが行けるなら、無理して体裁整えなくても良いんじゃないか?」


 クローゼの単純な疑問であった。勿論、グランザもジャンとの依頼の流れで、その可能性は知っていたのだろう。ただ、ジーア程の精度で、見知らぬ場所に行けるとは思っていなかったと言うところになる。


「私は行かないから。そんな不穏なところ。まあ、クローゼ君が『どうしても』って言うなら、エルフの国だし、してあげなくもないわよ」


「閣下がまた大忙しになるだけですが。流石に徒歩で、随員が二、三人と言う訳には行きませんので」


「転移魔法がよく分からないけど、導師は大体この辺って。でもシュテルグランツの時は……フローリッヒ。思った通りの場所だったんだろ」


「そうです」


 出だしの話から、ジーアの言葉を聞いて――魔導師二人の転移魔法を体験した――クローゼの興味は何故かそちらに向かう。それは、結果を端的に述べた、ユーリの言葉を飛び越えた事でも分かる。


 ――転移魔法は転位型の上位互換? で移動式な感じなのは同じか。点で行けるならそう言う事だよな。まあ、魔装具のはもっと荒いけど……


 ヘルミーネの短い答えに、クローゼの思考が流れて、言葉の先をユーリに戻していく。


「二回も行くの面倒くさいから、極光樹の地(アースヘルム)の王宮の場所に、行きなり行けば良いんだろ?」


「まあ、閣下の仰りたい事は、クロエ様達の手引きなし。見知らぬ王宮に突然現れる曲者。誘拐紛いの突撃……。まあ、いきなり戦闘以外の展開はありませんね。下見も根回しに手回しも一切なしで……閣下らしいです。コーデリア様の件で、懲りて見えたかと思いましたが。それに目的は調査ですので」


 先ずは、謁見ありきで、その後にクローゼの策が話としての流れだとユーリの確認が返る。


「そうなのか? 」


「そうですね」


 本当にそうなのかの顔で、クローゼはユーリの頷きに、ヘルミーネの仕草も視界に入れていた。そして、ジーアの声を聞く。


「いきなり突撃なんかしないわよ。怖いじゃない。それに、そうなると動けなくなっちゃうしね」


「なら、ジーアさんじゃなく、戦闘型魔導師のベイカー殿に頼むから良いよ」


「彼は無理よ……彼だけじゃないけど。場景の共有が出来ないから。強いて言えば、アレックス君なら、出来るけど」


「そうなの?」


「そうよ」


 続いてのクローゼのその顔に、ジーアの『当然よ』な感じの顔が入って来た。それに補足されるジーアの説明は、こんな感じになる。


 ――相手の記憶を抜き出す感じのその呪文は、魔導師クラスなら、発動は可能で対象に行使は出来る。

 しかし、それを自身の記憶と同調させれるのは、流動が見える彼女達しか出来ない、とジーアは言っていた。見えるが、記憶に重ねられない……自身体験として他人記憶を取れないと言う事になる。



「難しいから分からないけど、ジーアさんとアレックスなら駄目だな……そうか」


 その頷きに、ユーリが声を併せて来た。


「行きなりでの感じでしたら、閣下の準備も。こちら……宮中伯とレニエさんの準備に、フローリッヒ殿のそれも無駄になりますので、計画通りが妥当かと思われます」


「そうね。クローゼも折角頑張ったんだから、今から無茶しなくても良いと思うけど」


「そうかな」


 セレスタの促しも加わって、クローゼは既に、「そうか」としか思わなくなっていた。


 それに続く、セレスタの「もしそうするなら、ドワーフの王様とエストニアの王女様に、国王陛下と貴方の皇帝陛下に、もう一回会わないと……」で、クローゼは思考を停止した。


 それを体現するように、若干前のめりだった腰かけた姿勢が、再び埋まって行く……そこに、執事長の声かけが入ってきた。


「失礼致します旦那様。レニエ様が戻られました。ですので、予定通りに御食事の用意を始めます」


「そうか」


 心持ち無関心な感じに、セレスタが改めて執事長の確認に、同意と促しを返して……クローゼに声をかけていた。


「兎に角、今日は休憩で。何かあれば後で聞いてあげるから、ね」


「そうだな」


 クローゼはさらっと室内に、視界を併せてからセレスタの微笑みを受け入れていた。


 ――まあ、いいか……とりあえず……「そうか」である。



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