第十六話
逢見学園学園祭。
学校中がお祭り気分に包まれた中に、深紅のロングヘアーをたなびかせた、明らかに浮いている女性の影があった。
「これが学園祭というやつか? 結局のところ、これは学生の商業訓練なのだろうな。北欧では戦争が起きているというのに、暢気なものだ」
吸血鬼ラミアは紺色のセーラー服に身を包み、日本の高校生の中に紛れていた。いや、紛れていたかは大変疑わしい。校舎の廊下で生徒とすれ違うたびに、彼ら彼女らはひそひそと、「あんな目立つ子うちにいたっけ?」だとか、「あの赤毛はウィッグ?」だとか話していたからだ。
しかし今日は学園祭。仮装でもしているのだろう、という思い込みからか、彼女の存在は周囲から見逃され続けた。
彼女の生まれ育った国での記憶は失われている。吸血鬼は寿命が無いため、長い年月を生きるうちに幼少期の記憶が希薄になっていくのだ。しかしこのような光景からは、文化や国境を超えて共通する賑やかな懐かしさがあるような気が彼女はした。自分にはいつしか失われてしまった、若々しく純粋な瞳が眩しいとさえ思う。
ふん、何を今更。
「さてと、望はどこにいるんだ? 確か生徒会がどうとか言ってたな」
「お嬢様、お帰りなさいませ。こちらは2-Bの執事喫茶でございます。お仕事でお疲れのお嬢様方をおもてなしする、癒しの空間でございます。どなたかと待ち合わせでしたら、それまでの間にでもいかがでしょうか?」
目の前には、いわゆる執事服を着た180cmほどの男子生徒が。黒のテールコートに白いシャツとベストを合わせた格式高い装い。磨かれた革靴や控えめな装飾が、清潔感と威厳を引き立てている。
「? お前は何だ? 周りの奴らよりは小奇麗な恰好をしているが、私はただの子供には興味はない」
「そんなことをおっしゃらずに。どうやら格式高いお家に生まれたお嬢様のようだ。どうか未熟な我々にそのご見識をご教授して頂きたく存じます」
次から次へと執事服を身につけた男子生徒が現れる。ずいぶん設定に力を入れているようだ。
「まあ良いだろう。貴族の礼を執る者を邪険にするのも悪いからな。そのおもてなしとやらを試してみようじゃないか」
「はっ。有りがたき幸せ。それではこちらへどうぞ、お嬢様」
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「ふああぁ……。ここ、は……ああ学校か」
生徒会室で仮眠を取っていた望。壁にかかっている時計に目をやると、既に10時になっている。窓の外からは、普段の何倍もの人声が響いてくる。
「会長はいないか。執事喫茶に行ってんのかな。何かを忘れてる気がするけど、とりあえず巡回にでも行きますか」
生徒会室を出ると、辺りはお祭り騒ぎだ。香ばしい焼きそばのソースの匂いが漂ってくる。何だか食欲が湧いてきた。
「叶くん、……ていうかなんだか顔色悪くない?」
名前を呼ばれたので振り返ると、そこには教師の水波雪乃がいた。
「先生。そんなに疲れてるように見えます?」
「まあ大丈夫ならいいんだけどね。そうだ、何かよく分からないんだけれど、今赤い髪の綺麗な女の人とすれ違ったのよね。うちの制服を着てたけど、あんな人いたっけなあ」
「赤い髪ねえ……。赤い髪!?!?」
確実に思い当たる女が一人いることに思い至り、呆気にとられた教師を置き去りにして走り出したのだった。




