第十話
「この街は面白いわね。まるで蟲毒の坩堝。愛が幾重にも絡み合っていて、思惑が幾重にも絡み合っていて、もう引き返せないような所まで拗れてしまっている。ほんの少しの衝撃で、全てが崩れていく。ほんの小さな小石を投げ込むだけで、めちゃくちゃにできる。これは面白いわ。もっと観たい。これらの中心で、感情の渦巻きを、蠢きを、もっともっと感じたいわ」
彼女は、トロイア・ルージュは、その絹のような純白のロングヘアーをたなびかせながら、逢見市の中央を真っ二つに分断する逢見川の河原を歩いていた。時は勿論、宵である。彼女は吸血鬼だ。
「君のような女が来てしまうとはね。この地もいよいよ、混沌の宿命から目を付けられたか」
「……誰?」
彼女から見れば川上に、一人の美しい女性の姿有り。それはとてもとても美しい、燃えるような深紅のこれまたロングヘアーをしていた。
「観ればわかるだろう? 君と同じさ」
「まあ、そうでしょうね」
私が気配を察知できなかった?
ルージュは、背筋に危険信号が発されたのを確かに感じた。
「ここは私の縄張りでね。君がどういう目的でここにいるのかは知らないが、少しでもバランスを崩すようなことをするのなら、……あとは分かるわね?」
「ああ怖い怖い。私は脅されているのかしら。本当にその気なら今すぐ襲って来れば良いじゃない。殺気が足りてないわよ?」
「無益な殺生は嫌いでね。しかし君がその気なら、久しぶりに我を忘れてみようかしら」
「楽しそうだけれど、今日はやめとくわ。面白そうな男を見つけたからね。女にかまってる暇はないの」
「男?」
「また会いましょう」
そう言い捨てると、ルージュは月夜の闇にその姿を沈ませていった。多くの吸血鬼は、影とその体を自在に一体化できる。そこから抜け出すのも自由にできる。
「……これは退屈しなさそうだな。望」
吸血鬼ラミアは、憂鬱そうにくたびれた苦笑を、その整った顔に浮かべていた。




