第一話
ずいぶんお待たせしましたが、第四章スタートです。何かがない限りは不定期で更新します。
夜の世界には、二人だけが知る喜びがある。
世界は二人から始まる。創作もそうだ。小説とは、物語とは、フィクションとは、書き手と感動の子供なのだ。才能と絶望の子供なのだ。希望と絶望の子供なのだ。
一人でいる限り、独りでいる限り、世界は生まれない。物語も生まれない。
今回の物語はそんな物語だ。出会った二人がお互いを求めあい、そして求めすぎるあまりお互いを愛しすぎたために、傷つけあってしまう。力を持ちすぎるあまり、激しくぶつかり合ってしまう。
けれどそうでなければ人間じゃない。悲しみの無い物語など嘘だ。そんなものは私たちは欲しくない。私たちが欲しいのは、本当の本当に感動できる、何度読んでも涙する、何度読んでも絶望する、何度読んでも大切な誰かに会いたくなる、そんな物語だけなのだ。
それでは再び始めよう。手加減することはもうない。どんな感想もクレームも上等だ。小説なら何かいても訴えられることもない。負けても死なない遊戯なんてぬるすぎる。
これが世界のどこかで今も戦っているそこのあなたを辛いことから忘れさせ、ほんの40秒でも癒すことができれば幸いである。
「ラミア、そこのオリーブオイルを取ってくれ。ペペロンチーノを作りたい」
「望、今日の酒は白ワインだからカルボナーラにしないか? そちらの方が合うことにこの前気づいたのだ」
逢見市内のアパートの一室、家賃7万円のどこにでもある1Kの部屋で、一人の男と一人の女吸血鬼は、夕食のメニューに関する議論をいつも通り始めていた。望、男子高校生である彼の意見が通ることはほとんどない。10回に1回くらいだ。それを素直に聞いてしまう彼は、恐らく将来的に何とは言わないが尻に敷かれるタイプだろう。
「どうして未成年が酒飲むやつの好みに合わせないとなんだって言っても聞かないんだろうな」
「いいじゃないか、カルボナーラ美味しいし」
「まあいいけどさ」
ラミア。彼女は鮮やかな燃えるようなスカーレット色のロングヘアーと瞳をしている。おとぎ話の中から出てきたような、面妖な、それでいて非の打ちどころのなく美しい。陶器のような輪郭。胸元から青白く浮かび上がった血管。高く気高い鼻筋。既に白ワインを飲みだして紅潮してきた頬。
姿は日本の着物だ。金色の十二単を身に着けている。この間まで着ていたワインレッドのドレスは飽きたらしい。
「それにしても生徒会とやらで帰りが遅くなるのはいただけないな。一人で散歩するのも飽きてきたぞ。何か新しい趣味でも始めるかな」
「今だとSNSっていうのが流行ってるらしいぞ。身の回りで起こった面白いことをインターネットに投稿するんだ」
「いんたーねっと? それは回覧板か何かか?」
おばあちゃんかな?
「これだよ。iPhone7っていうんだけど、触るだけで操作できる。世界中の人の投稿が簡単に観られる」
「何だこれは!?!?!?!? まるで千里眼ではないか!?!?!?!?!?!」
「そこまで驚かなくても。今は常識だぞ」
「人間も舐めたものではないな。我らのような異能を、技術だけで再現するか。彼らの想像力も捨てたものではないな」
「回覧板っていうワードが出てくる程度の想像力のやつに言われてもなあ」
「おいこら、そんな口をきいているとまた酒飲ますぞ小僧」
「本当に勘弁してくれ。明日も生徒会で朝が早いんだ」
彼ら彼女らのそんな日常も、多くのものを失ったあとにようやく取り戻したものだ。日常の些細な幸せとは、一度失った後に初めて知覚できるものだ。しかし一度でもそれに触ることができれば、私たちはいつでも、何度でも思い出せる。それが確かにあったことを。
これは再びこの世界に心を凍てつかせるような絶望が訪れるまでの、ひと時の暖かな日常。けれど、世界と戦うためにどうしても必要な、心に抱くべき心象風景だ。




