7.空白
岸野と別れたあと、駅へ向かって歩き出す。
送ると言われたのを断ったのは――
少し、一人になりたかったからかもしれない。
病院の周辺は、独特の空気がある。
調剤薬局。
花屋。
小さな飲食店。
どの店も、ここを訪れる人たちのためにあるのが分かる。
見舞いに来た人。
通院している人。
それを迎える側の人。
いろんな立場の人間が、同じ場所に集まっている。
その中を、ただ通り過ぎる。
街路樹の若い葉が、光を透かしている。
足元に、やわらかい影が揺れる。
ふと、腕時計を見る。
三時を回っていた。
時間だけが、きちんと進んでいる。
だが、自分の中は止まったままだった。
腹は減っていない。
喉の渇きだけが、少し気になる。
そのまま歩き続ける。
やがて、景色が変わっていく。
静かな通りから、大きな通りへ。
車の音が増える。
人も増える。
コンビニやファストフード店が並び始める。
見慣れた景色。
日常の中に戻ってきたはずなのに――
どこか、遠い。
コンビニに入る。
店内は、思ったよりも空いていた。
奥の冷蔵ケースから、スポーツドリンクを一本取る。
それだけのつもりだった。
レジへ向かう途中。
お菓子売り場の前で、足が止まる。
小さな子どもが一人、立っていた。
手のひらに乗せた硬貨と、棚に並んだお菓子を交互に見ている。
何度も。
同じ動きを繰り返している。
(足りないのか)
すぐに分かった。
欲しいものが買えない。
そんな顔をしている。
その子は、しばらく迷ったあと、隣の商品を手に取った。
少し安いものだ。
それを持って、レジへ向かう。
俺は、その後ろに並んだ。
店員は無言でバーコードを通す。
ピッ、という音だけが響く。
「……円です」
小さな声で金額を告げる。
子どもが硬貨を差し出す。
数を確認し、レジに入れる。
商品と、おつりを渡す。
それだけ。
子どもは嬉しそうに商品を握りしめ、駆けていった。
俺の番になる。
同じ流れ。
商品を置く。
バーコード。
金額。
支払い。
受け取る。
何も変わらない。
「ありがとうございました」
抑揚のない声。
それを聞きながら、ふと思う。
(……俺と同じだな)
言われたことをやる。
決められた手順をこなす。
間違いはない。
問題もない。
でも――
そこに、自分はいない。
袋を受け取る。
そのまま店を出る。
外の光が、少しだけ強く感じた。
歩きながら、キャップを開ける。
一口、飲む。
味はよく分からない。
ただ、水分が体に入っていく感覚だけがあった。
さっきの子どもの顔が、頭に浮かぶ。
あの子は、自分で選んだ。
欲しいものではなく、買えるものを。
それでも――
納得していた。
(俺は……)
足が少しだけ止まる。
何を選んできたのか。
そもそも、選んできたのか。
分からない。
ただ、流れてきただけだ。
キャップを閉める。
また歩き出す。
人の流れに紛れる。
どこに向かっているのかは、相変わらず分からない。
それでも――
足は止まらなかった。




