1.健診の封筒
会社で受けた健診。
その結果が入った封筒を、庶務課の女の子から手渡される。
こそこそと自分の机に戻り、自分の体で影を作って封筒を覗く同僚達。
庶務課の女の子は営業三課の部屋を見回し、全員に配り終えたのを確認すると部屋から出て行った。次の部署の人間にも、この封筒を配るのだろう。
俺も配られた用紙を、同僚達と同じように開いた。
薬剤会社勤務だが、どの項目がどのくらいの数値だったら正常か、なんていちいち覚えていない。
だから数値の横にあるアルファベットのH(高い)やL(低い)が無いかを確認する。
だが、自他共に健康だけが取り柄と認識していたので、毎年ただ眺めているだけだった。
まあ今年からはメタボがうるさくなったので、ウエスト周りの数値だけが多少気掛かりだったが、問題はなかった様だ。
――だが。
最後の備考欄で、視線が止まる。
『さきに実施しましたがん検診の結果、もう一度検査をする必要がありますので先日健診を受けられた(医)社団新緑若葉会みどりの葉病院へおいで下さい。なお……』
続きの文字を読む気力は、もうなかった。
「GOTが83か。去年よりは下がったが、まだ少し高いな」
俺とは逆に、不健康自慢の田岡課長が声をあげ、自分の丸い腹を撫でる。
田岡課長は「肝臓が悪いからすぐに疲れてしまう」が口癖だ。だが、すぐ疲れると言っているわりに営業成績が良いのが不思議でならない。
医学系にまったく興味の無い俺も、課長のその口癖で、肝臓が悪いと疲れやすいのだということだけは早々に覚えた。
課長の言葉を合図に、ざわざわと「自分もですよ」とか「私は血圧が」なんて声が出始める。
すると、意気揚々と課長の腰巾着である戸上が、
「課長はお付き合いで飲まれますからね。でもその数値で抑えられているなんて立派です」
などと、よいしょを始める。
部屋に、いつもの空気が戻っていく。
――だが俺は、その輪に入れなかった。
今までが健康だっただけに、“再検査”という言葉が、余計に重くのしかかる。
「金子君、キミはどうだったんだい?」
ひとしきり課長のよいしょが終わった頃、戸上が声をかけてきた。
「え? はぁ……」
何と言っていいのか分からず、あいまいな返事だけを返す。
「まあキミの場合、健康だけが取り柄だからね」
部屋に笑いが起こる。
戸上は満足そうに自分の席へと戻った。
俺は怒りさえも忘れて、ただ自分の席に座り込んでいた。
机の上に置かれた紙。
そこに書かれた、たった一行。
“再検査が必要です”
その文字だけが、やけにくっきりと目に焼き付いていた。




