ダイ13時代 杞ユウであったと、信じたかった
翌日。レーガリン、ヘスペロー、ペティの3人は、登校してすぐバウソーのクラスに出向き、教室の外の廊下に集まった。
「ズーケンは…どうだ?元気だったか?」
「ズーケン本人には会えなかったけど、ズーケンのお母さんにはちゃんと話してきたよ。お母さんも悩んでいるようだったけど、これでズーケンを病院に連れて行ってくれるんじゃないかな。それでズーケンの具合が少しは良くなればいいんだけどねぇ」
「そうか…そうだな…」
レーガリンからの報告に耳を傾けるバウソーは俯き、溜息をつく。その表情は暗く、思い詰めた様子だった。
「こればっかりはあいつ次第だ。少なくとも家にいるだけじゃ良くはならねぇし、病院にさえ行ってくれれば良くなるかもしれねぇし、俺達はその手助けの為に出来る限りのことはした。あとは、ズーケンが少しでも良くなるよう祈ってやれ」
「それに、もしズーケンさえいいなら、僕達の方から会いに行ってあげればいいよ。その方が僕達は安心だし、ズーケンも同じ様に思ってくれる筈だから、あんまり思い詰めないでね」
「…すまんな」
同じ不安を抱えているであろうペティとヘスペローからの励ましを受けるバウソー。表情も不安も晴れないが、二人の気持ちには感謝を覚えていた。ただ、一つ相談したいことがあった。
「実は…明日、ユウティの手術があるんだ。だから、あいつを励ましに見舞いに行ってやりたいんだが、みんなも来てくれるか?ユウティもオプローケも、お前達に会いたがっている。俺としてはズーケンにも来てほしかったんだが、お前達だけでも来てくれたら、二人共喜ぶ筈だ」
「僕はいいけど、オプローケはまだ入院してるの?」
「手術が終わってしばらく様子を見る為らしい。退院は明後日とのことだ」
ユウティの手術を前に、バウソーは自身とのこともありユウティが一番気にかけていたズーケンに会わせたかった。だがそれが叶わなくとも、せめてレーガリン達3人だけでも会わせ、ユウティを喜ばせたかった。そんな思いもあってか、バウソーはレーガリンの疑問に答えながら、少なくとも彼が来てくれることに安堵していた。
「そうなんだね。二人が喜んでくれるなら、僕もいくよ。丁度二人のことが気になってたし、何より二人に会いたいからね」
「だな。ズーケンがいなくても誰も行かねぇよりはいいだろうしな」
「そうか…。ありがとう。あいつらも喜んでくれるだろう」
ユウティが望む形にはならなくとも、手術を控えている時に友人が見舞いに来てくれるだけでも励みになるだろう。感謝の意を込めて頷くバウソーの思いに応えた3人は、手術を控えたユウティと、手術を終え退院を待つオプローケの見舞いを快諾するのだった。
「二人共、元気そうで良かった。今日もお前達の元気な顔が見られて安心したぞ」
「僕も、みんながまた会いに来てくれて嬉しいよ」
「バウソーが、ユウティが手術を控えているから応援してあげてほしいって、僕達も誘ったんだよ」
「そうだったんだ…ありがとうみんな。僕、頑張るよ」
翌日。再び見舞いに訪れたバウソーとレーガリン達に見せたユウティとオプローケの笑顔は、以前と変わらず明るかった。特にオプローケは手術を終えたこともあってか、以前よりも心が晴々としているようにも見えた。ユウティもまた、明日手術を控えているものの不安や緊張を感じさせなかったものの、気がかりなことがあった。
「ズーケンは、どうしたの?具合でも悪いの?」
「ズーケンは今ちょっと、予定が合わなくてさ。今回のところ僕らで我慢してよ。でも、手術が終わればきっと会えるから、それを励みに頑張ってよ」
「そっか…そうだね」
ズーケンのことはあらかじめ、ユウティ達には伏せることにしていた。ズーケンがいつ良くなるかは本人も分からなかったが、いつか必ず元気になると信じたかった。気がかりだったズーケンの不在に、ユウティ達は少々気を落としたものの、レーガリン達だけでも見舞いに来てくれたことが嬉しかった。
「僕が上手くいったんだから、ユウティは絶対大丈夫だよ」
「ユウティ。手術は簡単なものかもしれないが、正直不安はあるだろう。だが、手術が終わったら、今度は俺達でズーケンに会いに行こう。そしたら、ズーケンもきっと元気になるさ」
オプローケの手術と比較すると、ユウティの手術は然程難しいものではなかった為、自身が成功したなら、ユウティの手術もきっと成功するだろう。オプローケは前向きに考えていた。それはユウティも同じだったが、手術への不安は変わりない。バウソーは手術を終えたその後を励ましたつもりだった。
「ズーケン…具合でも悪いの?」
「あ…」
ズーケンもきっと元気になる。その言葉で、ズーケンの身に何かあったのではないかと心配そうに見つめるユウティを前に、バウソーは目と口を開けたまま固まってしまった。彼と同じくレーガリン達3人は思わず互いに顔を見合わせる。ズーケンの現状は伏せる前提で話を合わせていた為、想定外の事態だ。
「ちょっといないいないばあでもするか」
「ぬおっ⁉な、何も見えん!」
一瞬場に緊張が走った瞬間、うっかり口を滑らせたバウソーの顔は、ペティの蝙蝠のような両腕によって覆われた。
「いや別にそうじゃなくて、何も元気づけるのは元気がない時だけじゃなくたっていいしさ。ただでさえ元気なズーケンのことをさらに元気づけちゃおうってことさ」
「そっか…それもそうだね…」
顔には出ていないが内心大慌てのレーガリンの嘘を信じたユウティ。納得した表情だったが、彼は部屋の隅を見つめている。しかしそこには、誰もいない。
「どうかしたの?」
「え、あ、いや…なんでもない」
ハッと我に返ったユウティは、一度レーガリンに首を横に振るが、すぐに視線を隅に戻す。彼は少し、何かに怯えているようだった。
「ユウティ。退院した後、何かやりたいことってない?ほら、何か楽しみがあった方が頑張れると思うし、励みにもなると思うんだ」
ユウティがどこか不安そうにしているのはヘスペローも感じ取っていた。しかし、それは手術への不安から来ていると捉えており、その正体は彼含めて誰も分からなかった。
「いっぱいあるよ。まずは、またパパとママと一緒に暮らすんだ。ママのご飯食べて、パパと、学校に行って、友達と遊んだり話したり、レーガリン達とも一緒に遊んで…それで…ズーケンに会いに行くんだ…バウソーと一緒に」
「ユウティ…」
ヘスペローは退院した後のことを考えた方が気持ちも前向きになれる筈だと、なるべくズーケンの話題か遠ざけようとしたが、ユウティは今、ズーケンのことが気になって仕方がなかった。さらにバウソーはこの時、ズーケンは自身やレーガリン達は勿論、会って間もないユウティにとっても大きな存在であることを感じた。また、そのズーケンと今は会うことすらままならないことへの寂しさや、ユウティのズーケンに対する思いや、彼の人を思いやる気持ちや優しさも感じ、寂しくも温かい気持ちになれた。
(ズーケン…やはりお前の代わりはいない…。今の俺は何もしてやれないが、またお前と一緒にいられる日がくるのをみんなで待っているからな…)
次の日。レーガリン、ヘスペロー、ペティ、そしてケルベロ3兄弟は、思んず~るを訪れた。前日の夜、レーガリンの元に、ルーズからマニヨウジ復活の件で話がある為、集まれる者だけ思んず~るに集まってほしいという連絡があったのだ。
「みんな来てくれたのね。嬉しいわ」
ルーズからの連絡を受け、もれなく7人やってきたレーガリン達をルーズは歓迎するが、その表情と声からはいつもの明るさはない。今、ある問題を抱えているからだ。
「皆に連絡したら、全員来るってさ。みんなマニヨウジだけじゃなくて、ズーケンのことが心配なんだよ」
レーガリンとルーズは、マニヨウジの復活のことで連絡を取り合う為連絡先を交換していた。ダイチュウ星にもスマートフォンのような携帯端末が普及している。レーガリンやルーズのような四足歩行のダイチュウ人は、ギョリュー系のユーリ達と同じく腕時計タイプのものを所持している。ケルベロ3兄弟のような指が5本ある者は、スマートフォンのような端末を所持するものが多い。ただ、ヘスペローとペティとバウソー、ケルベロ三兄弟は携帯電話を所持していない為、レーガリンが各々の家に電話し、その内容を伝えたのだった。因みにレーガリンが所持しているのはいわゆる子供用のものであり、最新のデジタルに触れる為、我が子の現在位置を把握する為に持たされたものだ。
「マニヨウジのことだったら、俺達も黙っちゃいられないからな。それに、やっぱズーケンのことが気になってしょうがないんです」
ケルベがマニヨウジへのと、ズーケンへの思いを語る中、兄と思いを共にするルベロは、好奇心のままに初対面のおりんを持ち上げる。
「まーそんなとこだ。んで、お前か?おりんのダイナ装備ってのは?」
「初めまして、だね。いかにも俺は見ての通りおりんのダイナ装備のオリンクス。よろしく頼むよ」
「おりんか…。いかにも死者の魂をあの世に送るダイナ装備にぴったりの器だ」
「そうかい。実は内心、俺も同じように思ってたんだ。そう言ってもらえて嬉しいよ」
「お、そうか…」
ルベロの両手の中で台座ごと持ち上げられたオリンクスは、ユーリの件が解決した後ルーズ達と共にダイ大陸へと向かい、思んず~るにて他のダイナ装備達と生活を共にしていた。そんな彼を見て感じたことが思わず出たベロンは、照れた顔を俯かせた。
「ところで、急にどうしたの?マニヨウジのことで話があるって言ってたけど、もう結界も消えたわけだし、今すぐにでもあの世に送れるんじゃ?」
「それもそうなんだけど…厄介なことになってるのよ」
「厄介なこと?」
一見、誰が見ても首を傾げるレーガリンの言う通りだったが、ルーズ達はある大きな問題を抱えていた。
「レーガリン殿の言う通り、やろうと思えば今すぐにでもレイコ殿に憑依したマニヨウジの魂をあの世に送れるかもしれん。しかし、マニヨウジの魂と彼女の魂は奴の怨念と彼女の負の念によって強く結びつき、引き離すのが難しい状態にある。強引にマニヨウジをあの世に送ろうとすれば、レイコ殿の魂もあの世に送ってしまうだろう」
「それで、レイコさんからマニヨウジをどうやって引き離すのかが課題なんやけど、現状特にこれといった手段があらへんのや。意識がないとはいえ、まだレイコさんが生きている以上無理矢理マニヨウジと一緒にあの世に送るわけにもいかん。かといってこのままレイコはんが息を引き取るのを待っとったら、レイコはんが遺した未練による負の感情をマニヨウジが取り込み、奴は力を取り戻す可能性かもしれへん。レイコはんの心残りはおそらくズーケンはんに憑りついたガーティ。戦時中から抱え続けてきた分その思いは強く、下手すればマニヨウジに更なる力を与えるかもしれんのですわ」
「そんな…」
意識はないものの、レイコは今も生きている。かつての恋人ガーティへの思いを、彼以外の相手と一緒に罪悪感を抱えたまま、その負の念はマニヨウジの復活の為のエネルギーとなり、その心残りはレイコが息を引き取った際に未練へと変わる。その際に生まれるであろう負のエネルギーはより強く、マニヨウジは復活の為だけでなく、更なる力を手に入れる可能性もある。それが分かっていても手出しが出来ない現実に、レーガリン達は落胆と共に肩を落とした。
「どうにかレイコ殿の未練を解消出来れば奴との繋がりを断ち、マニヨウジの魂のみを送ることも出来るかもしれんが、レイコ殿は意識がない上ガーティ殿は既に世を去っている。ズーケン殿身体を介しガーティを降霊しても、レイコ殿の意識がなければ話は出来ず、そもそもズーケン殿は今外に出られる状態ではない。どの道、レイコ殿を救う手段も、マニヨウジを止める手段も、拙者達にはない…」
「おまけに、レイコはんはもうすぐ世を去る…。ただでさえ打開する手段もない上残された時間もない、マニヨウジにとってこれ以上の相手はおらんでしょう。全く…厄介なことになりましたわ…」
現状、マニヨウジが力を取り戻す様を見ていることしか出来ない。どうすることも出来ない現実を前に、場に重苦しい空気が流れ始める。それに耐えられなくなったヘスペローが溜息と共に顔を上げると、壁に立掛けられた時計が目に入る。時計針は間もなく、午前10時半を示そうとしている。
「今頃ユウティは手術かなぁ…上手くいってるといいな…」
「オプローケの時よりは簡単な手術だって言ってるから、多分大丈夫だろ」
「そういやそんな時間だねぇ」
時刻は午前10時半頃。昨日のユウティの見舞いにて、ユウティの手術は朝9時からと聞かされていた為、ヘスペローやペティは今朝からどこかソワソワしっぱなしだった。レーガリンはマニヨウジとズーケンのことで頭がいっぱいだったからか、すっかり失念してしまっていた。
「あら、誰か手術でもするの?」
「ユウティという、ジューキャク系で俺と同じクラスの同級生なんだ。おそらく今頃手術を頑張っている筈だ。他にも、同じ学校ではオプローケというヨロイ系の少年も入院しているが、彼は既に手術を終え、今日退院することになっているんだ」
「オプローケの退院は午後2時だって聞いたから、折角だから俺達も一緒に行こうって話になったんだ」
「ユウティは社交的な奴だから、一人でも見舞いが多い方がいいと思ってな。オプローケは人見知りなところもあるが、ユウティと仲良くなれたなら、少しずつ打ち解けてくれるだろう」
「あらいいわねそれ~!きっとそのユウティちゃんとオプローケちゃんも喜んでくれるわ」
「…だといいがな」
バウソーとケルベは、小さく拍手するオプローケと共に新しい友人が出来ることへの期待に寄せる一方、ベロンは緊張でいっぱいだった。ケルベから二人への見舞いの誘いがあった時、ベロンに緊張が走った。人見知りの彼は初対面の相手が苦手だったが、だからといって兄達が見舞いに行ったのに自分だけ家に残るのはモヤモヤする上、自身の人見知りの為にバウソー達と会う機会をふいにしてしまうのはもったいないと、少しだけ勇気を奮ったのだ。
「その見舞い、少し考え直してみてはどうだ?そのユウティ殿とオプローケ殿との約束は百も承知だが、レイコ殿の容態次第では、お主達に危険が及ぶかもしれん。彼女が負の感情をエネルギーとして取り組む為に利用されている以上、マニヨウジに命を奪われる心配はないだろうが、こうしている間にも彼女自身は衰弱している。万が一のことも十分あり得る」
「せやなぁ。レイコはんの魂の状態からして、いつ息を引き取ってもおかしくあらへん状態ある故、今すぐにでも生存確認がしたいんですわ。もし既にレイコはんが息を引き取っていた場合、それなりに覚悟と準備が必要になるでしょうからなぁ。ここは一度、あちき達が様子を見に行って、彼女が無事なことを確認してから見舞いに行ってやるとええかと」
「そしてもしもの場合は…私達の出番というわけだな」
もし病院に赴き、既にレイコが亡くなっていた場合、その場で力を取り戻したマニヨウジと戦うことになるだろう。そうなった場合アサバス達ダイナ装備は必要になるが、レーガリン達がいると彼らにも危害が及ぶ可能性がある。バザルとパチキチはそう判断し、まず自分達でレイコの容態を確認することにしたのだ。
「でも、僕達がいなかったら病院に行く口実がなくなっちゃうよ?僕達の見舞いの付き添いならまだしも、バザルさん達だけじゃ行く理由がないじゃないか」
前回は初めに病院に訪れた際は健康診断、その次はオプローケの見舞いの付き添い、そして先日は熱を出した息子の診察、どれも病院を訪れる理由や建前が明確にあったが、今回の場合病院に行く理由も、レーガリン達がいなければ見舞いの付き添いという建前がない。
「そうねぇ…私この前健康診断引っかかっちゃって、再検査することになったんだけど検査明日なのよ~。今日だったら良かったんだけど、病院の都合ってのもあるでしょ?何かいい手はないかしら~」
「なら、仕方ありまへんが、レーガリンはん達の中から一人だけあちき達と一緒に病院へ行き、あちき達が先にレイコはんの様子を見て、まだ存命でしたら他の子達と一緒にユウティはん達の見舞いに行く。それでどうでっか?」
「おおそりゃいい。それなら安心して見舞いに行けるな」
色んな意味で困り果てたルーズが両手で腹をさする。アムベエは賛同するが、問題があった。
「もしレイコさんが亡くなっていて、マニヨウジが力を取り戻していたら、マニヨウジと戦うことになるのよね。となると、私達ダイナ装備が必要になるわね…担架の私はどうやって病院に持ち込むのよ?誰も病気なんかしてないし」
「なら、カンタだけはみんなと一緒に残ってくれ。それで、いざという時は俺達のことを助けに来てくれ」
「そうね…担架が病院に入れないって変な話だけど、いつでも皆を助けにいけるよう、留守番してるわ。って言っても、みんなに預かっててもらうだけだけどね」
「ていうか、バウソーが行くの?」
「ああ。ユウティとオプローケの見舞いに誘ったのは俺だからな。俺が行くべきだろう」
「そのお気持ちは分からなくありまへんが、バウソーはんは受付が済んだら一度病院の外に出てもらいますさかい。それで、外で皆さんと一緒にあちき達からの連絡を待ってくれればええんですわ。そんなに気負う必要はありまへん」
「そ、そうか…」
バウソーは、レーガリン達に見舞いを頼んだことで自身が代表になるつもりだったが、彼が思ったより大した役割ではないらしい。パチキチの言葉で拍子抜けすると同時に、肩の力が抜けていくのを感じた。
「でも、バウソーちゃんの気持ちはすっごいよく分かるわ。バウソーちゃんは責任感が強い子だし、自分に出来ることがしたいのよね。折角そこまで言ってくれるなら、バウソーちゃんにお願いしましょ」
「そうか!恩に着る!」
自身の思いを汲んでくれたルーズに感謝を込め、バウソーは深く一礼した。同行するのは誰でもいいことは分かっていた。今回は60年前自身に憑依したマニヨウジが復活しようとしていること、そのマニヨウジによって心に傷を負ったズーケンが苦しんでいる。バウソーは自身を救い出してくれた恩人にして親友が、自身の顔を見る度に苦しむ様に心を痛めていた。彼の為になるなら、どんな些細なことでも力になりたかったのだ。ルーズがそこまで理解していたのかは分からなかったが、バウソーはその些細な機会を与えてくれた彼女に、頭を下げずにはいられなかったのだ。
「では、ただちに見舞い参ろう。ただし、今回の見舞いは下手すればお主らの身に危険が及ぶかもしれん。だが、いざその時が来たら、我々は全力でお主達を守る。しかし、もしもの時は…お主達だけでも逃げてくれ」
「…」
もしレイコの死と共にマニヨウジが力を取り戻していた場合、マニヨウジと戦うことになるだろう。しかし現状、バザル達にはマニヨウジとレイコの魂を分離する力もなければ、マニヨウジを倒す力もない。レーガリン達も、ズーケンがいない以上一度マニヨウジを退けたズケロッティにはなれない。誰も、マニヨウジを倒す力を持っていなかった。
「分かった。じゃみんな、さっさと行こっか。心配なこともあるけどさ、絶対に起こるとは限らないし、少しだけでも、力抜いてこうよ。オプローケとユウティは、僕達を待ってるんだからさ」
マニヨウジの復活は何より恐ろしいが、自分達を待つ者達もいる。覚悟しつつも、レーガリン達はレイコがまだ生きていることを信じ、自分達が来るのを楽しみにしているであろう退院と手術を控えた友人達の元へ急ぐのだった。
「ではバウソーはん、一度皆の元へ」
「ああ。あとは頼んだ」
受付を済ませた後、パチキチ達はレイコの安否確認をし、バウソーは一度病院の外で待つレーガリン達と合流し、連絡を待つ。その手はず通り、レイコの元へ向かうパチキチ達の背を見送ると、バウソーも病院を出ようと彼らに背を向ける。
「バウソー」
その時、今まさに向こうとしていた方向から、聞き覚えのある声が彼の名を呼んだ。
「オプローケ…?もう退院なのか?」
バウソーはこれから会いに行こうとした相手が目の前にいることに目を疑い、一度病院の時計に目をやる。昨日バウソー達が聞いた話では、退院まであと30分程ある。
「お父さんとお母さんが、予定より早く来てくれたんだ。本当は今すぐにでも帰れるけど、ユウティがまだ手術中だし、バウソー達が来てくれるからって、一緒に手術が終わるのを待ってもらってたんだ」
「そうだったのか…。あ、どうも」
ユウティの手術を両親と待ち、その間手洗いに行ったオプローケと遭遇したバウソー。オプローケが片手で示す先には彼の両親と、今まさに息子が手術の最中にあるユウティの両親が、それぞれ不安な表情を浮かべながら並んで座っている。それぞれの両親と目が合うと、バウソーは思わず背筋を伸ばし、双方と会釈を交わした。そしてバウソーが頭を上げた直後、オプローケが口を開く。
「ねぇ、バウソー。実は昨日、みんなが帰った後、ユウティが言ってたんだ…」
「何をだ?」
自分達が病室を後にした時、ユウティが何を話していたのか。オプローケの表情からして、おそらく明るい話ではないだろう。
「あれ?オプローケ、もう退院してたの?」
オプローケの話を聞こうと無意識の内に前のめりになっていた時、その背後から聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
「レーガリン、どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも、今ルーズさんからレイコさんがまだ生きてるって連絡があったから来たところだよ。なのにバウソーが来ないな~って思ってたら、オプローケと話してたんだねぇ」
ルーズからのメッセージには、レイコさん大丈夫だった(ルーズの種族ルーズが両手で〇を表した絵文字)みんな来ていいわよ~(ルーズが手招きをしている絵文字と5つのハートの絵文字)とあった。ダイチュウ星の端末には、自由に絵文字を生成する機能があるのだ。
「ユウティは…まだみたいだな」
今にも不安に押し潰されそうなユウティの両親の表情から、ペティはまだ彼の戦いは終わっていないことを察するのだった。重苦しい空気が流れる中、バウソーは一息つくとユウティの両親に向き直る。
「ユウティのお父さん、お母さん。ユウティは、手術があって不安だった筈なのに、いつも見舞いに来た俺達に明るく元気に振舞って、逆に励ましてくれてたんです。それに、今は自分のことでいっぱいいっぱいの筈なのに、友達のことを心配して、手術が終わったらその友達を元気づけようって約束してくれるぐらい、心優しい子やつなんです。そんなあいつなら、俺達の為に、ご両親の為に、絶対にみんなの元へ帰ってきてくれる筈です」
「…!」
今まさにユウティが命の行われている中、誰もが不安を感じていた。オプローケとバウソーは、自分達よりも強い不安に見舞われ押し潰されそうなユウティの両親に、自分達の願いと共に強く励ました。彼らの脳裏には時折万が一の事が過り、その度に心の中で振り払っていた。おそらく、彼の両親もそうなのだろう。そう考えると、バウソーは何か言わずにはいられなかったのだ。
「そっか…そうだよね…。ありがとう…」
バウソーのユウティへの熱い思いから出た励ましの言葉に、夫婦は、特に母親は涙を浮かべる程感激していた。彼は、息子の手術のことで不安でいっぱいの自分達両親を励ましてくれている。決して息子にとっていいとは言えなかったであろう入院生活の中で、息子は自分達の知らない間に温かい友人関係を築いていたのだ。その友人の気持ちは勿論、彼のような親友がいたことが何より嬉しかったのだ。
「あ…先生…」
看護師と共に、ケルベロ兄弟のようなチョーキャク系の医師が向かって歩いてくるのを、ユウティの父親が気付き、思わず立ち上がった。
「先生!ユウティは…あの子は…」
父親と同じく、医師の姿が母親の目に入ると、駆け寄り尋ねる。医師は、彼女の今にも不安に押し潰されそうな目を真っ直ぐ見つめ、口を開いた。
「手術は、予定通り終わりました。ユウティ君は、よく頑張ってくれました」
「…!」
その言葉を聞いた瞬間、ユウティの母親は安堵、喜び、感謝が全身を駆け巡った。身体中の不安、緊張、力が解ける感覚を覚え、その場に座り込んだ。そしてユウティの母のように、誰もが全身の力が抜ける感覚を覚えた。
「よかった…本当によかった…!」
「ユウティ君は今は眠っていますが、今日明日には意識が戻ると思います」
「先生…ありがとうございます…!」
母親は座り込んだまま言葉にならない程の思いと涙が溢れ出し、父親も彼女と同じように言葉に表し切れない共に医師に感謝を込め、深々と頭を下げた。
「よかったわ~…無事に手術が終わって…」
「まーだいじょーだとは思ってたけど、ずっと生きた心地がしなかったんだよなー…」
安堵の一息と共に肩の力が抜けるルーズや片手で頭をボリボリ掻くルベロを含め皆、息が詰まりそうになる程の息苦しさを感じながら、手術の成功を祈っていた。そしてその祈りが形となった時、皆一斉に緊張と不安と共に息を吐いた。
「皆さん…ユウティの為に…あの子の為に、ありがとうございました…!おかげさまで、あの子の手術も無事に終わりました…!」
座り込んでいたユウティの母親は、涙を拭いながらゆっくり立ち上がると、バウソー達に涙ぐんだ声で再び感謝を伝えながら、深々と頭を下げた。
「いえいえ。先生の腕とご両親の思い、そして何より、ユウティ自身の生きる力があってこそです。俺達はその、ほんの手助けをしたまでです」
「ま…そんなとこだな」
「バウソーはん達はともかく、あちき達はほんまにいただけですさかい、何の力添えになってないでしょうが、無事に山場を乗り越えて安心しとります」
ユウティの母親に対し、バウソーは笑顔で答える。ペティはバウソーの真っ直ぐな言い回しに少々恥じらいを感じたものの、パチキチと同様思いは同じだった。
「みんな、来てくれてありがとね。ユウティの手術が上手くいったのも、きっとのおかげだよ。特にオプローケとバウソーは、ずっとあの子を励ましてくれてたからさ」
「そんな、僕なんて…でも、これで僕も安心して退院出来るよ。僕だけ退院出来ても、ユウティが退院出来なかったらずっと心配だっただろうからね」
「それもそうだね。退院したら、オプローケの退院と一緒にお祝いしなきゃねぇ」
ユウティの父親も、息子を励まし続けた少年達に気さくな笑顔で礼を告げる。照れ臭そうに俯くオプローケと、レーガリン達は近い内に彼とユウティの退院祝いを開き、その席にズーケンがいることを、ズーケンがユウティとバウソーと一緒にいられるようになることを願うのだった。
ユウティの手術から二日後。その日、レーガリン達の通う憩川小学校にて、全校児童を集めた集会が開かれた。体育館に集められた児童達は、いつものように今日も賑やかにお喋りを楽しんでいる。変わっているところがあるとすれば、児童達は何故集められたのかが一切聞かされていない事だった。そしてもう一つ。
「こらぁっ!静かにしろ!座れ!」
お遊びがエスカレートし立ち上がった二人の男子児童を、モトロオが声を張って注意する。その際の声と表情はいつもよりも鋭く、彼に注意されることに慣れている男子児童達もその気迫に押される形で静かに座った。
「なんかいつもよりピリピリしてるな…」
「どうしたんだろう…」
いつにもまして気が立っている担任に、ペティとヘスペローは異様な空気を感じていた。また、異変を感じているのはモトロオだけでなく、他の教師達の面持ちもどこか険しい。中には、涙を浮かべている者もいる。そしてそれは、ステージ上の教壇のマイクにスイッチを入れた校長ケイティも同じだった。
「皆さん。先程突然集まることになって、驚いている子もいると思います。僕自身、これから話すことは、とても大事な話です。だから皆さん、ちゃんと聞いてください」
ケイティはいつものような穏やかさと、いつもの彼にはない悲しみを含んだ口調で話し、最後のきっぱり言い放つような一言で、少々ざわついていた児童達も一瞬で静まり返った。
「3年1組のユウティ君。同じクラスの皆は知っているかと思いますが、病気で手術をする為入院していました。ユウティ君は、手術を終えてまた学校に通えるよう、皆と一緒に学校に通う為、頑張っていました。クラスの皆や彼と仲の良い子達もそれを待ち望んでいたと思いますし、それは、僕達教員も同じです。彼は一昨日、手術を無事に終え、あとは回復を待つだけでした」
ケイティは、ユウティが入院した頃から彼の身を案じ、時には自ら見舞いに訪れることもあった。一昨日の手術の日、ケイティもまた、手術に立ち会ったバウソー達のように不安を抱えながらその成功を祈った。そして吉報が届いた時、全身から力が抜ける代わりに喜びが湧き上がる感覚を覚えた。もうすぐまた、学校で会える。そう信じていた翌日、飛び込んで来た知らせにケイティは目を閉じ、息を吐く。
「そのユウティ君は…昨日、入院先病院で…亡くなりました」




