36話 居候
死亡説が出ていたかもしれませんが、ちゃんと生きてますよ!
それにしても2ヶ月ぶりですかぁ…
ただいま
「--ほっほっほ……君が、政田くんか」
シゲ盛くんと明智さんが口を揃えて“ジジイ”というこの男性は名を坂巻と言うらしい。
その坂巻さんは今、ボクが出した緑茶を飲んでいる。
「それで、なんで来たんだ?」
シゲ盛くんがそう言うと、坂巻さんはゆっくりと茶を一杯。そして明智さんの服を着ている幼女に優しい視線を向ける。
「七五三沢 聖ちゃんかな?」
少女は一瞬驚き、やがて座布団の上で正座をしているボクの膝に顔をうずめた。ふわっとした温かさが膝から伝わる。七五三と書いて『しめ』と読む、とても珍しい名前だ。だが名前をやっと知ることができた。あの時、ボクが名前を聞いた時、あの子は「しめさわ ひじり」と言おうとしていたようだ。
坂巻さんは少し残念そうな顔をしながら姿勢を正し、そして緑茶を飲み干した。
「実は、この子を探しておったんじゃ」
その目線の先には、ボクの膝の上にちょこんと座って下を向いた少女がいる。
「やっぱり家出ですか?」
ボクがそう尋ねると、坂巻さんは首を横に振った。
「厳密には言えんが、家出ではない。でも、色々事情があってお家にはしばらく帰られないらしいんじゃ」
「なるほど……」
確かに服やズボンはボロボロで、髪もボサボサだった。そして初対面だったボクの膝に飛び込み、その上で寝てしまうほど疲れていた。普通、家出ならある程度の行先は決めているはずだ。それに、あんなにボロボロな姿、家出だけではなるはずがない。突然家を出なければならない用事でもあったのだろうか。まあ今分かるのはそれくらいだろうか。
もっと聞きたいことはあるのだけど、厳密に言えないのなら仕方がない。
坂巻さんはゆっくり目線を少女に合わせ、そして優しく語りかけた。
「聖ちゃん、これからどうするつもりなんじゃ?」
「……うぅ」
少女は下を向いたままだ。膝の上では小さな拳をぎゅっと握っている。
「まぁオレにできることがあれば頼んでくれ」
なんだかんだ言ってシゲ盛くんもこの子を心配しているみたいだ。まあボクだってやれることがあれば何でもするつもりだ。なぜボクのところにこの子が飛び込んできたのかは分からないが、なんせボクに助けを求めたのは事実、その願いを裏切ることは絶対にしたくない。
明智さんも顎に手を当てて必死に考えているようだ。
「ここは保健所に届けるのが無難じゃないのかしら――」
しかし明智さんがそう言った瞬間、少女は顔を上げた。
「――わたぁ……ここ……にぃ……たぁ!」
その言葉はやはり上手く聞き取れない。だが、少女がその後、痛いほどボクにしがみつき、そして涙まで流しだしたのを見て、ボクはその言葉の意味、そしてこの子の総意が分かった。
「坂巻さん、この子って――」
「うむ、どうした?」
坂巻さんは、それを察した様子でゆっくりと頷き、ボクにバトンを返す。
「“ボクと離れたくない”そんな感じじゃないでしょうか?」
「うむ、どうじゃろうな……」
坂巻さんはそう言いながら、コップの底に残った茶葉を飲み干した。こっちの方が何を考えているのか分からなくなってきた。
だが恐らく、それは正解のようで、
「うっそーん、そんなラノベみたいな展開とか……」
シゲ盛くんはそう言っているが、少女を見てみると……
「うん、うん、うん!!」
はち切れるくらい大きく首を上下している。どうやらその気だったようだ。
「政田くん、どうするんじゃ?」
そんな坂巻さんの声が聞こえたその時、これからの展開がボクの判断に委ねられたことが分かった。
この子は何故だか知らないけれどボクに確実に懐いてくれている。それもボクと離れたくないほどに。
それは確かに嬉しい。いくら好かれても困ることなんて全くない。でも、今回は少し違う。
この子は諸々の事情で家に帰られない。つまり、この子はこの家に居候するということだ。もちろん、断って保健所に連れていくこともできる。でも、それならこの子の泣く顔が 一生忘れることができなくなってしまうかもしれない。
――でも、さすがに家は犯罪じゃ……でも、それならこの子が……
様々な感情が対になって飛び交う。この問題の答えはボクが決めないといけないので、テストの数百倍も難しい。
そんなボクのことを気遣ったのだろうか、坂巻さんがボクに声を掛けた。
「政田くん、君って一人暮らしかな?」
だがそれは全く予想外の質問だった。思わず眉間にしわを寄せる。でも確かに、もしボクが親と一緒に住んでいるとしたならばボクの了承だけでなく親の了承も得なければならない。けれど、それならもっと先に聞くのが普通だ。なぜ今ここになって、その質問をするのだろうか。
「あ、はい。そうです」
とりあえず成すままに話を続ける。もしかしたら何かがあるかもしれない。
坂巻さんはお茶の入っていたコップをテーブルに置いた。てか、今までずっと持ってたのが怖い。
だがそれは、坂巻さんが何かを考えているという証拠でもあった。坂巻さんは少女をチラ見し、そしてボクの目を見る。そして問いかけた。
「政田くん、どうして一人暮らしを始めたのか教えてくれんかの?」
「え……あ、はい」
一人暮らしならシゲ盛くんもしている。けれどなぜ敢えてボクに話を振ったのか、それは今回の件がボクの判断に委ねられているのが大きな理由なのは確かだ。でも、そんなことは別にいつでも聞ける。増してやボクが悩んでいるこの状況で話を切り出してまで聞いてきたのだ。
正直、自分の自分語りはあまり好きじゃない。ボクはどうやら何かを語るとその世界に入り込んでしまうようで、その状況の主観が完全に自分だけになり、判断は全て自分基準になるからだ。それじゃあ誤解が生まれかねないし、なによりボクは自分語りをするほどのストーリーを経験していない。ただ、人の自分語りを聞くのは嫌いじゃない。それを聞くことにより、相手が何を考えているのか分かるし、そのストーリー自体も面白いものばかりだからだ。
そして今は自分語りを迫られている。さっきまでボクの膝の上で寝ていた少女は興味津々でボクを見上げている。シゲ盛くんも明智さんも、そして坂巻さんも期待の目をボクに向けている。
やれやれ、どうしたものか。これは逃げられない状況になってしまった。これはやるしかなさそうだ。
「えーっと、あの時は……」
ボクの脳内は2年前にタイムスリップしていく--
ペース増やしていきたいね!




