9話 礼拝堂
貴族学院には図書棟の横に小さな礼拝堂が立っている。
実習用に作られ、小さな女神像があるそこには中年の神官が常駐していて、一部の信仰心の高い生徒の悩み相談所にもなっている。
その礼拝堂を、今日はローグヴァルトが貸し切っていた。
皇太子故の行動の大胆さにアマリエは顔を青くして礼拝堂にいた。今日は厨房に礼拝堂に、どれだけの人に迷惑をかけてしまっているのだろうかと、頭を抱える。
「アマリエ」
礼拝堂の奥からローグヴァルトが呼ぶ。アマリエは赤いカーペットの上を彼の元まで歩いた。揺れる赤毛の下には、先ほど首筋に刻まれた歯形が痛々しく残っている。
白亜の礼拝堂は、日の光を優しく室内に取り込んでいて、とても静かだった。
ローグヴァルトはいつになく真剣な顔をしていた。つられて、アマリエも少し表情を引き締める。
「貴女に、これを」
ローグヴァルトが取りだしたのは、細長い小箱。
「夜会用のドレスや宝石は贈っていたが、普段着けられるものをまだ贈っていなかったと思って」
開けてくれ、と急かされて、アマリエは受け取った小箱のリボンを解く。中に入っていたのは小さな鈴と花があしらわれた金のネックレスだった。
「貴女のイメージで作らせた。これなら、毎日着けられるだろう?」
「はい……ありがとうございます」
これまでローグヴァルトが贈ってきたのは、豪華なドレスやアクセサリーなど、アマリエが謙遜するものばかりだった。その全ては着用後、ジュエリー好きな母親に取り上げられている。
でも今手にしているそれは一つの宝石もついていない、シンプルなアクセサリーだった。素材は金であるものの、可憐なデザインがアマリエの少女心をくすぐる。
「ありがとうございます殿下。毎日着けます」
――これなら、お母様も欲しいとは言わない。きっと。
ネックレスを小箱ごと胸に抱いてアマリエは笑う。
心から嬉しそうなその笑顔をローグヴァルトは初めてみた。何度、高価な贈り物をしても引きつった笑顔ばかりだった彼女に対する正解を、ようやく彼は知る。
胸が締め付けられるのを感じながら、ローグヴァルトは彼女の手を取った。どうすればこの思いが伝わるか、必死に言葉を探す。
「初めは、確かに打算的だった。けれど。今はただ、貴女を妃にしたいと思っている」
突然始まった告白にアマリエは狼狽える。けれど繋いだ手が逃がしてはくれない。
「隣国の王女とは政略的な関係だった。婚約者として愛そうと努めていたが、かなり無理をしていた。貴女を思うようになって、これが本物だと知ったんだ」
止まることのないローグヴァルトの愛の言葉に、アマリエの顔はどんどん赤くなっていく。紅い目を見ていられなくて、俯いた。
「女神にも誓う。信じてくれ。俺は、もう貴女なしではいられないほど、貴女に惚れているんだ」
「 あ、ありがとうございます。わかって、います 」
雨のように次々降り注ぐ甘い言葉に、アマリエはもう溶けてしまいそうだった。
耳まで真っ赤になって俯く婚約者が愛おしくて、ローグヴァルトはその額に触れるだけのキスを落とす。
――嘘を、言う人ではないとわかっているから、困る。私は、信じていいの?
おずおずと、アマリエはローグヴァルトを見上げた。
婚約者の上目遣いにローグヴァルトの理性がぐらつく。一歩、彼が後ずさった。先ほど、嫉妬心を堪えきれずに犯してしまった失敗を思い出す。
「だ、めだ。さすがにここでは、だめだ」
突然拒絶を始めたローグヴァルトにアマリエが戸惑っていると、彼は顔を赤くして続けた。
「貴女が、最近答えてくれるから、俺の理性はかなり危ない」
紅い瞳がアマリエの唇を映す。
「口づけは、帰りに、しても?」
「……はい」
もう、アマリエが断ることはない。
――私、どんどん、欲張りになっていく。もう代替えでもなんでもいい。この人の愛が欲しい。
行こう、と礼拝堂を出ていこうとするローグヴァルトの後ろで、アマリエは安置されている女神像を見上げた。
白い女神像は背後から光を受けていて顔がよく見えない。
――女神様、今だけ許してください。いつか、ちゃんと返しますから。
以上、一章最終話、でした。
まだまだ続けたい気持ちはあるのですが、ストックと手が全く追いついていないため、一旦ここで締めさせてください。
7月後半あたりには新章の投稿を再会できるかと思います。
それまでブクマをしてお待ちいただけたら幸いです。
前章に当たる作品【黒薔薇姫は捨て猫を拾う】
二人の娘が主人公の作品【婚約辞退された皇女は冠を掴む】
こちらもお読みいただけたら幸いです。
まずはここまでお付き合いくださりありがとうございました!




