第9話 王子と公爵令嬢、恋の戦火は紅く
紅き薔薇の令嬢は笑う
王子と公爵令嬢、恋の戦火は紅く
王宮の大広間。
高く、美しく、冷ややかに。
アリシア=グラディールは、その場に立っていた。まるで処刑台の前に立たされた庶民のように。
「アリシア=グラディール嬢に告ぐ。第二王子ジークフリート=エアハルト殿下との婚約が、正式に検討の段階に入りました」
……その一報が、王宮貴族の耳に届いたとき、社交界は爆発した。
なにせ――相手は「下級貴族の三女」でありながら、貴族学院で頭角を現した新星。そして、中身は元おでん屋のおっさん。絶対に恋愛の波に飛び込みたくなかった本人にとっては、喜びではなく――
(詰んだ……! これは完全に、地雷踏んだ……!)
と、顔面蒼白になるだけだった。
だが、爆発したのは社交界だけではない。
エリザベート=リーベルハイム――王子の“本命”と囁かれていた彼女が、珍しく、そして露骨に怒りを顕わにしたのだった。
*
「ジークフリート様――これはどういうおつもりで?」
昼下がりの王宮・バラ園。エリザベートの声は、静かに、だが確かに怒っていた。
「“一時的な婚約検討”? 戯れ事ですわ」
「エリザベート……これは政略などではない。私は、彼女を――アリシアを、見極めたいと思っている」
「ならば、どうして私には一言もなかったのですか?」
王子は言葉に詰まる。
確かに、王宮筋の一部には“アリシア擁立派”が現れ始めていた。彼女の民間的な感性が、王国の改革派貴族たちの間で注目されていたのだ。
そして何より――ジークフリートは気づいてしまった。
アリシアの目。
あの、すべてを見通すような、老成したまなざし。あれは、どんな貴族娘にもない強さ。
(私は……彼女に惹かれているのか……?)
だが、エリザベートも引かない。
「ジークフリート様。あなたが彼女に“特別な感情”を抱いているのなら――」
そして、薔薇の棘のように鋭く、言い放った。
「それは、私への侮辱ですわ」
*
数日後、アリシアは貴族学院の噴水前で、ジークフリートに呼び出された。
(うわぁ……ここ、ゲーム内でプロポーズイベント起きる場所だ……)
「アリシア。君に伝えなければならないことがある」
「は、ははっ……私など庶民上がり、よく分からないことが多くて……あの、できれば、そういうご立派な場ではなく、下町の屋台とかでお願いしたいんですが……」
「君らしい答えだな」
ジークは微笑んだ。だが次の瞬間、その背後から別の声が響く。
「ご機嫌よう。殿下、アリシア嬢。お揃いとは……よほど親密でいらっしゃるのね」
現れたのはエリザベート。いつもより濃い紅を唇にまとい、髪を高く結い上げた“決戦スタイル”。
「本日はご挨拶に伺っただけですの。ですが、せっかくですから――アリシア嬢に、質問がございます」
アリシアはピクリと眉を動かした。
「……何でしょう?」
「あなた、殿下のどこが……お好き?」
――空気が凍る。
ジークが「やめろ、エリザベート」と声をかけたが、アリシアは手を挙げて止めた。
「……正直に申し上げますと。あまり、恋愛というものが分かりませんの」
「まぁ?」
「好き、という感情が分からないわけではありませんが、それで人生が回るとも思っておりません。誰かの隣にいるには、信頼と尊敬の方が、大切なのではないでしょうか」
エリザベートは冷笑した。
「つまり……殿下に“ときめいて”などいない、ということですのね?」
アリシアは沈黙する。
(中身おっさんだし……恋愛イベントとか無理ゲーなんだよ……)
だが、王子がその肩に手を置いた。
「……ならば、私は君に恋をしている」
「は?」
「ときめきとは、君が持っていなくとも、私の中に生まれてしまった。私は君をもっと知りたい。私の隣にいてほしいと――そう思っている」
「いや、待って。あの、ちょ、ちょっと殿下、落ち着きましょう……!」
アリシアの顔が真っ赤になる。
エリザベートは、微かに目を伏せた。
「……ならば、私も黙ってはおりませんわ。あなたが“心”で彼女を選ぶというのなら――」
その眼差しがアリシアを射抜く。
「私も“誇り”で、奪いにまいります」
*
その日から、学院では見えない戦火が巻き起こった。
エリザベートは貴族の支持を集め、完璧な令嬢としてふるまい、アリシアは下町の人々と交流し、改革派の貴族を味方につけていく。
だが、アリシアの心はずっと、こう叫んでいた。
(こっちは恋愛したくてここにいるんじゃねぇぇぇ!)
しかし、彼女の目の前には――誇り高き公爵令嬢と、真っすぐな王子の、“本気の恋”があった。
アリシアの心が、静かに揺れていく。
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