外伝2 贈り物はなんでしょう
南の街で、百合たちが帰った後の港の一コマ。
「ねえフェルディ。あたし思うんだけど」
その日フェルディ・イグナーツはピンクの髪の部下を見て顔をしかめた。
普段から可愛らしいレースや派手な色の衣装を好むガルテリオだが、今日の彼はいつにもまして強烈だった。
情熱を思わせる赤のランジェリーに身を包んだ彼の足元は黒いガーターベルトとストッキング。
船が故障して修復している現在。港町では人々が忙しそうに走り回っているというのに、何故か彼の周りには誰もいない。むしろいない。
誰もが目を合わせないようにして全力で逃げている印象を受けた。
「その前にガルテリオ、なんだその恰好は」
「暇だったから作っちゃった。どうかしら?」
なぜランジェリー。男の乳首なんて見ても嬉しいわけもなく。ひらひら揺れるレースの下のガーターベルトなんて罰ゲームとしか思えない迫力だ。ちなみに大事なところを隠しているのは、どう考えても頼りないヒモ。
胸元はレースだけだし、背中は丸見えだ。隠す気なんて全くない。
ベビードールと呼ばれるそれは、主に体を売る女が身につけることが多いのだが、手先の器用なガルテリオは時折自作のそれを身につけていた。
今までは単に海の上だったからこそ許されたのだ。全身日焼けしようが、大事なところを見せようが、比較的寛大なフェルディは見て見ぬふりをしてきた。
しかしここは陸地。しかも完全に安全ともいえない場所だ。
街を悪い海賊から救った“正義の海賊”として人気が出だしたところだったのに、きっとこれで変態集団と言われるようになるのだと思うと、とてもじゃないが気が重い。
「プリーティアがこの地を去ってくれていて本当に良かったと心から思うよ」
フェルディは数日前に港町を去った美しい女を思い出して、ほんの少しだけ心が癒された気がした。
「そんなことより、あたしはフェルディが心配よ」
「は?」
「ユーリと会えなくなってもう四日! 手紙はどうしたの? もう出した?」
「出すわけないだろう!?」
海賊のフェルディと、神殿に仕えるプリーティアが堂々と手紙のやりとりなどできるはずがない。
「セスに取り次ぎを頼んだんでしょ?」
「それは・・・まあ・・・いや、でもセスも忙しいし、僕たちも船を早く直さないとだし!」
「何言い訳してんのよ。時間が経った方が出しにくくなるわよ」
ある意味で正論である。
「・・・どうせ送るなら、手紙だけというのも味気ないかと」
少々痛い言い訳だが、ガルテリオはぱっと顔を輝かせた。
「そうね、どうせなら素敵な贈り物も必要よね!」
ああ、まずい。この笑顔は何か良くないことの前兆だとフェルディはさっそく後悔した。
「どうかしら、あたし特製の素敵な下着のセットとか。あ、もういっそ指輪とか送っちゃう? 彼女の黒い髪と瞳に映えるように、南の国の赤い石を取寄せて加工する? それとも神殿の中で楽しめるように高級なお酒とか!?」
「下着も宝石もお酒も却下! 相手はプリーティアだぞ!」
下着なんて冗談じゃない。考える事すら罪だと、フェルディは必死に頭を振った。
宝石は意味深すぎるし、お酒を嗜むという話しは聞いていないからやめておこう。
「えー」
ピンクの髪を振り回してブーイングするガルテリオは、次の瞬間ひらめいた。
「甘いものは平気よね、なら甘いお菓子の詰め合わせは? 痛まないものならいいでしょ?」
フェルディはおそるおそるガルテリオを見上げた。
めずらしくまともな発言をしたような気がする。
「でも、痛まないものってどんなのだ?」
フェルディは甘いものは好きだが、女性受けして更に痛みにくいものなどわからない。
「そんなのプロに聞けば? あ。押し花なんてものもいいわね」
「西の街は花の街だ。そんな街に住む人に押し花はちょっと・・・」
「何言ってるのよ。あたしたちは海賊よ? 西の街にないような珍しい花を見つければいいじゃない」
それは甘い物を用意するよりも現実的に思えた。
「ガルテリオ。恰好は有り得ないが頭はさえてるな!」
「・・・あたしの上官じゃなかったら海に叩き落とすわよ、マジで」
やけにドスのきいた声がしたが、フェルディは上機嫌で頷いた。
「ありがとう、ガルテリオ。感謝するよ」
「え、あらそう? いやだわフェルディったら、照れるじゃない」
くねくねと腰をくねらす大男を無視して、フェルディはいそいで修復中の船に戻った。
適当な発言だったが、今では贈り物も良い手に思える。
あの美しいプリーティアがわずかでも微笑んでくれるなら、きっとそれはとてつもなく素晴らしいものなのだ。
少しで良い。少しでも、彼女が自分のことを思い出してくれるなら。
その気持ちの意味には気付かないフリをして、フェルディは花を探すため今度はどの街へ行こうかと思案し始めた。
口元には嬉しげな笑みが浮かんでいた。
次回、ようやく第三章突入です!




