紳士?いえいえ海賊ですから
「プリーティアも中なのか? 君は行かないのか?」
「今行ったら何人か殺すかもしれません」
プリーストの恰好をしているだけで、本当はアサシンか何かかと真剣に疑った。だが疑うなど不敬だ。フェルディは己を恥じた。
「・・・おとなしくここで待ってくれ」
「言われなくとも」
不遜な態度のゼノンをフェルディが見上げると、風に飛ばされてフードがわずかにずれた。
「え」
浅黒い肌に黒く短い髪、燃えるような赤い瞳がちらりとフェルディを見やる。
「なんです」
「やだちょっと! 顔! 顔こっちにも見せなさいよ!」
ゼノンの容姿に気付いたのはフェルディだけだったようで、その様子を見てガルテリオが騒ぎ出したので、ゼノンは遠慮なく彼の鳩尾を力の限り蹴り上げた。
「ぐはっ」
「・・・ちっ。しぶといですね」
「ああ、うん。まあ気持ちはわかるけど」
フェルディは言いながらゼノンから目を離さない。
「君、プリーストだよね?」
「はい」
「前はどこに居たの?」
「私の容姿が気になりますか。あなたが探している海賊と似ているから?」
くっと、口元に笑みを浮かべた彼に、フェルディはまるで鋭利な刃物のような視線を向けた。
「そうだ」
優しさをどこかに捨ててきたような冷たい声に、ゼノンの瞳もフードの下で細められる。
近くに居た他のプリーストや騎士も、彼らの様子に気付いて動きを止める。
「隣国で騎士をしていましたが、戦いに敗れ死にかけているところを神殿で保護されました。それからプリーストに」
「君の体躯は今も鍛えられている。プリーストのものじゃない。どうしてそんなことを続けるんだ?」
フェルディやガルテリオも元は軍人だ。例えローブで隠していても実戦向きに鍛えた体は一目見ればわかる。
「こう見えても伯爵家の次男でして、幼少より続けてきたものは抜けないのですよ」
それが真実かどうかは判断できなかった。
「それに、いつでも彼女を守れる己でありたいのです」
だが、その一言だけは真実だと思った。
フェルディはそっと息を吐き出す。そうすると彼のまわりの殺伐とした空気が解けていくようだった。
「そうか。変なことを聞いてすまない」
「構いません。あなたという存在に興味はありませんので」
ゼノンはわざわざ背を屈めてフェルディと視線を合し言い切る。弧を描いた口元が憎たらしい。
「・・・性格悪いって言われないか」
「はて?」
とぼけた様子だが、ゼノンが苛立っていることに気付いたフェルディはなんとか我慢する。
だが彼も海賊、しかも船長だ。我慢はあまり似合わない男だった。
「そんなことでは彼女にいつか愛想をつかされるんじゃないのか?」
「名乗られてもいないあなたに言われたくありませんね」
フェルディの指先がわずかに震える。
「へえ、じゃあ君は彼女の本当の名前を知っているとでも?」
「ええ。私だけが呼ぶことを許されております。神殿内でも許可を得ているのは私だけですよ」
目を見開いたのはフェルディだけではなかった。ガルテリオも口をぽかんと開ける。
「冗談だろう?」
「あなたとは彼女との関係性が違いますので」
「・・・ああ。ペット的な? 従者にしては肝心な時に居ないとか、つかえないもんね」
いつになく攻撃的なフェルディに、呆然としていたガルテリオも我に返る。
普段は大人しい坊ちゃんタイプの彼だが、元軍人らしく、そして海賊らしく血気盛んで切れやすい一面も持っている。口元に笑みを浮かべたまま目が笑わないのだ。
部下を扱くのも大変上手で、今まで何十人という屈強な軍人たちが彼の足もとで涙を流してきた。いくらゼノンが元騎士だとしても彼に勝てるとは思えなかった。
「・・・あなたも、海賊のくせに随分と可愛らしいですね。そんなんだから宿敵(?)に逃げられるんじゃないですか」
「あはは、褒めて頂いて光栄。そっちもプリーストにしては発言が過激ですね」
「私は彼女の傍にいるためだけに神殿に入っているので問題ありませんよ」
あまりにもあけすけは発言に、周りに居たプリーストたちが固まった。
「へえ。でもプリーストやプリーティアには制限があるんじゃなかったですか? 随分と不毛な恋ですね」
「恋?」
はんっ、と馬鹿にしたようにゼノンが笑った。
「そんな言葉で片付けないで頂きたい」
言葉で表せる感情ではないのだ。ただ傍にあるだけで良い。彼女とどうこうなりたいわけではない。
「・・・じゃあ、なんだっていうんです」
「坊やにはわからない感情ですよ」
「言ってくれるじゃないか」
一触即発。誰もが息を呑んで状況を見守る中、その声は響いた。
「あら、ずいぶんと楽しそうね。わたくしもまぜて」
誰もが彼女に見とれる中、フェルディとガルテリオは久々に見る美しい友人に手を振り、ゼノンはホッとしたように目を細めた。




