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麗しのプリーティア  作者: aー
第二章
66/203

セスって有名らしいですよ

 百合たちはその夜、レオーネ・ヴィンツェンツィオの屋敷に三人そろって世話になった。

 本来ならば百合とゼノンは神殿に、フラジールは騎士団に身を寄せる予定だったが、神殿は危険だとコラードの進言があったためだ。

 オステンでは珍しく地に足ついた普通の邸宅で、貴族の屋敷にしてはゲストルームも五つしかない二階建ての建物。浴室は二つあるが普段は一つしか使われない。ダンスホールもなければ、楽器の類も一切置いていない。広大な庭には何も植えられておらずまるで荒地だ。

 レオーネ・ヴィンツェンツィオにとって屋敷は、ただ寝に帰るだけの場所だった。思い入れなど無いのだろうことが窺える。

 三人にはそれぞれ部屋を用意され、簡素とはいえ美味しい食事が提供された。

「納得いきません」

「そうは言っても、仕方がないじゃないか」

 ゼノンは目に見えて不機嫌な顔でレオーネに詰め寄った。それを横からフラジールが止める。

「なぜ私と彼女の部屋がこうも離れているのですか!」

「いやゼノン、屋敷の中なら安心だし・・・多分」

 ゼノンは西向きの端。百合は南向きの端の部屋を与えられた。彼女の隣の部屋はレオーネの私室となっており、ある意味このオステンの中で最も安全な寝床を与えられたと言える。

「他の客間はないのですか!」

「床が抜けたまま放置した部屋でよければ使え」

「・・・他には」

「クモが大量発生しているが、好きにしろ」

 ゼノンは常人より丈夫だ。しかしそれにも限界はあるし、今回の旅はどれだけ長いものになるかわからないという心配もあった。

 常に万全な体調で百合を守りたいという気持ちが強い一方、レオーネの隣の部屋で寝起きする彼女を想像すると心が悲鳴を上げた。

 レオーネに対して、ゼノンは大した知識を持っていない。得体のしれない男だという印象が強い中、か弱い女性を隣に寝起きさせたくはなかった。

「わたくし、別に床に穴が開いていても平気よ。虫は嫌だけど・・・ゼノンが望むならうつるわ」

「いえ、このままで」

 まるで鶴の一声だ。フラジールがホッと胸をなでおろす。

「あら、いいのかしら?」

「あなたにそんな手間をかけさせるわけには参りません」

 百合はまるで向日葵の花のように可憐に微笑んだ。

 フラジールがふとゼノンを見ると、彼はどこか困ったような、しかし嬉しそうに目を細めていた。



 オステンに来て四日が経った。

 毎朝コラードが四人を迎えに来ては、フラジールを見るなり「まだ帰っていないのか」と嫌味を言う。

「そういえばフラジール」

「どうされましたかな?」

 フラジールはコラードの嫌味など聞こえていないようにふるまい、余計に彼の機嫌を急降下させているのだが、それもわざとだろう。

「あなた、お仕事はいいのかしら」

「今まさに仕事中ですよ。それに、うちの団長は少々甘いところがありますからな。今回がいい薬になるでしょう」

 ほほ。とこちらは上機嫌で笑った。

 コラードがぎりぎりと歯を食いしばる。

「・・・そろそろ情報は掴めたのかしら?」

「ええ、もちろんです」

 大きく頷いたコラードが分厚い羊皮紙を百合に手渡した。受け取ったのはゼノンだ。無言で素早く全ての羊皮紙に目を通し、そっと百合に囁いた。

「共通点が三つあります」

「そう。教えてゼノン」

 百合は足を組んで優雅にティーカップに口をつけた。その様子を、口を少し開けて見つめるのはコラードだ。中年が間抜けな顔で不自然な体制で固まっている。

 フラジールは声もなく笑みを深めた。

「一つ目は、全員が同じ酒場に顔を出していたこと。二つ目が同じ飲み物を飲んだことです。三つ目は、同じ店員が相手をしたこと。それ以外は特に目につきませんね」

 オステンにいくつかある酒場のうち、そう大きくも古くもない酒場がある。店の名前は店主の名前をそのまま使っており、ユーグの店。となっている。

 驚くことに、店はエステラが務めていた宿から目と鼻の先にあった。

 同じ飲み物と言っていたが、患者たちが注文したのはごくありふれた酒だった。王国内に流通しているエールだ。冷やさず飲むのが当たり前とされている飲み物だが、暑さに弱いオステンでは、流水で冷やして飲むことも好まれた。

 ハーブやスパイスが良い味を出すのだそうだ。

 ところで、問題は同じ店員が相手をしたことだった。その店員も患者の一人として名前が挙がったのだ。二日前のことである。

「すでに会話できる状態ではありませんでした」

 手詰まり。まさにそんな状況だった。

 百合が視線を落として考え込む。

 たった二日で会話が出来ないほどの症状がでるものだろうか。

 おかしい。いくらなんでも進行が速すぎる。

 そして、その日彼らに文が届いた。差出人はセスだった。

「天才有名錬金術師・・・実在したのか」

「セスはいい子よ」

 百合とゼノン宛にそれぞれ高価な紙で書かれている。ゼノンは静かに手紙を読み、大事そうに懐に仕舞った。

 百合は何度も読み込んで、同封されたもう一通の手紙は開封せずに仕舞いこんだ。

「もう一通はどなたからですか?」

 コラードが無遠慮に聞けば、百合は興味がなさそうにさあ、とだけ答えた。

 その夜、人々が眠りにつき物音一つしない深夜。百合はそっと手紙を開封した。

 じっくりと眺め、何度も読み返してはため息をついた。

 東のエメランティス神殿に居るという、もう一人の迷い人の事が書かれていた。



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